運命の人
おまたせしました
あれからどれだけの時が経っただろうか、毎日毎日朝4時にロボに叩き起こされ、質素だが動きやすい処刑執行人専用の衣をまとい、罪を悔いる亡者達を無慈悲に捌き続ける。ロボには止められていたアイツ……いや、もうそう呼ぶことは無い。
『受刑者番号2C0442-16』と呼ばれていたアイツは、いつの間にか自分の名前を作っていやがった。そして4回目だったか5回目だったかの喧嘩の時、アイツは、
「もう俺はお前だの、クソ野郎じゃねえっ!! いいか、俺は『佐藤 央力』だっ!! これからはそう呼びやがれっ!! 分かったか、このクソ野郎ッ!!」
って喧嘩の前に高らかに宣言した。ちなみにアイツが俺のことを名前で呼んだことは一度も無く、大抵『クソ野郎』とか『ゴミ』とかだ。いったいどうやってそんな名前を思いついたのか、そもそもなんで名前が欲しくなったのかは謎だが、まぁ当人が楽しそうだから別にいいけど。
ちなみにその後の喧嘩の行方はというと…仲裁に入ったロボによって俺ら仲悪くぶちのめされた。
そんな生活が続く毎日、亡者を裁いては数少ない賃金をもらい、4時に叩き起こされては亡者を裁いて、牢獄から脱走した央力と喧嘩して、そんで央力と喧嘩してはロボに殴られて、また央力と殴り合う……。それが俺の処刑執行人生活だった。
しかしその生活の幕もついに100年という時が下ろしてしまった。俺の刑期が終了し、処刑執行人として働く必要が無くなったのだ。罪を全て償ったとのことで、俺は天界で生まれ変わって来るよう閻魔様に指示されたが……
「あいにくだけど、俺が地獄にいなきゃ抑えられないやつがいるのでね。ソイツが大人しくなるまで転生は遠慮させてもらうよ」
って言って断った。俺が記憶もなにもかも捨てて生まれ変わっちゃったら、央力を抑えられるやつがロボ以外にいなくなる。それにアイツは非常に俺に固執してるから、俺が地獄から去ったらなにしでかすか分かったもんじゃない。
そういうわけで俺は地獄に残ることにした。これといった反論は地獄の亡者以外にはおらず、むしろ他の処刑執行人達からは大歓迎された。強過ぎるやつが死んで地獄行きにされても、俺とロボが何とかしてくれるからだろう。実際、何度か俺らで生前強いって言われてた怪物達をぶちのめしたから、それ相応の信頼もあるのだろう。
俺はそうして正式な処刑執行人として本格的に仕事を始めた。100年の間ちびちびちびちび貯めてきた賃金で安くて小っさい一軒家を地獄のはずれに買い、そこを本拠地にして。その前はロボの家を寝床にしていたのだが、ほぼ毎日俺が地獄の業火のすすや亡者の返り血を浴びてきっっったなくなって帰って来るもんだから、だんだん家の使用面積を減らされていったのだ。最終的には玄関の床とそこから1m先の廊下しか使わせてもらえなかった。
つまり俺がロボの家で出来たことは、かったい床の上でうっすい毛布1枚にくるまって寝るくらいだったのだ。それ以外のことは風呂代わりとして血の池地獄に入ったり、食事は他の職人の食べ残し処理班として活躍することで繋いだ。地獄の飯って死ぬほど不味いし消化もめちゃくちゃ悪いから、残飯処理班として活躍してた俺は超がつくほど重宝されたものだ。そういう意味でも他の処刑執行人は俺に地獄に残って欲しかったのだろう。
さて、これからはいよいよ憧れのマイホーム生活だが……周りには街灯はもちろん何も立ってないし、ここまで来るのにバスなど通っていないし、途中の道路などぼっこぼっこぼっこぼっこして常人なら途中で歩くのをやめて引き返すだろう。幸い電線が地中を通っているから電気はあるし、ロボがくれた携帯も一応繋がる。ぼっこぼこの地面もトレーニングとして歩く分には申し分ないし、地獄からは距離があるから亡者の泣き声も炎の熱気も氷の冷気も来ない。そう見て過ごせば案外ここは都かもしれない。
そうして俺の処刑執行人生活はまだまだ続いていくのだった。正式な仕事となったことで時間も多少の余裕が生まれ、美味いものを求めて辺りをさまよえるようになった。地獄の外には大きな市場があり、そこで野菜やら米やら色々買えた。とは言え生前美味いものなど滅多に口にせず、死後もまっずい飯ばっか食ってた俺の舌は見事に細り、なんでもかんでも食べられるものになっていた。そうでなくとも『究極生命体の力』を使えば味覚なんて自由に消せるから、不味いもの口にしても無効化出来るんだけど。
そんな生活が続いたある日のこと。仕事を終えた俺は地獄の夕焼けを浴びながら家に帰ると、1人の女性が玄関から家の中を覗き込んでいた。服装からして地獄の受刑者だろう。しかし普通の脱走者ってんならわざわざこんなところへは来ないだろうし、逃げてるとしたらこんな風に家の中など覗かないだろう。ってことは何か俺に用があって来たに違いない。
ぽんっ
「新聞ならお断り」
