友達
お待たせしました
尻尾、至極当然のように、まるでそれが当たり前であるかのように、それはいとも平然とななしさんの背後から現れた。
「……」
その光景に対し、俺はなんとも言えなかった。それはあまりにも唐突だとか、理解が追いつかないというわけではなく、すんなりと納得出来てしまったからだ。
ただの人間ならば当然尻尾など生えたりはしないが、何故かななしさんならあり得るかも、と思えてしまうのだ。
「おりょりょ。あまり驚かないね」
「あっ、いや、なんか…その……」
「別に答えられなくてもいいよ。勝手に悟るからね」
「あうう…」
ななしさんはふふんと笑いながら、また俺の瞳を見つめる。ななしさんが読心するのに必要なのだろうか、なんて考えてたら答えてくれるのかな。
というかそんな力を持っているって、ここが夢でないとしたらいったいこの世界はなんなのだろうか。先ほどななしさんにつねられた痛みのせいで、この世界が夢である可能性はほとんど無くなってしまったのだから。
「……ねぇ、君は『3次元以上』って信じる?」
「えっ……?」
なんと今度はななしさんが俺に対して問いかけて来た。その予想外の出来事に一瞬頭が回らなくなり、俺は質問の内容をもう一度言ってくれるよう頼んだ。
するとななしさんは同じ口調で、
「3次元以上の存在を信じるかって話。理解出来る? こう…4次元とか5次元とかさ…」
と言った。その問いかけに俺は自身の中にある漠然としたソレを、ぼそりぼそりと答える。
「あっ、うん。なんとなくだけど…。その答えだったら、イエスかな。ちょっとオカルトチックになるけどさ、人間の脳はまだ3次元以下しか認知出来ないって思ってる」
「ふーん…なら話は早いかな」
ななしさんは少し考え込むように頷いた。この問いかけになんの意図があったのかはわからないが、少なくとも俺の今の姿やななしさんの体の構造とちょっと関係がありそうな予感がした。
思えば俺は理系の人間でありながら、UMAとかUFOの存在はなんの根拠も無く信じてた。科学的な理論や考え方にだって興味はあったものの、やはりオカルトチックなものや空想科学の方が書籍で読んで面白いなって思うことが多かった。
俺は、そこまで理系の人間では無かったのだ。理論とか過程を組み立てて結果に結びつけようと言うよりかは、いきなり理論や過程無しに結果を持って来るタイプだった。
その結果がいかに現実離れしていようとも、過程が無い以上それが正しいことのように見えてしまう。そう言う思考回路の人間だった。
「じゃ、もう1個質問いい?」
「えっ、あ、うん」
ななしさんの言葉にグィッと思考を戻される。今度はどのような質問が来るのだろうか。多次元世界の話等をしてくれるのなら大歓迎ではあるが。オカルトとか非現実的なことの方が話のネタとしては大好物なのだから。
しかしななしさんの口から出た言葉は、そういったものとは全く別のものだった。
「僕と一緒に来る? それともここに残る?」
「えっ…それはどういうこと?」
「そのままの意味さ。このままベンチに座ってるか、もっと広い世界を見るか。好きな方を選んでいいよ」
「……」
俺は少し考え込む。ななしさんの言う、『広い世界』というものがいったいどんな世界なのか、今持てる思考を使っても想像が出来ない。
「ねぇ、その世界ってさ。俺みたいな一等身の生物はいたりするの?」
「ん? いるよ。僕の友達に1人。というか、もし行くとしたら、その姿とか多分すぐ気にならなくなるよ。君が思ってるほど、普通の世界じゃないからね」
「……なるほどね」
『普通の世界じゃない』というパワーワードに俺はたじろいでしまう。
しかしそれと同時に『その世界を知りたい』という好奇心も同時に身体中から湧いて来る。
普通じゃない世界を知ってみたい。どうせ今の自分も普通とは程遠い姿をしているのだから。
俺は腹を決めると、ななしさんの問いにコクンと頷いた。
するとななしさんも心を読み取ってくれたのか、
「わかった。これで彼も1人じゃなくなるしね。じゃあ、行こうか」
と言ってベンチを立った。
ななしさんの言う『彼』というのはいったい誰なのだろうか。と思っていると、
「ああ、君と同じ、頭だけの子だよ。一人暮らしで同棲相手をよく欲しがってたから、よければ彼と一緒にって思ってたんだ」
とななしさんは答えた。どうやら普通じゃない世界には、俺のような顔だけの存在が他にもいるようだ。
赤の他人と同じ屋根の下で暮らすのは少々気がひけるが、この世界で行く宛の無い俺に居候先があるのはありがたかった。
『彼』という人物と仲良くなれるかは不安だが、住まわせてくれる身である以上は礼儀正しくしなくては。と最初の挨拶をイメージしていると、ななしさんは尻尾をシュルシュルと俺の体に巻きつけ始めた。
いったい何をしているのだろうと思っていると、
「じゃ、飛ぶからしっかり捕まっててね。」
と言って膝をくの字に曲げ、両手を翼のごとく自分の背後に持ってくる。バレーをやっていた身から言わせてもらうとすれば、その姿はまさしくアタックモーションのジャンプそのものだった。
ただ1つ、ななしさんは今、この何も無い場所で、飛ぶと言った。飛んだところでどうするのか、どうなるのか。全くその意味が分からなかった。
「飛ぶ……?」
思わず口から言葉が漏れる。しかしななしさんにはまるで届いていないようで、特に返事は無かった。
そしてななしさんは後ろに持って来た腕を思いっきり振り上げるように体の前に持ってくる。それと同時に膝に溜めていたバネのエネルギーを解除し、一気に解き放った。
ドンッ!!
