彼女の過去
おまたせしました
私の名前は『美奈』
意味は美しく、綺麗な心を持って欲しいから、らしい。どちらかと言えば父親似で、髪の色も同じ茶髪だった。色素が薄いせいで、染めてるのって幼い時は何度も先生に言われたくらいだ。
でも、自分は果たしてそんな名前のように育ったのかな。パパやママが見てくれるような美しい人間だったのかな。
いや、そんなわけない。どんなに頑張ったって、努力したって、無駄だったじゃないか。テストで良い点取ったって、体育で新しい技が出来るようになったって、何1つ認めてくれやしなかった。
だから、私は……
――
私が何故生まれたのか、それを知ったのは中学2年の頃。あの時は親の目を引こうと必死に頑張ってた。
けどそんな姿は多くの目を敵にした。気が付けば私の周りには敵ばかり。仲良くしようと近寄れば鬱陶しいだの八方美人だの散々言われて、尚更人は減っていった。やがて私の敵達は集い、群れ、グループとなり、牙を剥いて来た。
見えないところの殴る蹴るは当たり前で、机や椅子の落書き、こっちにギリギリ届く悪口、根拠の無い噂など数えればキリがない。
でも私は負けない、いつか親に見てもらえるなら、こんなのいくらでも耐え切れる。世間じゃこのくらいで自らの命を捨てるようなバカがいるみたいだけど、私は絶対そんなことしない。こんなバカをいちいち相手してたらこっちまでバカになっちゃうし、そもそもそんな暇があるわけない。私は何としてでも自分の姿を親に見てもらうんだから。
でもその日は急に訪れた。
休み時間はいつも私の陰口や噂を流してるやつらが、ある日こんなことを口にした。
「ねぇ知ってる? アイツの噂。何でもアイツの親父、母親のストーカーだったらしくてぇ、強引に○○○するとこまで行ったらしいよぉ。んで、それで産まれたのがアイツなんだってさぁ!」
「へ〜ぇ、マジィ?」
「しかもアイツ父親似らしぃから、母親はアイツのこと見るどころか目の敵にしてるほどなんだってぇ!」
「うひゃ〜、キモッ! そりゃ私でも見たくねぇ〜! 強姦されて孕んだ子供で、しかも父親似とかマジで無理だわぁ!」
聞きたくないことを聞いてしまった。普段なら無視してる筈なのに、何故かその時はそれが出来なかった。私はソイツらのすぐ隣をすり抜け、脇目も振らず真っ直ぐトイレの個室へと向かうと、そのまま便器に座り蹲った。瞬間、腹の奥から抑えきれない何かがドッと吐き出され、同時に目の奥がぐわっと熱くなる。
「ウウッ……オェッ!! ゲボボッ…」
ビチャチャ…
すかさず便器の端を掴み、水面に向かってドボドボと腹の中に溜まったものを吐き出す。しかし腹の中のものが物理的に無くなれど、まだ気持ち悪いものは渦巻いていた。気が付けば瞳から涙が出て、便器の水面に浮かぶ吐瀉物にポタポタと垂れ落ちる。
それを下水管の奥へ流してからも、私はしばらくそこから動けなかった。薄らと始業のチャイムが聞こえてるのに、そこから動き、授業を受けようという気力が湧かないのだ。今目の前に見えている自分の体が望まれて産まれて来たものじゃ無いという考えが頭を駆け回り続ける。
その日、私は後の授業を全てサボり、下校の時間までずっとトイレの個室で過ごした。時間が経つのは遅いようで早く、それが来た時は、もうそんな時間かとさえ思っていた。私は重たい体をゆっくり起こし、誰かから逃げてるわけじゃないのに辺りを警戒しながら教室へと向かった。そこで自分の荷物をひったくるように持つと、そのまま何かから逃げるように帰った。
家に逃げ込んだ私はそのまま自室の布団の中に潜り込み、くるまった。すると体が得体の知れない恐怖で震え出し、奥歯がガチガチと音を立てた。自分に流れてる血が、自分と似ている父親の本性が、今までの努力が何の意味も無いことが――
そもそも愛されてすらいなかったかもしれないということが、私の胸を押し潰した。
