009
2人の喧嘩を止めた大路は、大きくため息を吐き重要な事に戻る。
「とりあえず、俺は、岩田 大路だ。」
そう大路が自己紹介すると、ハズナもあ、という顔をして名乗る。
「榛名 ハズナよ。」
宜しく、とお互いが言い合い、早速話を切り出す。
「とりあえず、ハズナ。なんでここにいた?」
「えーとね、リーシャと喧嘩した後結城さんと話して、散歩がてら歩いてたらリーシャを見かけて、話し合わなきゃ!と思って走り出してた。」
散歩がてら警戒エリアに入る結城にも頭痛がするし、それに気づかないハズナにも軽く頭痛がした気がする。と大路が頭を抱える。
「そうか、なら近くに結城はいるんだな。」
「さぁ?」
ハズナが首を傾げるが、いてもらなければ困る、なぜならこの霧を唯一打開出来るのは、たぶんここら一帯の中で結城1人なのだから。
どうしようと悩む。
結城に連絡取るには.......
ピュー!
と何かが鳴く音がする。
その音に3人が驚いた顔をする。
幻想級の力の中で他者に音が聞こえるということは、幻想級以上ということで少し体が強ばると同時に、聞き覚えのある鳴き声で大路の口の端が上がる。
リーシャとハズナはその鳴き声にビクッと体を揺らし黙っている。
バキッ、べキッ、
と何かをへし折って進んでくる音が大路とリーシャ、ハズナの上が盛大に響き始める。
ハズナはリーシャを背中に庇って戦闘態勢を取るが、それ以上の暴風に片手で自分の顔をおおっている。
バキッと一段と大きいと音と共に今まで音を立ててきたものの全体図が顕となる。
巨鳥だ。真っ黄色に光るその体はバチバチと電気を迸らせており美しいその体は神々しささえ感じさせられる。
リーシャはガンガンとならす探知者としての警戒心に体が震えるのが分かる。
これが敵なら、勝てない。むしろ遊ぶように殺されるだろう。
最善の策は見つかる前に逃げる、いや、見つかっているはずだから興味を持たれる前に逃げることだ。
リーシャはチラリと大路を見るが大路は微かに笑ってその巨鳥を眺めている。
そうしている間にも巨鳥は地に足をつける。
重さを感じさせないように静かに降り立つ姿はまさに鳥の王者である。
ハズナは戦闘態勢を崩さずに、足の震えを止めようと努力する。
巨鳥は大きな声で1つ鳴くと体を屈めて地にその巨体をつける。
その瞬間、ハズナとリーシャの緊張の糸が解ける。その背に乗っていたのは他でもない結城だったからだ。
結城は鳥をひとなでするとカチャンと小さい音を立てて飛び降りる。
「リーシャ、ハズナ、さっきから怖い目ばかりに合わせてしまって済まない、助けに来た。」
そう言われただけで今まで立っていたのが嘘のように座り込む。
「結城!!!」
大路は嬉しそうに結城に近づくとグーパンチを繰り出す。
結城は分かっていたかのように笑ってそれを受け止めると簡単に大路を転ばせる。
「幻想級がいるなんて聞いてないぞ!!しかも四足ってことは獣型なんてそんな上位のやつがこんなとこいるんだよ!!」
怒ったように結城にまくし立てる大路を見て結城は苦笑をこぼす。
「悪かったって、予想外だったんだ。多分狩場が少し変わったんだろ。直ぐに処理する。」
ポンと頭を叩く結城は軍人の威厳を放っておりスっと安心してしまう。
『GWWWWAAAAAA!!!!』
「きゃぁぁ!!」
「ッッッ!!」
幻想級の雄叫びが森全体に鳴り響く。
その声にリーシャとハズナは座り込み、両耳を塞いでお互いに近づく。大路も座り込むのを我慢するよう歯を食いしばる。
どうにか近くの木に手を添えて体を支えているが今すぐにも倒れそうなほど顔色が悪い。
結城はだけは巨鳥と呼ばれる鳥、結城の愛鳥ラエドを抑えながら静かに声がした方を見詰める。
「随分と威勢がいいな」
そう、小さく呟くとドンッと自身にかかる圧が強くなる。
ハズナがリーシャを隠すように手の中にだく。大路はきついように木にもたれ掛かりながら結城をみる。
結城は静かに笑う。いや、無意識に口角が上がっている。大路はその結城に苦笑を心の中で漏らす。
結城の体感時間では数秒、大路達の体感時間では数十分に及ぶ時間、ふと、パキッと言う音が微かに響く。
結城と幻想級の圧によりなんの物音もしない空間だったらそれが聞こえたような小さな音だった。
しかしその瞬間、結城はフッと圧を消す。緊張の糸が解けたリーシャとハズナは大きく息をすい、大路は笑っている足に喝を入れるように膝を支える。
「くっくっく、大路、まだまだだな。幻想級の第六位ぐらいでへばってたら戦場には立てないぞ」
そう言って笑うと結城はラエドの轡を前に持ってくる。
