第二章2 『砂漠横断』
ノーバディが向こう岸まで登り上がるのには、かなり骨が折れた。かなり危険な沼かと思っていたが、どうやら大事には至らなかった。
馬も消耗はしてはいたが奇跡的に怪我もなく少し休めば、このまま砂漠の横断は続けられそうであるとノーバディは思った。あのクソガキに落とされて、あれから半日近くは経っていた。幸いクソガキは、食料も水も持っていない。はっきり言ってそんな状態で、この砂漠を渡りきるのは無謀に近かった。
それに、あの砂漠を予備知識なしで渡るなんて自殺もいいとこである。そしてあのガキもこの砂漠を渡る知識は持ち合わせてはいないだろう。せいぜい途中でくたばるだろう。今から行けば、まだ追いつける。だが問題は、あのガキがくたばってしまう問題があった。何せ、ここは普段交通で使わないような場所であり、移動は常に列車であった。だがペキンパーの追っての事も考えてあえて馬を選んだのだ。ラクダもあるが、時間はあまり残されていない。愛馬に掛かる負担は増えるが、ここは耐えてもらうしかない。マーシャの遺産はアタシのもんだ。誰にも渡さない。
ノーバディがコルダを追いかけてから、わずか1日足らずで彼女を見つけた。ひどくふらついた足取りで当てもなく歩いているようであった。しかし何よりノーバディを腹立たせたのは、コルダは馬をつれていなかったのだった。
「クソッ!」
ノーバディは、悪態をついた。
「おい、クソガキッ!アタシの馬はどうした?」
ノーバディの怒声に対しコルダは、ひどく枯れた声で答えたが、水分がなくなってしまったのだろう、声をうまく発することが出来なかった。
「馬はどうしたんだと聞いてるんだッ!もし答えないのなら依頼主でも構わねえ。ぶち殺してやる」
そうノーバディは言うとコルダはようやく口を発した。
「馬は死んだわ。途中で倒れて動かなくなってしまったの。だから、撃ち殺したわ」
しわがれた乾いた声でコルダは言った。彼女の声を被せるようにノーバディは怒り狂った。ノーバディの言葉に彼女は反応はなく黙ったままであった。
「いま、ここでてめえを殺してやる。てめえはアタシの家族を殺しやがった。ペキンパーの女だか何だかしらねえが、この際どうでもいい、ぶち殺す!」
おもむろにノーバディがコルトを取り出し彼女の顔に銃口を合わせた。引き金を引こうとしたときに彼女は思いとどまり銃をホルスターに戻した。
「いま殺そうと思ったが、少し考えた。普通には殺さねえ・・・・・・。アタシの馬を殺した方法と同じやり方で殺してやる!てめえの死に様を拝んでやるよ」
ノーバディの言葉にコルダは黙ったままである。
「そうかい。アンタがそうやって黙り込むのならこっちにも考えがある。アンタが死ぬまでの水先案内人になってやらあ! てめえの死体をそのままペキンパーに見せて金をいただくさ」
そう言うと馬に乗ったノーバディが、少しコルダから離れて彼女を眺めていた。
「アタシはこうするだけ。お前を死ぬまで、ずっと見てるだけさ。さあ、砂漠を抜けるのは、まだまだ先だぞ。歩け歩け!」
ノーバディは、そう言って銃を空に向かって発砲した。その音を聞いてコルダはトボトボと歩き始めた。途中、喉が乾いているだろうコルダを横目にノーバディは水をおいしそうに飲みながら挑発を掛けたが、コルダは何も反応を示さなかった。コルダと歩き続けてから半日は近くは経っていた。
コルダは歩き続けた。途方もない、いま彼女が、どのくらい歩きそしていま何処なのか知る由もなかった。ノーバディは、依然として離れた所からコルダを眺め続けていた。もう二日は経つだろうか、足取りは以前よりも増してふらつくようになり肌も乾燥し始めていた。
彼女を動かしているのは、もはや気迫という言葉しか表すことが出来なかった。内心、彼女の根性ぶりをまじかに見せられているノーバディは辟易していた。もっと早くに弱音を上げさせて殺す予定だったのにこれである。
そんな状況はさらに続き1日が過ぎた。脱水症状が進み疲労困憊なのは誰が見ても明らかだった。いつ死んでもおかしくはなかった。ノーバディは最後にコルダを挑発してみた。
「おいおい、もう降参かい?」
もう限界だろうとノーバディは思った。ここまで来れば、いまここで彼女の潮時かもしれないかと思ったからである。
「どうだい、苦しいだろう? 命乞いなら今の内だぜ。今なら命だけは
助けてやるよ。どうだ悪くないだろうに」
ノーバディの問いにコルダは何も答えない。いや彼女は喉が乾いて声が出ないのかもしれない。強情ぱりなガキめ、そんなにまでアタシに助けは求めないようだった。それまでにこのガキの執念は相当なものであった。ムカムカする。今すぐここで撃ち殺してもいいんだとノーバディは思った。
