第五話 誕生日前日の出会い
夏が近づく頃、ソルディスは誕生日を迎え13才になる。彼を支援する者達にとり、待ち遠しい日付となっている。
13歳になれば、ソルディスには『星王』の称号が与えられ、補佐役がつきでは有るが国王に即位できる。
即位さえしてしまえば、バルガスもソルディスに対して刺客は送れなくなる。そんなことをすれば謀反を企てたとして自分の身が危うくなるからだ。
「とうとう、明日、か」
ソルディスは自らの住まう離宮の窓から明日の式典の準備に追われている王宮の人々を見ていた。
いつもなら勉強を見てくれるルアンリルも今日は朝から明日の準備の為に奔走している。
空いた時間をどう過ごし方を考えたソルディスはあの日から何度か訪れたアーシアの元に遊びに行こうと決めた。
素早く椅子を降り、手近にあったルアンリルが用意した菓子を手に取る。
今着て居るのが仮儀礼用のゴテゴテした衣装からもう少し動きやすい服に着替えようとクローゼットへと向かう。
「失礼いたします。殿下、陛下が謁見の間にてお呼びです。即刻、お伺いくださいませ」
いそいそと着替えを済ませたソルディスの耳に女官の固い声が入る。
「父上が?」
ソルディスは驚いた表情を少ししてから、いつもの通りの笑顔で「すぐに行きます」と答えた。
服装はこのままでいいのだろうかと女官に視線で問いかけてみるが、彼女は鉄面皮のような無表情のまますぐに去ってしまう。
ソルディスは選んだ服と菓子を棚の中に隠すと、さっさと用事を済ませるために滅多に訪れない本宮へと向かった。
謁見の間は本宮でも中央に位置する場所にある。
国王の権勢を示すための場所でもあるため、選び抜かれた調度品が所狭しと飾られていた。客の控え室からここに来る為の回廊には歴代のおうの肖像画が飾られている。なお、バルガスの肖像画は玉座の後ろにでかでかと飾られている。
「父上、ただいま参りました」
ソルディスは言葉と共に頭を下げると玉座に我が物顔で座るバルガスを見る。
「なんじゃ、そのみすぼらしい格好は……客人に失礼であるぞ」
豪奢な飾りのついた服をひけらかしながら、バルガスは普段着のままの息子を窘めた。
「申し訳ありません。即刻とお伺いしたので……」
「聞き苦しい言い訳じゃな。明日の式典を考えれば各国からの使者が謁見に来ていることは分かり切っておろう。
そなたに比べサイラスはきちんとした格好ですでに幾人かの使者と挨拶を交わしておるぞ」
笑顔を崩さずに答えるソルディスの言葉を切ってバルガスは更に言葉を投げつける。
各国の使者からの挨拶もバルガスが勝手にソルディスを排し、サイラスに対応させていたのにそれすらもすべて彼の失態となっていた。
「そうですか。兄上には後で謝っておきます、それよりもご用件をお教えください」
まだまだ罵りを続けようとしているバルガスは、ソルディスの素っ気無い言葉に不意をつかれ機嫌悪そうにソルディスの後ろを指さした。
「そなたにロシキスよりの使者じゃ。失礼のないように挨拶をしなさい」
そこで初めてソルディスは王宮の中でこちらを伺っている少年少女達に気付いた。
3人ともロシキスの王族の証とも言える白金の髪をしている。
右にいるのは花が綻ぶように美しい姫君。優しい青緑色の瞳は春の若葉を思い浮かべさせる。
左にいるのは冬の厳しさを示すような藍色の瞳を持つ姫君。すっきりとした立ち姿が彼女が武術の達人である事を示していた。
そして二人の間で大きな空色の瞳で見上げている王子。まだ8才ぐらいにしか思えないほど幼い彼はキラキラとした瞳をしていた。
困ったようにこちらに視線を投げかけてくる彼らにソルディスは居住まいを正すと挨拶をした。
「リディア王国第三王子・ソルディスです。
私のために遠い所より来て頂き、誠に感謝しております」
