神様
おまたせしました
『神様』
それはこの世界を作り、生きとし生けるもの全ての頂点に立つ存在。誰も見たことが無いであろうその存在を崇め、信仰する者は数知れない。なぜなら神様から恩恵を授けてくれたり、願い事を聞き入れてくれるためだ。
そうでなくとも遥か天上の世界、天界を統べ、慈愛を注ぐ者だと思う。
そんな存在が今、目の前にいる。自らを『八岐大蛇』と名乗り、その証拠を突きつけるかのごとく、7頭の大蛇を従えている。
正希さん自身を含めれば、たしかに八岐の頭がそこにある。
「本当に……八岐大蛇だ…」
「当っっ然!!」
「どやんな、どやんな」
俺が目を光らせながら神様たちを眺めていると、大蛇たちはえっへんと胸を張って得意げな表情を浮かべた。その大蛇たちをなだめながら、正希さんは少し眉を下げてこちらを見る。
「いや、神様って言っても、俺らはそんな大それたもんじゃないぜ。数億年前にやらかして天界追放された身だし」
「ちょっ、兄貴! それは他言しないんじゃ無かったの!?」
「お前らが勝手にそう決めてんだろ。罪は罪だ」
「ぶーぶー! そういうの良くないと思いまーす!」
神様の雰囲気や品格が著しく失われるやりとりを目の前に、俺は苦笑いするしかなかった。神様と呼ぶにはだいぶ子供くさく、兄に甘える弟たちという感じに見える。
神話の八岐大蛇の正体は8頭の大蛇兄弟だったのか、なんて考えられるほどまでに俺の頭は落ち着いていた。
というか、冷静になったことで気づけたが、今のセリフの中にかなり重要なワードがあったのでは。
「あ、あの!」
俺は忘れないうちに、正希さんと大蛇たちに尋ねてみる。
「ん?」
「てっ、『天界』ってどんな場所なんですか!? それに数億年前って…正希さんって何歳なんですか!?」
「おっ、おおっ…一度に2つも質問して来るとはな」
「あっ、す、すみません」
正希さんはやれやれとため息を吐くと、弟と呼ぶ大蛇たちの方を見て、
「お前たちは一旦入ってろ」
とだけ言った。すると大蛇たちは黙って正希さんの背中へと入っていく。あの太く巨大な体がいったい何処へ消えていくのか、なんて疑問を目の前に、大蛇たちは正希さんの中へと、文字通り入っていった。
「えっ……」
「……さて、1つ1つ答えていこうか。まずは『天界』って何なのかって話だな」
そんな俺を置いて、正希さんは語り出す。俺は浮かび上がった疑問を再び沈めなければならず、慌てて意識を正希さんに戻した。
「『天界』ってのはな……『創造神』って分かるよな? 世界を創った神様。その創造神がいるところだ。とりあえずそう考えとけ」
「えっ、あっ、はい」
またもや飛び出した、『創造神』という言葉に思考を巡らす。『創造神』ということはその名の通り、世界を作った神様ということだろうか。
となれば、正希さんはいったい何者だろうか。自らを神と名乗った存在の口から、また別の神が現れるので、頭が痛くなる。
「さて、次は俺が何歳ってことだな」
「あっ、ちょっと待って下さい」
「あん? どうした」
俺は新たに浮かび上がった疑問を口にしようとした。
だが、せっかく俺の質問に答えようとしているのに、それを遮り別の質問を被せるのはとても失礼なことだ。
相手が神様なら尚のこと。
「い、いえ。ごめんなさい。後で聞きます」
俺はすかさず謝り、浮かんだ疑問の言葉を胃に押し戻す。ありがたくも、正希さんは特に気にしてはいない様子で、また口を開き出す。
「俺が何歳かってのはね……2つあるんだよ。『王 正希』の年齢なのか、『八岐大蛇』の年齢なのか、ってな」
「えっ……そ、それはどういうことですか?」
「ふぅむ……これは、ちょっと私情ものだからなぁ。話してもいいけど、長くなるからなぁ」
「そ、そうですか……」
正希さんは困ったように笑いながらそう答えた。俺は赤べこのように頭を振りつつ、わかりましたと返す。
「じ、じゃあ、『正希』さんの方は何歳なんですか?」
まず俺は『正希』さんの方を尋ねた。すると正希さんは頭をかきつつ、まるで他人事であるかのように答える。
「『王 正希』はね、45…いや、46かな? ま、結構若いぞ。」
「わっ、意外です。神様って言うから……もっといってるかと」
「はははっ、まぁ、そうだな。『八岐大蛇』としてなら……うーん……」
そして次は『八岐大蛇』の年齢を答えるかと思いきや、うぅむと悩み込んでしまった。
俺は、ありっと首をかしげ、どうしたのですかと問おうとする。すると、その前に正希さんは口を開いて、
「ごめんな、『八岐大蛇』ってなると、数億単位の歳だからな。考えてみたけど、やっぱわかんねぇや」
と謝りながら答える。
「えぇ…」
