第八話 誕生前夜の宴
王太子であるソルディスを祝う行事誕生日前後1日を含む三日間で行われる。
誕生日の前日の夕方から国内外の有力な貴族や他国の王族がリディアの王城を訪れ開催される王室主催のパーティ。
当日の朝からは豪商や豪農などの貴族階級ではないが裕福な人たちが貢ぎ物を持って現れ、昼頃には国民の前に顔を出して次期王となる者のお披露目となる。
そして正式な王が不在であるため、誕生日の翌日には戴冠の儀式がおこなわれ、ソルディスが王位を継ぐという流れになっている。
夕闇が大地を包む頃、生誕前夜の宴は華やかに開催された。
ソルディスは王の横の椅子に座りながら、父王や自分に挨拶する貴族達の顔を見ていた。
椅子は取り敢えず体裁は整えているが、祝われる立場の王太子が座るにはいささか見窄らしいものであった。
父であるバルガスは我が物顔で玉座に座り、その横にバルガスの妃……ソルディス達の母・ソフィアが悠然と座っている。
さらに向こうにはサイラスが本来なら王太子用に準備されてたであろう豪奢椅子に居心地悪そうに座っていた。
その様子に大体の貴族達は訝しげな顔をしたが、できるだけ表情に出さないように努める。
玉座への挨拶の順番も本来なら国内で位階・歴史などの高い者や他国の王族から開始されるのだが、今日は他国の王族の後は、バルガスのお気に入りであるフロウラウ伯爵から挨拶が開始されるようだ。
第一、この宴には本当の意味での有力な貴族も、バルガスの異母兄……先代国王の正妃から生まれた叔父達も姿を現していない。
ソルディスの生誕を祝う気持ちはあるが……いや、あるからこそ『バルガスがソルディスを貶めるために準備された宴』に出ることはできなかった。
故に欠席の返答も「王太子殿下が準備なされた宴ならまだしも、異母弟が開く宴には出ない。王太子殿下には戴冠の儀式に間に合うように向かいますとお伝え願おう」とバルガスの存在を全く無視したものだった。
それがバレないようにするための演出なのだが、逆に理由を知らない他国の王族には不興を買っている。
挨拶の仕方も、他国の王族まではバルガスに軽く挨拶し、ソルディスに祝辞を述べる形で行われていたが、貴族達はバルガスの悋気に触れないように心がけながら玉座に向かって世辞を、そしてそれより若干短くソルディスに祝辞をささげた。
その中でもひどい者はバルガスにのみ祝辞を述べ、ソルディスには礼だけで済ませている。そしてその行動にバルガスが嬉しそうにすると、その態度に追随するものまで現れた。
そんな中、ディナラーデ卿のみが儀礼にのっとり、ソルディスの前で挨拶をする。
「ソルディス殿下、ご生誕の儀、誠におめでとうございます。このディナラーデ、王太子殿下のために粉骨砕身の覚悟でお支えします」
洗練された居住まいで言葉を発したウィルフレッドにバルガスは不満げに顔を顰めた。
しかし自国の貴族ならまだしも他国の王族がいる状態では、他国からすればバルガスと同等の位階を持つように見える彼を叱責することは出来ない。悔しげに歯がみする姿は、バルガスの器の小ささを示していた。
「ありがとう、ディナラーデ卿。宴の準備などもありがとうございました。後はごゆるりとくつろいでください」
ソルディスは父の様子など無視し、彼の挨拶に笑顔で返すと深々と下げた頭にねぎらいの言葉をかけた。
ウィルフレッドは更に深く頭を下げた後、バルガスへの挨拶もなくテラスの方へと消えていった。
その態度に更にバルガスは嘲るように嗤った。
「まったく、ディナラーデ卿にも困った者よ……我が甥とは言え、さすがに15才になるまで田舎で、下々の者と暮らしていた所為でどうも都での立ち居振る舞いというものが理解できておらん」
彼の態度を『田舎者の不調法』であるといい、周りに同意を求めようとするバルガスに、ソルディスは一つため息をついた。
「不思議ですよね、そのディナラーデ卿のみが、出席している王侯貴族の中でただ一人王宮儀礼に則った挨拶をしているなんて。
父上……それを理解した上で言葉を発言しないと、どちらが王族として相応しくないかおのおの方に見せつける事になりますよ」
怒り脳天に達し、顔を最大赤らめるバルガスを見ずにソルディスは椅子から立ち上がる。
「挨拶から暫く経ちましたね。
最初の方で挨拶された他国の方々を放っておくのもまずいでしょう。僕は今からロシキスの王子達の相手をしてきます。
後はよろしくお願いしますね、父上」
誰をも従わせる水色の眼光、それを縁取る光り輝く黄金……『竜国の薔薇』とまで謳われた母親譲りの美しい顔立ちで完璧な笑顔を作ったソルディスは止める暇も与えずにその場を去った。
始めて衆人環視の中でみせる後継者として相応しい彼の態度に宴の出席者の中から感嘆の溜息が零れた。
「ま……まったく、あれも自分の生誕の儀だと判っているのか。王子が謁見しないなど何事だと」
いつものように文句を言ってはみるものの、それは余りにも滑稽すぎてバルガスは去っていく息子の姿を憤怒の瞳で睨み付けたのだった。