弟子たち
おまたせしました
ななしさんに抱かれるがまま、俺は脱衣所に連れて行かれる。もちろん頭だけの俺に服という概念は無く、2人の脱ぐ姿を目の前で見る……
グュッ
「あははっ、律斗君ったら、顔真っ赤にして、目閉じてる」
「コイツ、結構ウブだよな」
2人の裸を見ないよう、瞼を鉄のように固く閉じる。
もし開けてしまえば俺の体は、抑えきれない肉欲により石のように固まり付いてしまうだろう。
「別に男の裸体くらい、見たっていいじゃぁんね」
「いや、お前の体はどっから見ても女だろ…」
暗闇の中、ななしさんのひやかす声が俺の欲を刺激する。その欲望は下半身をムクムクとたぎらせ、徐々に膨れ上がっていく。
「じゃ、入ろっか」
ヒョイ
その一言で俺の意識はふらりと遠のき、欲望を抑えていた壁が紙のごとく散った。体はワナワナと震え出し、全身が緊張の縄により強く締め付けられる。だのに固く閉じていたはずの瞼はゆっくりと開く。
「は、はばばばば……」
「女の裸体って見たこと無い? 幼い頃とかにお母さんと入ったことぐらいあるでしょ」
「私はねぇなあ!?」
そこには古の絵画に描かれるような、『美』の一言に尽きる肉体があった。それが鏡ごしに俺の瞳に飛び込み、自分の妄想で膨らんだ『美』がいかに『醜』であったかを思い知らされる。
しかし、それを悔やむなり反省する間も無いほど、2人の肉体は俺の欲と思考を満たしてくれた。
シャワー
「ふぅ…結局、どっちが勝ったんだろね」
「そもそも、いつもやってる『戦いごっこ』が飽きたからって『殴る蹴るオンリー』でやり合うのもどうかと思うぞ。お互いに硬いんだから」
「そっかー、やっぱ普段やってるのが1番だねー」
「たくっ…おかげで普段より汚れたし、服もボロボロだよ……」
2人はシャワーを浴びながらそんな会話をしていた。
俺は浴槽の中で溺れないように大きめのタライに入り、風呂の壁に目を合わせていた。
ムクムクと何度も俺の心の中で、『見ても構わないだろという声が聞こえて来るが』、肉欲が再び溢れ返らないようグッと堪える。
「でもさー、美月は別にいいじゃん。服って言っても、肉体の一部なんだからさー」
「そうだけど…肉体の再生だっていくらでも出来るわけじゃ無いし。それに限界迎えたら元に戻れないし…」
「限界迎えたらって…強くなってからはそんなことも無くなったからいいじゃん」
「はぁ……なんかお前と話すだけで疲れる…。この際、言っとくけど、今日だってだいぶ再生を繰り返したんだからな!? 見せないだけで、疲れてるんだぞ!」
2人の口論、いや、美月さんの方が一方的に怒っている話し声がシャワーの水音越しに届く。体の再生がどうのこうの等、2人が口を開けば俺の今までの常識はことごとく潰されていく。
ただ戦うだけで無く、肉体を再生しながらやるなんて人間ならばそんなことは出来ないし、それが出来る生物など人間に言わせれば想像上のものだ。
しかし、今俺の目の前にいるこの2人は、人類の持っている生物の常識をいとも容易く乗り越える。
(すごいなぁ……)
俺はそんな2人についつい目をやってしまう。下心など関係無く、物珍しい光景を見る幼子のように。ただただ好奇心に任せて目を送る。
「……あっ」
そこにあったのは、美月さんの、『胸』だった。そこから徐々に視線と性欲を上げていくと、
「破廉恥…」
美月さんの冷ややかな視線と言葉だった。
それから俺はタオルで視線を覆われたまま、湯船にプカプカと浮かんでいた。美月さん曰く、俺の視線は変質者そのものだったそうで、もう二度と見せないように、とのことだ。
俺はもう見れない2人の裸に肩を落としながらも、心のどこかで安堵するのだった。
なんて思っていると、
「あーあ。美月さぁ、悪魔なら別に見せたっていいじゃない? 自分で自分のこと、『快楽を与える悪魔』だって前に言ってたじゃん」
とななしさんが言っているのが聞こえて来た。その言葉に思わず動揺していると、美月さんの方も言い返す。
「お前なぁ…その場合コイツの魂ごと喰うんだぞ。つか、私は悪魔っぽいことが出来るだけで、悪魔そのものじゃないって何度言わせんだ」
