死神の悩みごと
お待たせしました
「たーいまっと」
「あっ、おかえりー。さっさと夕食作ってよね」
「はいはい…」
俺は仕事の疲れを癒す間もなく、出迎えるなり美奈はそう言う。これも日常茶飯事で彼女は俺が仕事で疲れているなど微塵も考えない。ま、俺を疲れさせるような霊に出くわすなどほとんどないのだが。むしろ獲物が見つからず、精神的にがっかり来ることの方が多いくらいだ。
「今日は何にするの?」
「賞味期限間近のもの使って適当に炒め物作る。ちょっと待ってろ」
「はーい」
美奈はそう言うとリビングのベットで眠る清をあやした。1つ屋根の下で暮らす人数が2人から3人になってから約2年。最初こそ色々不便なことや問題はあったものの、今はこのように落ち着いている。これも『慣れ』によるものだとしたら、その力は相当恐ろしいものだろう。
「ねーえー、穏雅、はーやーくー」
「もうすぐ出来ますよっ」
「おーなーかーすーいーたー」
「もうちょっとなんだから、我慢しろって」
体を左右に振りながら、美奈は子供のように言った。
違う。俺の前でごろごろして言う様はまさに子供そのものだ。生前とまるで変わらな…いや、それ以上かもしれない。
最初におよそ百年前、初めて会ったあの時はもっとしゃんとしていて、決して誰にも臆さないような女だったのに。
まぁ、彼女がこんな甘えん坊でワガママになってしまったのも、だいたい俺のせいなのだが。
その晩の夕食は割と好評で、美味しいとのお褒めの言葉を頂いた。テレビのリポーターやソムリエとかが並べる語彙力溢れた言葉よりも、彼女というど素人が単刀直入に言う方が嬉しかった。美味いか不味いかのどっちかを、遠慮などせずはっきり言ってくれるから。
「ふう…ごちそうさまでした」
「はい、おそまつさまでした」
「明日は揚げ物が良いな。穏雅、頑張って作ってよ」
「揚げ物って……また洗い物が面倒なものを…」
俺が断る間も無く、美奈は頼んだよと言ってさっさと風呂に行ってしまった。俺はあーあとため息を吐きながら冷蔵庫の中を確認する。その中身は揚げ物を作るには乏し過ぎて、彼女のリクエストを叶えるには全然足りなかった。一応卵とかもやしとか使えそうなものは色々発掘出来たから、明後日辺りまでは持ちそうだ。
というか、別に今すぐ彼女のリクエストに応える必要はないのでは? 要望に応えられなくても、彼女に美味いものを食わせてやればいいじゃないか。
その結論に至った俺は、揚げ物はまた今度とにして明日は別のものを作ることにした。
結果は……
「なんで揚げ物作ってくれなかったわけ?」
「だって俺作るなんて言ってないし…」
「言い訳無用ッ! 今度は必ず作りなさいッ!!」
「はーい…」
怒られた挙句、尻に敷かれてしまった!
