第九話 嵐の前の静けさ
宴の会場を後にした子供向けの設えを凝らした中庭に向かった。最初に挨拶したおりに彼女たちがそちらに向かう旨を話していた。
通路を歩くたびに、先程のソルディスの玉座での 観ていた貴族たちが
「ソルディス王子、おめでとうございます」
「本当におめでとうございます」
と先程まで贈ろうともしなかった祝辞を述べる 。
それに曖昧な笑みで返しながら通路の先へと急いだ。
中庭には余り人が来ていなかった。
だいたいの貴族は親だけの出席で、子供を使者に立てるのは他国の王族ばかり。
その中に目当ての人物を見つけて声を掛ける。
「ヘンリー王子、ルミエール姫、レティア姫」
ソルディスの声に一画で寛いでいた3人は笑顔で返した。
「ソルディス殿下、挨拶はおすみになられました?」
ルミエールの言葉に「一応、ね」と言葉を濁したソルディスに、自分達が宴の会場を離れた後、何かが起きたのだろうと推察する。
宴が行われている広間からは到底王宮では聞かないような品のない笑い声が響いてくる。おそらくソルディスがいなくなら歯止めが効かなくなったバルガスが、自分の取り巻き達にソルディスや高位貴族の悪評を述べさせ興にいってるのだろう。
他国からの使者や王族が不快そうに眉根を寄せる姿が見える。広間でも同じような状況であると予想されたが、王は気付いていないのか嬌声は続いている。
そのような状態であろう広間に戻るべきか逡巡する3人をソルディスは中庭の奥へと誘う。
喧騒から離れたそこには、小さな噴水があり休憩するのにちょうどいいベンチがいくつか置かれていた。
「「「ソルディス殿下、改めておめでとうございます」」」
声を合わせて祝いの言葉を言ってくれた3人に、ソルディスは目を細める。
眩しく温かい光のような彼らの態度は、ソルディスの心をも明るく照らしてくれる。
「ありがとうございます」
ソルディスは3人の手を取ると心の底から感謝の意を述べた。
ルアンリルは広い会場の中をソルディスを探しながら歩いていた。
テラスにはいろいろな国の大使がおり、彼らはそんな彼女を不思議そうな顔で動向を窺っている。
「どこに、行かれたのだろう」
先程、自分の従兄の挨拶後、ソルディスが玉座から離れるのを確認した。
自分が治める精霊族の副族長の件で最高神官長との話の最中でなければ彼の後をすぐに追いかけていたのだが、わずか数分の間に王子は別の場所へと移動したらしい。
(ご相談したい事があったのだが……)
先程、内密にバルガス王から自分宛に奇妙な伝言が届いていた。
それについての幾許かの相談と自分が呼び出される事により何かが起きる可能性があることを報告したかったのだが……
まずいことに、時は刻々と過ぎ、伝言された時刻までに迫ってきている。
「従妹殿?」
「従兄上?」
身内でしか使われない愛称で呼ばれ、彼女は顔をあげた。
そこにはいつも温厚な表情を浮かべるウィルフレッドの顔があった。
王族特有の整った顔立ちに闇を映す黒い髪と新緑の輝きの薄い緑色の瞳────学業は勿論、魔術にも剣術にも秀でる自分の従兄。精霊族と王族のハーフでなければ……彼が自分の持つ『聖長』に選ばれていたはずだ。
まして彼の父親・アルガスは駆け落ちしてしまうまでは前王から認められた王太子だった。故に彼もバルガスと彼は位階が同じ王族となる。下位の貴族がぞんざいに扱っていい相手ではない。
だが彼はそんな事をおくびにも出さずに、いろんな貴族とつきあっている。
バルガスが彼を嫌うのは『王位継承を持たない』という同じ立場でありながら、自分と彼との間にある有力貴族やソルディスからの信頼の差があるからだろう。
「どうした?」
ルアンリルの様子にウィルフレッドが誰にも悟られないように小さな声で尋ねてきた。
その問いに少し逡巡したものの、誰にも相談せずに向かうよりはマシだろうと、先程、王宮に常駐する最高神官に仕える女官から受け取った伝言を伝える。
「明日にはソルディス殿下が即位するから、これから先のことを殿下の教育係であり、聖長たる私と直接話がしたい、と。
場所は目立つのはよろしくないからとソルディス殿下の離宮近くの部屋を指定されたのです」
明らかに何かを仕掛けてくる気配全開のはなしである。
「時間は?」
「もう行かないと間に合いません」
時がわかる魔道具で確認すると、すでに時間はギリギリだった。
「いや、遅れてもいいからソルディス殿下に相談しなさい。
文句を言われたら『教育係ですので、担当する王子に話を通すべきと思った』とでも言っておきなさい」
強い口調で諌めてきた従兄にルアンリルも「そうします」と従った。
「では、ソルディス殿下を何処かで見かけられましたか?」
ウィルフレッドは少し考えたようにしてから
「先程中庭の奥に行かれたのはやはりソルディス殿下でしたか……ロシキスの王子たちと一緒に噴水の方に向かっていましたね」
ウィルフレッドの言葉に、ルアンリルはぱあっと顔を明るくさせた。
「ありがとうございます。感謝してます、従兄上」
挨拶もそこそこに去っていく従弟妹にウィルフレッドは、小さく苦笑する。
「こんなものでいいかな、『星替』?」
その言葉に柱の影に隠れていた人物は満足そうに真面目な顔でうなずいた。
「今から起こることの前に、被害を出す必要はないからな」
その小さなやり取りは、パーティのざわめきの中、誰にも聞き取られる事はなかった。




