第十二話 生きるための約束
突然現れた男に倣いソルディスが剣を鞘に戻す。他の4人もそれに従うとわ彼は安堵の息を吐き、彼ら前に傅いた。
「いったい、何が起きた?」
現状が全く判らない状態で、先程はいきなりの戦闘に入った。とにかく今は情報ご欲しい。年長の王子の問いに、男は顔を上げて答える。
「ディナラーデ卿が……ウィルフレッド様が反乱を起こしました」
その言葉に、クラウスとルアンリルは耳を疑った。
ウィルフレッドはバルガスに対し決して従順ではなかったが、聖司族として、そして王族として、儀礼に厚い人だ。
そしてなによりもソルディスの王位継承に肯定的であった。
それなのに、明後日にはソルディスが即位するこの時期に反乱を起こすなど、予想だにしていなかった。
特に従兄である彼を兄のように慕っていたルアンリルには彼の行動の真意が理解できなかった。
「どうして、今になって……」
もっと早くに起こしていたなら、理解る。
彼が従いたくて王家に従っているのではない事ぐらい誰もが知っていた。
妹を、母側の一族を……とくにルアンリルの尊厳と立場を人質に取られ、隷属する気持ちで彼はバルガスに従っていた。
彼の父親はバルガスの兄……王位継承権を持っていたアルガス王子だ。
本来ならば、『王位継承権を持っていた者の息子』としてソルディス達と同じ『王子』であり、王族の立場を表す位階もバルガスと同じはずだとルアンリルは記憶していた。
だが彼は一切の『王族の権利』は与えられず、ただただ苦しく辛い立場に甘んじていたのだ。
せめて光姫であるアーシアが囚われた時ならば、彼の反乱は納得できた。
なのに、何故……ルアンリルは答えを求めて傍らにいるソルディス王子を見た。
彼は何かに耐えるように眉間にしわを寄せ、目を閉じていた。
「城と都の被害……敵の状況、こちらの状況は?」
サイラスは呻くように問いを重ねた。
「ディナラーデ卿の私兵ならびに支援者の兵はすでに王都に入り、城に入り込んでおります。またおおよそ10万の兵が、王都の制圧を行なってます。
こちらの兵は近衛兵約一万……裏切りも出始めています。ほとんどの城門はすでに敵の手に落ち、普通の手段での脱出は不可能かと……」
余りにもひどい状況に、サイラスもクラウスも息を飲んだ。多少、剣の腕に覚えがあったとしても立ち向かえる数ではない。それに逃げるにしても城門が落ちている以上、敵の知らない道を探さなければならない。
それにしても10万という数はリディアの国中央にいる兵士の1/3の数に当たる。
「レティア姫、ルミエール姫とヘンリー王子と共に投降してください。
隣国の王族であるあなたをディナラーデ卿も無碍にはしない筈です」
サイラスの申し出に対し、ロシキスの王子たちは首を振る。ヘンリーはむずかるように、ルミエールはソルディスの服の端を握り、「いやだ」を繰り返す。
レティアも否定的に首を振り、その案を否定する。
「さっきの輩みたいのが居るなら、それは得策ではない」
あれは明らかに騎士ではなかった。傭兵あがりの兵士だった。
「それは危険です。
現在、傭兵達が功を得ようと城の中を歩き回り、十代の少年を殺害しています。最初に会うのが『騎士』かディナラーデ卿その人か、その他支援者の兵に見つかれば無事でしょうが……」
事態はすでに修正が効かないほど悪い方へと向かっている。
ルアンリルは傅いたままの兵の前に立つと彼の目を見た。
どことなく誰かに似ている顔だ。焦げ茶色の髪と水色の瞳、暗がりの中でも判るほど造作は整っており、瞳に強い色が宿っている。
「貴殿の名前を押しええ下さい」
彼はこの状況で名乗っていないことに、気づいたようで、苦笑しながら、
「私はフェルスリュート・ガジェット。大将軍・ガイフィード閣下の配下です」
年若い魔法使いの長に自分の名を名乗り、自分の剣を鞘ごと差し出した。
名も家名も聞いた事がなかった。しかし、大将軍と呼ばれるガイフィード卿のことは誰もが知っていた。
差し出された剣には確かにガジェット卿が騎士に下賜するときにつてる紋章が刻まれている。
ロシキスとの国境付近を守護するかの御仁はソルディスの王位継承を望んでいたはずだ。
「ガジェット卿、この様な状況の中ですが、ロシキスの王子達を連れて逃げる事は可能ですか?」
「ルアンリル・フィーナッ!」
ずっと黙っていたソルディスが、焦りを含んだ制止の声をあげる。
しかし尋ねられた本人は、しっかりとルアンリルの問いに頷く。
「顔をあまり知られていないロシキスの王子・王女だけでしたら可能です」
王と共に公務を行なっていたサイラスや、父親にうり二つのクラウス。そして光なす黄金をもつソルディスは全ての意味で目立ちすぎる。
彼らをつれて逃げるのは至難の業といっていい。
だが、まだ王族となって日の浅いルミエールやヘンリー、そして王女らしさがどこか駆けているレティアだけなら、城の外に出ればなんとか逃げ仰せることもできるだろう。
「頼みます」
「承りました」
フェルスリュートは簡潔に返事をすると立ち上がり、まだ戸惑ったままの隣国の王子王女へと手を差し出した。
レティアは再度、鞘から剣を抜くと不満そうに……不安そうにフェルスリュート達を見ているソルディスへと歩を進めた。
「これ、持っていろ」
不意に出されたペンダントにソルディスは目を瞬かせた。
「お前が何を考えているかは判らない。それにお前はいつも自分の命に希薄な部分がある。約束でもしないと無茶をしかねない。
だから、次に逢う時、これを私に返せ」
目の前のソルディスに『生きろ』と言ったところで飄々と交わされることを知っている。だからこそ幼なじみとしてその約束を押し付ける。
ソルディスはそれを受け取ると
「お前、本当にいやな奴だな」
と、文句をつけた。
差し出された者はレティアが竜騎士となった時に自分で作ったドッグタグだった。
「その嫌な奴のモノを借りているのは嫌だろう。だから次に逢う時に、生きたお前が返せ」
「憶えておく」
ソルディスの首にそれを掛ける。
満足したレティアは、踵を返し、こちらを見ている3人の元へと駆けて行った。
「ソルディス殿下と仲がいいんですね」
迎えてくれたフェルスリュートの言葉にレティアは嫌そうな顔をした。
「恋人なのですか?」
ついで聞いてくる義姉・ルミエールに、レティアは花輪を鳴らした。
「やめてください、義姉上。
あれは友人だ。悪友というのが一番近い。あれに対して恋愛感情を抱くぐらいなら、そこらの犬とでも恋をする」
心底心外だと表情と態度で示している。
その言葉にフェルスリュートは呆れた顔をした。仮にも他国の王子に対していうべきことではないように思う。
逆にほっとしたのは彼に手を引かれていたルミエールだ。どこか幼い恋心を抱き始めている彼女はレティアとソルディスの親密な様子に無意識の羨望を持っていた。
そんな二人の様子にレティアは小さく笑った後、すぐに表情を引き締めた。
今は一刻でも時間は惜しい。自分が「生きろ」と彼に言った以上、自分も生き残らなければならない。
自分によくしてくれたロシキスの新王に早く子供達を返し、約束を果たす───それが、彼女のすべきことだった。
彼女の表情の変化に呼応するようにフェルスリュートも気を引き締め、今度こそ生き残るための第一歩を踏み出した。




