010
寒さがまだまだ堪える季節。外の闘技場は利用者が少ないが待たずに使えたのは中々の幸運なことだ。
真っ暗な空には闘技場の明かりのせいで星も見えない。
闘技場の観客席には誰一人おらずしんとした空気がさらに寒い雰囲気を作り出す。
闘技場に降りたら唯一目の前にある大きな扉をひと睨みすると、ゆっくり目をとじる。
自分の四肢の状態から結構緊張していることが伺える。それをほぐすように大きく息を吸うとそれと共に獣臭い匂いが闘技場から漂ってくる。
見なくてもわかる相手の強さ。まだ自分には適わないと知らしめるように暗闇の中で大きな影を作り出す。
『トビラ、ヒラキマス。』
機械音と共に重い音が闘技場を包み込む。
扉を開ける際のこの大きな重い音は相手の存在価値と危険度を示しており、毎度の事ながら心臓が小さくなる。
シューと小さく空気が漏れる音と自分の足元に風が流れる。その風と共に流れ出るのは濃厚な死の香り。自分の命を目の前に差し出した時のような恐怖が体を包む。
微かに揺れそうな膝を全身の筋肉に力を入れて止める。
幻想級、鹿型、第四位。
捕縛者、元帥直轄部隊隊長 大将結城
事前に頭に入れていた知識が自然と浮かび上がってくる。
「貴方を超える。」そう宣言してあの人の手を握って早3年。足元どころかあの人が遊び半分で捉えてきたエルメイでさえ、倒すどころか向き合うことすら難しい。今自分の前にいるエルメイは結城が捕縛した中でもまだ下位の存在。
その情報が自分の震えていた足を止め、折れかけていた心がまた野心になるのが分かる。
『トウギジョウヘ、デマス。』
ビービーと大きくなる警報と共に重い空気が自身にかかってくるのが分かる。
それと共に地面が揺れる。
出てきたのは彼女の3倍はあろうかという大鹿。白い息を吐きながら首にまだ最終拘束具が嵌めてある。
ハズナはゆっくりと目を開けるとその敵を視界に入れる。
大鹿はハズナには目もくれず首に着いてある拘束具を煩わしそうに首を振っている。
この3年間、体力、精神力共に格段に成長を遂げた。そのおかげで展開できる能力式の幅は広がったし、軍配布の能力式制御具で格段に展開が早くなり実践で使えるのも増えた。
音振動操作能力以外の能力も初期式なら展開出来るようになった。
それでもまだ、金獅子の中では下位の存在でしかない自分は、結城の瞳に移る資格さえないと散々思い知らされた。
手首に嵌めてある能力式制御具、バンド型を少し回して戦闘モードに切り替える。
『サイシュウコウソクグ、カイジョ』
音を立てて拘束具が外れるとハズナは戦闘態勢を取る。
「GUWAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
大鹿の鳴き声と共に大地が大鹿を鼓舞するかのごとくうねり始める。
ハズナは能力式を展開すると背中に青白い光とともに式が浮かび上がる。
ハズナが声をあげて吠える。
それにより両者の力が拮抗し、地面の動きが波打っている方と静まっている方に別れる。
大鹿はようやくハズナをそのドロドロと黒色を溶かし混ぜ合わせたような瞳に収める。
ようやくハズナを認識した、と言う感じだ。
大鹿は鼻を鳴らすと、前足で地面を抉る。
ハズナが背中の能力式を消して腰を落とす。
静かな闘技場に2人の視線が交差する。
大地を一蹴りして大鹿がハズナの元まで飛ぶ。
ハズナはそれに合わせるかのように上に飛ぶと反転能力を使い空中でもう一度飛んで、下にきた大鹿に拳を突き出す。
大鹿は角を出してそれを受け止めると口元に能力式を展開して炎を吐き出す。
ハズナは咄嗟に足に音振動操作能力を展開して蹴りで霧散させる。
炎は消え去る代わりに煙を残す。
ハズナの頬に一風が通ると煙の中から大鹿が姿を現す。
——ッッ!!
