悪魔に魂を
おまたせしました
「小鳥…箱? 随分と愛らしい名前ですね」
おーがさんの言うその箱は、なんとも物々しさに欠ける名前だった。小鳥箱って言うくらいだから、ツバメの雛でも中で買う箱なのだろうか。それとも飼育ケースのようなものだろうか。どちらにせよ、おーがさんが言うほど恐ろしいものという響きは無かった。
「そうか? 『子供を取る箱』から『コトリバコ』って言うくらいだからな。名前だけで恐ろしさが分かってたまるかってんだ」
「…まじすか」
しかしすぐにその考えはサトウキビより甘かった。コトリバコの『コトリ』とは、『小鳥』では無く『子取り』のことだったのだ。
「これがなかなかタチが悪くてね。完全に箱が開いちまったら大勢の人が死ぬ。今はまだ数人の人間が呪われる程度で収まってるけど、いかんせん箱の力が強過ぎる。さっさと処理しねぇと、一気に被害者が増えちまうからな」
「…そ、それって……もしかして木製のからくり箱だったりします……?」
「おお、よく知ってるな。そう、呪いの元となるものを入れる箱は必ずからくり箱に入れるんだ。なに、なんかそういう都市伝説的な話好きなん?」
「い、いや……別に。ただ……」
まさか、まさか、光野が開けようとしている箱って……あんなに人が変わったのはもしかして……。
点と点が結びつき、1本の線となる。謎がみるみる解け、中に眠る答えが姿を現わす。
「心当たりは……あるんです」
「……マジか。ちょっと詳しく教えてくれ」
たちまちおーがさんの顔付きが変わり、目付きに力が入る。それは前に見せたおーがさん人並み外れた恐ろしさとは違い、1つの仕事に本気で向き合う熱意だった。その熱意の前に俺は全てを曝け出す。
光野が箱に異常なまでの執着を持っていたということ。部屋で箱を開けようとしていた時はこちらの言葉はまるで届いていなかったこと。箱に触ろうとすると、並外れた力で抵抗して来たこと。人とは思えない顔に歪んだこと。
光野の魂がまるで感じられ無かったこと。
俺は焦りながら、ところどころ言葉として成立しているのかも分からないような口で全て話した。そのたびにおーがさんはうんうんと頷き、本気でこちらの話を聞いてくれた。
そして全てを話し切った時、おーがさんは表情を少し曇らせて、こちらに質問して来た。
「おっけぃ…情報提供ありがとう。ちなみにその箱を光野って子が手を出したのはいつくらい?」
「えっ……たしか、1週間くらい前だったと思います…」
「1週間前か……」
おーがさんは俺の答えを聞いたほんの一瞬だけ、眉間にしわを寄せた。その顔で読まずともなんとなく分かってしまった。
光野はもう……
――
トゥルルルッ……トゥルルルッ……
ピッ
「もしもーし、君からかけてくるってことは、何か重大なことが起きたのかな? 武陽君」
電話越しに聞こえるその声は案の定明るく、こちらの心情などまるで気にしていないようだった。俺は悪魔相手に震える体を押さえつけながら、友達の状況を淡々と説明した。
「ふーん、なんか大変そうだね。ま、知ったこっちゃ無いけど」
やはり悪魔はこちらのことなど考えていないようだ。しかしここで引くわけにはいかない。
「友達を助けて欲しいんです。俺の手にはどうしようもないから……」
俺は喉の奥から絞り出すように言うと、電話の向こうからはふぅむと悩む声が聞こえて来る。
そして5秒ほどその声が続いた後、
「何年出す?」
と尋ねて来た。この何年というのは恐らく、『俺の寿命』のことだろう。友達を助けるために何年寿命を削られるか、何年分の働きを悪魔は要求しているのか。恐らく、こちらが多く寿命を差し出せば差し出すほど、悪魔の仕事ぶりは良いものとなるだろう。
ならば迷う事など無い。いくらでも差し出そう。
「い……いくらでも、出せますよ。俺の命でいいなら」
