天使降臨
おまたせしました
その日、穏雅とロボはいつも通り仕事に勤しんでいた。100年前と変わらず、地獄に堕ちた罪人達を容赦無く裁き続ける。
ロボが復帰した当初は大勢の同僚から困惑と恐怖の目線を受けたものの、当人は全員に迷惑をかけてすまなかったと頭を下げ、そして休んだ分まできっちり働くつもりだ、と言った。その言葉に処刑執行人達の間では、やはりロボは冷たい鋼の心を持った、最高で最鋼の鬼なのだと噂が流れて出す。
それはもちろん穏雅とロボの耳にも届いており、当人達は、
「やれやれ、復帰したらこれだよ。まーた、俺を鬼だ冷淡だって言ってる。俺ってそんなに冷淡な性格してっかね?」
「えっ? うん。逆にお前を表す言葉ってそれ以外なくね?」
「ちょっ、否定ぐらいしてくれよ。100年も付き合ってる仲だろうがよ」
「100年も付き合ってる仲だからだよ」
笑いながら話すところから、さほど気にはしていないようだった。2人共他者から忌み嫌われ、厄介者として長らく接せられて来たせいか、そんな噂にはもう心は痛まないまで硬くなっていたのだ。
そんな風に働いている2人でも、何処か顔に侘しさというか、小さな穴が胸にぽこっと空いたかのような顔をしていた。
それもその筈、本来ならこの面子にもう1人、腹が痛くなるような暴れん坊がいたのだから。ついこの間までは2人で央力の元まで出向き、全力の戦いをしていたあの時が妙な懐かしい、という感情を2人の胸に植え付けさせる。
「いやぁ、にしても央力がいねぇと平和だな。どうだお前、寂しいか?」
「はんっ、腐っても俺を殺したやつだ。いなくなったら安心するのが普通だろ」
「ハハハッ、にしてはどっか退屈そうだぜ」
「るせぇ」
口ではそう言うものの、穏雅の心の中はたしかに何処か退屈を覚えていた。寂しさとはまた違う、今まで平然とそこにあったものが突如として消えるという違和感。ロボが地獄から退いていた時は特に感じなかったのに、何もかも元に戻った今だからこそそれが溌剌と胸を刺す。
だがそのように話すロボの顔にも何処か退屈さが見えていた。ロボにとって央力は自分と似たような境遇の持ち主、言い換えれば互いに模造品という穏雅以上に近しい仲なのだ。穏雅を殺すために生まれ、殺すための力を植え付けられ、最後は超えるための力を求めていた。そんな自分と似た央力にロボは何処か自身を重ね合わせていたのかもしれない。
そんな腐れ縁との別れに2人は感慨にふけていると、もう時刻は休憩の時を指していた。2人は特に疲れてもいないがその場にゆっくり腰を下ろすと、また雑談を始めた。話のネタは主に央力のことだったが、その途中ロボが何か思い出したように口を開いた。
「そういやさ、前に央力に喰われたであろう世津徒ってやつがいただろ。んで、俺を作ったゴミ共と手を組んで、何か生物的な実験してたよな」
「あったなぁ、んなこと。覚えてるよ、アイツら美奈に好き放題やった挙句、脚を奪いやがって。しかも勝手に喰われるとかマジで腹立つ」
ロボが持ち出した話はかつて穏雅に復讐し、そして美奈を始めとする生物の実験をしていたやつらのことだった。そのことは今でも穏雅の中に怒りの種として残っており、敵の顔が浮かぶ度に腹わたが煮えくり返りそうになるのだった。
「それだけどさ、あん時俺さ、コイツらの資金とか費用とかってどっから出てんだろうなーって軽く思ったんだよ。そん時は別に詳しく調べなかったんだけど、何か最近聞いた噂によると上の役人達数名が絡んでたーみたいな噂を昨日聞いたんだよね」
「はぁ? 何で受刑者にそんなことすんだよ。たしかにあの屑野郎共は使おうと思えば使えるけどさ」
「そこなんだよ。んで気になって昨日ちょっと調べたらさ、すんごいこと分かっちゃった」
ロボは半分笑い、半分本気の顔になって続けた。
「ソイツら、極秘裏に新しい兵器作ってるらしいぜ。俺を作ったやつらと世津徒からもらった、魔神の力のデータを使ってな。多分だけど資金援助もソイツらがやってたんだろなー、んでデータだけもらったら切り捨てたって感じだ」
「……なるほど、くそったれ。あの屑野郎共の背後には嫌なもんがあったってわけか。それでどーすんだ? 首突っ込むのか?」
それはとんでもない事実だった。2年前穏雅の妻を殺めかけた存在の後ろには、本来地獄を治める筈の者達の影があったのだ。元々罪人である彼らに何故あんな生物をいじくれるほどの研究、実験が出来たのかもそれで説明がつく。
つまり美奈はあの時、ただ復讐の道具に使われただけでなく、兵器の資料として利用されていたということだ。
そのことに穏雅がキレない筈が無く、パキパキと指を鳴らしながらロボに報復をするのかと尋ねた。
だが、
「いや…これはあくまで噂だし、明確なソースも無い情報だ。もしかしたらソイツらに敵対する連中がでっち上げた嘘って可能性も十分にある。そもそもこういうのは俺達の仕事じゃない、そうだろ?」
