新生活
おまたせしました
「みなさん、こんにちは〜。今日もやって行きますよ〜」
光野がネットに動画を出し始めてしばらく経った。最初こそ緊張からか話すことやプレイもガチガチでお世辞にもいいものとは呼べなかったものの、しばらくすればそれもほぐれて来た。
常にでは無いが面白いこともきちんと言えるようになっている。
「……ちょっと無言プレイ入りまーす」
カチカチカチカチッ
ただ、ゲーム内に強敵が現れた時やかなり集中しなきゃ困難な時は、流石に喋りながらプレイするのは厳しいようだった。そのため今のように無言になることも決して少なく無かった。
「……っしゃあっ!! ……ふっ、口ほどにも無かったな」
しかし当人も1人の実況者として無言タイムを作らないようクリア直前で話し出すなど、出来る努力はしているようだ。
そんな光野の姿を見て、俺は尊敬の念をこっそり送った。いかに自分以外にこの動画を見る相手も楽しめるような動画を作るというのは、一言に簡単とは呼べないだろう。今こうして撮っているボイスや映像だって、つまらないのなら容赦なくカットする。
撮り始めてから2時間くらい経つが、これを動画にするのならどれほどの努力がカットされるのだろうか。そう考えてしまうと、なんだか可哀想に思えて来る。
「いやー、面白かったー! 続きもやりたいけど、今回はここまで! ご視聴ありがとうございました!」
プツッ
「……ふぅ」
そして俺が1番凄いと思うのは、こうして録画が終わった瞬間、笑顔だった光野が一瞬にして真顔に戻ることだ。先ほどまでやかましいくらい喋っていたのに、即真顔になるその豹変ぶりは凄まじい。
「協力ありがと」
「あっ、うん」
光野はパソコンに録画された映像を編集しつつ、俺にそう告げる。この、協力ありがとうという言葉は、実況中静かにしてくれてありがとうということだ。
たしかに映像に俺らの声が入ってしまえば、視聴者からしたらそっちに意識がいってしまう。そもそも俺らが騒がしくしてたら、彼の気も散ってしまうだろう。
「満筑義、今日の夕食なに?」
「えっ? ああ、蛇と蛙」
「んー、了解」
この蛇とかあるというのは、俺が幼い頃に親がよく言っていたジョークだ。4人で暮らすようになってだいぶ経てば、そんな冗談も話せる仲になるものだ。
ちなみに俺がこのジョークを言う時は、まだ決まっていない時だ。
俺が今日の晩飯を考えていると、
「ただいま。今日、肉の特売日だったから、色々買って来ちゃった」
律斗が買い物から帰って来た。その足で台所にやって来ると、ガサガサと袋から中身を取り出す。
しかしその中に1品、明らかに異質なものが入っていた。
「結構買って来たな〜、っておまっ……ナニコレ」
「あっ、これ? なんか帰り道にさ、ななしさんとばったり会っちゃってさ……これね……」
――
時は遡り、頼まれていた買い物を終えた俺は帰路をテトテトと歩いていた。買い物リストにはきゅうりやトマトなど、野菜が多目に書いてあった。
だが今日は買うはずの白菜と小松菜がすでに売り切れており、お金が余ってしまったのだ。さてどうするかとフラフラと歩き回っていると、ふと肉コーナーの前で俺の足は何者かにぎゅうと掴まれた。さらにその場から動きたくとも、何者かは俺の足を掴んだまま離さない。
「なっ……えっ……?」
その正体は半額シールの貼られた新鮮な肉たち。照明に照らされ、冷気の中に佇むその姿はいつも以上に神々しく見えた。
俺は足を掴む腕を振り払うべく、その肉を躊躇いなく取った。普段は手を出すことさえ出来ない肉でさえ取ってしまうほど、半額シールの持つ効果は凄まじかった。
結局その日は肉を大量に買ってしまった。少し予算をオーバーしてしまったことは、誰にも話さない秘密にしよう。そう考えながら帰路を歩いていると、
「ふーん、元気してるみたいだねー」
と聞き覚えがあり過ぎるくらい聞いた元気な声が上から聞こえて来た。
「あっ、えっ?」
俺はその声のする方をクルッと振り返ると、そこには白髪かつ長髪の女性に見える男性が立っていた。
「よっ、久しぶり…でもない?」
「ななしさん……なんでここに?」
そこにいたのはかつて自分を養ってくれていた怪物、ななしさんが立っていた。何故こんな場所にいるのかと尋ねると、チラシに今日は肉の特売日ってあったからだと答えた。まさかこの店がそんなチラシを出していたのか、と俺は軽くショックを受けた。
そんな俺にななしさんは持っていた袋からゴソゴソと何か取り出して、俺の前に差し出した。
「はいこれ、あげる」
「えっ……ナニコレ」
差し出されたものを見ると、梱包の仕方といい、形といい、明らかにそこらへんで売っているようなものには見えなかった。しかし受け取らなければななしさんにどんないたずらをされるか、悟ることは出来るが、したくは無いし分かったところで回避不可能なので、仕方なく手に取る。
そしてこの変に鱗がこびりついたものが何か問うと、ななしさんは真面目な顔で答えた。
「ん? ワニだけど」
「はっ!? ワニッ!? エェッ!? どうやって!?」
「えっ、普通にこう…ズドッて殴って」
ブヒュンッ!!
