夫、100年間の仲、宿敵
おまたせしました
ダッダッダッダッダッ!!
「はぁっ…はぁっ…」
あれからどれだけ階段を登っただろうか、一向に変わらない景色は央力の精神をメリメリと蝕んでいく。下と上に広がり、乳白色に照らされる分厚い雲は超えども超えどもその色は変わらないままだ。いったい何回雲の中を通ったのかも60回辺りで考えるのをやめた。
最初は空間を司る闇の力を使って一気に行こうとした央力だが、何故かこの階段の上では娘との会話は叶えど、力を使うことは出来なかった。主人である央力にさえ無理なのだから、従順する娘達が使うことなど不可能だろう。
ジリッ……ジリッ……
「……ーっ!」
それに何より央力を苦しめたのは雲の切れ間や絶え間から覗かせる『光』だった。分厚い雲が何とかその量を遮っているから大事には至らないが、もしこの光を直接浴びたら体に実害が出るのは間違いない、と全身で央力は感じ取っていた。
しかし央力の脚を引っ張るには十分過ぎるほどで、終わりが見えず変わらぬ景色と相まりやる気をみるみる削いでいく。そんな向かい風が吹き荒れる中、央力は1歩1歩進んでいく。
「ご主人様っ!」
「ご主人様っ!!」
「ご主人様ぁっ!!」
「……(ご主人様っ!!)」
追い風を背に受けながら。しかし上に行けば行くほど娘達の声は1つ、また1つと減っていく。きっと雲の切れ間から差し込む光は娘達にも害となっているのだろう。
ダンッ……ダンッ……
「ごっ……じん…」
「……しゅじ……っ」
「…ごし…ん……」
当初は甘えを司る闇、笑顔を司る闇といった力の無い娘達も聞こえていた。だが今となっては、その声も始まりを司る闇や力を司る闇、植物を司る闇という強い部類に位置する娘達からしか聞こえない。
フッ…
「……ーっ」
「火を司る闇……」
プツッ……
「…っ」
「猛毒を司る闇……」
シンッ…
「……」
「力を司る闇……」
そしてついに、
「……さまっ……」
「始まりを司る闇……」
始まりを司る闇の声が消えた。
ダンッ…
「……っ!!」
それと同時に央力の瞳には、
「……やっとか」
地獄とは真逆の煌びやかな世界、『天国』と呼ぶに一切の疑問も抱くことの無い景色が映っていた。その空気を吸った途端フワリと体が軽くなる、まるで翼が生えたかのように。あれほど疲弊し切っていた体が、腕が、足が嘘のように動く。
けれども娘達の声は未だに聞こえない、というより『究極の闇』の力そのものが使えないのだ。恐らくあの厄介な光の根源がここにあり、そのせいで力が使えないのだと央力は結論付けた。
自分がここに来た理由はある者と出会い、ソイツから穏雅を超える力を手に入れるためだ。そうして央力は階段の手すりの部分に腰掛けながらその者を待った。
「……」
央力はしかめ面をしながら、鼻でふんふんと強く息をする。ここの世界の空気を吸えば体に力がみなぎるものの、その代わりとして『究極の闇』は使えない感じがする。弱くなったというより胸の一部がすっぽ抜かれたといった方がしっくり来る。そんな奇妙な感覚を覚えていると、
スッ…スッ…
「…っ!」
どこか眩しく、強大な力を発し、それでいて優しく、なのに嫌悪を感じる、そんな気配がこっちに近づいて来るのに気づいた。その姿を見ずとも央力は理解した。
いかに自分が本気を出そうと、今は決して敵わぬ存在であることに。
「君が『佐藤央力』か…地獄での噂は聞いおりますよ。何でも『地獄の3匹の鬼』って言われてるくらいですからねッ」
その存在は白き衣に身を包み、背中から生えた大きな翼は後光を受けて輝きを放っている。
まさに天使と呼ぶにふさわしい姿は口で話す以上の説得力を与え、この世の者で無ければ地獄の者でもない特別な雰囲気を醸し出している。
「……っ」
央力はその輝かしい天使を前に思わず目を瞑りそうになってしまう。そんな央力の態度など気にも止めず、天使は地獄での悪名を連ねた鬼にスタスタと近づいた。
「さて、閻魔の話だと、君を強くして地獄での異変を解決せよとのことですね。私がみっちり指導して差し上げます。さぁ、こちらへ」