丁寧な挨拶にまずは右にいた少女が歩みを進めた。彼女は可憐な仕草で頭を下げた後にっこりと微笑んだ。
「お初にお目にかかります。ロシキス第一王女ルミエールです。まだ王女となって日の浅い私たちにも丁寧なご挨拶ありがとうございます」
継いで左にいた少女が歩みを進める。
彼女はドレスを着て折らず、ロシキスの竜騎士団用の軍服を着ており、礼もそれに倣ったものであった。
「ロシキス第二王女・レティアです。本日は竜騎士として姉上と弟の護衛としてやってまいりました。宜しくお願いします」
最後に姉たちに促されるように少年が歩み出た。
自分と似て非なる水色の瞳をじぃっと見つめてから、慌てて頭を下げた。
「ロシキス第一王子のヘンリー・アルバルトです。ソルディス王子におかれましては生誕の議を迎えられ誠にお喜び申しあげます。
またバルガス王にお願いした事を受け入れてくださいますよう、ソルディス王子にも重ねてお願いするように父から言われています」
必死に憶えたと思われる長い挨拶を一言一句間違えずに言え、彼は安堵の息を吐いた。相当緊張していることが容易く見て取れる。
たしかにまだ数ヶ月前に王子となった彼に取り、今回が初めての公式的な外交の場となるのだ。緊張するなということが無理があるだろう。
ソルディスは幼い王子の緊張が少しでも解けるように少し腰をかがめ、視線を合わせて訊ねた。
「ライアン王よりのお願い事ですか?」
「はい。ルミエール姉さまをソルディス王子のお嫁さんにして欲しいそうです」
自分を気遣ってくれる仕草にヘンリーは姉と同じように明るく笑うと爆弾発言をした。
「それは嬉しい限りです。このように美しい姫が私の結婚相手として来てくださるなら、これ以上の僥倖はないでしょう」
ソルディスは当たり障りのない言葉で答えるとルミエールに向かい笑いかける。ルミエールも弟の発言に申し訳なさそうに微笑んで返した。
しかしバルガス王はソルディスの発言を間に受け、息を荒げて反発する。
「王妃などお前が勝手に決めることではない。
国内、国外、全ての王族・貴族が次代の王の后になろうと躍起になっておる。ルミエール姫は最有力候補かもしれぬが勝手にそなたが返答すべきことではない」
和やかに過ぎようとしていた場面に発せられた言葉にルミエールは少し顔を蒼くさせ、ヘンリーはきょときょとと状況を読めずに回りに助けを求めて……レティアはわずかに眉を顰めた。
だがソルディス冷めた視線で静かに嗤った。
「父上、私の権利は王族法で守られていますよ」
王位を継承する者は自分でその伴侶を決める権利がある。他国の人間は勿論、国内貴族でも知らない者が多い法律である。
バルガスは『ぐぬぬっ』と言葉を詰まらせた。
「お前はもう下がれ。そのような態度ではまだまだ外交など任せられぬ」
「そのようなことは……」
追い払うような言葉にルミエールが顔を上げて反論しようとする。
しかしそれは彼女の肩を掴んだレティアと無言で頭を振るソルディスにより止められた。
「確かに私がいるとら場の空気が悪くなるようですね。それでは失礼いたします」
『どうして』と問いかけるルミエールの瞳に彼は一礼し、その場を辞した。
「さあルミエール姫、ヘンリー王子、レティア姫。我が王子、サイラスに城を案内させましょう」
視線をソルディスの背中に向けている隣国の王子と王女にバルガスは今度は自分が認めた跡取りであるサイラスを紹介しようとした。
しかしその申し出の前に、レティアはすっと後ろに下がる。
「姉上、ヘンリー、私は以前に案内されてますので城内の案内はお二人で行ってきてください。
私はソルディス王子と話をしてきます」
慇懃無礼な態度にバルガスが反論の言葉を発し用としたが、それより先に彼女は儀礼的に頭を下げ、
「バルガス王、それでは御前を失礼いたします」
と、一言だけ残してソルディスの後を追っていった。