鬼と蛇
おまたせしました
その晩、俺と美奈は互いの過去についてずっと語り合った。あの時のマジギレにそんな深い意味とわけがあったとは、とそん時の俺はらしくもなく同情までしていた。普段の俺なら、そんなの知るかって一蹴するのに、何で彼女にはそれが出来なかったんだろう。
しかも自分の過去まで話してる、水増しも虚偽も混ぜず語っている。もちろんこの不思議な感覚はある程度語り終えてから気付いたことであり、話している最中は何の警戒心も無ければ、信頼出来ないからこれは話すわけにはいかないってのも無かった。
こんな女がいたのかって、今まで会えなかったことを悔み、そして会えたことを心の何処かで喜んでいた。
それからというもの、美奈の態度は一変…というか、より好戦的になった。前までは後ろで俺が戦い終えるのを待ってたのに、今では自分から敵に突っ込むようになった。戦いのやり方もただ殴る蹴るだけの単調的なものから、金的や目潰し、そしてそ倒れた相手に馬乗りになって殴り付ける、時にはバイクの前輪で思いっきり顔を叩き潰すなど、より凶暴な戦い方になっていった。
もちろんその分手間がかかるようになってしまい、酷い時は捕われの身となることしばしば。それが喧嘩の最中に敵と彼女の動きを俺が読めなかった結果起こったことならまだしも、自分から喧嘩をふっかけてったこともあった。当然助けに行かないわけにはいかないから、俺はため息混じりに単騎で彼女に手を出した奴らに向かってった。
そん時はマジで美奈にキレたけど。
「お前なぁ……マジでふざけんなっ…」
「だ、だって…アイツら王牙のことバカにしたし……グスッ、黙ってられるわけ…ヒッグ、エグッ……」
「泣くのかよ、泣くのかよ…っ! 泣けば何でも許されるとでも思ってんのかよっ!!」
「ウワァアーーンッ!! ごめんなざいーー!!」
屍塗れる敵の本部、俺と美奈以外に動いている者は他にいない。そのど真ん中で俺はことの発端である彼女を怒鳴りつけていた。
話を聞けばそんな単純かつ愚かな理由で敵に突っ込み、挑み、捕まり、手間をかけさせたからだ。たまたま敵が人質として彼女を扱ってくれたからよかったものの、死んでもおかしくないところだったというのに。
「いいかっ!! これに懲りて二度と1人で無謀な戦いをすんなっ!! 二度とだっ!!」
「はいっ…」
「それと喧嘩の時は俺の側を離れんなっ!! ったく、ただでさえ手間がかかるってのに!!」
「はいっ…」
怒り終えた俺は力無く返事を重ねる美奈の手をぐっと取ると、いいから行くぞって出口まで引っ張ってった。彼女は怒られたショックからか、それとも捕われていた恐怖がまだ抜け切っていないのか、ギュッと俺の腕にしがみついて歩いた。
まったく、こんな面倒なこと二度としないよう、ちゃんと躾をしとかないと。そう思った俺はさっさと彼女をバイクに乗せてその場から立ち去らせた。
するとバイクのエンジン音と、風を切る音に紛れて、
「初めて…本気で…怒ってくれた…」
と何か美奈が呟いた気がした。それを聞いてなるほど確かに、先程自分は本気で彼女に怒っていた。前の晩、彼女は親に見てもらいたいがために、自らの悪の道を進んだと言っていた。つまり彼女は一度も親に本気で叱られたことが無いってことだ。
(俺が初めてだったのか…)
美奈を初めて本気で怒ったのは、俺。それは本来、彼女の側にいるべき者がやらなくてはならない筈のことだろうに。
そしてまた美奈は変わった。本気で怒った次の日辺りから、彼女はいつも俺の側にいるようになった。
いや、確かに1人で喧嘩すんなって、喧嘩の時は俺の側を離れんなって言ったけどさぁ。でもいつでも側にいろとは……はぁ、まぁ、喧嘩の時の手間が減ったって考えよう。
そう思わなきゃやってけないよ。
んで、今日もまた美奈は抱き付くように絡み付いて来る。無理に引き剥がそうとすれば、執念深く位置を変えてまた抱き付く。
「王牙、ずっと一緒だよ」
「はぁ…」
(この執念深さ…そのうち本物の蛇になりそうだ…)
前に何かの図鑑で読んだけど、その中にはラミアっていう半人半蛇がいる。その美しさは数多の男を魅了し、最期には堕落させてしまうと程だと言う。最近は彼女を見る度にその魔物を思い出し、いつの日か本当にそうなっちゃうんじゃないかって思えて来た。
でもそれも悪くないかもしれない。俺だっていつまでも美奈の側にいて欲しいからな。
俺にとっても美奈が初めてなのだ。初めて思い通りにならなかったのは、初めて困惑されたのは。
初めて本気になったのは。
