第二章1 『桟橋渡り』
サウンズ・ヒルの外れに事務所が建っている。看板には、「リディロ銀行事務所」と簡素な字体で書かれているだけでだった。
事務所の中には、おおよそ銀行員に似つかわしくない武器を携帯した男たちが、何人も待機していた。彼らを囲うように中心に座っている男は、ここの家主であるリディロであった。彼は先ほど伝書用のタカが電報を持ち帰り、その報告を読み終わった所であった。
「報告では、例の娘が賞金稼ぎと一緒に、この付近まで近づいているらしいそうだ」
取り巻きの男たちは、何も口を挟まなかった。男は話を続ける。
「娘は、かなりの値打ちが付いていてね。暴れるからって傷物なんかにするなよ。彼女は貴重な存在だからな」
取り巻きの男の一人が言った。
「奴らがここに来るのは分かりました。ですが、どこで確保するんです?」
「砂漠を横断するはずだ。列車だと足に着くからな。賞金稼ぎは馬鹿じゃない。娘が遺産にたどり着くのを知っている。だから身の安全には細心の注意を払って列車より横断を選ぶはずだ」
取り巻きの頷きを見ながらリディロは話を続けた。
「砂漠を出るところで、待機していろ。そこで連中を確保するんだ」
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イングリッシュ・マーシャの遺産を求めて賞金稼ぎのノーバディにイングリッシュ・マーシャの娘と自称する少女ハニー・コルダはボブリカットの町を出て既に2日が経過していた。
この2日の間にコルダは後続の馬に引きずられながら腕には縄が掛けられていた。手綱を握れないほどではないが、それでも不自由を感じるように結ばれていた。
そうこうする内にノーバディとコルダは第一の目的の場所にたどり着いた。
「ここからが、正念場だよ」
ここから南に渡る際、覚悟を決めなくてはならないとノーバディは思った。眼下に見える古い橋を渡ったら最後、2、3日は砂漠を横断しなければならない。ノーバディだけなら大きな問題にはならないが、今回はコルダがいるので慎重にならなくてはならなかった。
最初に捕まったときの罵声に比べればコルダは、だんまりを決め込むかのように静かになっていた。
「思いのほか静かにしてくれて、ありがたいね」
「アンタみたいなアバズレは道端で禿げたかのエサになっちまえばいいんだ!」
コルダの怒声がノーバディの後ろから聞こえてきた。
「吠えずらかくなよクソガキが。てめえが依頼内容じゃなけりゃあなあ近くの奴隷売りにでも渡してやるよ。そうされないだけでも、ありがたく思いな。そもそもお前ペキンパーの何なんだ?」
あえてノーバディは、少女娼婦とは言わなかった。コルダがどういった反応するのか楽しんで意地の悪い質問をぶつけたのだ。コルダは、ノーバディの質問に黙り込んでしまった。ノーバディは笑った。
「言いたくなきゃいいんだけどな」
会話が途切れると、また移動をし始めた。とにかくこの辺りは暑い。昔、ノーバディが、まだ少女と呼べるような時は、この辺り一帯には村があった。たいして裕福でもないような所であったが日々の生活を大切にしているような連中であった。だが、ここ数年で鉄道が開通すると今まで流通を頼りに生きていた村々の連中は皆新しい居場所を見つけるために旅立ってしまった。
当時ノーバディがお世話にもなった村の連中がどうなったかは知らない。今でも覚えているが子供のころの彼女にとって、ここの村の連中は素直に良い人たちであった。
彼らは新しい土地を見つけられたのだろうか。ノーバディは歩いている、もう何もない村の跡地に足を踏み入れながらに思った。
ノーバディが過去の思い出に浸ってしばらくするとコルダの方が少しそわそわし始めた。ノーバディは不審に思ったが特に声を掛けずに放っておいた、それも少しするとコルダの口から、その理由が出始めてきた。
「ねえ・・・・・・トイレいきたいんだけど・・・・・・」
「その辺でしろ」
ノーバディのそっけない返答にコルダは怒りを露わにした。
「アンタ、か弱い女に、こんな砂漠でしろって言うの!?神経疑うわ」
「アタシも女だ。気にする必要もないだろう。それにお前、自分の立場解ってんのか。アンタは三日後には、どこぞの物好きに売られるのかも知れないのに。他人事とは言え涙が出てくるよ」
「トイレから逃げだそうとしたら後ろから撃つでしょ?」
「ああ、死なない程度にはな」
ノーバディが言い切った後は、互いにまた黙り始めてしまったが、コルダはいつまで経っても体をモジモジしていたので、ノーバディは呆れて言った。
「だあ~分かった、分かった。行ってこい!」
ノーバディは、そう言うと少女から目をそらして馬ごと逆に向けた。
