第十話 投げ込まれた布石
喧騒から外れた中庭の奥に移動したソルディス達は会話を楽しんでいた。
まだ成り立ての王子・王女なのにルミはエール姫もヘンリー王子も鄙びたところが微塵もなく、頭の回転も速い。
もちろん生まれてからずっと王女であるレティアに至っては博識で、竜に関してな知識は並みの学者など尻尾をまいて逃げ出すほどに深かった。
ソルディスも昔から自分の本質をよく知っているレティアがいるせいか、いつも王宮では見せてない聡明さを出して会話を盛り上げていた。
「一手、やらないか?」
そんな話しになったのはヘンリーの武術の話からだった。
よい手合わせを多く見た方がいいという意見に、レティアが言い出したのだ。
「いいよ、やろう」
ソルディスも快く答えると、自分の剣帯にあった愛用の剣を抜く。レティアも同様に抜くと自分の従姉弟達に少し下がっているように指示をした。
二人は静かに向き合い、一礼をする。暫くの間の後、中庭に激しい剣戟が響き始めた。
ルアンリルはソルディスを求めて先程従兄に教えてもらった中庭に向かっていた。
こちらの通路にはそれほど人はおらず、ルアンリルは誰もみていないのを確認すると少し小走り気味に足を進めた。
「ルアン!」
「クラウス殿下?」
急いでいるルアンリルの姿を見つけたクラウスが不思議そうに、声を掛けてきた。
(拙いな……)
伝言は不穏な物とは言え、一応、現国王から内密に、と渡されたものである。ウィルフレッドには思わず相談してしまったが、多人数に広めることに躊躇する。
しかし、目の前の王子は弟王子の所に行くと言えば、彼は間違いなくついてくるだろう。
もうこの際、ソルディス王子との相談を偶然居合わせた事にして、彼にも聞いて貰うしかないだろう。
「どうした?」
「ソルディス王子を探しているのです。従兄殿が中庭で見かけたといっていたので」
問いかけてくるクラウスの腕を掴んで、ルアンリルは歩きながら説明をした。
バランスを崩しながらもルアンリルに従った彼は、即座に体制を立て直すとルアンリルの足に遅れないように歩き始めた。
中庭にはあまり人がいなかった。
ルアンリルは茂みの一つ一つとを注視しながら、前にソルディスが一人でくつろいでいたことのある中庭の奥へと歩みを進める。
「あれ?剣戟じゃないか?」
人が途切れた頃に、クラウスがぽつりと呟いた。
先程まで気付かなかったが、確かに規則正しく剣が逢わされる音がする。
誰かがこの薄闇の中で剣の練習をしているようだ。
「こういう中でやるなんて珍しいな」
剣の手合わせをするなら日中が基本だ。
確かに戦になれば闇の中でも振るわねばならないために、夜間練習をする事もあるがその場合は木剣を使用する。何故なら余程の手練れでないと、互いに傷をつける可能性があるからだ。
ルアンリルとクラウスは顔を見合わせると、できるだけ気配を消して剣戟のする方へと近寄った。
「「!?」」
戦っている二人の姿を見て、彼らは息を飲んだ。
一人は女性剣士として名を馳せてきているレティア王女。彼女の太刀筋は舞っているのように美しく、繰り出される切っ先から紙一重で身体をひらめかせている。
その相手は、ソルディス王子────日頃より、武術の鍛錬には顔を出さず、武術の教師達にわずかの差のみで勝っているはずの彼は、美しさの中に力強さのある太刀筋でレティア王女に攻撃を仕掛けていた。
勿論、避ける姿も見事でまるで二人でダンスを踊っているようにも見える。息が合っていなければできない予定調和の上での見事な剣舞だ。
あまりの事に呆然としすぎ、ルアンリルの手が近くの小枝に触れた。
カサリ……
わずかに零れた音に剣を合わせていた二人が同時に振り向く。
「あ……」
間抜けな声を零したルアンリルに、二人は小さく息を吐いた。その横では「あちゃあ」とばかりにクラウスががんめんを押さえている。
ソルディスはその様子にそっと剣を鞘に戻した。レティアもそれに倣う。
「何かあった?ルアンリル。クラウス兄上も」
尋ねてくる声は先程の激しい試合が嘘であったかのように、少しも息が上がってない。
「僕を即位させないための布石を、仕掛けてきた?」
淀みなく続けられた言葉にクラウスの深い翠色の瞳が大きく見開かれた。




