神と呼ばれる男
長くなっちゃった
結局、美月さんとななしさんは俺1人残し、瞬く間に出かけてしまった。残された俺は特にすることも無いので、家の中をゆったりと見て周ることにした。
なにせここに来てからはほとんど寝っぱなしで、寝ていた部屋と風呂とトイレ以外はほとんど見ていない。
(にしても、まぁ広い家だな……神様の家ってこんな感じなのかな……)
俺はへたへたと歩きながら神様の家を歩き回る。自分の背丈が著しく縮んだのもあるが、それを踏まえて見てもまぁ大きい。
やはり神様というのはこの家のようにズンと大きく、威圧感溢れるものなのだろうか。こればかりは自分の想像の域を遥かに超えた問題なので、その解答を今ここで出すのは無理であろう。
なんて考えていると、『超』がつくほど巨大な部屋に出た。
「わぁ…でっか……」
それはそれはため息が出るほどで、もはやこれを部屋と呼んでいいのかすら分からなかった。近所にあった市民ホールだとか、スポーツの大会用の大きな体育館などとほぼ同じくらいの大きさだ。
しかしこんなスペースをいったい何に使うのか。何かスポーツを行う場所にしては、素人の俺でも不向きと分かるほど床が柔らかい素材で出来ていた。それに加え、各競技にある床の線も見当たらない。
もしかしたら新体操用かも、と一瞬考えたが、そもそも何故神様の家にそんなものが必要なのか、まるで検討がつかなかった。
「ん〜…」
俺は床のふにふにという感触を確かめつつ、部屋の中を見渡しながら歩く。
すると、
コッ
「んぉ?」
突然顎の下を、何か硬いものが触れた。
「なんだこりゃ」
見るとそれは、床に横たわる皮状の何かだった。そっともみあげで触れてみると、鋼、いやそれ以上の硬さが伝わってくる。
さらによく見ると三角形状のものがいくつも連なって、まさに爬虫類の鱗そのものだった。
ただ1つ、そこらの爬虫類と決定的に違うのはその鱗1枚1枚の大きさが今の俺よりもデカイことだ。
「か、怪獣……?」
その言葉が出るのに、俺には少しの躊躇もいらなかった。この空間といい、この皮といい、巨大な何かがここにいたという確かな事実が直接俺を押し付けている。
それ自体がどれほど意味不明で支離滅裂だとしても、今目の前にあるものはこれが事実だと嘲笑う。
「わ、わ…」
逃げないと。
理性と本能が仲良く手を繋いでそう告げる。少なくとも、ここにいるのは何かヤバイ。そう思うが早いか、俺はパッと後ろを向いて、その場から離れようと足を動かした。
「あっ……」
目の前に1人、美月さんでも、ななしさんでもない、見たことない男が立っていた。
「……」
その男は黙ったままこちらに歩み寄る。ただただ歩み寄る。平然と歩み寄る。
それを前に俺は何も出来なかった。いや、立ちすくんでいた、という方が正しいだろう。ビリビリと空気を伝わる男のオーラいうか、威圧感というか、とにかく並み外れた何かがその男の身体中から出ていた。
そして俺の前で足を止めると、シンと静かに佇む。俺と男の間にヒリヒリと肌に染みるような冷たい空気が流れる。
「……君は、ななしが拾ってきた奴か?」
「えっ…うっ……」
「めっちゃ緊張してるな…俺は『王 正希』、この家の住人だ」
「あっ、こっ、こちらは、こっ、『此泉 律斗』です! いや、申します!」
俺はうまく回らない舌でなんとか話す。すると正希さんと名乗る男性は、はははっと笑うと、
「いや、お前、緊張し過ぎだろ」
と言った。その笑みに思わず緊張の糸もほぐれ、無い肩をため息と共にストンと下ろしてしまう。男の雰囲気もだいぶ和らぎ、先ほどの威圧感は何処へやら、気の良さそうな男性に変わってしまった。
「あっ、いえ、その、すみません」
俺は笑いながら頭を下げる。そんな自分の頭上では、正希さんの笑い声がする。そんな声にすっかり安心しきった俺は、頭を上げて今一度正希さんの顔を見ようとした。
「ん? この子がななしさんの言ってた子?」
「へー! 結構可愛いじゃん! なぁ、兄貴ィ!」
「美味しそー、美味そー!」
「ゴクンッて丸呑みしてやりたいねー!」
「おっ、いいねー! 酒のつまみにゃ丁度いいや!」
「酒って言えば、八塩折の酒ってまだ余ってたっけ?」
「あー、前に結構飲んじゃったからなー。ねぇ兄貴、どうだったか覚えてる?」
「お、お前ら……」
ギィー
バタン
不意打ちで現れた7匹の大蛇に、俺の意識は闇へと特快で向かっていった。
――
「……?」
目が覚めると何か柔らかいものが体に乗っかっていた。見るとそれは毛布で、俺は畳の上に寝かされていた。
「俺…たしか……」
眠たい頭を起こしながら、俺は先ほどのことを思い出した。視界を埋め尽くさんばかりの大蛇の群れ。自分などパクンと軽く一呑みに出来るほどの強大な口がカァッと開き、真っ赤な口内を見せつけるようにしていくつも目の前に迫って来る恐怖。