「ははっ、いつか分かるといいね。美月の正体」
いったいこの2人は何を言ってるんだ、なんて困惑の波が心の水面浮かんだ時には、俺はすでに口に出していた。
「えっ、それってどういう事ですか?」
すると、その問いに答えたのは美月さんでは無く、ななしさんの方だった。
「言った通りさ。美月は自分が何者か、知らないんだよ、ねー?」
「まぁ、否定はしない」
「今分かってんのは、『悪魔っぽいことが出来る』のと、『月から来た』ってことぐらい?」
「…そんなもんだな。もっと言えば、『雷を降らす能力』があるとか…」
かなり重要そうな言葉が散乱しているが、俺という何でもない存在の前で話していいのだろうか…。というか、俺はこの話を聞いてよかったのだろうか…。
なんて疑問もぶっ飛ぶようなキーワードの暴力に、俺の脳は理解するのに苦労した。
『悪魔っぽいことが出来る』上に、『月から来た』という意味不明さ。駄目押しに『雷を降らす能力』を食らってしまえば、俺の脳の理解値をはるか上回ってしまう。
「律斗くん、混乱してる…」
「常人に対して、一度にガバガバ話す話題じゃ無かったしな。機会を得てまた話してやれよ」
「あれっ、話すの僕なん? 別にいいけど…なんて話すか分かったもんじゃないぞ?」
「やっぱいい、私が話す」
そんな2人のやりとりなど、パンクした俺の頭には全く入って来ないのだった。
さらに長く風呂に浸かっていたのと2人の裸体を見てしまったせいで、体はポンポンとすっかりのぼせてしまった。
「ふひゅぅ〜…」
口から蒸気混じりの変な音の息が漏れる。
「あれま、すっかりのぼせちゃったね」
「外にほっぽり出してやれよ」
それからのことはほわほわと靄がかかって覚えていないが、何か良いものをたくさん見れたと心は高まっていた。
生まれて17年、一度は絶望して絶った命だが、まさかこんなに良い体験が出来るとは思ってもみなかった。
(今度こそ)
俺はふぅんと鼻息をたてると、もう一度生きてみようと心に誓った。
自分が寝ている部屋に戻ると、正希さんが布団を敷いてくれていた。ありがとうございます、と頭を下げると、
「ああ、そろそろ夕食だから来いよ」
と言って部屋を出て行った。
俺ははぁとため息をつきながら、分かりましたと言って正希さんの後を追う。
『夕食』
作り手は基本的に正希さんだが、美月さんやななしさんが作ることもある。はっきり言って味は美味しい。少し濃いところもあるが、別に気にすることでも無い。
匂いだって食欲を増進させるものばかりだし、不味いものは決して作らない。
ただ…
「ふぅー! 良い湯でしたぁー!」
「おおっ! やっぱ師匠の作るのは美味しそうだねー!」
「いいからさっさと席につけ」
湯船から上がって来た美月さんとななしさんが意気揚々とやって来る。先ほどまでボロボロだった2人の体は、嘘のように傷がふさがっている。これがさっき話していた再生力なのだろうが、にしても常軌を逸脱し過ぎては無いだろうか。
なんて疑問を肩から引っさげ俺はテーブルの椅子に座る。目の前には半径2メートルはあろうかという大きなテーブルに、その面が見えないほど皿で埋め尽くされた料理の数々。俺を含めなくても、決して3人で食べる量では無い。
しかしこの3人と来たら…
「いっただきまーす!」
「いただきます!」
「いただきます」
その言葉を合図に、次々へと料理を口の中に放り込んでいく。一応、この家に来てからこの光景自体は2、3回程度なのだが、未だに慣れることはない。
決して意地汚い食い方をしているわけでは無いのだが、なんというか、ここまでモッモッとブラックホールの入った胃袋を見せつけられては箸を動かす気にはなれない。
なんて止まっていると、すかさずななしさんが、
「ゴクンッ、食べないの? 無くなるよ」
と言ってひょいひょいと俺の皿に大量の品々を乗せるのだった。
その量を前に俺はため息混じりに、
「いただきます…」
と言ってスゴスゴと口に運ぶのだった。
次回の投稿もお楽しみに