牙の王、そこに並ぶ者
おまたせしました
家を出てから数ヶ月も経つと、俺の周りには徐々に人が増えた。1人が2人に、2人が4人に、4人が8人に、と。ついて来た多くの者達のほとんどは俺の強さに、恐れ、ビビり、そして再び殴られないようにするためだった。
別に俺はその点に関して、敵でなければそれでいいと割り切り、尽くしてくれるなら何でもよかった。ただ俺が唯一命じたのは、決してタバコを目の前で吸わないことだった。実は俺はタバコが大の苦手で、あの煙をまともに吸うのは本当に耐えられなかった。だからそれだけは死んでも守れ、破ったら殺すとまで言って、部下達に守らせた。
そうして俺の周りの人数は更に増えていく。
だが巨大な力というのは味方よりも…
バギッ!
「ぐぇ……」
「ふんっ、雑魚が。話になんねぇ」
「まっ…だずっ……」
ゴッ!
より多くの敵を生む。
ここんとこ毎日喧嘩三昧の俺は、敵が向かって来るたびに全部返り討ちにしていた。どんなに人数を増やそうと関係無く、ただ目の前の敵を叩き伏せる。やがて俺の強さと悪名は噂になって各地を巡り、昼夜問わず敵が押しかけて来ていた。そのほとんどが拳銃やら刀やらの武器を持ってたけど、それでも誰も俺の首を取ることは出来なかった。むしろ喧嘩が終わると、俺の拳を始め、辺りの地面が真っ赤に染まっている。
その無情さや残虐さから、次第に俺のことを『鬼』と呼ぶ連中が出始めた。返り血を浴び、真っ赤な体になって立ち尽くす姿はまさに鬼だと、俺の部下はよく言った。
しかし俺は特に気にしない。というか、自分が鬼と呼ばれることに心なしか喜びを感じていた。何か響きがカッコいいし、無情に敵を打ちのめす姿とはよく言ったものだ、なかなかセンスがいいじゃないか、と。
だが単純に『鬼』と呼ばれるだけは味気ない。何かもう1つカッコいい響きが欲しいと思った俺は3日3晩悩んだ挙句、
「『王牙』、牙の王」
と名乗ることにした。その名が定着するまで多くの時間はかからず、誰も彼もが俺のことを王牙と呼ぶようになった。もう穏雅は何処にもいない。
そうして王牙は今日も拳を振るう。他者には無い力を持って。
「さぁ、愚民ども。鬼の力を見せつけられ、慄き、恐怖に溺れる様を見せてくれ。俺はまだまだ足りない。絶望を、お前達の泣き叫ぶ姿を、命を乞う様を、絶対的な強者による惨劇を、俺にたっぷり向けてくれ」
ギ…ッ
「そうすれば、俺が何よりも楽しいから」
やがて部下を数えるのが馬鹿らしくなるくらい数が増えた時、それは起きた。俺の寝床はゴミ捨て場と化した工場の跡地で、そこで夜を過ごしていた。自分の周りは何だかんだ初期からいる、まぁまぁ信じられる連中で固めてあり、他のやつらは別の場所にいた。あまり大勢でワイワイやることが好きで無い俺にとってその空間は、ゴミ捨て場と言えどちょうどよかった。
そんな俺の寝床に1人の部下が駆け込んで来たことから話は始まる。
「あ? んだそりゃ」
「言った通りです。近いうち隣町のヤンキー達が攻めて来るって…」
「はぁ…だるっ…」
話によると、部下の数人が隣町でカツアゲついでにぶらついていると、迂闊にもそこのヤンキーの集団に絡まれたらしい。そこで引けばいいものの、下手に挑発して喧嘩売るという馬鹿みたいなことしやがった。しかもまぁまぁ知れていた俺の名前まで出したそうだから、近いうちに全員がかりで喧嘩しに来るとのことだ。
何で部下の不始末で俺まで巻き込まれるのは分からないが、とにかく来るのなら迎え撃たなければなるまい。俺は駆け込んで来た部下に、大喧嘩するから全員準備しとけと他のやつらに伝えろとだけ言い、さっさと目の前から立ち去らせた。
「はぁ…使えねぇクズ共…」
そう言ってやれやれとため息をつきながら、俺はパキパキと指を鳴らして近いうちの襲撃に備えた。敵の数も強さも未知数、しかし負けはしないだろう。だって俺は牙の王、敗北などあり得る筈がないのだから。
それから数日後、その時は訪れた。夜になり、寝ようとしている俺の周りを囲むように数え切れない程の人が溢れ、対し部下共はどうしようどうしようと混乱していた。もちろん俺の周りにはせいぜい数人の部下しかいない。
俺は駆け込んで来た部下に、
「おい、ちゃんと連絡はしたんだろ? 何でこんなに攻め込まれてる?」
と尋ねると、その部下はしどろもどろになりながら
「た、たしかに、連絡はしたんですけど…」
縮こまりながらポツポツと答えた。そんな態度に俺は、あっ、こいつはもうダメだなと決め付けると、バキバキと指を鳴らしながらこれから始まる争いに心なしか胸を躍らしていた。
今日は何人殴れる? 何人の泣き顔を見れる?
