005
良の力強い言葉に、少しだけ冷静さを取り戻したハズナがいつものバカにする笑を浮かべながら戦闘態勢に入る。
「もう、わがまま過ぎんでしょ。いいわよ。その代わり帰ったら速攻で医療カプセルに入ってもらうから。」
スクスクと笑いながらも、蟷螂が来るであろうところを睨む。
医療カプセルとは医者の足りない今の時代、それを補うために作られた、液体の入った機械に全身を付けて治す型の医療器具だ。
例えば今の良の腕のように焼けただれた物なら、3時間ほど浸かっておけば完全に完治する。むしろ傷跡も残らない。
その代わり激痛を伴うものが多く、時間がある時は入りたがる人は少ない。
「げぇ、マジかよ。」
良が頬を引き攣らせながら笑う。
ハズナもそれを見て苦笑しながら拳を握り直す。
2人とも覚悟は決まった。あとは上手くやるだけ。そう認識しながら背中を預けれる、信頼している相方と呼吸揃える。
『後1km。
まだ、まだ、.............今!飛んで!!!』
リーシャの合図と共に上に飛び上がると、先ほどと同じように蟷螂が地面に鎌を突き立て、羽を広げながらと先程いた地面にいる。
良はそのまま後に飛び、ハズナは落下速度を利用して突きを繰り出す。
しかし、鋼鉄以上の強度を誇る鎌に阻まれて、本体には全く届かない。
ハズナは小さく舌打ちをすると、蟷螂を蹴って後に下がる。
蟷螂も追撃はせずにゆっくりと後ろに数歩さがり、距離をとる。
ガジガジと鳴らしている顎は威嚇行動だろうか、それか笑っているのだろうか。嫌な胸騒ぎがするのを心の端に収めながらリーシャは戦場を見守る。
良の先程の無理な火力での発砲のおかげか、蟷螂も五体満足とはいかず足が1本取れており、他にも大きな傷がところどころある。
「ハズナ、傷口を狙え、あそこなら簡単に拳がはいる。」
良がハズナに言うと静かに頷く。
ハズナと良がアイコンタクトで左右に展開し、蟷螂の横に回ろうとすると蟷螂はどんどん後ろに下がって行く。
リーシャはここで蟷螂が横からの攻撃への異様な警戒心から、弱点を三箇所に絞り込む。
『ハズナ、良、予想は当たり、たぶん横への高速移動は無理みたい。
それと、早くしないと傷口が塞がり始めちゃうと思う。小さい傷口が無いのはたぶんもう塞がったからで。』
そこでリーシャはグッと拳を握る。
今日はいつも以上に探知能力が使いづらく、ジリジリと砂嵐のようになり、思考を阻害してくる。チッと、舌打ちをすると頭が痛いがそれを無視して蟷螂を睨む。
「そうこうしているうちに回復始まったぞ!」
良の焦った声がリーシャの思考を戦場へと呼び戻しジリジリとなる探知能力に頭を切り替える
『仕方ない!一か八かで突っ込もう!』
そうリーシャが言った瞬間にハズナと良が左右から突っ込む。良は少し頭の方へと動き、関節部分を撃つ。
それは目ざとく避けられ、地面に良の放った銃痕が着く。
「はぁ!!!」
覇気が篭った声とともにハズナが拳を振り下ろすが、蟷螂は高速でまっすぐと進み、拳から逃れてしまう。
ハズナの拳は地面に突き刺さりバン!と音を立てて地面がえぐれる。
ハズナの能力である音振操作能力を拳に纏わせ、超音波振動で威力を底上げし、そのせいで地面が割れたのだ。
蟷螂は顔だけをこちらに向ける。
ハズナと良にはニヤリと笑ったように見えて昆虫が笑うはずないと分かっていながら気味が悪くなりブルりと震える。
その時間だけでも蟷螂の自己再生は随分と進み深い傷は無くなり足ももうすぐで生え揃う。
「え〜、ちょっと治んの早くないー?」
「ほんと、その能力欲しいぐらいよ」
蟷螂の再生の速さを目の当たりにした2人は、今にも苦笑してそうな声を出しながらも、目は全く笑っておらずランランと輝いている。
リーシャは離れたところからその経過を目の当たりにして登っている幹を思いっきり握りしめ、その整っている眉を寄せる。
おかしい、おかしすぎる。もしここまで再生が速いなら北西に向かってこっちに来ている時には治ってないとおかしい。なのになんで。
しかもハズナの拳を受け止めて何ともない鎌なんて、少しはヒビが入るとか足が地面に埋まるとかはあるはずなのに何もならなかった。
しかも移動速度も直線だけという制限があっても秘宝級の第六位にしては早すぎる。
もしかして、ほんとにもしかすると。。。
そこまで脳が情報処理をしてリーシャは急いで信号を送ろうとするがその前に良から送られてきた信号の方が早かった。