反転能力で足場を作ると飛ぶが間に合わずに足元に赤いものが舞う。
落ちる大鹿に標準を合わせて反転能力で飛んで拳に音振動操作能力を纏わせ大鹿の頬に1発拳を叩き込む。
しかし、大鹿の目がキラリと光ると口元に能力式が展開される。
やばい。と思った瞬間には式の展開が間に合う速度ではなく、大鹿の能力式は赤い光を放つ。
手を目の前にクロスさせるが全く意味はなく赤い光に包まれると同時に全身が焼けただれたのがわかる。
呆気なく飛ばされたハズナはそのまま壁に体をうちつけ気を失う。
大鹿は鼻で笑うと大人しく自ら檻へと戻る。
この大鹿は知っている。ここがどんな場所か、脱走したらどうなるか、過剰としか言えない一方的に暴力により痛めつけられ、最高戦力が出てくることを。
幻想級でさえ怖がるこの基地は世界でも筆頭の戦力である。
「全26人。集まりました。」
そういったのは元帥である郷本 靖明の秘書である橘 佳奈美。ベリーショートの髪を軽くふわりとさせており、胸元にはスカイブルーが2つ光っている。
総本部の中層にあるその会議室には総勢26名の幹部、隊長格が集まっていた。
そこに一切の空席はなく、全員が緊張した面持ちを放っている。
いや、緊張しているのは幹部以外で少将、大佐、中佐がガチガチになっている。
「うむ、では、定例会議を始める。」
そう、重々しい声とともに始められた会議は1ヶ月に1度開催され、元帥の勅令でない限りどんな任務中であろうと参加が義務付けられている。
「まず、それぞれの軍の最高司令官たちよ、報告を」
その声に3つの最高司令官たちは目配せで報告をする順番を決める。
「では、まずは私から今回は...」
そう始めたのはマミヤで、報告は滞りなく進めてゆく。
結城が面白くなさそうに話を聞く。今にも寝てしまいそうなほどのあくびを抑えながら目の前の席を見るとパチリと目線がかち合う。
ニイッとわらった目の前の康次郎に結城が嫌そうに眉を顰める。
その結城の表情でさえ面白いというふうに康次郎はテーブルに身を乗り出す。
「なぁ、結城」
ニヤニヤとした笑に結城は小さくため息をつくと同じように身を乗り出す。
「あの先祖返りかもしれないって子2人、今どんな感じなんだよ?」
少し明るい声が耳をくすぐる。
会議がある度に聞かれるこの質問に結城は嫌そうに顔をゆがめる。
「まったく。毎回この3年間会議の度飽きずに聞いてきやがって、何度も答えてるでしょ。前回の内容を忘れるほどもうボケた?」
「この歳になると楽しみが減って最近じゃ下の成長が何よりの楽しなんだよ!」
そう言って孫を見るような笑みを浮かべる康次郎に結城は諦めたように肘をつく。
リーシャとハズナが入隊、というか訓練生になって早3年。
一応他の訓練生と同じ訓練をさせて同じように過ごさせているが身体能力、精神能力の向上などの能力式の発動に必要な項目は他の訓練生を放置して目を張るほど向上しているが、他人とのコミニュケーション能力は全くと言っていいほど上がっていない。
能力的にはもう既に金獅子の下っ端ぐらいになら組み込んでも足は引っ張らないだろう。
でも協力というか協調性が無さすぎてどう考えても喧嘩する未来しか見えないのだ。
大路には何とか心を開いて仲間と認めているようだがあと2人必要なのに今からじゃなかなか組めない。
その事を考えてため息が自然にでると、康次郎は意外そうに眉をあげる。
「なんだよ。育成上手くいってねぇのか?引き取ってやろうか?」
「うるさいなー、毎回毎回上手くいってるって報告してるでしょ。そんな事を忘れるぐらいオッサンになったんならさっさと前線引退して育成に力入れる隠居生活してくれてもいいよ」