だが、彼女の中でもこのガキの最後を見てやりたいとも思った。何だかんだこの砂漠も残り半日ほど耐えれば、抜けられることだろう。もしこのガキが砂漠を抜けたとしても殺すのはまたその時でいい。
コルダとノーバディが歩き続けてノーバディが後ろに続く形になって、かれこれ数時間が経った。コルダは遂に歩かず止まってしまいそのまま倒れてしまった。彼女の顔をよく見るとこの砂漠のの乾燥によって肌が荒れいた。ひどく真っ赤である。砂漠を越えるのはもう少しだというのに彼女の意識は消えかけていた。
「ほれ、まだくたばるなッ!砂漠を抜けるのはもう少しだぞガキ。ここで死ぬのかい? せめて砂漠を抜けてからアタシに殺させてくれよ」
ノーバディは続ける。もう死人も同然の少女に語り続ける。
「アンタには橋や馬の一件ががあるからな。まだまだ簡単に死なれちゃ困るのさ」
コルダは何も答えない。もう意識がないのか分からないが、彼女は、ただフラフラと前に進むだけであった。しかし彼女が歩いて数メートルの所で倒れた。
「ああ、残念だよ。せっかく後少しで抜けられたんだがね。残念だけどお開きさ。まあアンタはがんばったよ。ペキンパーの野郎にはいろいろ言い訳しとくがね。墓くらいは立ててやるさ。アタシはアンタの持ってた地図で優雅に英雄様の宝探しさ」
ノーバディはコルダの体を持ち上げて馬に括り付けようとした時、彼女の衣服から紙切れが落ちた。ノーバディが何気なくそれを拾うとそれはノーバディがデブリカットでガニコに貰ったイングリッシュ・マーシャの地図とは違うが、何かの場所を示すように印がありノーバディの地図と似たような物であった。
「おい、この地図は何なんだよ! 死ぬ前に答えろ。この地図は一体何なんだ。ええ、このくそガキ!」
ノーバディは問いつめてコルダの声に耳を傾ける。彼女は何とかしゃべろうとしていたが、のどの渇きと乾燥が酷くうまくしゃべることが出来なかった。
「おい、くたばるな。この地図は何なんだ?答えるなら水や何でもやるよ。だから答えてくれ」
コルダの状態を察してノーバディはコルダに水を与えた。彼女の肌は砂漠の横断できれいな肌も酷く荒れていた。早急に手当をしないと命が危うかった。もうなりふり構ってられなかった。
彼女をノーバディが使っていた日陰用のコートを被せて水を与えて介抱した。
「・・・・・・示してる」
ノーバディが彼女を介抱して少し経ちついに言葉を発した。彼女の声は耳をキチンと傾けないと聞こえないくらいの大きさでコルダは答える。
「何だって!? もう一回だ」
ノーバディは続けてコルダに問いた。
「父さんの遺産・・・・・・」
「ああ、知ってる。それが目的なんだからな」
「これ本物・・・・・・。アンタの違う・・・・・・」
そういってコルダは、彼女が持っていた地図を指さした。
「遺産はアタシが必要・・・・・・。そういう仕組み・・・・・・なってる。殺したら意味ない・・・・・・」
遺産とコルダは、はっきりと言った。あの英雄イングリッシュ・マーシャの遺産だ。今までは、このガキの嘘と言う可能性もあったが、それも低いものであったであろう。かなり質の良い紙である。しかも年季も入っていやがる。ガキが事前に小細工するには限度があるだろう。それに交渉素材に使うアタシらを信用するために作った地図とも思えない。もしそうなら先にガキが先に地図をチラツかせてアタシに交渉する機会はあったはずであった。それをしなかったということはガキにとってこの地図は見られたくないものであった。確証はないが信憑性はあった。
「良い子だ、コルダ。じゃあ早速その地図で案内を頼もうじゃないか」
ノーバディは言ったが、しかしコルダは何も答えない。ただ無視している訳ではなく答える体力は使い果たしてしまったようであった。コルダの反応は何もなかった。
「おい、コルダ! 答えてくれよ。なあ、この地図の詳細をさぁ! アタシと一緒に探してくれよ。頼むぜ相棒! なあ、おいマジかよ」
いくらノーバディが答えたところで彼女は何も答えない。いや答えることが出来ないのであった。コルダは気絶と目覚めの両方を繰り返して続けていた。分かってはいたが、ひどい脱水症状であった。
ノーバディは持っていた水筒から彼女の肌に水滴を垂らし始めた。肌に付いた水滴を彼女の頬や唇にぴちゃぴちゃと濡らしていった。コルダが目を覚ます気配は一向になかった。
(こいつはひどい。重傷だ。早く砂漠を抜けて療養させないと手遅れになる。もしかしたらもう手遅れかもしれない。まだ死ぬんじゃねえぞ! ああ、ちくしょう。やっと天に恵まれたのかと思ったらこれだ。せっかくの英雄の遺産だ。ここで諦めるわけにはいかねえ。ああ頼むぜコルダ。あと少しの辛抱なんだよ)
ノーバディはコルダを馬に乗せてゆっくりと歩いた。このぺースでならなんとか夜までに着くはずであった。