処刑執行人の盛大なリフォーム
おまたせしました
仕事を始めてから数時間、俺は地獄の亡者達を不満な顔で蹴っていた。なんか亡者達への裁きが前以上に張り合いが感じられず、こんな生ぬるい仕事だったかと少しずつ不安になりさえする。3日間仕事を休み、大蛇と化した美奈の世話をしてただけなのに。
と言うかこの程度なら彼女を相手にしていた時の方がよっぽどしんどくて辛かった気がする。ここの亡者達は泣き叫んだり許しを乞うだけで、抵抗も生易しいものばっかりだ。
それに引き換え彼女と来たら、一言目にワガママを言えば二言目にはさらなるワガママのオンパレード、拒否すればすぐに手や尻尾でこちらを引っ叩くという暴れっぷり。どれを取っても彼女が何枚も上手の状態だ。そんなことを考えつつ俺は今日の分の亡者達をさっさと裁き終えると、上司に早退けのメンチ切ってからロボの元へと再び向かった。
「また来た。今度は何だよ」
「俺ん家のリフォーム手伝ってくれない? 彼女の体格の都合上、間取りとか色々変えないと。特に水回りとか…」
俺はロボに家のリフォームを手伝ってくれるよう頼んだ。玄関のドアぶっ壊したし、美奈の体格も変わっちゃったわけだから、家の構造を変えないといけないのだ。
「…まじかよ。別にいいけど無料じゃ無いぞ? つか今のお前に俺を雇えるほど財産状態良くねぇだろ」
「その手の業者を大勢雇うよりマシだろ。作業の7割は俺がやるから頼むよー」
「えぇ〜、それだと俺の仕事時間も削られるわけだろ? 俺だって自分用の燃料とか油とか、メンテナンスの費用もこの仕事で稼いでんだぜ。お前にそこまで出せるとは思えないんだけど」
「分かってるけどさぁ…ぶっちゃけ普通の業者にも頼めないんだよ。あんまり今の彼女の姿を大っぴらにもしたくないし…」
もしも普通の業者に頼んだら何て言われるものか想像したくもない。というか家に7m近くある家族の大蛇用が暮らせるようにしてくれと依頼するだけで大量の追加料金が発生するだろう。しかも家のリフォームをしている間、美奈にどこで暮らしてもらうかも問題だ。
普通ならその間、住人はホテルなり宿なりを借りて過ごすわけだが、今の彼女が過ごせるような施設などそうそう無いだろう。というかそんな場所こそ彼女の姿を曝け出し、大勢の目に止めることとなってしまう。
そういう都合もあるわけだから、俺はロボにしかリフォームを頼めないのだ。
「…まあ、気持ち分からんでも無いけど…。俺が働いた分の費用はちゃんと払えよ? 分かってるだろうが、金は信頼の証だからな? 払えなかった時はお前の信頼は失墜すると思え」
「わーってる、わーってるって。ちゃんと払えるようにすっから」
ロボはギロッと鋭い視線を送りながら俺にそう釘を刺した。ロボにとって金は最も容易く、かつ確実に信頼を勝ち取れるものらしい。払えるやつは信じ、払えないやつはどんなに人望が厚かろうと気のいい輩だろうと、今の今まで信じていたやつだろうと決して許さないのだ。もしも俺がリフォーム代を支払えなければ、俺が今まで培って来た信頼は一瞬で崩れるだろう。
それを再確認したところでロボは俺ん家のリフォームを手伝うことを了承してくれたが、
「んでリフォームは手伝うとして、お宅ご自慢の彼女はどーすんだ。宿にもホテルにも置けんってんならどこにすんだよ」
と俺に尋ねて来た。たしかにそういう目の多い場所はダメだと言うのなら、美奈にどこで過ごしてもらうかは重要だ。一応宛は考えてあるから、俺はジーッとそっちの方を見ながら、そこで暮らすやつに無言かつ目で訴えた。
「…」
「まっ…まさか…」
その日の夕方、俺はロボと共に自宅に帰宅した。いつもと同じようにズボンのポケットから玄関の鍵を取り出すが、それを差し込む場所はぶっ壊れてるから意味を成さなかった。俺は鍵をしまいながら玄関に上がり、中にいる美奈に挨拶する。
「たーいまっ」
「んぁれっ? 今日は随分と早いじゃない」
美奈はスルスルッと慣れた移動で近づき、俺を出迎える。普段なら一言目には夕飯寄越せなのだが、今日は帰宅時間が普段よりも早かったからその言葉は出て来なかった。
「ちょっとね、この家直さなきゃだから早退けして来た。だから美奈はしばらくコイツん家で過ごして欲しいんだよね」
「コイツん家って…あっ」
「どーも」
バグッ!!