そしたら下の成長が見放題だよ。と茶々を入れてくる結城に康次郎は苦笑を返す。
実際康次郎は見た目は50を越えておりいくら先祖返りであろうともなかなか前線で戦うには過ぎた年である。
それでもまだまだ前線に入れるのはひとえに康次郎の長年の感と能力のおかげで未だ衰え知らずである。
「まだまだ衰えにははえーよ。お前こそろそろ旦那もらえ....イッテェェ!!!」
康次郎の声によりマミヤの報告が止まり上座に目が向けられる。
「すまんすまん。続けてくれ」そういって笑う康次郎に皆が首を傾げるがそのまま報告に戻る。
「全く。言葉より足が出るのが早すぎるぞ」
「うっさいなー、康次郎よりも全然若々しいからいいんだよ。」
「うるさいぞお前ら」
少し拗ねたように靖明が入ってくる。
静かに呟いたその声は責めるような声ではなく少し拗ねているような、少し喧嘩した子供のような声だ。
少し驚いた顔をしたが2人は悪い笑みを浮かべる。
「そう言って入れてほしんでしょ〜」
「そうそう、素直にならねぇと参加させてやんねーぞ〜」
「素直に『その話に興味あります!』って言って入って来たら入れてやるのに〜」
「『お願いします!』って昔みたいに可愛らしく〜」
「う、うっさいわい!!昔話はいいから結城は先祖返りの話をしろ!」
焼けた顔に微かに赤色を浮かべながら靖明がいうと2人はさらに笑う。
「まぁ、元帥殿のことは置いといて。」
置いとかれた。と地味にショックを受けている靖明を目の端で捉えながらも無視を決め込む2人。
「2人はどうなった?」
「あぁ、リーシャ、探知者の方は全く分からないけど、もう1人の戦闘員の方は上手く成長してる。
今はよく捕えられたエルメイで......」
「どうした?」
いきなり止まった結城の言葉に靖明が怪訝そうに首を傾げる。
「あー、いや。ちょっとね」
康次郎に催促するように見られて結城は困ったような笑みをうかべる。
「えーとね。今自分の部隊のメンバーから連絡が入ったんだけど、戦闘員の先祖返りが自分の捕まえたエルメイに喧嘩売って負けて、全身火傷らしい。」
2人はパチリと目を合わせると、クフリと顔をふくらませる。笑いをこらえるように笑みを浮かべると結城が眉を顰める表情をする。
「笑うな。しかないでしょ、まだあいつらは子供なんだから。」
「いや、そうじゃな。まだ子供だしの〜、負けるのはしゃーないがな〜」
「全身火傷はアホだろ。前線離脱もできなくなるし、でも生きてるから仲間は置いていくか仲間割れが始まる。
まったく。ちゃんと教育しろよ」
呆れたような康次郎の声に結城が少し気まずそうに報告を開始した金獅子の最高司令官、駿河壱馬の方を見る。
彼は結城の目線に気づいたのかチラリと視線を返すとため息をつくように目線を落とす。
結城はそれに同意するように机に肘を頬を乗せると2人に向き直る。
「会議さっさと終わらせろ。」
拗ねたように言う結城に2人は苦笑を返すとそれぞれの報告を3人で談笑しながらも全て頭に叩き込む。
少将の近辺の報告でこの会議の終了を靖明が宣言する。
その瞬間少しだけ緊張が霧散する。
それと同時に立ち上がる結城に視線が集まるが壱馬の方へ向かうと自然と視線は無くなっていく。
「リーシャは?」
「たぶん一緒にいる。ハズナに識別信号を付けてないからわかんねぇけどリーシャがいるのが病室だから。
最近あいつ俺の書庫に篭って出てこないぐらい引きこもってるから怪我はしねぇし。
考えられるのはハズナの見舞だろ」
そういった壱馬にうなづいて背を向ける。
「程々にしろよ。
俺がリーシャに文句言われんだかんな」
壱馬の声に後ろ手に手を振って返事をすると結城は扉を開けて会議室を出る。