「結城、あいつは、幻想級はそのままでいいのか?」
「あぁ、あいつはここら辺のエルメイを食べて腹いっぱいだったようだからな、素直に帰ってくれたよ。」
「でも、また、」
「あぁ、来るだろうな。でも、ここはあいつのナワバリだからな、ここであいつを殺したらここは一気にエルメイの戦場になる。
襲いかかってくるまで何もしないのが得策だ。」
結城が仕方ないとばかりに首を振る。
「でも!そんなことしていたら一般人が死ぬかも!」
ハズナが手をにぎりしめて訴える。
「それは、仕方ないことだ。ここがエルメイたちの戦場になることにくらべれば被害は少ない。」
ハズナもリーシャも歴史から学んでいるのか悔しそうに頷くしか無かった。
それほどエルメイ同士の戦争は激しく大きいものになるのだ。
「さて、幻想級のエルメイも去って危険もなくなったことだし、帰るか」
結城はラエドの頭をグリグリと撫でながら「歩いて帰るぞー」と楽しそうに言う。
そしてリーシャとハズナをみてため息をつくと軍人としての威厳を保ちながら名を呼ぶ
「リーシャ、ハズナ」
「「は、はい!」」
結城の雰囲気の変わりように緊張した面持ちで返事を返す。
「お前らの実力と大路の実力の差、分かっただろ。私たち金獅子は幻想級に対抗出来る勢力以外は欲しいと思わない。1人で対抗しろとは言わない。チームで対抗しろ。
でも、チームは諸刃の剣だ。良のことで感じたようにお前らは深く刺さりすぎていて1本が抜けるだけで使い物にならない。
その事を心にとめて、2人で話し合って帰ってこい。来るなら、歓迎してやる。」
結城は笑ってそう言うと大路に「帰るぞ」っと言ってラエドを連れて歩き出す。
大路は結城の横に並んでチラチラと二人を見ながら歩き出す。
「2人が気になるか?」
結城は機嫌が良さそうで、2人に声が聞こえない所まで来たら話し始めた。
「いや、あいつらはたぶん、戦場ですぐ死ぬのになんで誘ったんだろって。」
大路のその言葉に結城は眉をあげる。
「なんで、そう思った?」
「だって、あの諸刃の剣は、貫通するまで刺さっているから、外も向けない。俺も一緒に戦ってわかった。外を向く気がない。」
そう言う大路にぐしゃぐしゃっと結城が頭を撫でる。
「うぉ!何すんだよ!」
「大路、成長したな。」
大路は目を見開くと直ぐに笑顔に戻りへへっと嬉しそうに笑う。
「まぁ、もう一本も引き抜いてみたいな。どーなるかは行き当たりばったりだけど、抜いて損はない。
それに、大路、あいつらと組む3人のうち1人はお前だ」
「へ?」と呟いてポカンとしていると大路は「えぇぇえー!!!」と大声をあげる。
「嫌だ!おれはあいつらなんかと嫌だ!俺まで刺されかねない!」
「仕方ない。気づいたお前が最有力だ。頑張れ。」
「えぇー、まじかよー」
結城はふふふっと笑うと隣にいるラエドを撫でる。
どうやら結城は、ほんとに機嫌がいいようだ。
中都。午後23時00分
中都の中でも随一の高さを誇るその建物。
軍の司令室など様々な施設が揃っているそこは、中都の真ん中にあり厳重な警備が敷かれている。
そこでも最上階にある会議室にはいくつものセキュリティーチェックを受けなければ立ち入ることは出来ない。
その会議室は金獅子、白鴉、灰狼の最高指揮官と、元帥、大将、物資補給総司令官、救護総司令官、そして、狂人、超人だけである。
全員で9つある席は上座の横が1つ、そして中盤に1つ空いている。
元帥は目線を空席の2つに動かすと1度中盤にある席に目線を動かし自分のすぐそこにいる人物へと目線を移す。
「結城、金獅子の、最高指揮官がしてないようだが。」
重く、伸し掛るような太い声が静かだった幹部たちの会議室を包み込む。
「あぁ、金獅子の最高指揮官殿は緊急の呼び出し会議だったから研究に没頭してて全く気づいてくれなかった。」
はぁー、とため息をつきながら結城が元帥に報告をする。会議が始まってないとはいえ元帥に対してその言葉遣い。ここで不敬罪として捕えられてもおかしくないものだ。
しかし、ここの幹部達で咎めるものはいない。昔の結城を知っているからこそ会議中には敬語を使うだけマシになったことを知っている。
「では、始めよう。」
「ん?大将殿は?」
結城が目の前の空席を指さして問う。
結城が言う通り結城の目の前は席は、結城と同じ大将クラスの席で元帥に続く地位にいながらここにいない事に結城は首をかしげていた。
「大将殿は今南島に向かっていますわ。
金獅子のとことは違うのでご心配なくて」
ツンとした態度で結城に食いかかってくるのは白鴉の最高指揮官マミヤ。
