第四章4 『マーシャの遺産』
「なあこんな所に入っても大丈夫なのかい?」
ノーバディは先頭を切って歩いていたコルダに言った。口には出してないがアレルヤもいぶかしんでいた。
3人は今ウェイトランドと看板に書かれていた現在では使われていない廃墟の町にまできていた。コルダが言うにはこの町に遺産があるそうであったがこんな所に財宝があるとは2人には思えなかった。
コルダが町の一角にあった一軒家に入ると床をそそくさと調べ始めた。家の中は埃にまみれており長年人は住んでいなさそうであった。コルダは床下を黒い鷹でコンコンと叩いていた。そして床下から軽い音が鳴り響きたら彼女は床をはがして床下を見た。ノーバディとアレルヤも床下を覗くとそこには空洞になったいる階段が眼に見えた。
「降りるわよ」
コルダは一言いって下に降りていった。
「おい、なんでお前場所分かんだよ!そこまで地図に載ってなかっただろ!」
ノーバディの質問にコルダは簡素に答えた。まるで、何も思い入れがないかのように、
「簡単な話よ。ここ私の家だったの」
3人は床下の階段に降りながら話を続けていた。
「イングリッシュ・マーシャは家の中に財宝を隠していたのか?」
アレルヤは驚いたように言った。コルダはアレルヤに「そうよ」とだけ言った。アレルヤは階段の状態を確かめていた。木造建築の階段が数十年で風化している状態ではなかった。見るからにかなり古い作りの階段である。
「まさに木に隠すやら何やらって奴ね。この階段も何年も前から作られたものじゃないみたいだな?」
「そうみたい。元々脱出用に作ってたみたいだけどその中に宝物庫も作ってたみたい。一度だけ聞いたら何代も前に先祖が作ったみたいよ」
3人は黙々と地下の階段で下り続けていた。数分すると大きな扉の前にたった。
「でけえなここが遺産の場所なのかい?」
アレルヤの問いにコルダは首を縦に振った。
「しかしまあどう開けるよ? 何せこんな大きさだ。エッガーの所から拝借した爆薬を使っても開くかどうか」
それを聞いたコルダはおもむろに自分の腰からベルスタアを抜き取った。そしてベルスタアを持って扉の目の前まで歩いていった。
「ここで爺に直してもらったこのベルスタアを使うときが来たのよ」
コルダはベルスタアの銃身を扉に付けられた鍵穴に差し込みそれを思いっきり回した。
扉から鈍い音が鳴るとそのまま奥へと扉が開いていった。ベルスタアは文字通り遺産のカギとなっていた。
「ようこそ。イングリッシュ・マーシャの遺産へ」
コルダの説明に2人は言葉を失っていた。扉を開けた瞬間にそこには数々の美術品や金銀財宝が目に映った。2人はコルダにここの説明を受けていたが、あまりの情景に耳には入らなかった。2人はただ目の前の財宝に眼を奪われているだけであった。
ようやく事の状況に気づいた2人は駆け足で財宝に走り向かっていった。
「これでホントにマーシャの遺産まで案内したわ。この財宝はアナタ達にあげるわ。好きにして頂戴」
コルダは、そう言ってマーシャの部屋に置いてあった資料置き場のような所に向かい何か資料を探し始めた。
以前、約束した通りノーバディとアレルヤは財宝を山分けする事にした。互いに財宝を目の前にしたらいつ裏切るか考えていたが、ここまでの財宝を目の前にされるとそんなことは当のとっくに吹き飛んでしまった。何せ一生掛かっても消費できるか分からないくらいの財宝である。今更、半分にしてしまっても不利益になるとは思えなかった。ノーバディとアレルヤは互いに同意をして財宝を持ち帰ろうとした。
しかしあまりに量が多いので小分けにして少しづつ持ち運ぶことにした。最初に小分けしたノーバディが袋に詰めた財宝を隠すために町の入り口まで歩きそこから馬に乗って隠し場所まで走らせていった。その間アレルヤは地下の部屋でコルダと留守番をしていることになる。もし彼女が財宝を持ち逃げするには厳しいほどに溢れているし、こうして互いに交互に持ち運ぶようにして運んでいった。
これでよし。
ノーバディがそう言って財宝を隠し終えると一息着いた。2日ほど掛けて彼女の故郷の近くにある荒れ地に埋めた。町には何もないことは分かってはいたので、寄る気などさらさらなかった。彼女の記憶にとって汚点とも呼べるような場所であった。今でもここに来ると昔の記憶を思い出した。だが、ここは何時来ても様変わりとは無縁の場所である。だから彼女にとって、ここは故郷以上に財宝を隠す場所として重宝してきた。人気もないのも合わさって誰もが気味悪がって近づかないのも幸いした。彼女は今回もこの辺りにマーシャの財宝を隠す予定であった。
思えば案外あっけない形で終わりを迎えそうであった。ノーバディにとってこの2週間近い旅はかなり短い旅のようであった。そう考えると少し寂しい感じもした。その寂しさを紛らわすかのように酒場で数え切れないほどの酒をあおり男婦を買って気を紛らわしてもいた。
だが今さら自分にそんな贖罪は許されない2度と友を作らない、仲間を作らないと誓ったのにこの有様だ。アタシの心には未だにこんな生っちょろい言葉で埋め尽くされ、まだ病原菌のように生き延びていやがった。10年前に兄を革命で亡くしてから毎日考え続けてきたことだ。アタシは孤独だ、いや孤独であり続けなきゃならない。先に死んじまった奴らに申し訳がたたないんだ。