すぐそこに待機している兵士に、左手を右胸に当て、肘を同じ高さまであげ、右腕を後ろに回す忠誠の証をされるが、それを手で振って返事を返すと突き当たりにあるエレベーターへ乗り込み病院棟への連絡橋がある12階を押す。
世界でも残り数個しか残っていないであろうエレベーターに寄りかかりながら先程部下から送られてきた連絡を頭の中で反芻させる。
『ハズナが幻想級の第四位、あの例の鹿型に全身を焼かれました。
発見が早かったため軍用の一般の医療カプセルにぶち込みました。
たぶん結城さんが会議終わる頃には治療が終わってると思うので病室にぶち込んでおきます。もー、そろそろ俺この役割嫌っすよー』
壱馬にも伝えておきますね。と言って切られた通信は結城がハズナに呆れるのに十分な話だった。
音を立てて開かれたエレベーターから降りて病院棟へと向かう。
ヒラリと靡くコートが結城の地位を表しておりすれ違う人それぞれが軽くだろうと頭を下げる。
10数回目になるハズナの病室行きは流石の放置主義の結城も呆れるほどめんどいものだった。
部下に教えられた病室の扉の前に立つとハズナの気配とあと二人がいる。
見知った2人の気配に躊躇わずに扉を開ける。
扉をあける音に振り向いたのは2人。リーシャと冴島だ。
2人の健康チェックをしていた冴島は結城に頭を下げると病室を出てゆく。
「結城。」
リーシャは数年前とあまり変わらぬ姿で未だに眠っているハズナの傍にある椅子から立ちあがる。
ピリピリと肌を刺す結城の気配にリーシャはベッドの端にある柵を握る。
「リーシャ、出ろ。」
「ッ、でも、」
「出ろ。」
ピリピリとした感覚が強くなるのを感じたリーシャは素直に頷くと軽く頭を下げて病室をでる。
しかし、気配が扉のすぐそこにいるとこを告げており結城は先程までリーシャが座っていた椅子に座ると小さくため息をつく。
ハズナを見ると穏やかな顔をしておりまだまだ起きないであろうことが伺える。
自分の秘書に今日の仕事を明日に回すように連絡するとコートの内側に入れている小さな本を取り出して読み出す。
ピッピッという音と共に微かに人が呻く音が耳に入る。
結城は本から目を離すとハズナを見る。
微かに顔を歪めて薄らと目を開ける。
それを確認した結城はもう一度本を読み始めると組んでいた足を入れ替える。
「ゆ、うき?」
ぼやけた視界から微かに結城だということを読み取ったハズナは小さく呟く。
「あぁ、私だ。」
ハズナの問いに軽く答えると結城は本をめくる。
ハズナはいつもいるリーシャが居ないことに疑問を浮かべながら医療カプセルのおかげで数時間で全快した体を起こす。
医療カプセルの治療のせいで肌がパリパリと張り付いており、ビリッと割れる肌に顔をゆがめながめる。関節が真っ赤に染まり血がタラタラと流れる。
こればかりは早期回復の代償なのだからどうしようもない。
慣れてしまった痛みに溜息をつきながら赤く染ったシーツから顔を上げる。
相変わらず結城は本を読んでいる。
しかし、ようやくそこで病室の空気がピリピリしていることに気づく。
それが発せられている元凶である人物は穏やかな顔で本をめくっている。
心当たりがないハズナは首を傾げる。怪我をして医療カプセルに突っ込まれて病室にいつの間にかいるのはいつもの事だ。
まぁ、最近は2週間に一回は病室にいつの間にかいるが。
パタッと小さく本を閉じる音がする。
閉じた本人を見ると近くの棚に本を置いてコートを脱ぎ始めている。
コートを脱いで椅子から立ち上がるとベッドの奥にある窓を開ける。
「ゆ、結城?今日はどうし、きゃぁあ!」
ハズナの叫び声に扉を開けたリーシャが目を見開く。
