鬼堕つる時
おまたせしました
ドゴォッ! バギッ! ギャッ!
あれからどれだけの時が経ち、何人の元部下共を殴っただろうか。相手は圧倒的数の差による暴力を存分に生かし、ジワジワと俺の体力を削っていく。こちらが相手1人を全力でぶちのめすのに対し、攻撃時に生まれるわずかな隙を相手は突いてチマチマと杭を打ち込んで来る。
最初こそ何てこと無かった。せいぜい蝿が止まった程度だった。だがまったく同じ箇所に何度も打ち込まれるのは別だ。杭は徐々に肉を裂き、内臓を潰していく。当然そこを防ごうとすれば、また別の場所に杭が打ち込まれる。
一対一の殴り合いじゃないからこそ、その戦闘法に俺は苦しめられていた。
そしてとうとう、今の今までちょこちょこと鬱陶しく削られて来た体力が、ここに来て牙を剥いて来た。
ドシュッ!!
「ぐぅっ!」
ほんの一瞬、せいぜい小刀を触れる程度の時間の中、それは起きた。
俺の体力の消耗により、敵達は少しずつ少しずつ俺との間合いを詰めていた。そのことには俺も勘付いてたはいたのだが、だからと言って何か出来る程俺の手は豊富では無かった。
それに間合いに入って来たのは――
俺の元側近、それもかなり最初期からいたやつだった。当然こちらの戦い方も知ってるようなやつだ。
そんな様々な要因が重なり、致命傷とまではいかないものの、あとほんの数mm違えば命取りな傷を負ってしまった。
古参の元側近が振るった小刀は、俺の鼻の付け根の部分を、もっと言えば瞼のすぐ下を大きく切り付けていった。瞬間、目の中に松明で焼かれたかのような激痛が走り、そこからバッと溢れる血が吸い込まれるように瞳の中へと入り込んだ。瞬間俺の視界は真っ赤に染まり、目の前にいた敵達はたちまち消えてしまう。
だがしかし、俺の心は、感情は、決して混乱状態になどなっていなかった。こんな時にも関わらず俺は何故か落ち着いており、何が起きたのか頭が高速で処理していたのだ。それは自分でも何故ここまで落ち着いてられるのか不思議な程で、むしろ冷静でいられる自分自身に困惑してしまうかのようだった。
その時、俺は怒りでカッとなったりだとか、傷つけられて痛いだとか、そんなことは一切思ってなかった。
ただ1つ、激しい喪失感と虚しさが胸を、心を埋めていたのだ。
美奈以外の者達に信頼を寄せていたわけでは決して無い。全く信頼していなかったと言っても過言では無いかもしれない。
でも、心の何処かでは求めていたのかもしれない。ソイツらを、自分について来てくれるやつらのことを。
だから与えられたこの傷は、もう自分には付いて行かない、もう自分の味方ではない、とそんな意味が込められているような気がした。
そこで俺の思考は止まり、結論は出したと満足してすかさず戦闘に切り替わる。目の前は相変わらず赤いままで、敵達の姿は見えなかった。
しかし俺には分かる。敵の殺気が、やつらの気配が、視覚でも聴覚でも嗅覚でも痛覚でも、ましてや味覚でも無い、新たな感覚が俺に敵の場所を教えてくれるのだ。そして俺はそれが信じられるものだと確信していた、自らに芽生えた新たな感覚に驚くことなく。
バゴッ!
「ごべっ!?」
(…当たった)
拳を振るえば当たった。相手の何処に当たったかまでは分からないけど、目が見えないのに当たったのだ。だがそれで士気や戦意が消える程、敵達もぬるくは無い。
むしろ更に殺気を高めて俺に来襲した。それを俺はひたすら迎え撃つ、ただ迎え撃つ、全身全霊を持って迎え撃つ、体力が無くなろうと迎え撃ち続ける。
やがて殺気が、声が、戦意が、1つ、また1つと減って行き、目にへばりついた血も乾いて来た。それを手で拭い、傷の痛みに顔を歪めながら目をゆっくり開くと、そこには…
(……)
元部下達の屍しか無かった。中にはビクビクと動いているやつもいるが、その数も両手の指で数えられるくらいだった。そんな屍の姿に、俺の心は激しい喪失感と虚しさをまた覚えていた。悲しいだとか、哀れだとかじゃなくて、心の一部をすっぱ抜かれたみたいな、胸に風穴が空いたみたいな感覚。
そしてやっと俺の体に戦いの痛みが襲いかかる。見れば鼻の付け根だけでなく、全身のいたるところに傷を負っており、付いているのが自分の血なのか敵達の血なのか分からない程だった。まともに歩くのも無理な話なので、俺はズルズルと体を引きずり、壁に寄りかかりながら出口を目指した。
そう、彼女の元へ、その温もりを求めて。
今の自分の体では彼女を守れないとまでは考えられなかった。それほどまでに体は疲労、疲弊は激しかった。しかも自分の行先に必ずしも彼女がいるとは限らない。
だが俺は野性的勘か、それとも帰巣本能とでも言うのだろうか、自分の行先に必ず彼女はいると信じ込んでいた。
しかし、
ドガッ!