天使はそう言って央力に手を差し伸べ、指導する場所へと連れて行こうとする。央力はその手を握ることなく、しかめ面を浮かべながら天使の後を付いて行く。
(コイツ…アイツと似てる……だが違う……)
――
そうして天界で央力が修行している間にも、地獄では3匹の鬼の1匹が兵器の開発に勤しんでいた。ロボは難解な数式や構造式をコンピュータに打ち込んでは、設計図と何度も照らし合わせている。
しかし思いのほか開発作業ははかどらず、ただただ時間が過ぎる一方ようだ。最初は冷静な顔をしていたロボも、最近は焦りや困惑の色が出て来ている。
「ねぇロボ野郎…」
「何だ、今忙しいから手短に頼む」
そんなロボに美奈は片手に何か持ちながら研究室を訪れた。穏雅が攻めて来るまであと数日しかないロボにとってはなるべく1人で研究に没頭したいのだが、その相手が相手である以上彼女の悩みは解消してあげたかったようだ。
「これ…今日の新聞、それとあなた宛に何か届いてるわ」
「…新聞などどーでもいい、俺宛の手紙も同じだ。どーせ会見開けだの何だだろ」
「それもあるけど…問題は新聞の一面よ」
美奈はそう言いながらロボの前に今日の新聞の一面を見せる。そこには、
『地獄の3匹の鬼、ロボ。地獄の所有化について上層部が検討』
とあった。
「…何だこれ」
「一通り読んだ感じだと、あなたを地獄の所有物にしようって上層部が話し合ってるって感じよ」
「…こっちの手紙も読んでみるか」
ロボはいくつか来ていた手紙の中から宛名が上層部の者からのを見つけると、その封をバリッと開けて中身を読み始めた。
「……」
「なんてあるの?」
「…なるほど……ね」
ロボがその手紙を読み終えたと見ると、美奈はグッと近づいて尋ねた。するとロボはふんっと口角を上げながら振り向くと、手紙の内容を彼女に言った。
「どうやら上層部が俺をものとして扱いたいって話だ。俺がその話に承諾すれば今回の異変はマスコミ操作して闇雲にしてやるって言ってる」
「…でも」
「ああ、そうなれば俺は完全にものとして扱われるだろうな。そもそも俺がその話に承諾してもあんたの夫は倒せるわけじゃないし」
「…そう…よね」
美奈はロボの言葉にシュンと肩を落としながら部屋を出て行こうとする。今隣にいるやつはいくら自分をかくまい、養い、支えてくれるとは言え、奥にある施設は兵器を作るためのものだ。その兵器はもちろん、彼女の愛人を迎撃するためのものだ。そして引き金を引くのは目の前にいる殺戮兵器。
それを止めないということはすなわち、愛人を見捨てることに等しい。変わり果て、傷つけられたとは言え、相手は自分の夫なのだ。
「やっぱ悩むか」
「……」
美奈の抑えきれない葛藤は表情に現れてしまう。作業中のロボでさえ一旦作業を中断し、心配の言葉をかけてしまうほどに。
「俺の中の穏雅はさ、とんでもない怪物だったよ。色んな意味で純粋なやつだった。金に困れば働き、力が欲しければ試行錯誤して手に入れるようなやつさ。まさか嫁を迎え、娘を作るとは思ってなかったけど」
「……」
ロボの言葉は機械的ながらもどこか優しく、美奈の心を慰めようとしている。しかし彼女の顔は晴れない。そんな彼女にロボはため息1つ吐いてから、研究室に戻る。
「君には悪いけど、俺にも子供がいる。100年近く付き合った穏雅と愛情注いで生み出した子供なら、俺は子供を選びたい」
「……」
「穏雅が何であんな豹変したのかは分からんけど、俺の子供に手を出すやつは誰であれ許すつもりはない。それもまだ無抵抗な赤子なら尚更な」
「……そう」
美奈は力なく立ち上がり、するすると娘のところへと向かって行った。ロボだって100年間共に仕事していたやつを倒すのは辛いのだ。心を持ってしまったが故に果たせなかった本来の使命を、ロボは今自分の意思で実行に移しているのだから。
こんな時、心なんて無ければどれほど楽か、本来の自分のようにただの兵器として生きて行けたら、と考えてしまう。
兵器として生まれた自分は、どこまで行こうとも兵器なのだから。
次回の投稿もお楽しみに