それほど怖く、不安な夜を過ごしたことは無かった。夕飯など当然喉を通らず、そもそも布団の中から出なかった自分に出される夕飯は無い。でも不安と恐怖で埋め尽くされてる腹に食事が入る隙間など最初から無かった。
翌日、私は朝ごんを食べずに学校へ向かった。昨日のことはまだ覚えてる、でもあんなの噂に過ぎない。大丈夫、バカなやつの口から出たバカみたいな噂、根拠なんて無いに決まってる。
でもムカつく。そんな噂で昨日あんなに苦しんだんだ。怖くて眠れない夜を過ごす羽目になったんだ。この怒りは抑えられそうに無い。
朝ごはんを食ってないので本気の力は出せないけど、でもアイツらを殴ってやれるくらいの力はある筈。そう決意した私はいつも通り何食わぬ顔して過ごした。
休み時間になると、案の定昨日のやつらが私に聞こえる音で陰口を言っている。内容は昨日と同じ、私が強姦の末に産まれた子供だってこと。
もう黙ってられない、許せない。ついでに今まで溜まってた鬱憤も怒りも晴らさせてもらう。
私はグッと拳を固く握り、ソイツらの前に立った。ソイツらの1人は私を見るや、すっとボケるように話して来る。
「何か用?」
「昨日言ってたこと、謝って」
私は今にも爆発しそうな怒りを抑えながら、最後のチャンスを与えてやった。こう言ったところでコイツらは絶対謝らないって分かってるけど、もしも謝ってくれたなら少なくとも殴ることは無いかもしれない。何て、何で自分はそんなことにすがってるのだろう。コイツらが謝るなんて少しも思ってないのに、むしろ謝ったら殴れないのに。
でも、
「はぁ? 何のことだし、被害妄想と自意識過剰過ぎ。やっぱ愛されないとそうなっちゃうのかなぁ」
思った通り、ソイツ始めソイツらは謝らなかった。
そんな態度に安堵したのか、耐えられなくなったのか分からないけど、でも――
「…ぅぅうぅぁぁああああっ!!」
ブチギレたのは確かだった。
それから私は手当たり次第ソイツらを殴りつけた。蹴飛ばし、髪を鷲掴み、腹を潰し、顔面を引っ掻き、馬乗りになって何度も殴った。騒ぎを聞き付けて止めに入った連中の何人かも、邪魔をするなって叫びながら巻き込んでやった。
そうしているうちにやがて体力が無くなり、気が付けば私の手には血が付いていて、辺りにはソイツら含め何人かが転がっていた。
放課後、私は生徒相談室に呼び出され、何故あんなことをしたのか、との圧迫質問を3人の先生にされた。でも私の意見はただ1つ、アイツらが私を侮辱するようなことを言ったからだ。それに加え他の連中だって散々私のことを攻撃して来たのに、私が反撃したら何で私だけこんな風に言われなきゃなんないのか理解が出来なかった。アイツらは別室で被害者扱いされ、あまつさえ親まで呼び出しやがった。
でもそれと同時に、心の何処かで私は喜んでいた。アイツらが親を呼んだのなら、きっと私の親も来てくれる、と。いや、私の味方なんてしてくれなくていい。他の親達と一緒に大問題を起こした私を叱ってくれるなら、そうで無くても私のことで頭を下げてくれるなら…私は……。
けど、その期待は無惨に裏切られた。
私の親は、両親は、来なかった。来たのは相手の親だけで、何人もの大人の罵声を日が暮れても散々に受けた。でもソイツらの言葉はまるで頭に入って来ない。そうなる程、私の心は深い喪失感で溢れていた。
「違う、私が求めてるのはこれじゃない」
「何で、何で、何で来てくれないの、何で怒ってくれないの、私は、私はこんなに悪いことしたのに、何で、何で」
困惑と不安、焦燥と絶望、まだまだ出て来ては私の心に穴を開け、広げ、引き裂いていく。
そんな私が出した答えは…
「そっか…足りないんだ。まだまだ悪くない、私は悪い子じゃないんだ。じゃあ、もっともっと悪い子にならなきゃ。そうじゃなきゃ振り向いてもらえないんだ」
更に悪の道を歩むことだった。
次回の投稿もお楽しみに
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