美奈という女
おまたせしました
自分の存在ってなんだろう。
どうしたら認めてもらえるんだろう。
もっと頑張ればいいのかな、もっと努力すればいいのかな。それとも、もっと良い結果を出せばいいのかな。
分かんない、こんなに頑張ったのに答えなんてものは見つからない。
でも1つだけ分かった、学校のテストでも体育の良し悪しでも、学芸会で主役を演じるとかは違う。そんなの見てもらえない、見る価値すらない。
だけど、悪いやつなら、きっと、きっと振り向いてくれるよね。私のことを見てくれるよね。
――
美奈という女が来てから俺の生活は狂いっぱなしだ。しょっちゅう俺を外に引きずり出しては、バイクの後ろに乗っけて町中駆け回る。前に免許持ってんのかって聞いたら、自慢げに顔写真が付いた免許証を自慢して来た。だがその運転は荒いなんてもんじゃなく、スピード違反はしょっちゅう、酷い時なんかは徐行しなきゃいけないとこも最高速で走る始末だ。
そんな運転で町中飛ばしていると思えば、急に店を前にキキーッて止まる。それで俺が降りる間も無く、アレが食べたいだのコレが欲しいだの喚きやがる。断ればあのビンタが俺の頬に飛んで来る。何でこんな面倒くさい女を引き入れちまったんだと俺は滅茶苦茶後悔した。
だがそれと同時に、彼女が行先は何処も新鮮で俺の世界をみるみる広げていくのも事実だった。バイクの運転も荒いものの決して事故は起こさないし、起こすような素振りも無い、至って安全なスピード違反だった。
そんで何より、
「おーが、これすっごい美味しいよっ! 食べてみたら?」
「…はいはい」
美奈の笑顔は右に出る者がいないくらい素敵だった。
そしてとうとう俺は寝床にいる時間より、美奈と一緒にいる時間の方が長くなってしまった。そうなると1週間のうちに何日かは帰らない日さえ現れ出し、かつその日も少しずつ増えていってる。このままでは近いうち1週間ずっと彼女と共に過ごしてしまう、との瀬戸際まで来ている。
だが何故か俺はそのことに対して深く考えておらず、今日もまた彼女と共に過ごしているのだった。
「えへへっ、見て見て王牙。似合ってるでしょ」
「あー、うん。いいんじゃない」
今日の行先はランジェリー専門店、いわば女の下着とかが売ってるような店だ。店舗自体は割と大きく品数も豊富なことから、結構有名なところのようだ。ただその分値段もそれなりにはるのだが。
そんな店で美奈はあれやこれやと次々に下着を手に取っては俺に聞いて来る。どうせ外からはあまり見えないんだからどれを着ても変わらんと思うのだが。何て感じでいると彼女はむすっと膨れっ面になり、買い物籠片手に説教をたれて来た。
「何よ、反応薄いわね。そんなんじゃ女の子にモテないわよ」
「別にモテたいなんて思ってねぇし。そもそも女にモテていいことでもあんのかよ」
「あるに決まってんじゃーん。女の子のハート射止めて、恋に発展して、あとはラブホにゴーよ」
「ふぅん、興味なし。つか決まったんならさっさと買いな。どーせ金は俺が出すんだろ」
その説教は俺の女に対する接し方が主だった。けど正直俺は女に一切合切興味は無いし、ましてや裸とか見ても興奮の1つもしない。数少ない興奮は今んとこ、他人を殴っている時と美奈の後ろに乗ってる時くらいだろうか。
そう思いながら俺はカツアゲを重ねてあったかくなった財布片手に彼女の買い物籠を覗き込んだ。中には色々な柄やフリルの付いた下着で溢れていたため、いくらか彼女に厳選させてからレジへと並んだ。
全部買ってくれなかったことを恨んでか、帰りのバイクの運転は荒く、わざと急ブレーキや足場の悪い道を彼女は通りやがった。
そして陽は落ち、今晩の夕飯と宿を俺達は探さなくてはならなくなった。
「美奈、ここら辺に宿とかある?」
「えっ? あるけど、ここら辺は割と都会だしなぁ…。そうなると高いホテルとか民宿とかになっちゃうけど、いい?」
「…じゃあそん中でいっちばん安いとこにしてくれ。夕飯は外で食おう」
「分かったー。んじゃ近くの焼肉屋まで行きますか」