何かが爆発した、と思ってしまうぐらいの轟音が辺りに響き渡った。その音は衝撃波となって空気をケーキカットのように切り裂いていく。
だが俺の意識はそんなものには目もくれなかった。
バリバリバリバリバリッ!!!!
「ヴィィイイイイイイイイ!!!」
超高速で上に上がる俺を待ち受けていたのは、巨大な空気の壁だった。それはズバズバと俺の体の表面を滑っては、眼球や口内の水分を根こそぎ奪っていった。
口や目を閉じようとしても風圧で強引に開けられてしまい、そのせいで口からは壊れた笛のような声が響き渡る。
「はぁ…はぁ……うべべ…うっ……」
10秒ほど続いたその時間は突如として止まり、やっと俺は一息つけた。
しかし今度はキリキリと痛む頭痛と、凍えるような寒さと、いくら吸えどまるで肺に溜まらない空気に苦しめられる。
「いっ……な、何こ…」
「下とかは見ない方がいいよ〜。じゃ、引き続き、特快で参りま〜す」
「へっ……ま、まっ……」
「待ちません」
ヒュンッ
そこから先のことはまるで覚えていない。
ただ1つだけ言えることがあるとすれば、俺は二度とななしさんの尻尾に乗って空は飛ばないということだ。これだけは自分の胸に楔として何度も打ち込んだ。
――
「オロロロロ……」
「はいはい、もっと吐いて。ごめんよ、まさかここまで三半規管が弱いとは思ってなかったんだ」
「ぞ…ぞんなゔぁげ……オロロ……」
俺の異世界への第一歩は口から嘔吐物を吐くことからスタートした。
ななしさんは申し訳なさそうにしながら、俺の背中とも呼べる後頭部を優しく撫でていた。そんな優しい力が出せるのなら、空だってもっとスマートに飛んで欲しかったのだが。
「じゃ、彼の家に行こっか」
ある程度吐き終えたのを見るや否や、ななしさんはすぐさま立ち上がって彼のいる家に向かった。
その後を抱えきれない不快感を持ちながら、慌てて追いかける。
それから数分で彼のいる家に着いた。ななしさんがその家のインターホンをポンと押し、俺はまた嘔吐物が出て来ないように抑えていた。
「ななしさんじゃん…どしたの?」
「新しい友達連れて来たよー」
「…….わかった」
ななしさんがインターホン越しに話している。その隙に俺はチラチラと家の外観を眺めた。かなり大きく迫って来るように見えるのは、やはり自分の身長が著しく縮んでしまったせいなのか。
でもななしさんがその家の近くに立っていてもそれほど違和感がないことから、どうやら普通の一軒家という感じだ。
こんなことならななしさんに身長を聞いておくんだった。そしたらその縮尺を元に大まかな大きさを計算出来るのにな。
なんて考えていると、家の扉がガチャリと開き、ぽむんぽむんと弾む音が聞こえて来た。
「満筑義君、おっすー」
「ななしさん、せめて連絡くらいちょうだいよ……」
「えへへ、ごめんごめん。ま、友達連れて来たからさ」
「どうも、丹波 満筑義です。よろしく」
満筑義と名乗る一等身はそう言って近づき、手とも呼べるもみあげを差し出して来た。
これが俺ら一等身なりの挨拶なのだろうか、と思いつつ俺も1歩近づいてそのもみあげを握った。
「初めまして、俺は永木 光野って言います。こちらこそよろしくお願いします」
こうして俺の異世界生活は幕を開けた。
次回の投稿もお楽しみに