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アンバランス・ワールド  作者: がおー
第1章 〜転生〜
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自分のことを天才だと思い込んでいる青年の話

新連載です

「〜まもなく3番線に、急行、『三口中央(みくちちゅうおう)』行きが参ります。危ないですので黄色い線の内側までお下がりください〜」


 ホームに駅員のアナウンスが響き渡る。俺はそんなアナウンスをイヤホンから溢れる音楽の隙間から聞いていた。


 今俺がいるこの駅は、『天田台(あまただい)』という名で、少し遠くに行くだけで田舎となってしまう。

 ならば何故自分がここにいるかというと、答えは自分の第1志望の大学がここにあるからだ。去年の5月から本格的に受験勉強を始め、この大学に入るためにずっと努力を重ねて来た。


 重ねて来たつもりだった。



 しかし、現実というのはあまりにも非情だ。努力量と成績は一切比例しないし、それどころか一時期は下がったことだってある。

 その都度(つど)深く絶望しては、ひたすら大口と空元気を盾に必死に自分の心を(なぐさ)めた。

 塾に入ればきっと成績は伸びると信じてやまなかった自分はもうどこにもおらず、今いるのは安全思考に(おちい)るだけの弱者だ。


 塾や学校の同級生は着々と成績を伸ばし、それぞれの第1志望にあと1歩、もしくは確実にしている者が多数、いやほとんどだった。

 その事実に歓喜する者、まだ安心は出来ないとさらに自分を磨く者等、考えは人それぞれだったが、自分から見て共通しているのはどれも()()()()()()()()()()()()()()()ことだった。



 そんな中、自分だけはただ1人取り残され、理想と現実のギャップに苦しんでいた。ずっと、ずっとこのために、この大学に入るために、誰よりも頑張って来たというのに、誰よりも苦しんで来たはずなのに、努力量なら成績トップ勢にだって引けを取らないのに、現実は『E』という文字となって自分と大学の距離を突きつける。


 何故? どうして? 俺はこんなにも頑張っているというのに。

「頑張れば結果は出るんじゃないの? 努力すれば成績は伸びるはずだろう? 俺の実力はこんなもんじゃない。きっとまだまだやれるはず。成績は指数関数だって先生だって言っていた。だからこれから伸びるんだ」

 そう自分に言い聞かせながら、俺は無駄な時間を過ごしていた。『努力しても結果が出ない』のなら、それは『努力していない』に等しい。

 『結果の出せない努力』というのはただの『無駄な時間、何もしていない奴と変わらない』ことだ。


 そんな事実に気づいた頃には、12月末の塾の本番レベル模試が迫っていた。


 塾の先生は努力の方向が違うとか、もっと勉強量を増そうとか、そういうことしか言われなかった。いや、向こうもそう言うしかなかっただろう。いつまでも成績の伸びない人間に。


 そんな自分にずっと嫌気が刺していた。変化しない成績に、変わらない数値に、努力見合った結果を出せない自分自身に。

 誰に相談しようとしても、最後には『勉強しろ』の一言に収束すると分かっていた。だから誰にも相談しなかった。


 そんな日々が半年近く続いただけで、いつの日か俺は死にたいとさえ思うようになってしまった。



 そんな中臨んだ塾の模試は、全力を尽くしても、マークシートを全て埋めたとしても、持てる知識を余すところなく使ったとしても、目標の大学どころか、滑り止めの大学さえも『E』という文字と、『50』という数字が結果に付き(まと)う。


 そんな数字と文字が12月まで絡みついて離さない。それどころかまるで冷たい(はがね)(うろこ)を持った蛇のように自分の心を締め付ける。



 いったいどうしてこうなったのか。中学生の頃はあれほどまでに輝いていたというのに。通知表の数字だって5段階評価で『4』と『5』しかなかったし、学力テストだって上位陣に食い込んでいた。その甲斐もあって高校だって偏差値の高いところに行けたわけだ。


 だが高校に進んでからはその自信と栄光は音すら立たずに崩れ去った。成績はほとんど最下位争い状態で、定期テストの結果が平均を上回る回数など3年間全てを含めても片手の指で済んでしまう。

 それどころか、点数は赤点ギリギリを彷徨(さまよ)っていて、回避出来れば喜ぶというなんともレベルの低い人間であった。


 なのにプライドと過去の栄光だけは捨て切れず、いつかはきっと大成すると信じて疑わなかった。

 今でも自分が()()()()()であることは少なからず信じている。きっと自分には『他の人にはない何かがある』と。

 実際のところ、小学、中学、と人前で誰にも真似出来ないことをやってのけたのだから。

 例えば小学校の音楽の授業で、たった1人でアカペラを歌ってみせたり、中学の国語の授業だって独創的な作文を書いて満点を取ったりとか、とにかく人が思いつかないようなことをやる才能が自分にはあると思っていた。


 その夢幻(むげん)を信じざるを得なかった。



 だがいつの日か、自分は気づいてしまった。いや、ただ目を背けていただけなのかもしれない。


「自分は特別な人間というわけでもなければ、何か凄いことが出来る人間でもない」


 ということに。



 カタン…カタン…


 イヤホンの隙間から(かす)かに車輪とレールの(こす)れる音が聞こえて来る。自分の乗る急行電車の前に快速電車の通過があるから、その電車がもうすぐ来るのだろう。

 気がつけばホームも人が少しずつ溢れて来た。どうやら他の学部の受験生と帰る電車が被ってしまったようだ。人混みの苦手な俺は人の少ない後ろの方に足を運び、まだ列の出来ていない場所に自分が先頭として立つ。

 すると次の瞬間、


 バーーーッ!!


