大罪
おまたせしました
俺は真っ直ぐ家に帰った。何も聞こえない、何も知らない、叫び声なんて見えない、そう自分に言い聞かせながら。今日ほど周りの目線が気になった日はないだろう。すれ違う人全員の視線が気になり過ぎて、ぎょろぎょろと眼球を足より動かしながら俺は帰路を急いだ。俺は悪くない、と何度も何度も唱えながら。
とうとう自宅の前に着いた時は、それはそれは心の底から安堵した。俺は震える手で鍵を取り出し、ガギリと強引に穴に差し込む。そして折れんばかりに回してドアを開け、家の中に入るように飛び込んだ。
「……ッはぁっ!! はぁっ! はぁっ! はぁっ…」
家の中は妙な安心感を与えてくれて、詰まりそうだった息をすかさず肺に供給してくれた。俺は不安でギリギリと痛み出す腹を抑えながら家中の窓とカーテンを閉める。開け放しておいたら見つかってしまう、という不安感を拭い去るために。
しかしそれでも不安の種は次々と芽吹き、俺の胃の壁に根を張り出す。俺はふらふらと自分の部屋に入ると、ベットの上に横たわった。俺の体は不安の種を追い出そうと、ぶわりぶわりと汗をかき出す。流れ出た汗はシーツに吸い取られ、じゅぐっと気持ち悪い感覚を生み出す。太陽に照らされカンカンと温度を上げてた部屋の暑さは、俺の不安の芽たちを盛んにさせる。
俺はエアコンのスイッチを入れ、育とうとしている芽たちを摘もうと試みた。しばらく経って室温が下がると、心地よい涼しさは芽の成長を妨げてくれる。俺はベットの上でうずくまり、全力で痛みに耐える姿勢を取る。すると全身を猛烈なダルさと眠気が来襲する。俺はそれに抗えず、そのまま意識を暗闇へと放り投げた。
(……そこにいるのは?)
(律斗……イタイ……クルシイ……タスケ…)
(俺は何も……)
燃え盛る炎の中に邪神が貼り付けにされていた。俺は何人もの大衆の中にいて、みんなでその光景を目の当たりにしていた。俺は人に囲まれているから、動かせるのは頭だけ。
そんな中、俺と邪神は目が合った。
苦痛に顔を歪める友達は、こちらにひたすら救いの眼差しを送り続ける。俺はそこから目をそらす。今ここで俺と邪神との関係がバレたら、俺はきっと同じように火炙りにされるだろう。そんなのは嫌だ。
(どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして)
次の瞬間、怨念と憎悪が俺の体を何度も貫く。
すると水銀のように重く猛毒なものがドロドロと腹の中に溜まり、ゲボゲボとその場に吐きそうになる。しかし激しい嘔吐感と身体中の抵抗を持ってましても、それを吐き戻すことは出来ない。
(よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも)
(やめてくれっ!!)
(裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者裏切者)
俺はその場に耳を抑えて倒れこむ。しかしその憎悪は頭の中に直接響いているようで、身体中に貼り付くから逃げることなど出来なかった。
「ゔぁわぁああ!!」
俺は耳を塞いだまま飛び起きる。身体中は汗びっしょりでシーツに体の跡がくっきり残るほどだった。あれは夢だったのか、と胸を撫で下ろすが、すぐさま罪悪感が土石流のごとく押し寄せた。俺はなんてひどいことをしてしまったのだと、後悔の波が打ち寄せる。
今すぐにでも謝りに行こう、と思った時には日はすでに落ちていて、時計の針もく9時を指していた。随分寝てしまったと慌ててリビングに向かうと、両親の姿は無かった。俺は首を傾げつつテーブルに置きっぱなしだった携帯電話を確認した。すると通知画面に2人から、今晩は遅くなるから夕飯は適当にとの連絡があった。
その晩、俺は冷凍パスタを作りながら、友達への謝罪文をひたすら考えていた。裏切ってしまった罪は重い。からみち君が許してくれるかは分からない。
でも、謝らないというのは最低なことだ。本当の友達なら、いやもう友達でないとしても、誠心誠意を持って謝らなくては。
翌日、俺は昼前に家を出た。