こんな日々が続いてくれればどれほどよかっただろうか。いつでも美奈と共にいられたら、どんなに幸せだっただろうか。
その日々は突然終わりを迎えた。
しばらく自分の寝床に帰ってなかった俺と美奈は、久しぶりに帰ることにした。俺は彼女に頼み、寝床までバイクを飛ばしてもらった。
そういや最近部下達とは連絡を取ってなかったけど、まさか別のやつら共に潰されては無いだろうな。たしかに前はほぼ俺だけで戦ってたし側近のやつらは全員雑魚だったから、もしかしたら鬼の居ぬ間に占領されてるかもしれない。
だがその不安は不要だった。携帯に電話すれば側近の1人が応答し、今から帰ると言えばいつでも待ってると言っていた。
そして辿りつけば、そこには俺の部下達が集まり、寝床の周りを覆うように囲っていた。
「へぇ、随分と豪勢な出迎えじゃない。ねぇ、王牙?」
「……あぁ、そうだな」
「…?」
美奈はそれを前に何の警戒もしてないようだ。
けど、俺は嫌な予感がして仕方なかった。俺の寝床の周りにこんな人間が集まるなんて1回として無かったし、人の配置も何処か組織的だ。まるで今から抗争の1つでもおっ始めるような、嵐や台風の子がメキメキと育っていっているかのような。
それを前に俺は美奈のバイクから降りると、じっと目を細めて自分の寝床を、正確にはその周りにいる人間の数を捉えた。
「何してんの? 早く行こーよ」
しかし何も分かってない美奈は早く寝床に行こうと急かす。そんな彼女に俺はふうと一息付くと、
「1人で逃げろ、美奈。全員裏切った」
と言って美奈の手をハンドルに握らせた。だが状況が飲み込めない彼女は、はぁ? と言った顔をしたまま固まる。無理も無いかもしれない、何せ久しぶりに帰って来たら全員裏切ったと言われたのだから。
そんな美奈を置いて俺は元部下達のいる場所に向かう。
奴らの狙いはきっと俺。反乱を起こすきっかけを与えたのも俺。
だが彼女を連れて行けば巻き込まれるのは確実。
俺の問題に彼女を巻き込むわけにはいかない。
しかし、
「やだっ…私も、私も行くっ!!」
と美奈はしがみ付いて来た。
その手を、腕を、想いを俺は振り払う。
「ダメだ、これは俺とやつらの抗争だ。美奈は関係ない」
「いやっ! 絶対にいやっ!! 王牙が言ったんじゃないっ! 1人で喧嘩するなってっ!! 喧嘩する時はいつでも俺の側にいろってっ!! だから私もっ!!」
こんな時まで、思い通りにならないなんて。
こんな時に、あの約束を思い出すなんて。
「なら…ならっ、分かってるなら逃げようよっ!! 私のバイクで! 脚で!! 2人で何処へでも逃げようっ!!」
「……」
美奈の言葉は、想いは、本気だ。俺がいつもみたく彼女の後ろに乗れば、きっと何処へだって逃げられるだろう。
でも、それでも、ダメなんだ。俺はアイツらのトップで、美奈はアイツらと同じ俺の部下。
部下の裏切りは、落とし前は、俺がきっちり付けなければならないんだ。
俺は美奈がいなきゃ生きていけない。
美奈が生きていなければ意味はない。
だから、ごめん。
ドッ
「……おうっ……が……」
「……」
俺は美奈の腹を殴り、気絶させた。別れの言葉は言わなかったし、言う間も与えなかった。もう一度彼女と話してしまえば、きっとそのまま別れられなくなってしまうから。
気絶させた彼女は少し遠くの物陰まで運、そこに隠した。これなら誰かに見つかることも無いだろうし、彼女が目覚めてもすぐに駆け付けて来れないだろう。
「美奈…次に会うとしたら……地獄で会おうぜ…」
そして俺は1人、決着を付けに向かった。
ザッ…
「おや、王牙さん、お帰りなさい」
「長旅で疲れてるでしょう。どうぞゆっくりお休み下さいよ」
「それとも何処か、体を休める場所にでも行きますか? いい場所知ってるんです」
「…」
倉庫の中は多くの元部下達で占領され、俺が寝ていた場所だったところには側近だったやつらが屯していた。まったく、気さくに話しかけやがって。演技臭いったらありゃしねぇ。
「そんな臭い演技やめちまいな。どうせ、お前らの狙いは俺だろう?」
俺は場にある全員に聞こえるよう、言ってやった。
すると周りの敵達はたちまち敵意を露わにし、次の瞬間には全員が俺に襲いかかって来た。その数ざっと数えて1000人、もしかして過去最高記録かもしれん。
上等だ。
俺に逆らうことがどういうことか、冥土の土産に教えてやろう。
次回の投稿もお楽しみに
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