美奈はぐわんっとバイクのハンドルを握り、遠くで赤い照明をチカチカと光らせている焼肉屋へと一直線に向かった。何でよりによって焼肉なのかは分からないけど、別に嫌いじゃないからいいか。
そんで俺達2人は焼き網を真ん中に、頼んだ肉を焼き始めた。もちろんメニューのほとんどは彼女が頼み、しかも肉ばっかり。俺は白米とサラダ以外頼まず、あとは彼女が頼んだ肉を食べた。
ジュウウウッ
「うっっまー! やっぱ焼肉サイコーっ!」
「やれやれ、ちゃんと野菜も食べなさい。太るぞ」
「けっ、言われなくてもそーしますよっ!」
「にしては全然野菜が減ってないような…」
美奈は次々に肉を焼いては、口に放り込んでいった。対し俺は彼女の残しをいただく感じでチビチビと食べ、満たされない分は白米とサラダで補った。
それにしても焼肉なんていつぶりだろうか、最後に行ったのはまだクソ親父がいた時だったか、思い出せないけどとても前だったのは確かだろう。彼女はどうだったのだろうか、こうして家族と外食をすることがあったのか、そもそも何で彼女はあの時、名字を名乗ることを拒んだのだろうか。
そう考えていると、美奈から手が止まってるよって言われてしまった。
「ぐふぅ…あぁ、もう食べられない…しばらく焼肉はいいわ…」
「ったく…食い過ぎだっての。ちゃんと野菜も食わないから胃の中が脂で埋め尽くされてんだよ」
「だって…野菜嫌いだもん。食べなくたって生きてけるもん」
「そんな馬鹿なことあるか。もう…宿に着いたらひとまず野菜食っとけ。道中で買っとくから」
焼肉屋を後にした俺は美奈のバイクを引きながら宿を目指した。彼女は肉の食い過ぎで完全に参っており、満足げに腹を押さえながらズルズルと引きずるようにして歩いた。だからあれほど野菜を食べておけと言ったのに。そんな馬鹿な彼女のために俺は道中コンビニに寄り、簡素なサラダを買ってやった。
着いた宿はまぁまぁ綺麗なとこであり、部屋に風呂も付いていた。残念ながら布団はセルフで敷かなければならないし、朝食も付けられるほど金銭的余裕も無いので、本当にそこでは泊まる以外出来なかった。そんで美奈はと言うと、歩いている最中にある程度焼肉が消化されて元の元気を取り戻していた。
「チェー、なんだぁ、ここ温泉無いのかぁ」
「贅沢言うな。風呂や寝巻きとかが付いてる分ありがたいだろ」
俺は湯船に湯を溜めながら、ブーブーと愚痴る美奈を諭した。彼女は俺がさっき買ってやったサラダをモッモッと食いながら部屋の真ん中に胡座をかいている。
「ほら、布団敷くからどけ」
「まだ食べてる途中なんですけど〜」
「立って食え。ここで行儀悪いなんて誰も言いやしねぇんだから」
「むぅ…」
そう言いながら俺は床に布団を敷き、いつでも寝れる支度を整える。すると湯がいい感じに溜まっており、それを告げる間も無く1番風呂を取られてしまった。
それから数十分後には2人共風呂から出てサッパリし、さぁ寝ようと部屋の電気を消して布団の中に入る。
しかし、
「ねぇ王牙。まだ起きてる?」
暗闇の中、美奈は俺に話しかけて来た。その時はまだ眠りにはついてなかったから、俺は彼女に返事をする。
「……何だ」
「その…前にさ…私、自分の姓なんか言ってやるもんかってキレたじゃない…? それなんだけどさ…」
「別にあん時のことは気にしてない。言いたくないなら言わなくていいだろ」
どうやら美奈はあの時のことを話しているようだ。口では気にしてないと言ったものの、内心俺はそのことについてちょっと考えていた。何が原因であんなことを言ったのか、あんなに拒んだのか。けれどその時、本当に言いたくないんだなって思った俺は、彼女が話そうとするまでそれをしつこく聞くようなことをしなかった。
そしてついにその時が来た、と思った俺は無理に言わせないようにするためにも敢えて彼女に言わなくてもいいという選択肢を与えた。このことがもし彼女の心に、笑顔に少しでも傷を付けてしまうようなことなら、それは自分にとっても嫌だから。
だが、お互い顔が見えない暗闇の中、美奈は語り出した。自分の過去を、思い出したくないことを、あなたは信頼出来るからと言って。
次回の投稿もお楽しみに