友達に会いに行くため、猛暑の中をひたすら走る。汗を吸って服が重くなろうと、その分脚で大地を蹴る。身体中に酸素が足りなくなれば、ガーッと大口を開けて息を吸う。
そしてついに約束の場所へとたどり着いた。
「……っ!!」
しかしそこはいくつものバリケードと立ち入り禁止の札があった。ここを乗り越えて行くには人目も見回りもいるから、不可能に等しい。そり立つ数多の壁はもう俺に謝罪をさせる権利すら与えてくれない。
俺はがっくりと肩を落とし、深く深く絶望した。
このバリケードにではない。過去に過ちを犯した自分自身にだ。何故あんな酷いことをしてしまったのか。何故保身に走ってしまったのか。
何故友達を見捨ててしまったのか。
俺はうなだれながら、どうやってからみち君と会おうか考えていた。いっそのこと強行突破してしまおうか。でもその後は? 境内にはいくつもの心が見えるから、不用意に飛び込めば捕まる。そしたらもう俺は一巻の終わりだ。からみち君との交流がバレて、何をされるか。
考えても考えても良い案は浮かばない。どうすればからみち君に会うことが……
「……来たんだ」
「……っ!?」
途方に暮れたその時、背後から幾度と無く聞いて来た声がした。すかさずその方を振り返ると、そこにはかつての友達の姿があった。
「からみち君、ごめん…っ!! 俺、あんな酷いこと…」
俺はぐゅっと唇を噛みながら頭を下げる。例え許してもらえなくても構わない。キレられて殴られようとも、それは当然のことだから。俺はそれだけのことをしてしまったから。
「別にいいよ。もう……」
「……えっ?」
「友達だって、思ってたのに…。せっかく人を信じられたのに……」
「……ごめんっ!!」
俺はギリギリ歯を食いしばりながら、何度も何度も頭を下げる。からみち君の底知れない怒りが心からも雰囲気からも声からも伝わって来る。もはや俺は謝り続けることしか出来ない。
「もういい。人間なんて信じた僕が馬鹿だったんだ。邪神だって分かった途端これだもんね」
「そんなっ…」
「邪神の力、見せてあげるよ」
ギィーーッ!!
ガァンッ!!
次の瞬間、大型のトラックが猛スピードで歩道に突っ込んだ。そして多くの心の声が無差別に消えていった。
「えっ……?」
俺はわけが分からなかった。脳は思考を停止し、目から入り込んで来る情報を淡々と受け入れている。それしかしないから、いったい何が起きたのかまるで理解出来ないのだ。
やがて人の骸や血が焼ける匂いが鼻を突き刺し、大勢の悲鳴が鼓膜を揺らした。
「じゃあね、裏切者。一生苦しめばいい」
「……待っ」
ガァンッ!! ガランッ!! ガランッ!!
「……!?」
笑顔で去ろうとする邪神を追おうと1歩踏み出したその時、近くで工事を行っていたビルの鉄骨が落ちて来た。当然すぐ真下にいた数人は鉄骨の下敷きとなり、隙間から腕や足の破片を撒き散らす。
「嘘……だ。こんなの……」
これはただ事じゃない。
先ほど邪神が言っていた力のせいだ。邪神が怒り狂っているから、こんな厄災が起き出したのだ。
俺もすぐにこの場から離れないと、厄災に巻き込まれかねない。
そう思った時には、もうすでに俺は全力で走っていた。ここに来るよりもずっと速く。
ヒューッ
ゴッ!!
「っ!?」
その途中、すれ違った人の頭上に植木鉢が落下して来た。あまりの出来事に俺は立ち止まってしまい、その人にそろそろと近づく。倒れて動かない人の頭からは鉢の中の土に混じるように血が流れている。
心の声はしない。何も読めない。
即死だからだ。
「なんっ……で?」
俺はわけも分からずそう呟く。なんで俺の周りで、こんなに人が、無関係の人間が死んでいくんだ。
「なんでって、そりゃ君のせいだよ」
邪神の声が聞こえる。すかさず声の方を振り向くと、そこには邪悪な笑みを浮かべながらガードレールの上に座っている邪神の姿があった。
「君が僕を怒らせたから、こうしてみんな馬鹿みたいに死んでくんだ。君のせいだよ。君のせいで、君のせいで、君のせいで、君のせいで、君のせいで、君のせいで……みんなみんな死んじゃうんだから」
次回の投稿もお楽しみに




