新たな暮らし
お待たせしました
時刻は午後6時半、そろそろ夕食の時間だと満筑義さんが台所で支度を始める。俺にも何か手伝えないか辺りを見渡し、ひとまずそれぞれの皿を出そうと引き出しを開ける。
そこには2人で暮らしていたには明らかに多い量の皿がしまってある。
「あれ、こんなにお皿があるんですか?」
「まぁな」
もしかしたら2人が俺のためにわざわざ用意してくれたのかもしれない。だとしたらだいぶ2人に気を使わせてしまった。
2人のためにも、俺はわっせわっせと皿を運んだり、炊飯器からご飯をよそいだりした。
「律斗、おま、めっちゃ働くやん。俺の仕事無くなるわ」
「あっ、そうですか? でもこのぐらいはしないと」
光野さんが軽く困ったような顔でそう言うが、俺は与えられた恩を返しているだけだ。これからお世話になる2人のお荷物的な存在になるわけにはいかない。
「ま、俺としちゃ別に構わんけどさ。楽だし」
光野さんはそう言いながら部屋を出て行く。おそらくトイレであろう。
なんて思っていると、いつの間にか俺が用意した皿には料理が盛られていた。
「はい完成。君に合うか味かは分からんが」
「わっ、でも凄く美味しそうですよ。ありがとうございます」
俺はペコッと頭を下げ、並べられた料理の品々に目を通す。すると鼻の穴を伝って美味しそうな匂いが流れ込み、ツンツンと俺の食欲を刺激する。見た目も決して悪くなく、増幅した食欲を失わせなかった。
完成した食事を満筑義さんと机の上に並べていると、ほぼ同じタイミングで光野さんも戻って来る。
並べ終えた俺らは椅子の上に座り、美味しそうな食事に目を通す。
「相変わらず美味そうだな」
「野菜とかザッと切ってザッと炒めただけだけどな」
「それでもいい匂いしますし、冷めないうちに食べちゃいましょうよ」
久々にごく普通の量を見た俺は、高鳴る食欲を抑えきれずにいた。
「まぁ、それもそうだな。いただきます」
「いただきます」
「はい、いただきます」
俺らはそう言ってからもみあげを使ってムシャムシャと食べ物を口に運ぶ。満筑義さんの作った食事はごく普通の家庭の味ではあるが、その美味さが変に懐かしい。
そういえば、あの時は絶望のあまり、ろくに味わうことが出来なかったっけ。
っと、これ以上思い出せばせっかくのご飯が不味くなる。俺はフンスッと記憶を鼻息混じりに外に出すと、ガッガッと囲むように白米を放り込む。
およそ20分後、3人の皿の上には炒め物の油が少しだけ残っているくらいで、それを除けば見事に完食し切っていた。
「ふぅ、ごちそうさまです」
「はい、お粗末様でした。そういや、光野、風呂洗った?」
「洗ったし、もう入れるんじゃね? さっき(風呂の電源)入れて来たから」
なんと先ほど時間を取ったのはトイレでは無く、お風呂を沸かしていたからだったのか。さっき仕事を取るなと言っていたのに、まさか新たな仕事を見つけて、それを実行していたとは。
「じゃ、誰から入る?」
「んー、律斗君って布団敷ける? この姿だと地味に重労働だからさ」
「ああ、大丈夫だと思います。多分…」
そういえば正希さんの家にいた時は、あらかじめ布団を敷いてくれていたから、自分で敷くのは何気にやったことが無かった。
でもこれも何かの縁、というより17歳で布団が敷けないのはどうかとも思う。
俺は光野さんに風呂を譲り、満筑義さんと一緒に布団を敷くことにした。
「じゃ、そこに取り込んだ布団が重ねてあるから」
「あっ、はい」
そこにはドサリと積まれた布団の山があった。持ち上げようと近づくと、ほのかに陽の匂いが鼻に付く。今日の天気は洗濯日和だったから、彼らも干していたのだろう。
「…ふんぐぅ!」
「無理すんなー、ヤバかったら手ぇ貸すぞー」
「あっ……はい」
実際に持ち上げようとして分かった。これはかなりの重労働だということに。まず手となるもみあげが小さ過ぎ、持ち上げることが困難なのだ。加えて布団の大部分が床を引きずっている状態なので、それによる摩擦がかなり邪魔して来る。