その信号が送られてくると同時に2人が蟷螂に突っ込む姿がリーシャの目にはいる。
「ま、って!!」
信号で送ることを無意識に忘れてしまい普通にその場で叫ぶが、当然聞こえるはずもなく、2人は良が正面から、ハズナが左から回り込んで攻撃体制に入る。
距離は後約20m、ハズナがグッと拳を握り直し、あと数歩で蟷螂に届く、瞬間、目の前に蟷螂の瞳が現れた。
「え?」
それと同時にトンと胸に何かが当たる感触がして後に飛ばされる。
自分の斜め上には蟷螂が笑っている瞳、右上には鋭利な蟷螂の鎌、そして目の前には、笑っている良の笑顔。
「よかった、自分の感をしん....」
そっから先をハズナとリーシャが聞くことは無かった。
良の首が落ちたのだ。
文字通り、良の首が蟷螂の鎌によりストンと切られ、ぼとりと音を立てて地面に転がる。
「い、いや、いやぁぁぁぁぁぁあーーー!!!」
ハズナは目の前で起きた事がありえるはずがなくて、両手で両耳を抑えながら声を上げる。
リーシャは声も出ずに両手で口を抑えて木の上で後ずさりをする。
蟷螂は愉快そうに笑っているように目を歪める。ガジガジと聞いていて不愉快な音が盛大に鳴らされ、大笑いするかのように上をむく。
蟷螂はもう一度ハズナを目を向け、鎌を振り上げると、今にも歌い出しそうなぐらい楽しそうな雰囲気を出しながらハズナに歩み寄る。
ハズナはパニック状態に陥りずっと「いや、嘘、いやよ、いや、」と繰り返している。
放心状態のそれは、蟷螂が近づいてきているのに気付いているのかさえ怪しい。
蟷螂は鎌が届く、十分な距離に近づくと鎌を振り上げて居たそれを、横から振りかぶる。
ハズナはブツリと肉が切られる感覚で現実に引き戻され反射的に、全力で鎌の無い方に飛ぶ。
蟷螂も軽く振っただけなので、避けた事にどうも思ってないのか、更に耳障りな音を大きくする。
ハズナが横に飛んだおかげで、鎌はハズナの骨を断ち切る前にハズナの肉体から消え。ハズナは腕は切断されることは無かった。
「いや、りょう、良、起きてよ、怖いよ、いやよ、良」
少しだけ意識が戻ったハズナは足元に転がる良の死体の首と体を抱き抱えると一緒に後ずさる。
しかし、蟷螂はそれを面白がるかのように1歩また1歩と少しずつハズナに近づく。
キラリと鎌に光が反射して鎌が美しいと思ってしまった。
蟷螂からは、良の血と、ハズナの血でより光沢が増し、ポツポツと落ちてくる水滴は、地面の草木を赤く染める。
ニヤと笑う顔が、地獄の番人と出会った気がして全身の力が抜け落ちる。
それでも良の首だけは抱え、蟷螂の鎌が届く瞬間までハズナはこの危機を離脱する方法を頭を回らせ考える。
しかし、その巡らせた作も鎌のスピードによりあっけなく散るしかなく、最後の力で良の冷たくなり始めた首を胸元に抱き抱える。
バキッという音と共に枯葉がスっと、音と共に舞い上がるのが聴こえる。
一瞬自分の骨を断ち切る音かと思ったが痛みはなく、ゆっくりと目を開くが自分の腕も切断されてなかった。
「え?」
意味がわからなくて蟷螂が居たはずの場所を見るべく、顔を上げる。
しかし、そこに蟷螂はいない。
ランランと輝く太陽の方に目を向けるとそこにはポンチョのようなものを靡かせ、軍人として並んでいたその人が立っていた。
意味がわからなくて放心する。しかし、その放心もその軍人の足元を見たら溶ける。
その人の足元には、私たちではどうすることも出来なかった蟷螂の鎌が落ちており、蟷螂は随分後方まで下がって怒りの声を上げていた。
「GEGEGALLLAAAーー!!!」
蟷螂が私たちには一切取らなかった威嚇の体制を片方の鎌で懸命に取るが、フードの人はそれに一切の興味を持たず私の方を向く。
「首を切って何分?」
女の人の綺麗な声だった。
いつ、どのように現れたかも不思議でその声が頭の中でグルグルと回りなかなか処理されない
「え?......あ、に、2分ほどです!」
ハッとしてから答えると、女の人はフードを被っていても分かるぐらい優しい雰囲気を出してくれた。
「そう、ならこれで今すぐ止血をして首は胴体と必ずずっとくっつけていて。」
そう言ってどこからか大きな赤い救急道具を取り出し、ドサッとハズナの横に放り投げる。
それと同時にハズナの頭の上に女の人が来ていたフード付きマントがかけられる。