 と高速で動くステンレスの車体が乾いた空気を切り裂く音が辺りに響く。幼い頃はあんなに怖かったこの音も、今はなにも感じない。これが成長したってことなのだろうか…



 いや、そんなことはない。


 ただ慣れただけなのだ、どんなことでも。

 実力がついたとか、結果を出せるようになっただとか、そんなことは今まで一度だってないのだ。つい最近気づいた事実、自分という人間がいくら努力しても無駄に終わるということ。


 思えば、高校だって学力試験ではなく、推薦入試で合格した。

 中学、高校の部活だって誰よりも練習した気でいたけれど、結果はどちらも初戦敗退だったわけだし。良い点数のテストだってたまたま運が良かっただけ。

 それが何よりの証拠だ。自分の力じゃない。


(そうだ……)


 どれほど努力を重ねようとも、その方向ややり方が違えば全く意味はないのだ。


「はぁ……」

 俺は軽くため息をつくと、イヤホンの音量をそっと上げた。こんなに憂鬱(ゆううつ)な時は嫌でもテンションの高い音楽を聴いて、時間が胸の傷を(いや)してくれるのを待つしかない。そう、待つしか。


 思えば去年の5月頃から始めたこの受験期間、自分はなにをしていたのだろう。

 滑り止めと思っていた大学さえ受からず、第2、第3、第4志望の大学なんて悲惨な結果と終わった。



 そして今日、第1志望の国立大学。少々田舎にあるものの、偏差値は高く倍率も大きい。この大学は高校1年の時から憧れていて、ここに入るために好きなものも我慢してずっと耐えて来たと言っても過言ではない。


 ただ、その手応えはというと……



 はっきり言って手も足も出なかった。


 今まで積み重ねて来たはずの知識も、難問という突風に容易(たやす)くチリと化し、過去問で想定していた傾向や難易度も、それ以上の難しさと問題のひねりの前に押し潰された。


 結果、俺の受験は完全敗北という形で終わったのだ。


 本当に自分は何をしていたのだろう。この約1年間、親や先生の期待を余すところなく裏切り、悪かった面を必死に隠して、全力で良い面を押し出す。それで自分は馬鹿ではない、とずっと両親を騙していた。


 自分を応援してくれる、最強の味方を。



「死にたい……」


 ふっとそんな声が漏れる。両親への罪悪感と自分への落胆。考えるほど醜い(つら)が出て来る憂鬱(ゆううつ)。今はただただ辛い現実から必死に目をそらすことしか出来ない。


 辺りの雑音の中に(にじ)み出た俺の声が、湯船に垂れ落ちた泡の破片のように入り混じった。そしてその声は誰の耳に届く訳でもなく、他の音の波にかき消される。

 そういえば、振動数の近い波をもう片方の波と同時に流すことで、打ち消すことが出来たっけ……


 なんてことを考えるくらい、前は物理が好きだった。その点数は決して高くはない、が。

 やはり先生の言う通り、『分かる』と『出来る』は全くの別物だ。今更になって俺はその事実の重要性に気付かされている。


 いったいどうして、いつまでもその違いに……



 ドンッ…


「……?」


 考え事をしていると不意に背中に違和感を感じた。すると次の瞬間、体がふわりと宙を浮き重力の法則の影響を受けて体が下へと落ちていく。


 ドサッ


 ゴヅッ


「……ッ」

 そして畳み掛けるように後頭部を硬い何かに殴られたような感触が襲った。俺はその痛みに表情を歪めながら、その場にうずくまる。脳がグラグラと気持ち悪く揺れているのが分かる。耳の後ろを生暖かいものが(つた)っている。


「うぐ…」


 俺は痛む体を強引に広げつつ、ゆっくりと目を開けて周りの状況を確認した。そこには多くの人間が覗き込んだり、鋭い声で俺の耳をビリビリと貫いたりしていた。


 それを見た俺はようやく自分の置かれている状況を理解した。

 俺は線路の上に落ちてしまったのだ。目に見えるだけでもかなり多くの人間が確認出来ることから、どうやら誰かが誤ってぶつかり、そのエネルギーが人間を伝わり俺に向かって来たのだ。


「早く! 捕まって!」

「手を伸ばせ!」

「誰か引き上げて!」


 ホーム上の人達が口々に叫び、何人か俺に手を伸ばして来た。



 ただ俺の意識は全く別の場所に向いていた。



 タンッ……タタンタタンッ……


 線路に手をついていたので、腕の骨を伝わって音が聞こえて来た。


 急行電車がやって来る音が。


 俺は救いの手を伸ばす人達の方ではなく、自分に死をもたらすステンレスの塊の方にそっと目を向けた。その速度と質量を持ってすれば痩せ型の男子高校生の体をミンチに変貌(へんぼう)させるなど容易(たやす)いことだろう。


「速度は…時速、約80kmくらいかな……十分…」


 俺はぽそりと小さく小さくそう呟くと、迫り来る電車に口角をジワリと上げた。



 ギィーーッ!!


 運転手の急ブレーキと非常停止ボタンのブレーキ音が合わさって、終業を告げるチャイムとごとく辺りに響き渡る。



 ――



「それではニュースです。今日の夕方5時頃、天田台(あまただい)駅で永木(えき) 光野(みつや)君、18歳が線路に落ち、亡くなるという事故が発生しました。これにより市急総城線は5時間ほどの運転見合せを……」



『事故って電車止まった、最悪』


『なんか警察とかめっちゃ来てるし、大事(おおごと)になってる!』


『こんな田舎の駅にすげぇ人集まってて草』


『なんか噂で聞いたんだけど、体の一部がまだ見つかってないんだって』


『なんでも頭部がどこにも見当たらないんだってさー』

次回の投稿もお楽しみに

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[一言] 最初から引き込まれる文ですね…
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