そこには窓の外にハズナを投げた結城がいた。ハズナの腕に能力式制御具は着いているが今のハズナの実力では12階からの落下を防ぐのは不可能だ。
「ハズナ!!!!」
リーシャが窓に駆け寄るよりも早く結城が窓枠に足をかけ窓を蹴る。
突っ込むように窓から顔を出したリーシャが下を覗くが下にはハズナも結城もおらず、死体すらなかった。
リーシャはその小さい手で窓枠を力一杯握ると、窓に背を向け自分の中では唯一解決できるであろう人物の元へ走る。
扉を開け左へ曲がり突き当たりの左側にある非常階段の扉を開ける。
そこには狭い階段が上へ上へと続いており、駆け上がることを考えると少しだけ喉がなる。
エレベーターはある一定の階級でなければ使用出来ないためリーシャは24階にいるであろうその人物を探しに階段を駆け上がる。
カンカンと非常階段に響く音は途切れることなく続きそれと共に大きな息遣いも途切れることなく登ってゆく。
大きく息を吸って階段にある数字を見ると23階と24階の間をさしており、膝が笑いそうな足をひと叩きすると残りの数段を駆け登り、開いた時よりも重く感じる扉を開ける。
扉をあけると先程の12階にはなかった重々しく威厳のある雰囲気が階全体を支配している。何時いかなる時でも慣れないこの雰囲気にリーシャは軽く唾を飲むと、足音を立てるのも戸惑われるような廊下を駆ける。
細工も何も無いが素晴らしい扉だと分かる木の扉を叩く。
返事は直ぐにありグッと力を入れて扉を押すと目当ての人物は椅子に座って書類を整理していた。
もしここにいなければ1階まで行って別の場所にある研究室まで走らなければと考えていた分少しだけ心が軽くなるのがわかる。
この部屋の持ち主は何の用だ。と言いながらもリーシャの方を一切見ない。
部屋はなかなかの広さで、豪華絢爛という感じではないが、機能性に優れているであろうことが伺える。
窓も自分が目当てとした人の後ろにあるだけで、他に空気の出入口はない。
今はそこもきっちり閉まっている。
実際リーシャはこの数年間で幾度もここに足を運んだが、開らいているのはみたことがない。
それほど書類が切羽詰まっているのか、リーシャの言いたことが分かっているのか。いつものこの人の事は分からない。とリーシャは作業の手を止めようとしない人物の前へ立つ。
「ハズナが結城に連れられてどこかへ行ってしまったの!お願い!識別信号で結城を探して!」
「管轄外だ」
「私の能力じゃもう既にハズナの見失ったの。お願い!」
「はぁ、却下だ」
ため息をついて取り合わない壱馬にリーシャは机の上に置いている小さい掌を握る。
「ハズナも、貴方の部下でしょ」
「訓練生だ。それに結城担当だ。俺はお前。お互いに干渉するなとは言わないが程々のにしとけ。」
「それでも!結城がハズナになにしてもいいと言うことにはならないわ!」
「それならハズナもなにしてもいいということはない。結城はハズナに何度警告をした?それを守らなかったのはアイツだろ。」
壱馬は万年筆を置くと肘をついてリーシャに目線を合わせる。
「子供でもダメとわかるような瀕死状態まで何度あいつは陥った?その度に結城は病院棟へ行ってはあいつが起きるまでそばにいて警告をしただろ。この軍に、上の人間の命令を無視するやつはいらない。
それに俺と結城は対等だ。お互いのすることには不干渉だ。
だから管轄外だと言ったんだ。結城を止めたければ元帥にでも直接話をつけに行くんだな。」
リーシャの階級のものが元帥に会えることはないと分かっていながら壱馬は元帥の名を出して無理だということを告げる。
もう用はないとばかりにシッシッと手を振るとリーシャを退室させようとする。