「せっかく可愛い顔してんだから血で濡れているくらい、そのマントで拭いて隠しときなよ」
そう言って女の人は顔を見せてくれないまま蟷螂に向き直った。
しかし胸元に光る3つの真っ赤なバッチと真っ黒な長いウェーブのかかった髪を1つ結びにしている姿ははっきりと見えた。
その姿に意味もなく見惚れる、威嚇行動をする蟷螂が、まだ、ガジガジと不愉快な音を鳴らす。
それによって、ようやく自分のやるべきことを思い出す。
ハズナは急いで救急道具開けると止血用具を取り出し、良の首に止血を施し、言われた通りにくっつけ外れないように工夫してギュッと抱きしめる。
女と蟷螂の戦いは、蟷螂が逃げ出したことによりハズナとリーシャの目では追えなくなり、見ることは出来なかった。
しかし、女は無傷で、そして返り血も何もなく、ハズナが見た時と変わらぬ姿で帰ってきた。
そこでようやく見れた顔は逆光があることにより女神のように思え、その美しい顔立ちは軍人と言うより昔あった職業であるモデルや女優である。
女はすぐに良に何かをすると口笛を吹き鳴らしり大きな鳥、というかエルメイを2羽呼びつける。
先程、エルメイに恐怖を押し付けられたハズナは、ビクッと体をゆらし、無意識距離を取ろうとする。
しかし、女の人は優しく微笑み、その鳥型のエルメイを撫でる。
「この子は命令に従うから大丈夫。
それより探知者の子に、今すぐ本部に向かうように連絡を入れて。」
「は、はい。」
言われた通りリーシャに本部に戻るように伝え、良の首が外れないように注意しながら立ち上がる。
「私とその男の子はこいつに乗るから、君はそっちに1人で乗ってね。
別に何もしなくて良いから、乗って手網を掴んどけば勝手に本部に連れてってくれるから気にしないで」
そう言うと、女の人はハズナの手から良を受け取り、自分にもたれかからせながら鳥に乗る。
「早く、乗りな」
その姿を黙って見ていたハズナに声をかけ、ハズナは慌てて女の人が乗った鳥型のエルメイより一回りほど小さいエルメイに跨る。
っ!
グイッと体が沈んだかと思うと、鳥型エルメイは飛び上がり、グングンと高度をあげる。
空から一望するエルメイ生息地は、大きな水が目立ち、木々が生い茂っている。
始めて見た景色に、状況も忘れ軽く感動をしてしまう。
微かに漏れた溜息は誰にも聞かれないまま、鳥はハズナが何も操作しなくても、ゆうゆうと本部に向かって飛んでゆく。
鳥型エルメイがバサバサと大きな音を立てて着地する。
「この子を急いで軍事用の医療カプセルへ」
女の人が指示を出すと、すぐに周りの軍人が良を受け取り、テントの中へ入っていく。
ここは、軍人用のテントなんだ。
バタバタと慌ただしく動き始めた軍人達に呼ばれたのか、先生たちが駆けつける。
先生達は急いで軍人に話を聞く。
「首と胴体が完全に離れています。
詳しくは親御さんを交えて、親御さんは?」
「親、無しです。」
この遠征の責任者である、女の先生が説明をした女の人にそう伝えると、そう。とだけ答える。
「なら、この子はこのまま軍が管理します。」
「お願いします。」
今の時代、人が死んだからといって、そのまま火葬され、灰を海に流してもらえるのは下色だけだ。上色は必然的に軍所有の医療施設、または研究施設へと搬送され、どうなっているかは軍の人達でも上層部しか知らないらしい。
「ハズナ」
はぁはぁ、と大きく息を乱しながらリーシャが後ろからハズナを呼びかける。
「リーシャ」
涙を溜めた目でリーシャに抱きつく。
「あれから、どう、なったの。」
「っ、一応首は繋げた。でも.....」
そこまで言ったらリーシャも理解する。
昔と同じように、今の技術でも首を繋げることは出来ない。手足ならまだしも、首なんてもってのほかだ。
しかも、手足でも、軍人用の医療カプセルにしか備わってなく、上色とはいえ、たかが生徒1人の為にホイホイと使えるような技術では無い。
しかし、何故わざわざ首をその場でくっつけたのか、そして、何故救えない命を軍人用のカプセルに入れたのか。
意味がわからなくて、この行動が正解なのかわからなくて、リーシャと共に抱き合いながら泣く。
「もし、私の話を聞きたいならその汚い服や、顔をどうにかしてここにもう一度二人揃ってからこい」
口調が変わり、どっちでもいいと言うふうに投げ捨てる女の人の人に肩が跳ねるが、少しでも良の為になるのなら、と2人で話し合う。