俺は口からそう漏らしつつ、ジトッとした眼差しを送る。しかし先ほど、天界を追放されたというのも数億年前とにごしていたことから、その単位まで生きてしまうと正確な時間が分からないのだろう。
そもそも神様と人間は全く別の存在なのだから、わざわざ人間の時間に合わせる必要も無いだろう。
「そ、そうですか……でも、俺だって数億単位どころか、100年以上生きられたらその後の時間なんて分かりませんよ」
「そんなもんさ。というか、俺みたいに年齢数えてる神様なんていねぇのさ。なんせ、神は不死身な奴らが多いからな、ハッハッハッ」
「はっ、はははっ」
正直、今のどこに笑いのツボがあったのか分からない。やはり神様と人間とは決定的な何かが違うのだろう。
というか、今、自分はとてつもなく凄い体験をしているのではないのだろうか。
その姿を伝説と謳われ、多くの書物にその名を馳せ、自分も含めた民が想像するその姿は暴虐の限りを尽くす厄災そのもの。
正希さんはその名を名乗るだけに留まらず、荒々しき大蛇を従える。その様は雄々しき『神』と呼んでも全くと違和感は無い。
そんな偉大な存在が、俺と目線を合わせて話している。まるで付き合いがあるかのように、気さくな態度で横にいる。
その圧倒される事実を前に俺の鼓動はどくどくと早まっていく。
「んじゃ、もう1個あるんだっけ? 答えられる範囲で答えるよ」
「は、はいっ。そ、その……正希さんって…」
何故この家にいるのか、この家で何をしているのか、美月さんやななしさんとの繋がりは、王 正希と八岐大蛇と何故2つも名があるのか……
などなど焦って混乱した頭は、先ほどまで自分が聞きたがっていた問いをごちゃごちゃにしてしまった。
「え、えっと……」
「? ……あー…」
「その、正希さんは、って…」
言葉が詰まる。粘り気の強い大量の水がぐちゃぐちゃと細い空洞を通るかのように、話したいことが多過ぎてなかなか出て来ない。
そうしていると、
ドガァンッ!!
「びゃぁあああ!!」
突然、家の外で爆発音が鳴り響いたと思うと、その衝撃が空気を伝って肌を叩く。
あまりの爆音に思わず肩をすくめ、ひゃあんと女性のような声が出てしまう。
「なっ、なっ!? 何、今……」
「帰って来たか……」
俺が毛布の中でくるまっていると、正希さんはふんと鼻を鳴らして立ち上がる。そして部屋の奥を睨むように見つめ、先まで笑っていた口元をくっと引き締める。
「たっだいまーっ!!」
「今、帰りました…っと」
部屋の外からは聞き飽きるほど聞かされた、明るい声が聞こえて来る。そしてペッタペッタと裸足で廊下を歩く音と共に、こちらの部屋へとやって来る。
「おっすー、おおっ、律斗君も一緒なんだね」
「あぁー、ししょーっ! 会いたかったよー!」
そこにいたのは、身体中ボロボロの美月さんとななしさんだった。しかし2人はその体に見合わず元気な姿でこちらにトテトテと足を運ぶ。
ななしさんはうりうりと言いながら俺のほっぺたを弄り回す。そのおかげで視界がだいぶ狭まるものの、ななしさんのどこを見ても痛々しい傷は視界に飛び込んで来る。
美月さんの方は先ほどの大蛇よりも激しく正希さんに甘えている。もちろん、その体はななしさん同様、身体中傷だらけなのだが。
「うりうり〜」
「うっ、ちょ、な、ななひひゃん! やえて、やえてぇ!」
もにゅぅん
ななしさんはなお揶揄い続け、俺のほっぺたをみょおんと伸ばす。そのおかげで全く喋れることが出来ない。
「おい、お前ら! さっさと風呂に入って来い! 家を汚すんじゃねぇ!」
「はーい、ししょー」
そんな中、正希さんは2人に、やや大きめの声で言う。すると美月さんははーいと返事をして、正希さんから腕を外す。
「ななし、お前もさっさと入って来い」
「わかったよ師匠。ふふっ、じゃ、律斗君も一緒に入ろっか」
「えっ」
正希さんがななしさんにも言うと、ななしさんはヒョイと俺を持ち上げてスタスタと風呂場へと足を運ぶ。
「なんだ、律斗まで連れてくのかよ」
「ふふん、別にいいじゃない?」
「揶揄うのも大概にしろよ……」
ななしさんは俺を両手に美月さんと話し合っている。やはりななしさんは俺をからかって、風呂まで連れていく気だ。
これはもしかして……なんて想像しただけでも胸が高まり、むくむくと下部が湧き上がって来る。
と、そんな妄想にふけっていたが、ふと先ほどななしさんと美月さんが言っていた言葉を思い出す。
「ね、ねぇ、2人共……」
「ん?」
「どしたー」
「さっき、2人、正希さんのこと……」
俺がしどろもどろにそう尋ねると、2人は笑いながら答える。
「ま、君なら僕の思ってること分かるじゃん」
「そうだね、彼は私の愛しいハニーだから」
「まったく美月は……それ以前に、僕らの師匠でしょ、正希は」
次回の投稿もお楽しみに