扇子を口元に当ててかすかに笑っている。
最高指揮官とはいえ地位は中将。結城に対する態度は褒められたものでは無い。
勝手にマミヤが結城に食いかかっているだけで結城は鼻で笑って相手してない。
「ありがとう、マミヤ。
始めていいよ、靖明」
元帥を名前で呼ぶ結城にギリッとマミヤが歯を噛み締める。後にも先にも、元帥を名前で呼ぶものは結城だけだろう。
「狂人が。」
マミヤが静かに、だが会議室全員に聞こえるように呟く。
暗黙の了解で言ってはいけないことを呟いたマミヤは靖明に睨まれ息を詰まらせる。
「マミヤ、落ち着け。
では、緊急幹部会議を始める。」
ピリッとした空気が会議室をしめる。
結城もマミヤもさっきのことがなかったかのように真面目な顔になる。
「では初めに、先祖返りについてだ。結城、詳細を」
結城は靖明の声に立ち上がると監視対象の話を始める。
「はい、今回の実習で先祖返りと思われる2人に接触しました。2人は皆瀬 良と呼ばれるシルバー3つの少年とその対象2人は深い絆を持っていました。」
それに意外そうに皆が眉をあげる。
「今回の実習では2個の例外が起こりました。多分先祖返りを狙った《人類史の敵》による様子見だと思われます。事実、幻想級が姿を見せました。」
「危険エリアにですか!?」
物資補給総司令官が驚いたように声を上げる。結城は頷くと話を続ける。
「それより前に古代遺産級の第四位がでて3人を襲いました。様子見をしているとまさかの皆瀬 良の感により皆瀬 良が対象を守り首が飛びました。
それにより3人を繋げていたものが少し崩壊。一応2人の絆は繋げましたが完全に切った方がいいかもしれません。」
皆が眉を顰める。
「その後に金獅子の1人と監視対象の1人を森に誘い、監視対象のもう1人と散歩をしていると幻想級の霧に囚われていました。なのでやむなく巨鳥に乗り込み突撃。そこら辺の主だったため殺さず逃がしましたが、殺した方が良いなら今からでも殺します。」
以上です。とそう告げると結城は席に座る。
全員が考え込むようにそれぞれ表情を曇らせる。
「幻想級は、お前にコンタクトは取らなかったのか」
元帥の言葉に結城が元帥の方をむく。
「取ってきませんでした。しかし、私相手に吠えるほどの決意はあったようです。」
「ふむ、では皆に問う。この件は創世級が裏で糸を引いていると思うか?」
ッッ!その言葉に結城を覗いた全員の言葉が詰まる。
創世級、それは《人類史の敵》の最高ランクで全7種いる本気の人類の敵で、過去に2体のみを倒されている。
しかし、その倒したのは狂人・超人と呼ばれる突然変異の人間がいた時代。その子孫であり、力が薄れていっている今の人類ではいくら計算しても一体も倒せることは無い。
一大陸に一体、1つの大海に一体と言われ、そこのエルメイたちの元締めをしている。エルメイたちが束になって動かないのは未だに生き残っている狂人・超人たちを恐れてだと言われている。
そんな桁違いの力を持ったエルメイが関わっているならこの大日本国家主義国は狙われることとなる。
誰もが迂闊に発言出来ないとき、1人、口を開く
「関わってない、と言いきれます」
全員、結城の方をむく。
「ほう、なぜ?」
「もし、ここに大将殿がいてもそう言ったでしょう。なぜなら、創世級は全員揃うまで待つはずです。そして、大きな根拠が、創世級が関わっているのなら、こんなお粗末な殺し方はしないはずです。」
「ふむ、全7種、全てが復活するまで動かない、か。そして、こんなお粗末な作戦ね。」
フッと元帥は小さく笑うと線が切れたように大声で笑い始めた。
「そーか、そーか、あの激闘の時代を生き抜いた先人がそう言い切るならば信じよう。
ならば、何が元を閉めている。」
「それは知らん。自分で考えろ」
そう言って結城は椅子に背中を預けるとその長い足を組む。
「そうか、ならば先祖返りの可能性がある対象2人は金獅子が預かれ」
「元帥!それならば先祖返りは私たち白鴉が預かりますわ!そんな狂人が見るより私たち現人類のほう「マミヤ、図に乗るな」」
救護総司令官のガイヤが静かに咎める。
それによりマミヤがハッとしたように頭を下げて椅子に座り直す。
「ふむ、異論はないな。」
そう言って議会の席を眺める元帥は異論を認める気はないと言うことだ。
「ならば、次の議題に移る。ガイヤ」
はい、と言ってガイヤが立ち上がる。
結城は薄暗いその会議室で静かに笑う。
その瞳を楽しくてたまらないという程輝かせながらテーブルを眺める。
(さぁ、始めよう創世級、勝つのは私か、創世級か、さぁ、私をどう落とす。)