第五章1 『墓穴からの呼び声』
ノーバディは、アレルヤが帰ってこないのを内心気にかけていた。余りに遅い、もう1ヶ月近く、ここのイングリッシュ・マーシャの墓に帰ってきていない。彼女は、近くに置いてあった酒の瓶を広いあげ、それを飲み始めた。そうこうする内にコルダも隣に座った。彼女が、ここの墓で何か探しているのは知ってはいたが、特には詮索はしなかった。仮にも彼女の父親なのだ。あまり無粋なことだと遠慮している所もあった。ノーバディは無言でコルダに酒を勧めた彼女は断った。
「私、未成年よ」
そうかい。といってノーバディもとりわけ強要しなかった。お互いに喋ることはなくとも何か物足りずギクシャクしているような感じであった。
「これで終わりなのよね」
「ああ、案外終わってみればあっけなかったよ。財宝も見つかったし今はこうしてアレルヤが帰ってくるのだけを待っている。気楽なもんさ」
そう、とコルダは言って、また2人で黙ってしまった。何か気分が落ち着かない。もうこの場所にいることも、そう長くはないのかも知れない。そんな事を思っていると、ねえとコルダはノーバディに声をかけた。
「ノーバディ。アナタこれからどうするの?」
「あてもなく馬を走らせるさ。ここにアタシの場所はない。アタシが死ぬまで旅を続けるのだろうさ」
「そう」と一言コルダは言った。コルダにしてみれば、ノーバディに何か期待している返答が分からなかったが、それでも少し寂しかった。
「何か言いたげだな?」
コルダの表情を察してノーバディは言った。
「別にたいしたことじゃないわよ。ただアンタとも別れるとなると正直、少し寂しいわ」
ノーバディはコルダの話を黙って聞き酒を飲み続けている。
「だからさ! もしアンタが差し支えなかったら私も旅の連れとして加えて欲しいの。ノーバディの邪魔はさせないし取り分だって自分の食い扶持は何とかするからさ!」
コルダの言葉を聞いたノーバディは酒瓶が空になるのを見るとポケットから煙草を取り出し火を付けた。彼女はくわえながら言った。
「そりゃあダメだ。別にお前だからとか言う訳じゃない。アタシは誰とも組まないって言ったろ? アタシは独り身だ。死ぬまで誰とも付き合わないよ」
「そっか。そうだよねノーバディはそういう奴だ」
コルダは残念な顔になりそうなのを、ノーバディには悟られてなるまいと思い顔には出さなかった。
一瞬だけであったがノーバディは笑った。あまり純粋に笑った顔を出さないような彼女なので珍しかった。
「なあ吸うか?」
ノーバディはコルダに煙草を薦めてきた。コルダは煙草が嫌いなので、いつも彼女が吸っているのを見かけると嫌な顔をしていたが、今はそんな気分にはならなかった。
「私、未成年だって言ったじゃない」
「今日くらいは、その神様だって見逃してくれるだろうよ」
コルダは少し悩んだあとにノーバディから煙草を受け取り彼女から火をもらった。煙草を吸ったコルダはひどくむせ悪態をついた。それをみたノーバディは、また笑った。
「まだ早かった!なに後数年すりゃ楽しめる年齢になるさ」
「アンタ私にこれをしたかっただけでしょ!」
「当たらずとも遠からず。言い線してるぜ」
今度は互いに笑った。それは、クスリといった小さな笑いであるが、互いの仕事に区切りが付いた者同士以上のやりとりであった。
「そういえばアンタこれから何処に行くのよ? こんなに大金を手に入れて、まだ旅を続ける意味は私には分からない」
「なんだろうな。まあ確かなことはアタシは独り身のほうが性に合ってて金が手に入っても、また旅を続けるだろうさ」
「それでコルダは、どうするつもりなんだ? そもそもここの墓だってアンタが教えてくれたりはしたが、何でこんな場所にまで来たんだよ?」
ノーバディの疑惑の声にコルダは答える。彼女は、ここ数日ずっとこのマーシャの墓で何かを探しているようではあったが。
「父の手がかりを探してたの。何せ何も言わずに出て行ってしまった人だから。形見でもあれば良いかなって思っただけよ。そういえばアナタは、どうなの? ノーバディ。家族っている?」
ノーバディは少し顔をしかめたが、それでも喋り始めた。今までの彼女の関係では聞けない話ではあった。
「湿っぽい話は嫌いなんだがね。よくある話さ親父は仕事を無くして飲んだくれて、いつも母さんを殴ってた。そんで親父は酒場の連中に喧嘩ふっかけちまったせいで、くたばったよ。そのあと母さんはアタシを育てるために娼婦をやってクズに病気を移されて死んじまっただけの話さ」
コルダは黙って彼女の話に傾けていた。ノーバディは話を続けた。
「こっからさ。アタシは教会に拾われてね。これでシスターになるなんて話はあるさ。だがな連中も匿う連中の数は限られていたのさ。アタシも行ったが少しのパンをもらって追出されたんだ」
ノーバディは続ける。彼女の物語は、まだ続いた。
「街を歩いてたらアタシみたいな不幸な子と呼ばれる連中がいたよ。奴らは亡者も同然さ。生きてることに何も感じない。ああ、アタシもこいつらみたいに死ぬんだってな。」
クソくらえさ。ノーバディは少し声を荒げる。自分の境遇を呪って死ぬことを受け入れるなんてアタシには出来なかった。だから何でも殺しに盗みに体だって売った。アタシは毎日、飢えと病気の恐怖に怯えながら生きたんだ。
