第二十話:恋人未満の約束
早々に着替え終えたソルディスは取り急ぎ一番奥の扉を開けた。
そこには中堅の商人が行商の際に使うような馬車が置いてあった。彼が馬車の具合を確かめている間に、用意の済んだクラウスが荷物を積み込んでいく。
確認し終えたソルディスは、今度は厩舎側の扉を覗いて、外の様子を確かめる。人がいる気配はないが、念のため柄にてをかけた状態で手早くドアを開錠する。
後ろについてきた兄二人と共に厩舎の中で馬を2頭選び部屋を通して馬車のある場所へ連れていくように頼む。
ソルディスは厩舎から外へと繋ぐ扉の鍵を外すと、素早く隠し部屋に戻り、隠し扉を施錠をしていく。これで馬がなくなったのがバレても脱出経路は見つけられる可能性は減る。
部屋での作業か済む頃、厩舎と外へ出る扉が開かれ、数人の兵が入ってきた。
立派な馬のほうから、厩舎番から接収したリストとの照合を開始している。
その様子を彼らは息を殺しながら、見ていた。
「とりあえず凌げたけど、やはり時間があまり残されてないね」
艶やかな黒髪の鬘をつけ綺麗に化粧まで施されたサイラスはそう呟き、馬車に乗るよう全員に促す。
馬車の御者台で下男の少年に扮したシェリルファーナは、不思議そうに自分達に付き従っきたルアンリルに問いかける。
「ルアンリル、着替えないの?」
ずっと王子たちの準備を手伝っていたルアンリルは式典用の精霊族族長の衣装のままだ。
一緒に逃げるには不似合いな格好である。
ルアンリルは笑みを浮かべ、静かに首を振った。
「私には、精霊族族長として………聖司族の頂点に立つ者としてなさければいけない責務があります。それを放棄することなどできません」
ルアンリルの言葉に王女は泣きそうな顔で助けを求めようと兄たちを見た。
しかし彼らはルアンリルがすべきことを理解しているように悲しそうな顔で承諾している。
「ルアンリル、そっち扉は王都の別の家の方につながっている。仕掛けの扉じゃなく、扉の横にかかっている鍵だけで進めるから」
ソルディスはそういうと、まだ開いていない扉を指差した。
扉の横には言葉どおりに鍵が掛けてある。
「ここまでついてきてくれてありがとう。どうか無事に」
サイラスは短くそういうとルアンリルと握手をして馬車に乗り込んだ。
ソルディスもサイラスと同じようにルアンリルと握手をすると文句を言いたげにこちらを見ているシェリルファーナを無視して馬車に乗り込んだ。
最後に残ったクラウスは、ゆっくりとルアンリルの前に立つと小さいころから一緒にいたその姿を観察した。
ルアンリルが最初登城したのは同い年であるクラウスの遊び相手としてだった。
それから月日がたち、それぞれに役目が増えてくると遊び相手の任は解かれ、ルアンリルはソルディスの教育係に転任となった。それでも二人の間には他の王子たちとは違う心のつながりがある。
ルアンリルは目の前に立つ王子に少しだけ泣きそうな顔で握手を求めた。
彼は差し出された手ごと抱きしめる。
随分と細く感じるようになった。
剣の修行に励み、体の発育もいいクラウスから比べると、ルアンリルは少女のように細く、柔らかいものだった。
「ク、ク、ク、クラウス殿下??」
顔を赤くしながら、自分を抱きしめる王子の名前を呼ぶ。
「絶対に、無事で、生きて再会しよう………そして、ルアンの性別がきまったら、結婚しよう」
耳元で囁かれた言葉に、ルアンリルは顔を更に赤くした。
ずっと思いあっていることは知っていたが、この場面で告白されるとは思わなかった。それも付き合おうを一足で飛び越え、結婚を申し込まれるなど思ってもみなかった。
「あの……私は、男になる可能性もあるんですよ?」
両性具有の体は時期がくれば、性別が決まる。本人の意思である程度は移行できるとというが、確立は五分五分なのだ。
「まあ、そのときは、そのときだ……….俺はルアンと結婚したいだけだから」
出会って数ヶ月の時からずっと結ばれたいと思っていた相手だ。その相手がこの戦火の中に戻る前にどうしても確約を得たかった。
「返事は?」
「また、会った時に返します。その時まで、あなたも無事に」
答えはすでに決まっている。
しかしそれはこの場所で伝えてはいけない。
その言葉にクラウスは短く「わかった」と小さく答えて、腕の中からルアンリルを開放する。
ルアンリルは腰につけていた、剣を抜くと自らの背でゆれていた長い三つ編みを掴み、肩口から切り落とした。いつも綺麗に整っていた黒髪が、ルアンリルの肩の上で散らばる。
「これを、お守り代わりに持っていってください」
差し出された髪を、クラウスは一度胸に抱くいた。
ルアンリルの思いを胸に刻み付け、クラウスは最後にルアンリルの頬にキスをして馬車の御者台へと乗り込んだ。馬車の先にはルアンリルに示したのとは違う暗い通路が広がっている。
「それじゃ、また会おう」
「クラウス兄様っ!なんでっ!?」
思いを確かめ合った恋人をこんなところに置いていくなんて、それも戦火の中に戻すなんて、幼い彼女には理解が出来なかった。
「シェリル、ルアンの邪魔をしてはいけない」
ソルディスはそう言うと泣き叫ぶ妹の体をしっかりと抱きしめて、クラウスに出発の合図を出した