想像しただけで興奮する。
争いのゴングは隣町のやつらが工場の扉をガッと開けて入って来たと同時に鳴った。大声を出しながら向かって来るやつらに、俺は負けないくらいの声を出しながら真っ先に飛びかかり、突っ込んで行った。
すかさず拳を振るうと、すぐ前の敵が視界から消え、拳に殴った時の快感が押し寄せた。だがまだまだ満たされない。
もっと、もっと俺を楽しませてくれ。
俺の前に、全員ひれ伏せっ!!
その後のことは何かよく覚えてないけど、気が付けば殴る対象が目の前から消えていて、殴った対象が目の前に散らばっていて、朝日が俺の体と顔を照らしていた。ひたすら殴っているうちに外にまで出ていたのか、と辺りを見回した。
次の瞬間、ズキッと体が痛んだかと思えば、見れば全身ところどころに傷を負っていた。殴るのに夢中になり過ぎていて気が付かなかったのか、と俺は勝手に想像しながら来た道を引き返し寝床へと戻っていった。すると部屋の奥で部下達が蹲っており、何かあったのか近付くと、
「あっ…王牙さん。すみません…」
「けっこうやられちまいましたァ…」
「イテテッ……こりゃしばらく動けないですね…」
「王牙さんもなかなかこっぴどくやられたみたい…」
自分の傷を見せては情け無い言葉を連ねていた。本来の数より少ないことから、他の連中は多分逃げたか家に帰ったんだろう。更にもっとよく見れば全員俺より軽傷だし、特に返り血も浴びて無さそうだ。なのに痛いだの、やられただの、口々にしやがる。そんな部下達に俺は怒りすら通り越して呆れ、
「ちょっと寝る。しばらく起こすな」
とだけ言って自室のベットの上に寝っ転がった。そもそもことの発端は俺の名を部下達が勝手に出したせいだし、それで俺が1番傷付いて帰って来た。そう考えると異常に腹が立ち、今すぐにでも誰かに八つ当たりしてやりたくなった。けどズタボロの部下共を殴っても大して面白く無いし、外に残ってる連中は気を失ってるだろうから尚更だ。
「あーあ、つまんねぇの」
張り合いのある奴が誰もいない。そのつまらなさに身をよじりながら、微睡に落ちようとしていた。
その時、俺の安眠を妨げるようにして部下の1人が起こしに来た。ただでさえ機嫌が悪いっつぅのに。
何事だ、と尋ねりゃ、その雑魚はまた挑んで来た者が現れたっつって俺をソイツに会わせようとした。俺はチッと舌打ちし、もしつまらねぇ奴だったら殺してやる勢いでソイツに会ってやることにした。
だがソイツは俺の想像を遥かに超えたやつだった。俺の弱点を知っていたのか、タバコをふぅーっと吹きかけて来やがった。しかも王牙の名に全く怯まず、むしろそれを完膚なきまでに叩きのめした。
そんな手も足も出なかった名を聞こうとすれば、
パァンッ!!
避けられないビンタを喰らわして来た。更に俺の脳の理解を超えたその女は、突如ワンワン泣き出して動揺を誘う。
その女の名は『美奈』、王牙と唯一対等に並び、王牙以上にふんぞり返り、あまつさえ王牙を振り回した。
そして何よりも、誰よりも王の側にいてくれた存在だった。
次回の投稿もお楽しみに
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