レオンとフレイヤ
病院の一室、少し薄暗いその部屋でレオンは目を覚ました。
「ふぁ~あ、よく寝た」
先程まで重傷を負っていたというのになんとも呑気なひと声であった。
「『よく寝た』じゃないわ。あまりエルドに心配を掛けないで」
側にはフレイヤが腰掛けていた。
「フレイヤは心配してくれなかったの?」
「当たり前よ」
まるで何事もなかったように、フレイヤは後ろ手にリンゴとナイフを隠していた。
「ふーん……」
レオンは生暖かい視線をフレイヤに向けた。
「な、何?」
「今背中に銀に光る何かが見えたなと思って」
レオンはニヤニヤしながらフレイヤの背にあるものを看破した。
「!?」
平然を装って隠したものを見抜かれて、思わずフレイヤは赤面した。
「あ、姉として気にかけるぐらいはするわ」
照れ隠しにフレイヤはそっぽを向く。
「素直じゃないな。それに僕が兄だろ?」
「何言ってるの。馬鹿言うのはやめて。精神的にも人格的にも誕生日も私のほうが上でしょ」
「はは、ムキになって可愛いなフレイヤは」
「な!? ば、馬鹿にしないで」
フレイヤは一層顔を赤くした。
「そうだな。まあ、からかうのはここまでにしよう」
「くっ……ほんと性格悪いわね」
「で、僕が眠っている間に何があったんだい?」
フレイヤはため息をつきながら、これまでの経緯を説明した。
ロージアンによるフェリクサイト廃液の持ち出しが判明し、アリシア達が彼の金庫を調べていること、カーティス達は霊子の濃い場所を転移の魔法で移動している可能性があること、ジャファルの狙いは飽くまでもロージアン一人にあると推測されること、そして公都周辺の霊子の濃い場所の調査が開始されたことを。
「そうか……」
「今回の件、どう転ぶかしら」
「殿下の手腕次第……かな。でも、もし衝突が避けられないのなら、エルド達を戦場に出す訳にはいかないな」
「そうね……」
フレイヤも同意した。今回の相手は彼らには荷が重すぎる。
「今回の件は従騎士が足を突っ込める話じゃない。特にあのベガという男は危険だ。それにジャファル、彼は魔人と称されるほどの実力を持つ。カーティスだって実力は僕とそう変わらないはずだ」
「だからこそあなた一人でどうにかするつもりでしょう?」
「まさか、その時は君も一緒だ」
「そ、そう?」
不意の一言にフレイヤは動揺したのか、赤い毛先をいじり始めた。
レオンは自身に並び立つものとして、フレイヤを強く信頼していた。
「有事の時はウェインライト閣下に頼み込んで、動かせるだけの兵士を動員して、僕らで対処するよ」
レオンは真剣な眼差しでフレイヤに告げた。しかし、一方のフレイヤは複雑そうな表情を浮かべるのであった。
「でもそれは難しそうよ」
「え?」
「先程、ウェインライト閣下がお見えになったわ。そしてあなたに勅令を下した。傷が回復し次第、公都の守備に当たるようにと」
「なんだって?」
「巡礼の儀と鉄道の竣工式に向けて、各地方の貴族たちが続々とこの公都に集まっている。そういう状況だからあなたを守護に就かせたいみたいね」
レオンは小さくため息を吐いた。
「やれやれ、予想はしていたけど」
「イシュメル人達の狙いが何にせよ、レオンが動けない以上、対処できるのは私を含めた親衛隊とほんの一握りの守備隊、それにメイウェザー卿の私兵ぐらいかしら」
「相手の戦力は未知数なのにあまりにも心もとない」
「そうね。私も荷が重いわ。だからきっと殿下達は、止めても付いてくるでしょうね」
フレイヤはこめかみの辺りを押さえながら言った。
「やれやれ、従騎士はある意味、最も自由だからね」
「昔のあなたもそうだったしね」
「フレイヤもだよ」
小気味良いテンポで二人は応酬した。
「さて、そうするとレオン、あなたはどうする? 殿下達をみすみす死地に向かわせるつもりかしら?」
「そうだね……」
レオンは思案気にあごをさすった。