苦戦
おまたせしました
「ふぅ……分かっちゃいたけど、こんなにあるとはなぁ…」
「つか物動かすたんびにホコリが……エックショイッ!」
「うう……もうやだ…」
俺らは物置部屋を整理しながら、物の多さと顔の穴という穴から侵入して来るホコリに苦しめられていた。俺は言い出しっぺの法則というか、やりたいことのために2人を巻き込んでいる状況なので、率先して動かざるを得なかった。
だが満筑義もずっと部屋の掃除を怠っていたという罪悪感からか、黙々と作業をこなしている。
ただ律斗はと言うと、大量のホコリを前に先ほどからクシャミが止まらない様子だった。その目からは涙をホロホロと流し、見るたびに下を向いてクシャミをしては泣き言を連ねている。しかし何だかんだで作業の手を止めないでいてくれるのはありがたい。
予め部屋という部屋の窓を全開にし、全力でホコリを外に追い出すようにしていたが、予想をはるかに上回る量は俺らに部屋の整理などするんじゃ無かったという後悔を植え付けた。
さらにホコリによって引き起こされるクシャミは、俺らの作業スピードを著しく停滞する。
「これ……作業終わんのかぁ……アックシッ!!」
「分かんなぁ……アブシッ!!」
「肝心の機材にもホコリが……クシュンッ!!」
しかも俺らの体の都合上、機材を運び出すのに毎回山のように積もったホコリが目の前で舞うのだ。そんな機材が大量にあるのだから、溜まったものでは無い。
そして俺らの全身がホコリで真っ黒に汚す頃には、リビングまで空気が薄灰色になっていた。
「換気っ! 換気っ! ぷぁっぷ! これ、やっばいって!」
誰よりもホコリに苦しんでいた律斗は、もみあげでホコリを払いながらリビングの窓を開けようとする。そんな彼を手伝おうと、俺も窓の方へ行こうとするが、
「まっ、待て!」
グィッと突然満筑義に止められた。
「なっ…何で?」
「床が汚れっだろ! 俺らは風呂に避難だ!」
どうしてと聞き返すと、満筑義はそう言って俺の体を引っ張った。そのまま軽く強引に俺を風呂場に連れて行く。
ドシャーッ
「あー、気持ちいい」
「せやな…って、うっ……わ」
俺は自分の体を流れて行くシャワーのお湯の変わりように、思わず顔をひきつらせた。シャワーの穴から出て来るお湯は湯煙をもうもうと纏っているが、体を流れ排水口に向かうまでの経路の間にその姿は見るも無残な灰色に汚れていく。
「きったね…」
「うえぇ…髪の根元までホコリまみれだわ…」
俺らはガシャガシャともみあげを使いながら、全身の特に髪の毛のホコリを落としまくった。
ダァンッ!
「へぇっ!?」
「うぉぉっ!?」
その最中、突然風呂のドアがピシャリと開く。その音と突然さに俺らの体はビクゥッと飛び上がる。
「あっ! こんなとこにいた!」
「おおっ…律斗か、脅かすなよ…」
「あー、びっくりした」
そこにいたのは全身ホコリで真っ黒になった律斗だった。その目は充血し、周りは幾度と無くこすったせいで赤く腫れていた。
そんな彼はズンズンとシャワー目掛けて進撃し、一気にバルブをひねったかと思えば大量のお湯を浴び始める。
「あー……アックショイッ!! ぶふぅ……」
「こんなことなら湯船はっとくんだったな」
「今はホコリが落ち着くのを待つしかないな。窓開けてくれたんだろ?」
俺は律斗の汚れようを見ながら、予め風呂を沸かしておくべきだったと呟く。前に見たときはあれだけのホコリが眠っているとは思ってもいなかった。とにかく今は満筑義の言う通り、この場で待機するしかない。
まさか俺らの休日がこんな苦難を迎えるとは思ってもみなかった。
そして時間は経ち、3人ともすっかり綺麗になったところで、再び作業を開始する。宙に舞っていたホコリはほとんど床に落ちたか、外に出たようで、作業の邪魔になることは無さそうだった。
それで満筑義はリビング、律斗は物置部屋、そして俺は運び出した機材を掃除するという役割に分かれ、作業を始める。
