第十三話 地下迷宮への逃亡
ロシキスの王女達と別れた王子たちは、ソルディスの先導の元、城の中へと移動した。
フェルスリュートの言った通り、城の中は無法状態に近い状態だった。
泣き叫ぶ子供の声、女の悲鳴…….男達の怒号、断末魔など聞くに堪えない様々な音がそこら中から響いてくる。
国王主催で行われる王太子の誕生日という事なので、武装が許されている者が少なく、ほとんどの参列者は抵抗できずに捕らえられるか、寝返るか、殺されるかをしている。
ソルディス達は一区域一区域の敵を全滅させながら的確に目的地へと進んでゆく。
その行動の中でも目を引いたのは国内随一といわれるクラウスの剣技とそれとひけを取らないのではないのだろうかと思わせるソルディスの剣技だった。
たしかにサイラスもルアンリルもそれなりに秀でた剣技を持っていたが、この二人にはか適わないだろう。
「それにしても、お前、左ききだったっけ」
剣を器用に左手で使う弟にクラウスは不思議そうに聞いた。
彼の記憶の中の弟はいつも右に剣を持っていた。
「あんまり使わないようにしてるけど」
少しだけ息をあげながら、ソルディスは何でもないようにその問いに答える。
そして、他の人を一掃したのを確認すると人目に付きにくい細い廊下に入った。
「ここだ」
ソルディスはそう言うと壁の一角をある一定のリズムで順番に叩いていく。
ギィ………
最後の一個を叩いた瞬間に壁に掛かっていた姿見が壁から少し浮いた。ソルディスはその間に指を入れて満身の力を込めて引いた。
そこにあったのは地下に続く階段だった。城の中なのにそこは壁紙も貼られて折らず、石壁がむき出しになっている。
彼らは人が来ない内にそこに入る。今度は年長のサイラスとクラウスが二人がかりで鏡の扉を閉めた。
広がる暗がりの中、慣れた手つきでソルディスは壁にかかる松明を取ると、ルアンリルに渡した。
「炎よ、灯れ《ファイアグロウ》」
ルアンリルが小さく呪文を唱えると、小さな火花が松明の先で煌めき炎を灯した。
ソルディスはもう一本、松明を持つとルアンリルの松明から炎を移した。
揺らめく炎に照らされた階段は先が見えないほど深く長く続いていた。緩やかにカーブになった先は闇に包まれて、どうなっているのか判らないほどだ。
「こんな場所、あったんだ……」
「国王に即位できる者のみが知る通路だよ。昔、お祖父様に教えていただいた」
嘆息するように呟くクラウスにソルディスは淡々と答える。
祖父がなくなったのはソルディスが７才の時である。
本来ならばまだ王位継承が確定していない年齢であるのに前王は来るべき事態を考えて彼にこの道を教え込んだ。
「先を急ごう。王都が占拠されているといっても全ての家に押し入っているわけではないはずだ。今の内なら逃げられる」
ソルディスの言葉に、年長の王子たちも同意する。時期を逸すれば逃げ出す事すらできなくなる。
「お父様とお母様は？」
「…………」
シェリルファーナの不安にソルディスは落ち着けるように頭を撫でる。
明確に答えない一番年下の兄の行動に彼女は両目に大粒の涙を溜め、しがみついた。
「この通路は王を継ぐの子供だけが知って居るんでしょう？
お父様は王位継承権がないなんだから、きっと教えてもらってない。
………お母様は他国から嫁いでいるんだから、絶対に知らないでしょ？」
的を射た問いかけだった。
ソルディスは震えそうになる体を拳をきつく握る事で押さえた。
動揺を悟られないようにしてみせるのだが、妹の真っ直ぐな瞳はすぐに彼の欺瞞をうち砕く。
「助けにいっちゃ駄目なの？」
ソルディスにとって父は忌む者であってもシェリルファーナにとっては自分を溺愛してくれる普通の父親だった。彼女が彼らを───父と母を救おうとするのは当たり前の行為なのだろう。
「王の間になら寄る事はできる………しかし父上が伝言通り離宮近くの部屋に行っていた場合は、王の間に居なかった場合は、諦めて欲しい」
ソルディスの申し出に、ルアンリルとクラウスは視線を逸らす。王宮神官を使用して秘密の呼び出しをしていたのだ、暴動が起きた時、父親は呼び出しの場所にいた可能性は高い。狡猾に行動するバルガスが暴動の起きている王城の本宮に戻るとは思いにくい。
サイラスも二人の態度と末弟の言っている内容で、だいたいの状態を把握した。
逆に母親は王の居住スペースからほど近い王の間に向かう可能性がある。はぐれてしまった家族を待つために。
「それでいいのなら、行こう」
妹の申し出にシェリルファーナの顔が明るく輝いた。
ソルディスは妹の素直に喜ぶ明るい笑顔にどこか寂しげな表情を一瞬だけ浮かべると、それを振り払うかのように先頭にたって階段を降り始めた。