「こんな所で、するのなんて嫌だわ。この先に岩場のある地帯があったわね。だからそこが良いわ。そこなら落ち着くしアタシも黙るわ」
「はいはい・・・・・・分かりましたよ・・・・・・」
ノーバディは少女を馬から降ろして縄を付けて、今度こそ後ろ向きになった。背を向けながらノーバディは言った。
「アタシがこうしてる間に済ませな。せいぜい数分しか向けてねえけどな」
「・・・・・・感謝するわ」
コルダがボソッと呟くと、いそいそと山岳のほうへ向けて歩き出していった。
コルダは、まずは山岳に生えている草葉の影に隠れると彼女の着ていた衣服から小さな拳銃の部品を取り出していた。”ベルスタア”は、あの女が持っているので使うことは出来ないが、それでも小さな組み立て式の拳銃くらい持ち歩いていた。
何としても、あの女の持ってる”ベルスタア”を回収しなければならない。コルダは急いで小型の部品を組み立てていった。そして出来上がった拳銃を服の内側に仕舞い込みノーバディの所の戻っていった。
「やけに遅かったじゃないか」
戻ってくるとノーバディは、下品な笑みを浮かべながら言った。この女は心底ホントに下品で嫌な奴とコルダは思った。品性の欠片もない。
「アンタそういった下品なことしか言えないえないわけ」
「いつまで経っても戻ってこないもんだから少し不思議と思ってね」
コルダは内心、胸をギュっと締め上げられるような感覚になった。まさかこの女感づいたのか。そう思わざるえなかった。
「終わったんなら、すぐに出発しようぜ。ここから先は、中々に厳しいからな」
ノーバディが馬を走らせて砂漠に入って行くための橋に向かって行った。ノーバディに続く形でコルダも付いていった。
眼下に捉える、この橋を渡り砂漠を横断して乗り切れば何とかペキンパーのとこまでの算段が整う。ここからは根気が必要である。砂漠を渡るのに必要な水分であり、適度な食料そして熱を防ぐ方法であった。
ノーバディは、まだ慣れているので問題はないが、問題はコルダの方であった。たぶん、初めての砂漠横断だろう。横断せずに列車の方法もあったが、数日のロスになるし。ペキンパーの奴に足が着くってものである。万が一に備え、そんな危険な真似は出来なかった。そしてペキンパーもそしてガニコの野郎もイングリッシュ・マーシャの遺産を狙ってやがる。
「クソッ!」とノーバディは悪態を付いた。絶対やるもんかよ。依頼の金もマーシャの遺産やら全て手に入れるのはアタシだ!
そう思っている内に砂漠の入り口である桟橋までたどり着いた。何年も使っていないのだろう。橋はボロボロに朽ち果てて不安定であり、一人ずつ渡らないと今にも壊れておかしくなかった。橋の下は沼になっており異世界への入り口のようにも見えた。
「あちこちガタが来てるな。仕方ない、とりあえず一人ずつ渡るぞ」
そう言ってノーバディはコルダを先に行かせるように急かした。彼女は
緊張な眼差しをしていたが、それでも彼女は意を決して進んでいった。
「オイ、おせーぞ!そんなんじゃ日が暮れちまうぞ。砂漠の夜は堪えるんだ。さあ行け、行け!」
「分かってるわよ。ちょっと慣れてないだけよ・・・・・・」
「よく吠えるじゃねえか。安心したぞ」
互いに言い争っている間にコルダは橋を渡りきった。
「よっしゃ。よくやったぞ。少し待ってな」
ノーバディがコルダにも聞こえるくらいに大声で張り上げると彼女も橋を渡り始めた。
彼女が慎重に橋を渡っているのを見て内心コルダは笑いが止まらなかった。この女が今から無様な姿を晒すのを想像すると笑いが止まらないからである。
橋を中間まで渡ったノーバディにコルダは声を掛けた。
「この下は沼になってるけど、落ちたらどうなるかしらねぇ・・・・・・ノーバディ」
コルダの突然な声掛けに嫌な予感を感知した。
「何が言いたい?」
「そのままの意味よ。アンタが、そのまま沼に落ちたらって話よ」
「笑えねえ冗談だ。殺すぞクソガキがッ」
ノーバディは怒声にコルダはそれ以上に声を張り上げた。
「おい!賞金稼ぎのノロマ。あんたが呑気に橋を渡ってる間あたしが何もしないとでも思ったのかい?」
そういうとコルダはコートからおもむろに隠していた小型銃を取り出した。
「てってめえ、いつのまに!?」
「それじゃ、さよならだ。名無しの凄腕ガンマンさん」
コルダは、小型の拳銃で頼りない橋のロープに構え発砲した。ロープがいとも簡単に切れるとノーバディと彼女の愛馬は、そのまま下の沼に落ちていった。
「畜生!」とノーバディの声だけが、こだましていった。
「悪いけど、あたしに悪さをした罰ね。せいぜい苦しんで死になさい」
沼に落ちてもノーバディはコルダへの罵倒を止めなかった。
「この、クソガキがッ!覚えてやがれ」
ノーバディが、言い終わる前にはコルダは馬をつれて砂漠の方向へ向かって行った。