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リディア王国物語  作者: 白石めぐみ
第一章・王都脱出編
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第七話 精霊の守護符

遅れました。


自室に戻ったソルディスは菓子をポケットに入れると当初の予定通り奥宮へと向かった。少しばかり予定がずれてはいるが、奥宮に行って戻ってくる時間は十分にある。

潜り慣れた壁の穴から中に入ると、待ち構えていたアーシアが建物の入り口から明るい笑顔で出迎えてくれた。

彼女の顔はいつもより艶やかで、何か幸せに満ちていた。

「何かあったの、アーシャ?」

ここ暫くで呼ぶようになった彼女の愛称に、彼女は零れるような笑顔を向けてくる。

「実は、昨日、恋人が逢いに来てくれたのです」

恋人────バルガスの脅迫によりこんな場所で愛人のように捕らわれているとはいえ、彼女の心は常に彼の元にあった。存在が知られれば、彼が殺されると思い、彼女はずっと隠してきた。

今までソルディスにも黙っていたのは、自分が閉じ込められていることで心を痛めている彼がこれ以上気に病まないようにとの配慮であった。しかし、先程まで居た恋人に、この場所を教えてくれたのがソルディス本人だと聴き、普通に答えることができた。

「あー、だからか」

今日、茂みの中のえながバレない程度に大きくなっていた。おかげでそれにより楽に通り抜けることができた。それに周りのレンガもわからない程度に緩くなっていた。

「おかげで、今日は楽に通れた」

それでもまだまだ小さな穴だ。『(恋人)』がどのように入ってきたのか、想像して苦笑する。

「そういえば『彼』から聞きましたが、ソルディス殿下は明日が誕生日だそうですね。

当日は伝えられないので、心からのお祝いを先に述べさせていただきます」

ソルディスが即位できるのは誕生日の翌日から……本来なら明後日には新王が誕生することとなる。

だが、それが厳しい事を誰もが理解していた。

バルガスは以前よりソルディスが王位を継ぐに相応しくないと回りに喧伝している。

身に覚えのない罪状での審問が来るたびにソルディスは辟易としながらも、すべて冤罪である事を証明してきた。

それ以前よりソルディスの食事にはいつも毒が盛られていた。種類も即死性のある物からじわじわと神経を冒すような毒まで、さまざまな毒物を用いるあたり、バルガスの心の闇の深さが窺いしれる。


ソルディスは過去に一度だけ、どうしても逃げられないような状態で毒を飲まされそうになったことがあった。


その時は、機転を利かせたルアンリルがその毒を煽り事なきを得た。精霊族にはあまり利かない毒とはいえ、ルアンリルの苦しみようは尋常ではなかった。それでも自分を慰めようとするルアンリルの姿勢にソルディスは深い怒りと悲しみを憶えた。

「もし、本当に、もし明後日、僕が王位を継げるのなら、絶対、アーシャをここから出してあげるのに」

そして、引き離された恋人の元へと彼女を届ける。

父によって苦しめられた人を一人でも多く救い出し、解放する事だけが自分の出来る贖罪なのだから。

「それでは、私は、あなたに忠誠を誓う魔術師になりましょう」

アーシアは躊躇いもなくソルディスに宣言すると自分よりも幾分背の低い王子の前に跪いた。

「私が本当に『光姫』と呼ばれる者で、王を選ぶ事ができるのなら、私はあなたを終生の王として認め、あなたに永久の忠誠を誓います」

彼女はそう言うと自らの掌に光を集めて、王子の掌の上に乗せた。それはすぅっと彼の身体の中に入り、解け込む。

「今のは」

「私の義父が教えてくれた精霊族に伝わる忠誠と守護符の儀式です」

自分が主として認めた者にだけ、自分の理力のかけらを捧げる儀式。主が窮地に陥った時に、その理力のかけらが主を護るための盾になる。

彼女はソルディスの中の深く悲しい何かを感じ取り、その儀式を行った。

「あなたに、光のご加護がありますように……」

「ありがとう、アーシャ」

自分を純粋に心配してくれる彼女にソルディスは儚い笑顔でお礼を述べた。

「それから、これは誕生祝いです」

アーシアは自分の宝石箱の一番奥に隠していた小さなネックレスを取り出した。

「光のダイヤ。闇のオニキス。水のアクアマリン。炎のルビー。風のサファイア。大地のアンバー。そして森のエメラルド。すべての精霊の貴石を嵌めた護符です」

六芒星のそれぞれの三角の部分に森以外の全ての貴石が入り、六角形の部分の真ん中に全ての中心たる森の貴石がはめ込まれたそれは優しいオーラに包まれている。

「大事なものじゃないの?」

一つ一つ選び抜かれた石に、高度な魔法が組み込まれているそれはどうみても彼女専用に作られたものに見えた。

そして宝石箱の奥の奥に隠すように置いていたということは、バルガスに見つかってはいけないものだということだ。

それはつまり、この護符が恋人から彼女に送られた事を示していた。

「実は同じものを二つ持っているのです」

アーシアはもう一つの手から同じデザインのネックレスを出した。

「あの人は昔から、未来が見えてるみたいにいろいろとくれたのです。この護符も、この間来た時に、『アーシャが主と思う人に渡したらいい』と言って置いていったんです」

だから持っていて欲しいと、アーシアはソルディスに訴える。

ソルディスは暫くその護符を見つめてから、そっとそれを握りしめた。

「ありがとう、アーシャ。どんなプレゼントよりも嬉しいよ」

優しい温もりが感じられる精霊の守護符(プレゼント)には、各国の国主が送ってくる形ばかり豪奢な贈り物よりも数倍の価値があった。

ソルディスは失くさないように上着の内ポケットの中に入れると、その存在を確かめるようにそっと叩いてみる。

微かにしゃらりと鎖がこすれる音が、耳に心地よかった。

「それじゃ、またね、アーシャ」

ソルディスの反応に嬉しそうな顔でこちらを見ていたアーシアに短い挨拶をすると、ソルディスは時間を急ぐように椅子から立った。

「はい、またいらしてくださいね」

アーシアはそういうとソルディスを見送る。

すぐに植木の向こうに隠れてしまった後ろ姿に、少しの寂しさを憶えながらソルディスの別れの言葉を反復する。

「それじゃ、また……?」

いつもなら、『また、くるね』と言ってくれるはずなのに、まるでわざとその言葉を外したように今日は言わなかった。

「殿下……?」

どこか自分の恋人と似ている部分を持つ年若い王子の残した言葉に一抹の不安を覚えながら、アーシアは夕闇迫る空を見上げた。

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