第十一話 破られた静寂
ソルディスの問いに、ルアンリルは大きく頷いた。
「王宮詰めの最高神官長の女官より伝言を受けました。
殿下が即位なされる前にこれからのことについて教育係で聖長である私と話したいと、バルガス王から呼び出しを受けました。
場所は殿下の離宮の側の空き部屋です」
現在、王宮詰めの神官職の最高位についているのはバルガスの息の掛かったバンテランドという者だ。そして神官付きの女官とは、神殿が認めていない神官の愛人を示す。
つまり、これはバルガス王の子飼いが愛人を使い伝言をしてきたということ。
しかし内密とは言え、最高位の神官の呼び出しを無碍にはできない。
聖司族の最高種族・精霊族の族長という立場を使い、できるだけ王と二人きりでの接触を断っていたルアンリルだったが、これをあからさまに無視する事は一族と神殿との争いになるが故、ソルディスに相談しにきたのだ。
クラウスはルアンリルが呼び出された部屋に怒りを覚えた。あそこには魔術阻害があり、寝具が置かれている。それが意味することが解る為の怒りだ。
「そう……でもその指示は無視してもいい。神殿は僕が即位すると同時に豚神官を破門にするから。行かなくても精霊族と神殿の諍いにはならない」
言い切られた言葉にルアンリルとクラウスはほっと胸を撫で下ろした。
その様子にソルディスは伏目がちに笑む。
彼らには言ってないが、彼の元にも伝言は来ていた。ルアンリルを呼び出した時間より3時間遅れのその時間……ルアンリルを凌辱して放置し、その場に自分を誘導。最後にルアンリルを特別に思っているクラウスを呼び出せば惨劇が起こせると考えた。
短絡的だと思う。しかし、希望的予測だけで建てられているのに、実効性も実害も大きい。
これから起きる『事案』についても手順を予見間違えてはいけない────間違えれば、護れる者も護れなくなる。
それはソルディスが一番、身にしみて知っていることだ。
無言で考えを巡らせているソルディスの様子にルミエールとヘンリー、そしてクラウスが不思議そうな顔を眺めていた。
レティアは3人の後ろで何もしてやらない無力な自分に怒りを覚えていた。
それぞれの思いと考えが入り混じる中、噴水に通じる茂みから、声を掛けられる。
「ソルディス……クラウスも。こんな所にいたのか」
「お兄様たち、見ぃつけた♪」
現れたのは、サイラスとシェリルファーナだった。
彼らは自分たちに寵愛をかけるバルガスの側から折を見て逃亡し、先に宴の席を外していたクラウスとソルディスを探していた。
「兄上、シェリル」
クラウスは突然現れた二人にも現状を説明しようとした。しかし、その腕をソルディスが止める。
「クラウス兄上」
静かに首を振る弟にクラウスは文句を言おうと口を開く。
「あのな、ソルディ」
バ─────ン・・・・ッ
その瞬間、遠くで破壊するような音が聞こえた。
中庭からはよく見えないが、城のいくつかの場所で攻撃魔法の光が炸裂している。他にも複数、火の手が上がり、暗い空が焼かれている。
微かに聞こえる悲鳴、声、絶叫……そして、剣戟と怒声がしている。
「何が、起きたんだ?」
突然の事に呆然としながら、サイラスは呟いた。
クラウスはそんな兄の手を急いで掴むと近くの茂みに身を隠す。茂みの中では、怯えるシェリルファーナをルアンリルが庇うように抱きしめている。
違う茂みではレティアが声を上げそうになるヘンリーの口を手で塞ぎ、ソルディスがルミエールの頭を抱き「大丈夫だから」と言い聞かせていた。
「王子、王子はどこだ!?」
鎧を着た男が、喚きながらこちらへと近づいてきた。すでに幾人かを屠ったのか、その手に血まみれの刃が握られている。
「王子を捕まえた奴は特別報酬だぞっ!」
違う声が荒々しく響く。
ルミエールが上げそうになる悲鳴を、ソルディスは拘束する手を強くすることで押さえた。
クラウスとサイラスは自らの腰の剣を抜くと、タイミングをあわせて茂みから飛び出た。
「や……あが?」
刃は喚声を上げる前に二人の兵士の喉を掻き切った。噴出した紅い鮮血が二人の豪奢な衣装を汚す。
ソルディスも、ルミエールを抱えながら右手で剣を抜くと、それを左手へと持ち替えた。
「隠れてて……大丈夫、護るから」
「姉上を護れるな?」
ソルディスの言葉にルミエールは真剣に頷き、ヘンリーはレティアの言葉に従いルミエールの身体を抱きしめた。
二人は示し合わす事もせず、無言で茂みを飛び出すと違う出口から出てきた傭兵と思しき人物達の喉を切り裂いた。
先程見せた剣舞よりももっと鮮やかな手口で、彼らは襲い来る敵を切り伏せていく。
ルアンリルはロシキスの王女たちの元へと行くと、シェリルファーナを彼女達と同じ茂みに隠し、儀礼用として持ってきていた霊剣を抜いた。
ルアンリルは4人みたいに打っては出ず、戦う術を持たない王子王女を護る事に専念した。
「王子、王女……ご無事ですか!?」
違う茂みを縫って出てきた人物が、戦う彼らの姿を見て、安堵の息を吐いた。
彼は応戦しているソルディスとレティアの前にでると鮮やかな太刀で全ての敵をなぎ払う。そして返す足で年長の王子達に加勢しようとした。
しかしすでにその時、クラウスは最後の敵にとどめを刺した所だった。
「さすがですね……クラウス王子」
男はそういうと剣に付いた血を払い、鞘へと納めた。




