第一章2 『少女と裏切り』
「おい女」
外で待機していたノーバディに男が話しかける。ノーバディは無視を決め込んだ。
男は舌打ちをするが、そのまま話を続ける。
「聞こえるか?」
男は小屋を指さしてノーバディに尋ねる。
「銃声だな」
「行くぞ」
男はそう言って部屋の中に入ろうとしていく。ノーバディは何も動かない。
「おい、お前も来るんだよ!」
男は付いて来ないノーバディに怒りを露にしていた。
「ここが潮時かな」
ノーバディはひとり愚痴る。
「お、おい、お前何言ってんだ!」
男の声はノーバディの持ったコルトの音にかき消された。
「私が最初の裏切り者になるってことさ」
男はうめき声を上げながら、そのまま地面に倒れた。ノーバディは足で蹴るように倒れた男の身体を仰向けにし金目のものがないか漁る。あいにく何も出てこなかった。
「期待してはなかったけどよ」
侮蔑するような目つきで死んだ男を見下すノーバディ。死体を馬の近くまで引きずりもたれさせるように立てかける。
ちょうど良いタイミングで小屋の中も騒がしくなってきた。ノーバディは、ふんと鼻を鳴らす。
「ガニコが言ったとおりだ。ガキも一筋縄じゃいかないってか」
すぐに少女を抱えた男が小屋から出てきた。
外で待機しているノーバディに声を掛けた。
「目当てのガキだ。おい手伝ってくれ」
男は気絶させた少女を見せつける。
「悪いがそれはできないね」
ノーバディはボソリと言って、おもむろにホルスターからコルトを引き、少女を抱えた男を発砲。人気の無い山々に乾いた発砲音がこだまする。
「て、てめぇ!」
隣にいた男が怒鳴り声をあげる。手を撃たれた男は叫び声をあげている。
ノーバディは何も答えない。ただ不敵に笑っている。
男たちは一瞬何が起きたのか分からず唖然とするしかなかった。
女の構えた銃からは硝煙が立ち昇っている。彼女の黒く光沢な長物の銃からは、男の手を撃ち抜き、男の腕からは血がポタポタと流れている。
「ガニコ以外に依頼主でもいるのか!?」
男は流れる血を抑えながら朦朧とした意識の中、彼女に問いかける。
「いいや、ガニコだけさ。お前らは手のひらで踊ってただけさ」
さらっと答える。銃を構えたままノーバディは話を続ける。
「予定じゃあんたらと一緒にこの仕事をして山分けも悪くないと考えてみたけど急遽変更だ。JD・シルバニト、H・カルヴォ。お前ら2人の賞金総額の方に旨みがあるのさ。その辺に転がってる死体も集まれば、さらに良い金になる」
「てめえ!」
先手を取るように男は、腰にぶら下げていたリボルバーで発砲。
乾いた発砲音が鳴り響く。
男は倒れこみ口から血が滴る。そして、それきり動かなくなった。ノーバディの硝煙の上がったリボルバーを手に無表情であった。
「酷い腕だな。こんなんじゃガキも殺せない。あんたらじゃ話にならないよ」
ノーバディは、そう言ってリボルバーを腰のホルスターにしまった。
「くそっ」と生き残ってる男は愚痴を吐く。そして背中から大型のライフルを取り出そうとしている。
チンピラ以下のガンマン気取りが。と彼女は思った。
ノーバディはすかさず発砲。
男は引き金を引く瞬間に小屋に隠れてやり過ごす。小屋の老夫婦は悲鳴を上げて脅えている。
6発銃弾を撃ち切ったノーバディはリロードを始める。それを合図に男が小屋の窓から身を乗り出してライフルを発砲。
ノーバディは転がっていた死体で壁を作り被弾を防いでいる。肉の壁で銃撃をやり過ごすノーバディ。銃撃により近くにいた馬が慌てふためる。