コルダの家の地下に戻るとアレルヤだけがいた。聞くところによるとコルダはノーバディがいなくなった数日後に出て行ったらしい。
「さあ、お前の番だよ」
ノーバディはそう言って近くの酒場で売っていた酒をアレルヤに投げ渡した。
「アンタえらく気が利くじゃんかよ。正直これがなくてつらくてね」
アレルヤはそう言って酒瓶を開けグビグビと飲んだ。
「さて私はそろそろ行くよ」
ウォッカを飲み終えたアレルヤはノーバディに言った。
「この詰めに詰め込んだ財宝を隠すのには何日掛かるんだい?」
ノーバディの質問にアレルヤは答える。
「何そんなに掛けるつもりはないさほんの数日さ。アンタがあまりにも遅かったんでね。ここで暇をつぶすのは中々に苦労したぜ」
「なあに時間をつぶす方法はいくらでもある。せいぜい楽しんできな」
ノーバディの言葉にアレルヤは笑った。互いに遺産という財宝は手に入ってからというもの気分が非常に良かった。
それから数日過ぎにアレルヤが帰ってきて今度はまたノーバディが財宝を埋めに行った。また彼女が戻ってくると今度はまたアレルヤが埋めに行った。
そんなことを何度も何度も繰り返した。だが繰り返していくいくうちにノーバディはアレルヤを見かけなくなった。あのガメツい女が財宝を余らせて帰るのも変な話ではあったが、あまり気にせずにノーバディは財宝を隠し続けていった。
アレルヤは財宝の隠し場所は見つけずに仲間の待つアジトに持って行った。彼女にとってここが家であり家族がいる場所であったから自分1人で横取りするなどとは考えにも及ばなかった。だから彼女は自分のホームに帰ってきた。あいつ等を養うにはもっと金がいる。その為にはもっと稼がなくちゃならない。彼女は馬を走らせて財宝を片手に帰宅についた。
「アレルヤだ、アレルヤが帰ってきたぞ!」
アレルヤがアジトまで戻ると多くの仲間に出迎えられた。彼女は抱き抱えられる形で馬から降りてもみくちゃにされていた。
アレルヤの周りは喧噪に満ちており皆口々に「体は大丈夫なのかい?」、「あの変な女に嫌なことでもされたんじゃないの?」と彼女を気遣ってくれていた。アレルヤは手荒い歓迎を抜けると皆に言った。
「みんな聴いてくれ!アタシはついにイングリッシュ・マーシャの財宝を見つけたんだ。今は何も言えねえが少なくとも皆の暮らしは今よりもぐっとよくなる。だから安心してくれ!」
アレルヤの言葉に彼女の所にいる者は黙って彼女の話を聞いていた。
「もう煩わなくて大丈夫なんだ。アタシ等は金持ちになれるんだ!」
アレルヤの言葉を聞いて誰も口を開かなかった。アレルヤは周りを見渡し目があった仲間の老婆に視線を傾けた。視線を感じた老婆はアレルヤに何か言いたげな顔をしたが、それでも口ごもり何も言わなかった。
「おい、皆なんだよ水くさいな。何か言いたいなら何か言えって!何でも欲しい物が手にはいるんだってば!」
そう聴いた老婆は恐る恐るアレルヤに言った。
「アレルヤ私はね。金なんていりゃあしないよ。ここにいる連中と毎日、今のように楽しく平和に暮らせればいいんだよ。せがれも孫も殺されちまって途方に暮れてたアタシを身を持って接してくれたのはアンタじゃないかアレルヤ・・・」
老婆の言葉に皆がうなずき始めた。彼らにとってアレルヤはリーダーという立場以上に精神的な柱になっていた。老婆の言葉に続いて皆が口を開き始めた。
「ああ、そうだよ婆さんの言うとおりさ。事実、俺たちは金がなくても何とか暮らしてるし最近皆で学校だって作ろうって話もあるくらいだ。だからアレルヤよお。そんなに気を背負い込むなって。アンタはよくやってるし皆の誰もが信頼してるさ」
そうだ、そうだ!と皆は声を張り上げて若者に賛成した。
「おまえら」
「だからよおアレルヤ俺たちのことも少しは信頼してもいいんじゃないかなあ?俺たちに出きることなら何だってやってやるさ!」
皆がワイワイと騒ぎ始めようとした、その時、隠れ家の入り口から乾いた拍手の音が鳴り響いた。それはパチパチと気味の悪いくらいに洞窟内をよく鳴り響いていた。
「財宝よりも日々の糧を取るか。何とも美談だな」
富裕層のスーツを着た男が、洞窟の入り口に立っていた。明らかに賊の連中を10数人引き連れて、
不味い状況だと、すかさずアレルヤは判断し銃を引き抜き男のいる方向に発砲したが、スーツ姿の男のすんでの所で外してしまった。アレルヤの行動に男の取り巻きの連中も銃を腰から抜こうとしたが、スーツ姿の男に止められた。
「躊躇がないな。だが、銃はよく見てから狙え。ガンマンとしての常識だぞ」
「アンタどこのどいつだい?見たことない顔だけど、悪いけどここの場所を知られたんだ。生かしちゃいけねえよ。アンタ賞金稼ぎか何かかい?名前くらい名乗ったらどうなのさ?」
アレルヤの問いに男は一呼吸置き淡々と答えた。その名前の意味をよく知りながらも、まるでその受け答えには躊躇がなかった。その名前を聞いたとき誰もが耳を疑った。
「マーシャ。イングリッシュ・マーシャさ」