「無理そうだな。俺、反対側持つから、せーので行くぞ」
「あ、ありがとうございます」
「じゃ、せーの!」
グイッ
結局、布団を俺1人で敷くことは出来ず、3つ全て終えた頃には体中汗だくだった。
「ゼェ…ゼェ…つ、疲れた…」
「お疲れさん。ま、俺もすんげぇ疲れた時は別室のソファーで寝るからな」
「そ、そんなのもあるんですか…」
「ま、次の風呂は譲ってやるから、ちゃんと汗流して来いよー」
俺はゼェゼェと息を荒らげながら風呂場に向かう。その道中、
「おっ、律斗君。お風呂どーぞ」
「それでは入らせてもらいます」
風呂から上がり、全身から湯気を立てる光野さんとすれ違う。俺は彼にスッとお辞儀すると、そのまま浴槽の扉を開けた。
――
そんな律斗を後ろ目に見送りながら、俺は満筑義のいる部屋へ向かった。
「風呂入ったぞ、しばらくは出て来ないだろうな」
「お前はどう思う? 彼のこと」
俺は満筑義の問いに対し、しばらく考え込む。
つい昨日、ななしさんから電話がかかって来て、新しい友達を連れて来ると言われた時には2人そろって背筋が凍ったものだ。
この間まで散々、ななしさんや美月の危険度や対処法を互いに練っていた矢先にこれだ。当人曰く、自分らと同じ一等身の子が来るとだけ言われたので、どんな奴か2人で想像し合ったものだ。
怪物か、化物か、はたまた魑魅魍魎か、玄関のドアを開けるまで俺らは相当ビクついていたものだ。
「悪い奴じゃ無さそうってのが俺の意見かな。まだ、出会ってすぐだし、それ以上は何とも言えん」
俺がそう答えると、満筑義は少し苦い顔をして、
「でも聞いたところによると、ななしさんと美月が一切手を付けなかったからな。やっぱ、ある意味で怪物なのかもな」
と答える。その言葉に、俺もふぅむと苦い顔になる。
たしかにあの2人とともに過ごして、全くの無事というのが不思議でならなくなった。もしかしたら彼もあの2人に匹敵しうる怪物なのだろうか…
と考えても、やはり俺の結論は変わらない。
「だけど俺は……やっぱ悪い奴には見えないな。それにななしさん達から生き残った言うても、俺たちだって彼…って言うのか? まぁ、あの2人のことを全て知ってるわけじゃないしね」
「それもそうか。変なこと聞いて悪かった」
俺はチラリと風呂場の方に視線をやる。耳をすませば、まだ律斗は風呂に入っているようだ。
今の会話が聞かれていないことにホッと無い胸を撫で下ろすと、2人が敷いてくれた布団に入り込む。その匂いはあったかい陽の匂いで、自分を快眠へと誘ってくれそうだ。
俺は満筑義に感謝を伝えると、
「その言葉、後で律斗にも言ってやれ。アイツも手伝ってくれたからな」
と言われた。なので俺は律斗にも述べる感謝の言葉を布団の中で考えるのだった。
――
今、こうして1人になって思ったが、この家の風呂場といい、家の作りといい、明らかに2人で暮らすには広過ぎる間取りだ。それに加え昼間家の中を見た時に女の子のものやゴルフクラブなど、明らかに2人が使わないであろうものばかり目に入った。
もしかしたらこの家の住人は既に別の遠い場所に引っ越すことになったので、ある程度のものは置いていったのだろうか。にしては割と大切そうなものも置いて行ってる気もするが…何か特別な事情がこの家にあったのだろうか。
俺は頭を洗いつつ、そんなことを考えていた。でもこの家に来たばかりだから、それ以外にもまだまだ分からないことも多い。
そもそも心を読む能力が使えるとはいえ、あの2人のことをたった1日で全て知れたわけでも無い。
フゥーッと息を吐きながら体を流すと、俺は風呂を出て体を拭いた。ここから心機一転、もうあんな惨劇は繰り返さないと、俺は何度だって無い胸に誓う。
それから俺ら3人は布団に潜って、瞼を閉じる。明日はいったい何があるのか、なんて思いを馳せながら。
次回の投稿もお楽しみに