男はライフルを撃ち尽くし新たにリロードする。
その隙をノーバディは見逃さない。
ノーバディは、すかさずマグナム構え正確に男に発砲。単純に早く撃てばいいのではなく狙いを定めて発砲。男は胸を被弾し苦しそうに這いずり回りながら小屋の奥に逃げようとした。ノーバディは見逃さず、すぐに小屋の中に入っていく。男の逃げた痕が血糊の痕を引きずっていた。男はひいひい言いながら逃げ続ける。
「おいおい、どこ行こうってんだい?」
銃を左右に振り、逃げるんじゃないと諫めるノーバディ。
血だらけの男はノーバディに振り向きうめき声をあげながら銃を構える。
「うう、くたばれ」
男が撃つより早くノーバディは引き金を引いた。
男の息の根を止め亡骸の前にノーバディは言った。
「早撃ちと言えば聞こえは良いが、実際は相手をよく狙わずに早く抜くことに気がいきすぎだ。じっくり狙え、基本だよ」
そういって彼女は、男たちの死体を引きずり始めた。彼女は、男たちの死体を小屋の近くにあった荷台に乗せもう使わないであろう彼らの馬も拝借して帰り支度を始めた。
部屋を荒らした弁償と言わんばかりに金をテーブルに置くノーバディ。老夫婦はその金額に眼が点になる。
「こいつらの賞金額から見ればかわいい金額さ。とっときな」
小屋の物陰から事の成り行きを見ていた浅黒い肌をした少女は、賞金稼ぎの女が自分に眼中がなさそうなのを確認すると、そっとノーバディから離れようとしている。
「おおう、逃げようって考えたって無駄だぜお嬢ちゃん。アンタにはちょっと付き合ってもらうぜ」
ノーバディが馬に死体を括り付けながら言う。ノーバディの声を聞いて硬直する少女。
「依頼主からは傷つけるなと言われてるんだ。手荒な真似はしたくない。大人しく出てこい」
ノーバディの言葉に少女は物陰から伺う。少女の手には不釣り合いに大きい手入れされていないリボルバーが握られている。
だが、銃を収めて裏口にいた馬を乗る少女。馬は知らない人間に乗られて不快感を露にするように暴れる。
暴れる馬を何とか抑えて逃げ出そうとする少女。
「逃げんのかよ」
それを見て呆れるノーバディ。自分の荷物から愛用しているライフルを取り出す。狙いを定めて少女に発砲。馬が飛びのくほどに弾丸をかすめると、馬は驚いて少女を突き落とした。
声を挙げる暇もなく少女は落馬する。
ううっと、うめき声を挙げながら何とか逃げようとするが、ノーバディがゆっくりと歩いてきた。
「死体もあるんだ。この暑さだとすぐに腐っちまう。観念するんだよ」
ノーバディは淡々と答える。
「アンタが少し金のためにクソ野郎に売り飛ばすのなら、もっと良い話があるわ。もし私を見逃してくれたら報酬は出すわ」
少女の言葉を聞いてノーバディは笑った。
「お前を今から依頼主に連れてくだけで楽に大金を稼げるんだ。余地はないね」
ノーバディは、そう言いながら少女の手に素早く縄を掛けていく。
「な、何する!?」
「決まってる、お前を連行すんのさ。それ以外に何があるってんだ?」
手慣れた手つきで紐で少女の手を縛った。
「ふざけるな!」
少女は足で蹴るがノーバディはあっさりと少女の足を掴んでしまう。
「諦めろ」
ノーバディは詰まらなそうに答える。ふざけるなと言わんばかりにノーバディの眼は据わっていた。少女は息が詰まる。だが、ノーバディはすぐに意地の悪い笑顔に戻っていく。
「さあ、デブリカットに帰るぞ。お前を換金してやる」
少女は片足を掴まれ暴れたままノーバディに思いつく限りの罵倒を浴びせていた。