「あ〜、こりゃ雑巾3枚じゃ足りねえなぁ……ひでぇホコリ。満筑義ー、雑巾余ってないー!?」
「さぁ、分からーん! 洗面所にまだ在庫があるかもー!」
「分かったー!」
俺は満筑義の邪魔にならぬよう、一度機材を庭に運び出し、外で作業をしていた。それはパソコンなどに積もったホコリを濡れ雑巾で拭いていくだけの作業だが、その多さと細かいところまで入り込んでいる厄介さに苦戦を強いられていた。
幸い、俺の体の構造は手の代わりとしてもみあげを使えるので、細い隙間にも入って行けるのだが、その分拭く面積が増える。
「あー、果てしないよー、これ」
俺はため息を吐きながら淡々と作業をする。
「ズズッ、どう? 進捗の方は」
すると背後から掃除を終えたのか、律斗が話しかけて来た。鼻をすすりながら喋る様子から、またしてもホコリにやられたようだった。
「3分の1も終わって無い」
「よければ手伝うぜ」
俺がそう答えると、律斗はそう言いながら隣に座る。そして雑巾を持ったかと思えば俺と同じように機材を磨き始めた。
「そっちは終わったん?」
「うん」
「ほーん…」
それ以降、俺らの間に会話は無かった。それはお互いに話せるほど親しい仲では無かったというわけでは無く、話しながら作業出来るほど楽なものじゃ無いからだ。
というのもあるが、俺が話せない理由にはもう1つある。
2人の間に数分ほど沈黙が続き、少しずつ俺の我慢のメーターが上がっていく。そしてついにその値が限界値を超えた時、俺はフンッと荒い鼻息を立てると、突きつけるように言った。
「なぁ…本音言っていい?」
「お? 急にどうしたん」
「ちょっと離れてくんねぇかなぁ? お前からホコリが漂って来て、敵わん」
「あっ、ごめん」
律斗が動くたびにホコリがふるい落とされ、俺の目と鼻にダメージが入るのだ。さらにその量が先ほどのリビングほどでは無く、俺の鼻の中を撫でる程度だ。それが逆に気持ち悪く、しかも耐えようと思えば耐えられるからタチが悪い。
しかしついにその気持ち悪さに耐えられ無くなった俺は、彼を自分の場所から離れるように言ったのだ。
それからしばらくして、ふっと思い出したかのように腹が鳴り出した。
「そういや腹減ったなぁ。今何時ぐらい?」
「あー、さっき見たときは2時前だったな。そういや昼食まだだったね」
「あ、そうか。俺ら昼飯まだだったっけ」
「どうする? 一旦中断する?」
俺は、んーと考えながら目の前の機材に目を向ける。律斗が手伝ってくれたおかげもあり、残りの量もかなり減った。
「いや、これならもう終わらせちゃうわ」
「りょーかいっ」
俺はそう言い、ラストスパートをかける。最初は見えなかったゴールがやっと見えて来たんだ。ここまで来たのならさっさと終わらせてしまいたい。
そう思うとやけに力が入り、ペースが上がったように思えてくる。
そしてついにその時は訪れた。
「んぁああ! 終わったぁあ!!」
「お疲れ様ー、いやぁ、疲れたねー」
「昼飯無かったらどーしよ、なんか作る気になれないしなー」
「まぁ、とにかく今は綺麗にした機材戻そーぜ」
律斗はそう言いながら、機材を頭に乗せるとテクテクと家まで戻っていく。俺も腹の虫の鳴き声を聞きながら機材を乗せて家に戻る。
すると綺麗になったリビングに、
「あっ、お疲れ様。簡単なものだけど、昼飯作っといたぞ」
すでに昼飯が出来ていた。
「「おおーっ!」」
俺らは2人で声を揃えて歓喜の声を上げ、残る機材を大急ぎで取り込んだ。そして腹の虫の腹を満たさんと、一心不乱に目の前の食事にありついた。
それから俺らは互いに協力しながら機材の起動や調子を確かめた。
「あっ、これちゃんと動くじゃん。よかったな」
「このゲームとか、やったら面白いんじゃない?」
2人は作業だからでは無く、割と協力的になってくれた。
そんな2人の優しさを感じながら、第一人者である俺が誰よりも頑張らなくてはと改めて決意するのだった。
次回の投稿もお楽しみに