「……っ!?」
突如、後頭部に強い痛みが走り、脳がグラングランと揺れた。何をされたのか、と振り返ればそこには、
「……っ」
ボタッ…ポタッ…
血が滴る鈍器を持った元部下が俺の後ろに立っていた。ソイツは何か言ってるみたいだけど、声なんて聞こえなかった。もしかしたら聞こうとしなかったのかもしれないけれど、ソイツが何と言っていたのかは分からない。
ただ1つ分かることは、まだ敵が残っていたということ。
ドゴッ
我ながら何とも弱々しい拳か。踏ん張りも効かず、威力のかけらも乗ってない拳は、相手の体を数歩程後ろに退けただけだった。俺は何とかソイツの息の根を止めんと、脚をそっちに向けた。
だが2発目は叶わなかった。
体の重心が大きくブレて、支えきれずふらふらと後ろに体が倒れていってしまう。
そのまま出口から体が出た瞬間――
プツリと俺の中の何かが切れた。
「意識が遠のく……自分の体が分からなくなる……俺は……み……」
それは小さな廃工場で起きた、小さな抗争だった。総勢千人の部下達が頭領を裏切り、全勢力を持って殺しにかかった。
だがその頭領も決してその数に怯むことなく、千人をただ1人で迎え撃ったと言う。
その勝負の行方は……
相討ちだった、と噂は広がるが……果たして本当にそうなのだろうか?
いや、まだまだ鬼の話は終わらない。
何故ならまだ彼は死んでいないのだから。
彼は意識の濁流に揉まれ、混濁の渦に溺れていた。
(ここは…)
まるで夢のような世界、しかし奇妙奇天烈なもので溢れているというわけではない。むしろその逆、何も無い虚無の世界なのだ。前も後ろも、右も左も、上も下もひたすら真っ暗な世界が広がり、目に見えない濁流が体の周りを流れているのだ。それに彼はただ手を組んで耐えることしか出来ずにいた。
(いったい何なんだ…)
そう思っても答えなど出ない。濁流はなお、嘲笑うかのように自らの体を引きずり込もうと押し寄せる。
やがて耐えることに耐え切れなくなった彼は、少しずつ体が浮いていくのに気が付く。しかしかといって何か出来るわけでもなく、彼はただそのまま波の流れに呑み込まれようとしていた。
その時、
「ふんっ」
グァッシッ
(……え?)
何者かが彼の手を掴み、濁流の中から引きずり出してくれたのだ。彼は助かったのかと思う反面、こんな夢みたいな虚無の世界で誰が助けてくれたのかとも思った。
そしてその者は彼を別の場所に運び、濁流など無いところに下ろした。
(あっ…助けてくれてありがとうございます…)
彼は助けてくれた者にペコリと頭を下げる。しかし顔を上げ、初めてその姿を見た時に彼の背筋はびくりと凍りついた。
自分など軽く捻り潰せそうな巨体、爛々と輝く金の瞳、そして神々しくも荒々しい黄金の体。
明らかに人間とは思えないその姿に、彼はただ怯え、声を上げることすら出来なかった。しかしその者は彼の前にズシリと座り、ズイッと顔を近づけて来る。
(えっ……えっと……ありがとうございます……)
彼はもう一度お礼を言ってみるが、その者の表情はピクリと変わらない。
だが口だけは開いてくれたようで、顔に見合った低い声でその者は彼に話し出した。
「さぁて、随分とこの魔神の力を乱用してくれたな。このツケはどうやって払うつもりだ、あぁん? もうお前の身長じゃ足りねぇんだよ」
(……?)
自らを魔神と名乗るその者に彼は何も言えないままであった。
が、しかし、自分がとんでもないことをしているのは直感的に理解した。
次回の投稿もお楽しみに
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