そうしている内にアタシはこの街を取り仕切ってるチンピラどもの一員になった。そこのリーダーが、中々変わった奴でな貧民街の生まれにも関わらず面倒見の良い奴だったんだ。
その時、コルダはノーバディの顔を見て彼女の顔がひどく懐かしい顔を省みているような、しかし同時に怒りを表しているような顔をしていた。まだノーバディの話は続く。
その頃アタシを含む他の仲間連中は、世の中が良くなると信じて革命を起こしたのさ。最初は規模も小さかったし失敗も繰り返して何人も死んださ。それでも諦めなかった。いつかアタシらの存在を認めさせてやるって。だがな戦い続ける内に気づいてきたのさ。ここには何も生まれない。どう転んでもアタシらの生活は良くならないんだ。
ノーバディは眼に涙を浮かべた。昔の記憶。アタシの撃った男は、かつてもっとも信頼してる男であり、血の繋がりがなくとも当時の少女にとって兄のような頼れる存在であり、そして初めて恋をした男の姿が映っていた。
コルダはノーバディの話を聞き続けた。コルダはノーバディの物語を聞いていく内に、それが彼女への感情の吐露になってくれれば良いと考えた。だがノーバディは手で目頭を押さえると言った。
「話は終わりだ。湿っぽい話は嫌いだって言いながら結局最後まで話しちまったよ」
「そうね湿っぽい話だわ」
コルダはそう言って立ち上がった。
「そろそろ私は行くわ。ここには結局、父の形見は無かったわけだし。もう用はなくなっちゃった。あとはアレルヤと財宝の分け前だけをやってね」
コルダがそういった瞬間であった。墓の入り口から馬のひずめの音が聞こえていた。
「アレルヤ?」
そう言うコルダにノーバディは否定した。彼女の顔は真剣そのものとなっておりコルダは只ならぬ事だと、すぐに理解した。
「いや違う。ありゃあ数人の馬を引きつけてる。しかも大急ぎでだ。アレルヤじゃなさそうだ。隠れろ!」
ノーバディとコルダは隅に隠れ様子を伺った。こちらから顔は見えなかいが、どうやら相手もそれらしい。連中も慌ただしく動いてはいたが、 どうやら、こちらの正確な場所までは掴んでいないらしく大声でこちらを呼ぶ声しか聞こえなかった。
「おい、聞いてるか、賞金稼ぎども! 今、おまえ等の仲間をとっつかまえてサウンズ・ヒルの町で首の皮一枚で待ってるぜ! もし連中の命が欲しいのなら今日の深夜までお前等のことを待ってるってお達しだぜ」
「アンタ等は何者だ! どうしてここまで嗅ぎつけた!」
名前は言っていなかったが、たぶんアレルヤが捕まったのだ。コルダはそんな状況に動揺を隠しきれないでいたが、先に声を上げたのはノーバディであった。彼女の怒声にも連中の声には何も反応を表さなかった。
「おっと、種明かしは無しだぜ。じゃあ伝えたからな色よい返事待ってるぜ!」
かけ声と共に複数人の男たちは、馬を走らせそのまま元来た道に帰って行った。馬の音が聞こえなくなるとノーバディとコルダは物陰から出てきた。
「もしかしてアレルヤのこと?」
今の男たちの会話に出てきた仲間連中と言う言葉からアレルヤの盗賊団のことを言ってるのではないかとコルダは言った。
「だろうな。バカな野郎だぜ。いったい何処の連中やられたかは知らないが、自業自得さ」
ノーバディの心ない反応に対してコルダは言った。コルダはてっきりノーバディは血相変えて助けに行くと思ったからだ。そんな彼女の反応に苛立ちを覚えたのであった。
「助けに行かないの!?」
コルダの言葉にノーバディは乾いた笑いで答えた。
「おいおい。友達気取りかい? アタシは、そんなガキと組んだ覚えはないがね」
「だとしてもよ! ノーバディ、アナタの力がいるのよ。悔しいことだけど、これは事実だわ。アナタは優秀なガンマンなの。アレルヤたちを助けるためにはアナタが必要だわ。私だって自分の立場くらいは分かってるつもりよ賊相手に1人で突っ込んだって死ぬだけだわ。でもアナタが入れば話は変わる。アレルヤたちを助けられるのよ!」
「いい加減にしないかッ!」
ノーバディはコルダに息も付かせぬような激昂を露わにした。
「いいか! 連中はヘマをやらかして今まさに死ぬような目に遭ってる。それは分かる。だがな、奴らを助ける道理なんてどこにもないだろうが! 大体、考えてもみろ! アタシとアイツの関係は、財宝を一緒に探して一時的に協力関係になっていただけだ! それ以上でも、それ以下でもない!」
ノーバディはコルダに向かって言った。コルダは、それを聞いてただ「そう」とだけ悲しく声に出した。
「アナタがそういうなら、それで良いわ。アタシは独りでもアレルヤを助けにいくよ。仮にアナタの言う英雄気取りの馬鹿でもね!」
そう言ってコルダは腰にホルスターを付けて準備を始めた。そしてノーバディに言う。
「ベルスタアを返してくれるかしら? もうそれはアナタには必要ないものでしょ?」
「ああ、いらねえよこんなもん!」
そう言ってノーバディはコルダにベルスタアを投げつけた。床に落ちたベルスタアを拾うとコルダは言った。
「短い間だったけど、正直、楽しかったわ。もう不謹慎な言い方かも知れないけどアナタも気をつけて」
コルダは馬にまたがろうとしたその時、ノーバディはコルダに当て身をくわえた。コルダはうめき声を挙げ、そのまま倒れ込んだ。意識の薄れるなかコルダは微かにノーバディの口元を見て何を言おうとしてるか分かった。
「それは、こっちの言葉さ」