リーシャは何かを言ってやろうと口を開きかけるが結局は閉じて扉へと向かう。
バタン、と音を立てて閉じた扉に目を向けながら、壱馬は椅子に腰を預ける。
キジっ、と音を立てて軋んだそれは、いい具合に斜めになり、開いた(・・・)窓から入る風から体を守ってくれる。
高層ビルの24階である。風は強いし、バタバタとはためくそのカーテンが風の強さを良く示してくれている。
「まったく。放任主義すぎるからそーなってんだぞ。」
そう言いながら笑う壱馬。きっと窓から話を聞いていただろう、窓枠に足をかけている人物に声をかける。
くるりと壱馬が椅子ごと振り返ると、予測通りの人物、そして、予測通りの物を小脇に抱えるようにして持っている人物に笑みをこぼす。
「結城」
そう言うと、結城は笑って窓枠から降りる。
すると、窓はそう指示をされたかのようにバタン!と大きな音を立てて締まる。
カーテンのはためきは止まり、無駄に突風に晒された紙がふよふよと元の位置に戻って来ている。
魔法ではない。結城の力の一片で片付けられるそれを見ながら、壱馬は力の無駄使いだ、と苦笑する。
「ハズナは大丈夫なのか?」
小脇に抱えられていた人物を心配する。
その壱馬の言葉によって、思い出したかのように結城はソファにハズナを投げる。
「痛い!」
文句を言うハズナに苦笑する壱馬。
日本の最高戦力に向かってそんな口がきけるのはそうそういないな、と思いながらの苦笑だ。
もちろん自分も言い切るだろうし、自分を抜いたら2人ほどしかいないのも承知だ。
「それで?なんでわざわざ突き落としたんだ?」
いつまでも説明をしない結城に、痺れを切らした壱馬が先を促す。
結城はドカりと1人用のソファに腰をかける。
「能力開花しないかなーって」
そう答える結城に、壱馬はあぁ、と納得し、ハズナは怒りがわき起こる。
ハズナは自分がどんな立場にいるかは理解している。
先祖返りが懸念されていることも、自分とリーシャなどの先祖返りとされる人間が上手く開花しなければならない事も知っている。
だがそれにしては荒治療過ぎではなかろうか。
実際リーシャは先祖返りのことも知らないので、あんなことされれば今でも自分を心配しているに決まっている。
コノヤローっと思いながら結城を睨む。
「まぁ、ハズナ、そんな怒るな」
そう声をかけてきた壱馬に、少しだけ怒りを沈める。
壱馬は将来自分の直属の上司になる予定だ。てか、もうすぐで直属ではないが上司になる。
そんな人に諌められては、怒りを沈めない訳にはいかない。
「それで実際に開花した奴がいるから、結城も手っ取り早くそうしたかったんだろ」
「は?」
こんなんで開花したヤツがいるのか、と驚きに目を開く。
その姿に壱馬は苦笑をしながらも結城を見る。
「あん時も結城が投げたよな?」
「あいつは開花してなかったら死ぬ所までやったからな」
先祖返りって軍に思われてなかったし、と続ける結城に、軍に知られてて良かったとこれほど思った日はないとハズナは思った。
「まぁ、そうだな。
さて、ここにハズナを連れてきたのには理由があるんだろ?」
「あぁ、」
そう話を進め始める上司2人に、部下として口を閉じて続きを大人しく聞く体制に入る。
「ハズナとリーシャ、そして大路と、あと2人でチームを組ませて古都への資源輸送に参加させる。」
「それは、随分な荒治療だな。」
「大路がいるだろ。」
そう言う結城に、ハズナは空いた口が塞がらなかった。
すいません。めちゃくちゃ場面変わりました。
1ヶ月に1回は更新しようと思ったけど結構ムズいですね。はい。
見てくださると有難いです。




