本性
お待たせしました
「……? なにこれ」
俺はこの記事とななしさんとの関係性が分からず、眉を寄せる。
すると満筑義はまた別の紙をいくつか一緒に持って来て俺に見せた。それらはコピー用紙でネットの数ページを印刷したもので、写真も一緒に載っていた。
「ここに写ってる家…どこか分かるか?」
「えっ……こ、これ…」
満筑義がもみあげで指した、家が写っている写真。その家はとても見覚えがあり、むしろ忘れてしまう方が難しいほどだった。
「この家って……この家と全く同じじゃないか!」
俺が叫ぶと満筑義は黙ったまま頷いた。
いや、もしかしたら外観だけ同じで別の家かもしれない、という考えも浮かんだ。しかし、すぐさま満筑義が付け加えるように、
「ここ、住所も同じなんだ。ていうか他に写ってる電柱とか家とか全部同じだからな」
と言ったので、その考えはシュンと消滅した。
だが、それでも分からないことは多い。この家の家族がどうなったのか、ななしさんとの関係性だとか。そして新たに、なんでそんな家に満筑義は住んでいるのか。
謎が謎を呼び、逆に頭が混乱してしまうが、そんな俺とは対照的に満筑義は落ち着いて口を開き出した。
「まずは記事を読んでくれ。話はそれからだ」
「……」
俺はフゥーッと大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせると、出された記事に目を通した。
(事件発生は、約8ヶ月前……? 家族構成は4人…父親は『加藤 優(37歳)』、母親『沙月』(38歳)、長男『浩大』(12歳)、長女『富美』(9歳)か……いたって普通の家族だな。家もそこまで裕福って感じじゃないし…)
俺は記事の先っちょから尻尾まで全て見たが、集団失踪さえ除けばごく普通の家族しか描かれていなかった。もちろん家族らの友人や親族関係も載っていたが、何か酷くギクシャクしてたとか、恨みを買いやすい性格だったとかは書いていない。
もしやマスコミがより注目を浴びるためにわざとそのように描いているのかもしれないが、その記事からななしさんに関するものは何1つとして無かった。
「全部読んだか?」
「ああ、でも余計に訳わかんないよ。結局、謎は謎のままだし」
「まぁ、この事実を知ってるやつなんかほとんどいないからな」
満筑義はこちらの目を見て、空気を重くしながら話し出す。知っている者がほとんどいないという、『事実』に俺はゴクリと喉を鳴らした。
「この家族の富美って子はな……かつてななしさんの友達だったらしい」
「友達…? なんでそんなこと分かんだよ……」
俺がそう聞くと、満筑義は何か怖いものでも見たかのように顔を歪ませた。そして頭全身をカタカタと震わせ、小さな声で話し始める。
「ななしさん自らが言ったんだ。富美ちゃんとは友達だって……それに……」
「そ、それに……?」
満筑義の体の震えはさらに増すので、釣られてこっちまで震えてしまう。満筑義の顔はどんどん強張り、ついに音が聞こえるほど口から荒い息が漏れ始めた。満筑義は30秒ほど呼吸を整えるのに費やすので、沈黙が俺らの間に生まれる。
そしてついにその沈黙が破られた。
「ふ、ふ…富美って子は……く…」
「く?」
「喰われたんだ……ななしさんに……」
また2人の間に沈黙が生まれる。俺はまるで満筑義の言うことが分からなかった。
『喰った』という言葉が、頭の中の思考さえも文字通り食べてしまうようで、考えることさえ出来ないのだ。
「え? え? ど、どうして……」
そんな思考でひねり出せた言葉は、自らの混乱を示すものでしかなかった。
だがそんな俺の混乱に満筑義は全身を震わせながら答えた。
「それは……彼女が…富美がななしさんの友達じゃ無くなったからさ。さっき話しただろ? 君にとって友達ってなんなんだって」
「えっ…うん」
「ななしさんにとって友達ってのは、『喰う存在』と『ひとまず保留しておく存在』の境界線のなんだ」
「……は?」
『友達』、俺らに言わせればそれは仲良い者同士の証。
