湖の主
エルドとローレンスの二人は湖岸へと走り出していた。
遠くリヴィエラ湖の湖上には、先程現れた冒涜的な《竜》が北上する姿が見えた。
「改めて見ると随分とでかいね。俺とエルドだけでどうにかなるかな」
「《伝承の獣》は基本的に霊子を枯渇させればどうにかなるけど、あれは流石に……」
霊子保有量は必ずしも見た目と比例するわけではなく例外もあるが、それでも巨体には巨体に見合った膨大な霊子が眠っているものである。
「ま、学園の一位と二位が揃ってるんだ。何とかなるって」
「あくまでも学生レベルだよ……でもそういえばローレンスも学生の時は基本魔術以外、ほとんど使ってなかったよね? なにか理由があるの?」
彼らの代で強者達を押し退けて、武の頂点を争ったのはこの二人である。それも特異なことに、お互いに用いたのは基本魔術のみで、後は武術の腕だけで学内のトーナメントを勝ち上がっていた。
「エルドが居たからね。魔法が扱えず《劣等剣士》と見下されていたエルド、だけどその実力は明らかに抜きん出ていた。だから俺もそれに追いつきたかったんだ。実際はお前には到底及ばなかったけどな」
「意外と負けず嫌いなんだね。でも実力は拮抗していたよ。魔法を使われていたら今頃、色んなことが変わっていたのかもしれない」
エルドが卒業資格を剥奪された理由、それはエルドが筆頭貴族の息子であるローレンスを打ち倒したことにあった。
もし、ローレンスが魔法を解禁し、エルドを倒していれば状況は変わっていたのかもしれない。そんなことを漠然と思った。
「何も変わってないさ。戦士の戦いを最後に決定するのは、お互いが得物に懸ける信念だ。それは小手先の戦術が変わった程度じゃどうにもならないさ。たとえ俺が魔法を使っても、お前は勝機を見出していたはずだよ」
「そういうものかな?」
「そういうものさ。でも、流石にあの時は俺も悔しかったからなあ。卒業後はしばらく山に籠もって修行してたんだ」
ローレンスはそう言って力拳を握ってみせた。別に何も変わった様子はなかった。
「そ、そう……」
「ま、俺の話はいいさ。それよりもエルド、なんで俺についてきたんだ?」
「え?」
意外な質問にエルドは素っ頓狂な声が出た。
「なんでって……」
エルドにしても何か明確な理由があったわけではないため、言葉に詰まる。
「うーん、ローレンスが必死だったからかもしれない」
「必死?」
「うん。単独行動ばかりだったけど、このリヴィエラを心配する気持ちは誰よりもあった様に思う。何か、個人的な事情があるんじゃない?」
「…………」
ローレンスは言葉を閉ざした。エルドの言う通りである。
「そうだな。全てが終わったら紹介させてもらうか」
ローレンスがボソリと呟いた。
「いや、なんでもないさ。それより、あれを見てくれ」
ローレンスが視線を前方に移した。そこでは州兵達が《竜》を取り囲んでいた。
水上の敵相手に、複数の魔道士が湖上を凍らせたり、岩場を精製しながら足場を確保し、防護の結界に一極集中した攻撃を与える。《竜》相手としては最適な戦術であった。
「ここの州兵は意外と熱心だなあ。もしかして俺たち要らない?」
「何言ってるのさ。早く加勢するよ」
「そうだな。どうにか俺が決着を着けないと……」
そう言って二人は湖岸を蹴って氷上を駆け抜けた。