そして一方的に揚げ物を作るよう約束されてしまった。俺は美奈が話を聞いてくれるわずか10分の間になんとか1週間ほど延ばしてくれるよう頼み込んだ。その交渉の末、彼女はなんとか待ってやろうと言っていたが、その約束もいつ向こうが打ち切るか。
一見とぐろを巻いて落ち着いている大蛇でも、突然牙をかぁっと剥いて噛みつき、長い尾で獲物をぐしゃりと締め殺すか分からないものだ。
なにせこの大蛇は死神ですら恐れるほどに気まぐれなのだから。
そして約束の1週間が経った。この1週間ほど気が休まらない日々はそうそう無い……わけではなっかたりする。この大蛇、ワガママなくせして力がある。自分の要望が通らなかったら、怒りの活火山が大爆発。無理に抑え込めばどったんばったん大暴れせて、その長い尾で自家具や物を破壊するのだ。
その大蛇と暮らすようになってから2年ちょい、食べたいものが食べれなかっただけで暴れることなど何度もあった。一応3人で暮らすようになってからは減ったように思えるが、それでもこの1週間、大蛇の機嫌は優れなかった。じっとこちらを鋭い眼光で睨みつけたかと思えば、まだかまだかと1秒ずつ刻む時計の針を疎ましく思っているようだった。
といった日々を過ごして来た俺は今、スーパーの野菜コーナーに立っていた。この1週間、俺の仕事は乱暴なものだった。手頃な霊を見つければ、有無を言わさず大鎌を振るっていた。まるで鬱憤をぶつけるかのように。
だがそれも今日で終いだ。今の美奈を鎮めるためにはただの揚げ物料理では到底無理だろう。今朝の彼女の顔つきからして、この1週間の間に相当な欲求不満を溜めている。俺は今日、これを払い、彼女の笑顔を取り戻せる料理を作らなくてはならない。だからキャベツ1つにしてもぬかりなく良いものを選び抜かなくてはならなかった。
そんな俺の隣でも同じように悩んでいる者がいた。どこも苦労してんだなぁと思いつつ俺はキャベツの厳選を終えると、
「あっ……」
とどこかで聞いたことがあるような声が下から聞こえて来た。俺はチラッとその方に目をやると、
「んっ…? あっ」
なんとそれは、この間悪霊に道案内を頼んでいた子だった。
「この前の!?」
「……また会ったな」
まさかこんなところで再開を果たすとは思っていなかった。見たところ憑かれているようでもなさそうだし、どこか体に異常があるわけでもなさそうだった。
「前はありがとうございます。助けてくれた上に道案内まで」
「あー、気にすんな気にすんな。あんぐらいのこと」
あれくらいの悪霊なら祓うくらいどうってことない。むしろ無事でいてくれてよかった。しかし関わるなと言ってしまった子と話すのはいかがなものか。
「えっと…今は何を?」
「見ての通り、夕食の買い物だ。うちにはグルメな女がいるからな」
普段ならこんな風に話したりはしない。こちら側に無力な子を巻き込ませたくはないから。
しかし、今の俺はちょっとイラついていた。美奈のイライラに釣られ、こちらの日々の不満も溜まっていたのだ。元々、短気な性格も相まって、愚痴を誰かにぶつけたい気分だったのだ。
「あ、あのっ」
「まだ御用?」
その子はまだ何か言いたそうに尋ねて来た。
「そ、そのっ…」
「?」
だがその子は何故か口ごもってしまい、もごもごと言葉を詰まらせた。そして何か決意したかのようにゴクンと生唾を飲み込むと、
「キャベツの見分け方…出来れば教えてください」
と呟いた。その言葉が出るまで何故時間がかかったのか分からなかったが、彼の中でなんかしらの葛藤があったのだろう。その言い方といい、仕草といい、きっと他に聞きたいことがあったのだろう。いいキャベツの見分け方など、建前に過ぎない。そんな彼に加え、説明が下手な俺は、手に持っていたキャベツを彼の前に差し出すのだった。
他にいくらでもいいキャベツは視界の中にあるのだから。
手渡したキャベツを受けとったその子はありがとうと頭を下げながら、買い物かごにしまった。その表情は少し雲がかっており、まだ何か聞きたそうなのを堪えているようだった。
「本当は他に聞きたいことあるんだろ?」
そんな彼に俺は自分からそう言うのだった。このまま彼が話し出すのを待つより、自分から聞く方が早いからな。
するとその子はうんうんと頷く。そんな彼に俺は、念のために外のベンチでと告げると、予め狙いを付けていたキャベツを手にしながら彼と別れた。買う食材はまだまだあるし、いい食材が別の誰かに取られないとも限らない。
俺はトンカツで大蛇の怒りを鎮めんと、厳選に厳選を重ねることでいい材料を次々と買い物かごに収めた。後は俺の料理の腕にかかっている。もしもしくじればその時は……非常にめんどくさいことになるだろう。
なんて味付けのことや盛り付け方を考えながら、俺は外のベンチで彼を待った。
次回の投稿もお楽しみに