しかしななしさんにとってはただの線に過ぎないと言う。だがもっと気になったのは、ななしさんが富美という子を食べたということだ。たしかに人並み外れた非常識さは浴びるほど感じていたが、まさか友達を食べるまで外れているとは思わなかった。
「な、なぁ。それもまさか…」
「ああ、これもななしさん直々に言ったんだ。行く宛の無い俺に、ななしさんは、『よかったらこの家住む? 住人はもういないから』って言ってさ」
それからしばらく満筑義は黙ったが、一呼吸置いてからまた話し出す。
「なんでいないのって聞いたらさ、ななしさん……『僕が全部喰べたからね。あ、訳あり物件ってことなら心配なく。それ専門の子がちゃんと後始末してくれたからね』って言ったんだよ……屈託無い笑顔でさ」
気がつけば俺と満筑義の歯はガチガチと辺りに響くほど鳴り響き、頭中にはふっふっと鳥肌が浮き出る。
「な、なぁ…俺、喰われないかなぁ…」
「そ、その点なら、ま、まだ大丈夫……ななしさんは友達は喰べない……そうでない者しか喰べないんだ」
「そ、そうなのか……で、でもさ……」
「あぁ、俺もそうだ。ななしさんと友達になっちまったからな……でも、そうで無くなった途端……」
俺はやめてくれっ! と叫び、その話題をぶった切った。だがつい先ほどまでワクワクと欲情を湧き上がらせていた存在がどうしても思い出され、あの純粋無垢な笑顔が逆に怖くなった。
「なぁ、それが分かってんなら…警察とかに届けないのか…….?」
俺は恐怖を紛らわせるために、必死に口を開いて話題を作った。
「アレが警察で止められるんだったら……とっくに届けてるって……それに、ななしさんは心を読めるんだぞ?」
だが満筑義の暗い口調に、逆に恐怖の炎に油を注いでしまう。そういえばななしさんは自らの口でそう言っていた。
ハッタリとか心理術とかの可能性だってなくは無いが、人間ならざる者の証である尻尾を振られては、本当に心が読めるのかもしれない。
もし自分らが警察にチクったら、この家族同様自分らも喰われてしまうかもしれない。どのようにして喰べるのかなんて、想像したくも無いが。
「……俺たちは『友達』っていう名前で、飼われているようなもんだ。こんな豪勢な檻に、わざわざ2人も」
「や、やめろよ……そんなこと言うの」
「ごめんな。俺がうっかり、『一人暮らしには広過ぎるな』なんて思っちまってよ。言い訳になるけど、最初に会った時は、まさかななしさんがあんな性格だとは思ってなかったんだ」
満筑義はそう言って深々と頭を下げた。俺はやめてくれよ、と小さく言って満筑義の頭を上げさせた。
「別にお前は悪くないじゃないか。それに、ななしさんと友達なら何も問題は無いんだろう?」
「そりゃそうだけどさ……でももしななしさんに飽きられたら? 友達で無くなった瞬間、骨さえ残さず喰いに来るんだぞ。それに……」
「でも相手はこっちの言葉が通じるだろう? それに向こうは心だって読める。それなら自分らが下手に気遣ったりしなくていいんじゃないか?」
「ああ…そうだな」
俺がなんとかこの暗い空気を晴らそうと、なるべく声を張って話す。
しかしそれでも満筑義の、雲がかかった表情は晴れない。やはり自分と比べて付き合いが長い分、ななしさんに対する恐怖も大きいのだろうか。
俺は無い肩をシュンと下ろすと、この重たい曇り空を晴らす言葉が他に無いか探した。だが悩めど良い言葉は見つからず、重い空気が体中をメシメシと締め付けるのだった。
そんな中、意外にも沈んでいた満筑義の方から口を開いた。
「いや、そのな…ななしさんよりも厄介な奴がいるんだよ…」
「へっ…?」
「……むしろお前に教えとかなきゃいけないのは、この子の方なんだ、なんせ……ヤバイ『悪魔』だからな」
聞き慣れた言葉と言えど、いざビシッと言われると脳は停止し、理解は追いつかない。
そんな俺を置いてけぼりに、満筑義は話し続ける。
「その子の名前は、『羽田 美月』外見こそ可愛らしいけど、中身の恐ろしさは多分ななしさん以上だ」
次回の投稿もお楽しみに