思い出したことを後悔してしまうほど、それはそれはショッキングな光景だった。
「気がついた?」
「気がついた!」
「随分寝てたよね」
「全く…お前らが脅かすせいだぞ!」
「はぁ!? 俺、悪く無いもん!」
「案外、お前じゃねーの? だってお前の方見てたじゃん」
「いやいや、絶対俺ら全員だって。ただでさえ見た目怖いって言われてんだからさ」
なんて考えていると、自分の周りをツンと酒臭い匂いが舞い、シュシュシュと野太い声が響き渡る。
周りを見渡さなくても分かる。多くの心が俺の周りを囲んで、さらにそれら全員が俺を見ている。
仮にそれらが人間だとしたらまだ耐え切れるかもしれない。
しかし自分を取り囲んでいるのは人など簡単に丸呑み出来てしまうほどの大蛇なのだ。しかも言葉が分かり、話せるほどの知能も持ち合わせている。
この状況で正気を保つことなど、並の人間ならまず無理だろう。
などと悠長に考える間も無く、反射的に俺は叫んでいた。
「わぁああああああああああ!!!!」
「うぉっふ、なかなか生きのいい子じゃん」
「酒取って来る? 八塩折の酒、まだあったよ」
「おお〜、いいね〜。じゃあ、この子ツマミにしてパーッとやるか」
喰われる、死ぬ、ここで、人生終わり、そう思うのに全くと時間はかからなかった。すると自然に瞼は下がり、体がガクガクと震えだす。
ああ、これが死だ。こんな短い間に2度も味わうとは思ってもみなかった。
でもこれが現実だ。この後の人生はこの大蛇の胃袋の中で過ごすのだ。逆らうことなど出来はしない。
「お前ら何やってんだぁあああ!!」
「ギャー! 兄貴ィ!?」
「今すぐ離れろ、馬鹿どもがぁ!! 喰おうとかしてんじゃねぇえ!!」
「ひぃいい! ごめんなさぁあああい!!」
部屋の外から響き渡る怒号に俺も大蛇たちも無い肩をビクンとすくめた。
すると外からズンズンと畳を踏みしめる音が鳴り渡り、出会った時よりも激しい気迫の塊が押し寄せた。
その前に大蛇たちはワナワナと怯え始め、俺からスゴスゴと離れていく。そして大蛇の間から現れたのは、
「弟達が悪いことをしたな。怖がらせてすまんな。ああ見えてホントは気のいい奴らばかりなんだ」
こちらに困り顔を浮かべながら謝る正希さんだった。その顔のおかげで少しずつ冷静さを取り戻せた俺だが、未だに心臓はとどまるところを知らないようだった。
俺はキョロキョロと挙動不審辺りを見回すと、ふとある異変に気付いた。
「ま、正希さん……」
「ん? どうした」
「せ、背中のそれ……まさか……」
正希さんの背後から、7つの太い蛇の胴体が生えているのだ。ツツッとその先を目で追うと、案の定その先は自分を取り囲んでいた大蛇に行き着く。
もしや正希さんはこの大蛇に体を奪われてしまったのではないだろうか。それでこうして共に暮らして……
「ああ、こいつら? 弟達だよ…って言うとアレか。んー……そうだな。律斗、君はさ、『八岐大蛇』って知ってる?」
「……えっ?」
色々と考えていると正希さんは急にそう尋ねて来た。
おそらく俺の生まれた地域で知らぬ者はないくらい有名な名に対し、俺は黙って頷く。すると正希さんはホッとしたのか胸を撫で下ろすと、『弟達』と呼ぶ大蛇たちを撫でながら話し始めた。
「それ、俺のこと。もっと言えば、『神獣』だな」
その言葉だけで俺は話す口を失った。童話や絵本でしか見たことのない存在が、今、目の前にいるという事実。
言葉だけ聞けば軽くからかっているようにも聞こえるが、7頭もの大蛇を弟と呼び、従える。その様に嘘だと思うことの方が難しかった。
さらに神話の存在と今こうして目を合わせて話している、という事実をどう表してよいか俺の頭では分からないのだ。
「ま、驚くのも無理はないか。別に信じなくてもいいんだぜ。君が信じようが信じまいがこいつらが消えるわけじゃ無いしな」
「クルル……」
「フンッフンッ」
「シュルシュル…」
正希さんがそう言うと、今の今まで肩をすくめていた大蛇たちが懐くようにして彼に絡みついた。
神話上の存在が軽く手懐けられこの扱い、正希さんの凄みが五感を通じて強引にでも理解させられる。
するとここで俺は、前に美月さんが言っていた言葉を思い出した。
「あ、あの!」
「ん? 何か」
「ここって神様の家だって聞いたんですけど、もしかして……」
「…誰が言った? それ」
そう尋ねると、正希さんは少し眉を寄せて逆に問われる。その鋭い眼差しに押された俺は少し沈黙を挟んでから、美月さんですと正直に答えた。
「あいつかよ…ま、いいか。そうだよ、それっぽく無いだろうけど、俺は神様みたいなもんだよー」
すると正希さんはそれが至極当然であるかのようにそう答えた。)
次回の投稿もお楽しみに