ななしさんはその時の様子を再現するかのように、右腕で空を切ってみせた。その聞いたことも無い風切り音の大きさは、ワニを殴って仕留めるという一見想像もつか無さそうなことを、強引に納得させてしまう。
「ま、ただのおすそ分け程度だよ」
「ち、ちなみに……どうやって食べる……の?」
「え? そりゃ、ステーキみたいに焼いてさ、塩胡椒振ってガブガブッて」
「あっ…はい」
話を聞いているだけで疲れて来るから、俺は適当に返事した。まさかたった17年という短い人生の中でワニ肉を食う羽目になるとは思ってもみなかった。
「じゃ、僕はこれで。また会うかもね〜」
そしてななしさんは、やっぱお返ししますと考える間も与えず、そのままスタスタと行ってしまった。
後にはワニ肉を持った一等身が、夕日に照らされながら呆然と立ち尽くすという景色が残る。
俺は再度渡されたワニ肉に目を落とすと、大きな大きなため息をハァーッとつくのだった。
「おっ、ワニの腕肉じゃん。いいもん持ってんなお前」
すると今度はまた別の声が辺りから聞こえて来る。しかし周りを見渡せど、その声の正体は見えなかった。
「こっちこっち、そんなとこに立ってたらせっかくの肉が傷むぞー」
キョロキョロと辺りを見回すと、建物の影に見覚えのある影が立っていた。俺は声の言う通り、すぐさま肉を袋にしまうと、その影のいる方に走った。
「あっ、おーがさん。こんにちは」
その影の正体は前に出会った死神だった。もちろん死神を連想させる大鎌も自分の横に立てかけている。
「散々だったな、ななしにこんなもん押し付けられて。新手の押し売りだなこりゃ」
「あ、あはは…でも無料でくれましたし……」
「まぁ、あんな怪物相手じゃ断れねぇよ」
おーがさんはやれやれと首を振りながらそう言った。そんなおーがさんに俺は笑うことしか出来ずにいた。
「仕方ねぇから俺がワニ肉の調理法をきっちり教えてやるよ。紙とペンある?」
「えっ、はい…」
するとおーがさんはワニ肉の調理法を教えてやると言い、俺に紙とペンを要求した。俺はたまたま持っていたボールペンと今日の買い物リストが書かれた紙を渡すと、おーがさんはすらすらとその裏に書き始めた。
「おーがさんもワニ肉食べたことあるんですか?」
「あ? まぁな。つか、爬虫類なら全部あるぞ。蛇とか蜥蜴とか、あとは蛙とか……」
「……マジですか。そういう番組とか見たことありますけど…本当に食えるんですね……」
「基本的に肉は調味料や下ごしらえ次第で味が決まるからな…よかったら、蛇や蛙の肉のレシピ教えよっか?」
俺はおーがさんの問いかけに即座に断った。やはり俺はまだ17歳。そういうものを食べるのにはまだ抵抗のある少年だ。
おーがさんは、残念だと小声で言うと俺にワニ肉のレシピを手渡した。そこには味付けやら使用する調味料などが色々書かれていた。だが肝心の調理法については少ししか書いていなかった。
やはりななしさんが言っていた通り、普通のステーキのように焼いていいのだろうか? なんて考えていると、おーがさんは大鎌を持って、
「ワニ肉なんて滅多に喰えないんだから、ちゃんと味わえよ」
と言い残して空へ飛んで行ってしまった。果たして俺はこの肉を美味しく食べることが出来るのだろうか、なんて考えつつ、俺は死神が書いたレシピが救いになることを祈った。
――
「マジ?」
「うん」
俺は律斗が持って帰って来たワニ肉に目を落としつつ、体を震わせていた。すると彼は俺の肩の代わりに頭をポンと叩いて、
「じゃあ、満筑義、頑張って」
と言って俺に全てを託した。
これは俗に言う無茶振りというやつではないだろうか、そう思った時にはすでに時計は5時くらいを指していた。
夕食まで残り約1時間。
次回の投稿もお楽しみに