「「!?」」
俺が美奈にしばらく過ごして欲しい家の住人を紹介しようとした瞬間、彼女はソイツの顔面を殴り飛ばした。
「いっ……な、何よコイツっ…かった……」
「おーおー、出会い頭に殴られるとは、噂以上に凶暴だな」
「…そういや今度会ったらぶちのめすって言ってたっけ…」
美奈は殴った手を抑えながら蛇のように鋭い目で相手を睨みつけた。肉体改造をされたとは言え、俺らから言わせたら小蠅が蚊の能力を手に入れたぐらいの差だから、殴られてもこれといったダメージはない。むしろロボみたく体が鋼で構成されている者を殴ったら怪我をするのは殴った方だ。
「まぁまぁ、落ち着いて。今からリフォームの間、美奈はロボん家に世話になるんだから」
「そーゆーわけだ。ま、厳密には俺の家じゃなくて、隣にあるガラクタ倉庫だけどな。ある程度は綺麗だから大丈夫だろ」
「……」
ロボはそう言って早速そこへと案内しようとするが、美奈はジィーッとロボを睨んだままズリズリと鈍く動いた。まぁ、前にあれほど怒っていた相手の家に住めってんだから気持ちは分からなくも無いが。それに蛇の執念は凄まじいと聞くから、やはり腑に落ちないところがあるのだろう。
「お菓子は?」
「あ?」
「へ?」
道中、美奈は突然ロボにそう尋ねた。あまりにも唐突かつ、わけの分からない質問にロボも俺も呆気に取られる。
「お菓子はあるかって聞いてんの。言っとくけど、甘過ぎるお菓子、私あんま好きじゃないのよね。かと言って塩辛いのも嫌だから、ごく当たり前のものを飽きないだけ揃えておきなさい。でも甘いとしょっぱいの比は必ず『6:4』で、それと喉も乾くだろうから炭酸飲料も大量に…」
美奈はロボの腕を引っ張りながら、道中ずっとその話題で持ちきりだった。
「なぁ、お前の嫁ってこんなんなのか?」
「嫁じゃねぇし…つか前にも言っただろ。性格めちゃくちゃキッツイって…」
「これ…性格だけの問題か?」
それから俺らは美奈のワガママをずっと片耳に聞きながら、ロボの家まで連れて行った。
「何よここっ! ガラクタばっかりで何も無いじゃない!」
「だから言っただろ、ガラクタ倉庫だって。まぁ、それなりの広さも風呂っぽいものも一応あるぜ。案内してやるから付いて来い」
「分かってると思うけど、なるべく大人しくしてろよ? ロボの家のもんぶっ壊されたら弁償代とかマジでシャレにならさそうだから」
ロボは美奈に倉庫の中をあちこち案内するが、これからここで暮らすという当の本人はぶーっと不満な顔をしたままだった。まぁ、たしかに辺りを360度見回せば鋼作りのガラクタが最低でも5個は視界に入るし、窓も高い位置に小ちゃいのがチマチマあるって感じの作りだ。
「お菓子無いじゃんっ!」
「あるわけねぇだろ、あんなゴミになるものなんてっ!」
しかもここにはお菓子はもちろん乾パンという非常食すら置いてなかった。心を持っているとは言え、一応住人は機械なのだから、食料の類が置いてあるのも変なのだが。
「お風呂は古くなった俺の冷却水使ってくれ、一応蛇口ひねればお湯は出て来っから。それと飯は朝昼晩の3回、お宅の愛しの彼氏が届けてくれるってよ」
「まぁ、そういうわけだ。ちゃっちゃとリフォーム済ませるからしばらく我慢してくれな」
「ぶーっ……分かったわよ…」
美奈はぷーっと頰を膨らませながらしぶしぶ了承した。さて、ここまではあくまで前座だ、こうしてやっと思う存分リフォームを始められる。
俺らは一度自宅に戻ると、
バキッ…バキッ…
「まずは、壊すか?」
「そうだな、柱は残して外壁は全部ぶっ壊すか」
「了解」
ズバゴォンッ!!
家の外壁を手当たり次第に殴りまくった。壊すことなら俺らの専門分野だからな。
次回の投稿もお楽しみに




