湖沼都市・リヴィエラ
リヴィエラ市街は煉獄の門側のほとりの開発が最も進んでいる。街道より続く、観光街路となっており、無数の飲食店や工芸店、宿屋が軒を連ねている。
公都の中央通り程ではないが、駅馬車を利用して国内各地から集まった観光客でごった返すことも珍しくない。
「表には誰もいませんね」
しかし、今はこの黒霧のせいか誰も外には居なかった。
「気配はするから家の中には居るみたいだけど、宿取れるかな」
「こんな霧の中じゃ商売なんて出来ないよね。私達ずっと吸い続けてるけど大丈夫かな」
フィリアは不安を口にした。
「寒々しい空気ではあるが、臭いはしない。毒ガスって訳じゃないんだろうが……」
そう言われてみると、妙な息苦しさが感じられた。脳が自ずとこれ以上霧を吸わないように自制しているのだろうか。
「ひとまず、駅馬車に馬を預けて宿を取りましょう」
エルド達は馬を預けると宿屋へと向かった。
「そうだったわ、今年も巡礼の季節だったね。まさかうちの宿に姫様がいらっしゃるなんて」
「二部屋押さえたいのですが空いておりますか?」
「ええ、もちろん。最上階の一等客室が空いておりますとも。最も観光客がいないからどの部屋も空いてるんですけどね……」
「まあこの霧の中じゃ、しょうがねえ。いつからこうなんだ?」
「やだ、ぐいぐい来る子ね。うーん、一ヶ月ぐらい前かしら? 湖の水が黒ずみ始めて……気付いたらあんなもやもやまで出てきて大変なの」
「どこかで聞いたような話だな」
「アルスターでも水源が汚染されるって事件があったけど、今回も同じなのかしら」
イシュメル人街の水源はフェリクサイト精製の際に発生する、廃液による汚染で黒く染まっていた。水が黒ずむという点から、そのことが自ずと思い起こされた。
「そうしますと、ここの飲水などはどうされてるんですか?」
「それが不思議な事にですね、湖から南に流れる川の方は汚染が見られないんです。領主様が調べて危険性もないから、今はそこから水を引いて使ってるの」
「南の川だけってのも妙だね。一体何が起こってるんだろ」
「ほんとにどうしちゃったんだか。最近じゃ妙な怪獣まで現れて、うちの子達もすっかり怯えちゃってね……」
「か、怪獣……ですか?」
「魔獣じゃなくて怪獣なんだな。どういうのなんだ?」
「いや私も全然見たこと無いのよ。でも見た人が言うには体長30mはあるおどろおどろしい化物だって」
「なんだか要領を得ないな。そいつは危険なのか?」
「もう、当たり前じゃない。夜な夜な雄叫びを上げては湖岸を襲うのよ? 酒造工場で働くうちの旦那なんか大怪我したんだから。危険よ危険! でも、領主様がそんな与太話に付き合うつもりはないって駆除してくれないのよ」
「その怪獣が目撃されるようになったのはいつ頃からですか?」
「さぁ? 一ヶ月前ぐらいかしら?」
「おいおい、適当に一ヶ月って言ってんじゃないだろうな?」
「そんなわけないでしょ! 何よこの赤毛さっきから失礼だわ。もうやだ、私そっちの可愛い子と話す」
宿屋の女主人はカイムの不躾な態度にへそを曲げてしまった。
「なんなんだよ、一体……」
「いいからそっちの子で」
女主人はエルドを手招いた。
「すみません、お姉さん。うちの赤毛、コミュニケーションが苦手で」
「お前は保護者かよ」
「良いのよ良いのよ、そういう歳の頃ってあるわよね。うちの可愛い子もいつかそうなっちゃうのかしら……」
エルドの見た目が気に入ったのか女主人はころりと態度を変えた。
「それで、一ヶ月前というのは本当なんですか?」
「そうなの。だからあの怪獣が毒を運んできたんじゃないかってみんな噂してるのよ」
「目撃される時間帯は?」
「そうね、どれも決まって深夜だそうよ。だから、姿を確認しようにも月明かりと松明の火ぐらいしか頼りにならないのよ」
「そうだったんですね。だいたい 、ありがとうございました。それで部屋の方なのですが」
「うんうんわかってるわかってる。二部屋押さえとくから、ほらこれ鍵ね」
一行は鍵を受け取ると最上階に上がった。ひとまず大きめの部屋の方に入り、今後の予定を話し合うこととした。
「やあみんな、遅かったね」
しかし扉を開いたその先では、褐色の男イスマイルがエルドたちを出迎えていた――