俺はそう言って女性の間をすり抜け、玄関のドアを開けようとした。地獄の亡者とわざわざ話してやろうと思わないし、俺に用があったとしても適当な会話でやり過ごすつもりだ。
「王牙…? 王牙だよね…っ?」
するとその女性はこちらの顔を覗き込みながら、恐る恐る尋ねて来た。自分の名を呼ばれた俺はハッとその女性の方を振り向いた。
「……っ!! やっぱり王牙だぁっっ!! やっだぁ……ぼおっ!! ずっど会いだがっだんだよぉぉぉぉっ!!」
ガバッ
「うおっふ」
次の瞬間、女性はガバッと俺に抱きついて来た。涙と鼻汁が溢れる顔をグリグリ押し付けながら。
「ちょっちょっちょっ、突然過ぎるよ、一旦落ち着いてくれ」
うにぃ……
泣き噦る彼女の肩をさすりながらなんとかなだめると、彼女はゆっくりと顔を持ち上げてこちらを見た。彼女の鼻汁はまだ俺と離れたがらないようだが。
「……? ばなだ、王牙でじょ……? 私だよ…? 覚えでだでぃの……?」
「……とりあえず家入る? 一旦落ち着こう、ね?」
この感じ、どっかで味わった気がする。力の差は歴然なのに、何故かこっちが振り回されるこの感覚。とにかく彼女の鼻水を落とすためにも一度家に入らなければ。
俺は家の扉を開けて入るよう促すと、彼女はブンブン首を振りながら家に入る。もしもこれが演技で俺報復に来たってんなら凄いけど、反対に彼女は子供みたく泣き噦ったままだ。とりあえず彼女をテーブルの椅子に座らせ、俺は彼女の死角で服を着替える。
「紅茶飲む? アイスしかすぐ出せないけど…」
「ん」
お茶が入った容器を出しながら尋ねると、彼女は鼻水をすすりながら頷いた。俺は適当なコップに紅茶を注ぐと彼女の前に差し出した。彼女はそれを手に持ちながらじっと紅茶の水面を見つめ、一向に飲もうとしない。一応俺も椅子に座って彼女の様子を伺うが、彼女は俯いたままだ。
何とかきっかけを作ろうと、俺は先ほどの彼女の台詞を思い出した。さっき彼女は俺に『覚えてないの…?』って尋ねて来たから、多分彼女はあの抗争で記憶を失う前に会った存在だ。
「あ〜、もしかしてさ。俺がヤンキーだった頃に会った人ですか? 悪いけどそれに関してはちょっと記憶が曖昧でさ、思い出せてないこともまだあるんだ。だから…」
「思い出せない……の? 私が分からない…の? あんなに一緒にいたのに…っ!! 信じられないっ!!」
バァンッ!!
俺がそう尋ねるなり、彼女はぐわっと激昂して思いっきり机に拳を叩き落とした。そのせいで彼女のコップは倒れ、入れていた紅茶が飛び出した。紅茶は机の上を濡らしていき、彼女の衣服にシミを作った。
「机を叩くな…壊れるだろ」
俺は呆れながら小声でそう言った。
(……?)
何故小声で? 普段ならもっと大きく言えるはずだろう。なんで俺は今、こんな小さな声で呟くように言ったのだ?
それになんだろう、このどこか懐かしい乱暴さは。荒削りで、品がなくて、押さえつけるのに非常に苦労するような態度は。
俺がこんなになってしまう人は……
「あっ…」
記憶の欠片が1つ、また1つと繋がっていく。
思い出した、何故思い出せなかった不思議なくらい鮮明に。かつて敵無しと呼ばれた俺に唯一怖じけず、逆にねじ伏せて俺を尻の下に敷いたやつがいたことを。
「お前っ…まさかっ!!」
「やっと思い出しやがったかっ、バカ王牙っ!!」
「美奈…っ!? 渡辺 美奈なのかっ!? 最後まで俺について来てくれた…っ!?」
「そうだよ!! あーもうっ! なんで思い出せないかなぁっ!! この野郎っ!!」
あー、全部思い出した。彼女のことを。
彼女の名前は、『渡辺 美奈』ある日突然、俺のところに殴り込みに来たバイク乗りのヤンキーだ。俺のことを全く怖がらないもんだから当時の俺は彼女を気に入り、何だかんだ一緒にいたもんだ。
そんな彼女は話すたびに『ガキ臭い』だの、『子供みたいな思考』だの言って馬鹿にし、反論したら尻の下に俺を引きやがった。他の女ならきっと殴り飛ばしていただろうに、何故か俺は美奈にだけは頭が上がらなかった。あんなに生意気で、二言目には『ガキ』って言って、ふと気づけば勝手にいなくなって、見つけたと思ったら喧嘩のタネを大量に引っさげて帰って来て、しかもその喧嘩を実際にやるのは俺だけで彼女は安全地帯から見てるだけ。
そして喧嘩を終えて疲れた俺を、バイクの後ろに乗っけて夜道を共に走り回るのも美奈だけだった。
「まったく…せっかく100年の刑期を終えて会いに来たってのに、感動の再会が台無しじゃないっ! バカっ!!」
「だって俺まだ記憶全部思い出しきれてないし。そもそも家の前で中を覗き込んでるようなやつと、感動の再会もクソもあるかってのっ!」
「なんだとぉっ!? 私の下に敷かれてたくせに生意気なっ!!」
「わーっ! やめろっ! ここで暴れんなっ!」
こうして100年ぶりに再会した俺らは、祝砲の代わりに新築の家の中で大乱闘を繰り広げるのだった。
次回の投稿もお楽しみに