ロボの返事は『関与しない』だった。言う通り自身の調べたことには明確なソースも確たる証拠も無い話だし、この手はまた別の者達が調べるべきことだ。もしかしたら自分らの感情を煽り、この派閥を滅ぼすように仕向けられているかもしれない。
と、思っているロボはそう言ったのだ。自分らが首を突っ込むべきでないことというより、自分らが首を突っ込むと更に危険なことが起こり兼ねないと踏んだのだから。
「……ふぅん。まっ、そう言われれば確かにそうだな。確たる理由が無いんなら仕方ねぇ。だけどさ、ソイツらが明確に何かしたって証拠が出たら潰すだろ?」
「まぁ…な。つかどっちかって言うと被害者はお前の妻なんだから、そうなったら止めはせんよ」
そんなロボの思惑は穏雅にも伝わり、穏雅はふっと怒りを沈め呼吸を整えた。それから冷えた頭で穏雅は、
「んで、連中は何を作ってんだ? 流石にそこまでは分からんか?」
とロボに尋ねると、ロボはあぁっと思い出しながら、
「あぁ、どうやら俺みたいな対罪人用兵器を針山の隣の山で作ってるって噂だ。まぁ、俺を作ったやつらのデータを持ってりゃ不可能な話じゃないわな」
噂されている山を指差しながら答えた。その答えに穏雅はハッと軽く笑い、何だそりゃとだけ返した。
するととっくに時間は経ち、もうすぐ休憩の終わりを告げようとしていた。2人はそろそろ行くかっと立ち上がると、処刑執行人として罪人を裁く準備を始めた。
「にしても対罪人用兵器かぁ…もしも強かったら俺達の立場ねぇじゃん…」
「導入されたらそん時は、新しい仕事探そうかな…なぁ、死神の仕事ってまだ募集してる?」
「そりゃもう、あんな仕事いつでも求人中よ。何せ、入って来る人数とやめてく人数の差が激しいんだから。そうでなくとも戻って来れないやつとか、負の感情に触れ過ぎて鬱になるのも珍しくないし」
「うわっ、ブラック企業も裸足で逃げ出すな、それ」
2人はそう話し合いながら作業を再開する。先程話に持ち上がった対罪人用兵器を種に。その兵器の恐ろしさは主にロボの方に向いていた。もしも兵器が罪人達を裁くのに十分な力を持っているとすれば、央力蘇生後特に強い者がいない地獄にロボの場所は無くなってしまう。そうなればロボの経済状況は大打撃必至である。
もしそうなったら死神の仕事を検討させてくれ、とロボが言うと、穏雅はそろそろ戻るであろう仕事の現状を脅すようにして答えた。今ロボに出来ることがあるならば、そんなことにならぬよう天に祈っておくぐらいだろうか。
「まぁ、失業しないよう天に祈っとけば? 実際天使はいるって、証人がここにいるわけだし」
「そうかなぁ、でも神様がいるんなら祈っとこうかな。無料だし」
ロボはそう言いながら天を見上げ、そして自らの安を祈ろうとした。
その時、
パァァアアアアッ
見上げていた天が突然光り輝いたかと思えば、
ヒュオオンッ
雲を払い、裂き、滅しながら太陽と見紛うほどの1つの光がそこにあった。
白き衣を纏いしその姿、光溢れんばかりの輝き、背中から大きく伸ばす神秘的な翼、そして頭には美しき形の光輪。
「……」
舞い降りて来るその様は、『天使』以外の言葉を見た者達に想像させなかった。
「おまっ…何願ったんだよ」
「いやいやいやっ!! 俺はまだ何も願ってねぇぞ!!」
地獄の鬼達も天使に目を奪われること数秒、その間はずっと2人共その存在を見ていた。それからやっと意識が戻り釘付けになっていた目を引き剥がすと、穏雅はロボに何を願ったと尋ねた。しかしロボは首を横に大きく振り、まだ何も願ってないと否定する。
その間にも天使は徐々に高度を下げており、やがてその姿が明確に見えるところまで降りて来ていた。
するとそれを見つけた地獄の罪人達は、あの天使こそ我らを救いに来てくれたのだと、その元へ我先にとワラワラ醜く集まった。
「天使様っ! 私を! どうか私をお救い下さいっ!!」
「いいぇ、どうか俺を! 天使様、天国へと連れて行って下さい!」
「いや、私をっ!! どうかどうか!!」
「天使様ッ!! 天使様ッ!!」
それは一種の集団パニックのごとく罪人達を刺激し、やがて天使の足元には埋め尽くさんばかりの人混みで溢れる。当然そんなことを処刑執行人が黙って見てるわけにもいかず、興奮する罪人達を何とか沈めようと奮闘する。
すると、そんな罪人達の声に反応したのか、その天使はスゥッと体を輝かせると、
ファララララララララララララッ……
自身の周りに巨大な光の光輪を生み出した。光輪の縁は等間隔に輝きの強いところがあり、下から眺めている者達の目にはまるでそこが刃のように見えた。
「……ラー……ラー……」
天使は何か歌うように、美しい声を発しながら周りの光輪をゆっくり回転させていく。
ファララララララララララララッ……!!
やがてその回転は加速して行き、最早光の明滅が目で追えなくなるところまで来た。
その瞬間、
「……」
ヒュララララララララララララッ!!!
キィンッ!!!
光輪から光線が撃ち出され、
ギャオオオオオオッ!!!
針山含め、近くにあった4つの山々を一瞬にして無にへと帰した。
次回の投稿もお楽しみに