俺は腹にグッと力を入れると、勇気を絞ってそう言った。覚悟は決めた。
もしも寿命全てを抜き取られたとしても、魂を悪魔に売り渡してでも、俺は…….俺は大切な友達を助けたい。
すると悪魔はしばらく黙った後、
「千年」
と要求して来た。
「せっ、千年っ!?」
「そう、千年。それで仕事してやるよ。いくらでもいいんだろ?」
俺の額を冷や汗がタラーッと伝う。そんな歳、払えるわけが無い。人間の平均寿命だって、その10分の1にすら満たないのに。
「なに? 払えないの?」
悪魔は電話越しにも関わらず、ヒャリと冷たい口調になる。瞬間、俺の背中を氷より冷たい何かに触れられた気がして、ゾクンと体をすぼめる。
俺は相手を見くびっていたのだ。悪魔という存在が何なのか、それを知った気でいた。自分らとはまるで頭の作りが違う相手なのに、こちらの常識が通ずるものだと思った時点で負けていたのだ。
自分の無力さが釘となって、幾度となく心臓を突き刺した。そこからドクドクと酸素を運ぶ血が流れ出し、呼吸がみるみる苦しくなる。
「はぃ……」
そんな中、俺はわずかに残った空気を使って、喉奥から吐くようにそう言った。その言葉は自分の耳にさえ届くかどうか怪しいくらいちっぽけなものだったが、悪魔の耳はそんなか細い声さえも聴き漏らさなかった。
「どうする? 君1人で千年出せないんだったら、あと数十人くらい連れて来てもいいんだよ。合計で千年出せれば、私はそれでいいからね」
「えっ……」
悪魔の意外な交渉条件に俺は、ゴクンと息を呑む。俺1人で出せない分は他の人も連れて来ていいと言うのだ。
すなわち、犠牲が俺1人に留まらないということだ。
そして俺が硬直している間にも、悪魔は畳み掛ける。
「選ぶの嫌? なら、君含めて、今度は親族から友達までを私が適当に選ぶけど、それでいい?」
「そ、それは……ダメ……ッ!!」
俺は先ほど呑み込んだ空気を全て吐き出しながら、そう答える。
犠牲が出るのなら、俺だけにして欲しい。これ以上大切な友達を失うわけにはいかないのだから。
相手に見えないにも関わらず、俺はその場に土下座をして何とかならないかと交渉した。俺の命はいくらでも使って構わないから、他に犠牲は出さないで欲しいと、何度も何度も額を擦り付けて。
「はぁーっ、お前さぁ。自分がそんなデカイ存在だと思ってんの?」
すると電話の向こうからは、今までとはまるで雰囲気の違う声が響いて来た。悪魔のような恐ろしさでも、子供のような無邪気さでも無い。
まさに子供に説教する親のような、そんな大きさを持った感じだった。
「自分がーとか、自分のーとか、言っとくけどな、私から見りゃお前なんて生きてても死んでても変わらんからな? そんな小さな奴が、自分を好きにしてくださいーなんて言われてもさ、じゃあこれやれって言ったら出来ませんってなるだけだろ? 出来ねぇことに命も覚悟もいらねぇんだよ」
俺は何も言えない。悪魔という大きな存在が自分を見たとき、いかに小さな存在なのか。
いったい俺は何様のつもりだったんだろう。いらないいらないと言っていた能力を持っていた自分は、他人以上とでも思ってたんだろうか。
「しゃーねーから、寿命は後払いにしてやる。私を働かせた分、後で要求するからちゃんと払えよ? それとさ、お前にはちゃんと仲間がいるんだから、そいつらをもっと頼ってやれよ。何でもかんでも自分1人でなんとかするって考えんなよ。たくっ、なんで私がこんな説教染みたこと言わなきゃなんねーんだ」
プッ……
そう言われるや電話は切れてしまった。俺は電話越しに何度も何度も頭を下げながら、受話器を元の位置に戻す。
そして俺の頼れる友達のところへ、もう一度自分らにやれることがないか、相談しに行く決意を固めるのだった。
次回の投稿もお楽しみに




