第十八話 地下の作戦会議
ソルディスは王の間に続く鉄の扉に施錠してから、シェリルファーナを抱えたルアンリルと共に階段を駆け下りた。
途中までは一本道で分かれ道もないので迷うことも躊躇することもない。
ソルディスは足元に注意しつつも目を見張る速度で駆けていく。
ともすれば、王女を抱いたままのルアンリルは置いていかれそうになる。
ふいにソルディスが、足を止めた。まだ分かれ道になる手前であることを訝しみながら、ルアンリルも同様に足を止めた。静かになったため、その耳に上ってくる足音が聞こえてくる。
誰なのか、と目を凝らすルアンリルのためにソルディスは明かりを移動させた。照らし出されたのは急な光に目を細めるクラウスの顔だった。
「どうした、遅かったな」
どうやら分かれ道でしばらく待機した後、遅すぎる事を心配して様子を見に彼だけが上ってきたようだ。
クラウスは3人の傍まで行くと、ルアンリルの腕の中で意識を失っていた妹を受け取る。
「説明は、サイラス兄様のいる所でするよ。逃げる道も考えなくちゃいけないから」
ソルディスはそう告げるとサイラスが待っているだろう分岐点まで、一気に階段を駆け下りる。
面食らったクラウスが隣にいる幼馴染みに視線で問い掛けるが、ルアンリルは無言で首を振り先に下りたソルディスの後を追い、階段を降り始めてしまった。
取り残されたクラウスは、「はあ」と大きなため息をついた。仕方ないので、その腕の中の妹をしっかりと抱え直すと、2人に遅れないように道を引き返した。
クラウスが到着するのを待ってから、王の間で見たことをソルディスとルアンリルで説明した。
告げられた内容にクラウスは顔色を失い、サイラスは下唇を噛んだ。
やはり、先ほど無理やりにでも王妃を連れてくるべきだったとクラウスは自分の判断の甘さに舌打ちする。
「父上は別のルートで逃げられたのか……」
サイラスが確認するようにつぶやくと、ソルディスは深くうなづく。
「自分の影武者が殺されている隙に脱出してる」
ソルディスの簡潔な答えだけが虚しく彼らしかいない通路に響いた。
暗い通路の中で交わされる言葉は、父のこと、母のこと、そして兵の配置のことへと進んでいく。
「しばらくこの通路で待機してから脱出するという手もあるが……」
「かなり危険な賭けになりますね」
クラウスの提案にルアンリルは静かに首を振る。
今のところ食料は手に入ってない。この状況で通路に潜んでいても、遅からず餓死をする。
ここから抜け出すとしたら、体力的にも余裕のある今のうちしかない。
「王族に面識のある者と言っても目印にするのは兄上達の顔と僕のこの髪だけだ。兄上達には念入りに変装してもらい、僕がこの光を魔術で押さえれば、誤魔化すことはできる」
ソルディスはそういうと通路が纏う闇の中でもきらきらと光りつづける自分の髪の毛を指先で摘んだ。
「「「そんなことできるのか(んですか)?」」」
衝撃の告白に年長者達は口を揃えて尋ねてくる。
ソルディスは「後で見せるよ」とだけ言ってこの場は逃れた。
「とにかく、通路の先に進もう。終点まで行けば、王都の二の郭に出られる」
今は王の間がある城の中心部の辺り、今からこの通路を抜けて二の郭まで行くのには1時間以上の移動となる。
クラウスは自分の腕の中で眠ったままのシェリルファーナの体をゆすり、目を覚まさせる。
「……ん、……っ!!……あ、クラウス…兄様?」
まだ幼い王女は目の前で心配そうに見下ろしてくる兄の顔を見て、一瞬強張ってから安堵の息を吐いた。
偽者とはいえ父そっくりの生首を見た。父と顔立ちが一番似ている二番目の兄の顔が一瞬それと重なった。だが目の前の兄達は無事に生きている。そのことがぐらつきそうになる心の唯一の支えだ。
「シェリル、もう自分勝手な行動をしないように」
クラウスの肩越しから見下ろしてくる長兄の言葉に彼女はかあっと怒りに顔を染める。
「母様を助けに行くことが無駄なこと!?」
「助ける力が無いものが行くことは無駄な事だろう?結局、ソルディスとルアンリルを危険に晒して、何も出来なかっただろう」
憤る彼女にサイラスは現実を突きつける。
残酷かもしれないが、この先、逃げるのに理解させることが必要だった。
彼女は正論に何も言い返せず眦に涙を溜めて「うーうー」と唸った。
「シェリル、兎に角、先に進むことになった。ここからは大分長い道のりになる。歩けるな?」
彼女の感情など無視して、ソルディスが問いかけてくる。
彼女はその時になりようやくここが先ほどの部屋から暗い通路へと移動したのだと気が付いた。
つまり彼女を抱えてルアンリルがここまで連れてきてくれたということになる。
ソルディスの腕も止血されているが、痛そうなままだ。
「大丈夫、歩ける。ルアンリルもごめんなさい。私のせいで」
「いえ、かまいません」
謝る王女にルアンリルは照れながら、体の前で手を振ってみせた。
「兄様達もごめんなさい」
素直に謝るシェリルファーナの頭をサイラスは軽く撫でてくれた。
「それじゃ、時間がないから進もう」
ソルディスは立てかけておいた松明を持つと、曲がりくねる階段を順に降り始めた。




