草の香り
アクアツアーをテーマに選びましたが、タイトルの『草の香り』は間違いではありません。
真夜中の遊園地。
ジェットコースター、メリーゴーランド、大観覧車ミラーハウス、お化け屋敷。様々なアトラクションが来園者を楽しませる場所、遊園地。
それも昼間の事、閉園時間を過ぎた、この時間では人の姿か見えない。
誰もいないはずの深夜の遊園地の一角、アクアツアーに数人の人物が集まっていた。全員、ダークスーツ姿で怖い顔、とても真っ当な日の当たる世界の人間ではない。
このアクアツアーは船に乗って、太古、過去、現代、未来の水の世界を楽しむ。
そんな場所には似合わない連中。
水槽の淵に簀巻きにされ、猿轡をされた、これも風体の良くないダークスーツの男。足には重しが付けられている。
「覚悟は出来たか」
「テメーにはウチの組のもんが、何人もやられてんだ」
「楽には殺さねぇからな」
簀巻きにされた男を罵りながら、連中は担ぎ上げる。抵抗しようにもにもロープでグルグル巻きにされていてはなすすべ無し。
「ここはテメーがガキの頃に、遊んだ場所だってな」
「思い出の場所で死ね」
幼かった頃、簀巻きにされた男はアクアツアーが好きだった。特に恐竜のいるここが……。
1、2の3で水槽に投げ込まれる。
足に付けられた重しは、無情にも水槽の底へと沈めていく。
人間には鰓が無いので、水の中では呼吸が出来ない。もがき苦しむ中、目に映ったのは、一番、大好きだった首長竜のオブジェ。
「オイ、頼助!」
部屋の隅で本を読んでいる頼助は、怒声交じりに名を呼ばれた。
真夏の蒸し暑い部屋にいるのは、どいつもこいつも高校生とは思えない面構えと、体格の男たち。その中で、唯一、頼助だけがひょろっとして細っこい。なのでひときわ目立つ。
ただ今、剣道部の合宿中。見た目に反し、頼助の腕前は良く、一年生ながらも強化選手に選ばれた。
それが気に食わない先輩たち。暇さえあれば本ばかり読んでいるのも気に食わない、おまけに見た目も気に食わない。
何かと先輩たちは、特に主将の田所は、何かと頼助に絡む。模擬で戦一本取られたことを根に持っているよう。
相手にすると、余計に事態が悪化するので、相手にはしない。
「この野郎」
かといって相手にしなくても、事態は好転はしない。畳を踏みしめ、金田は頼助に向かおうとした。
一触即発の状況の中、
「まぁまぁ、田所部長」
二年生の花井が間に入って、田所を落ち着かせた。
夏の夜となれば怪談は定番中の定番。食後の自由時間、怪談大会の始まりとなる。
「ある所に、とても仲の悪い夫婦がいたんだ。息子の前では、一応、仲良くしているんだけど、息子がいなくなると、いつも大喧嘩。ついに父親は灰皿で奥さんを殴り殺してしまう……」
これには頼助も参加。
「この近くに、10年前、廃園になった遊園地があるだろう。春先、あそこで小学生たちが野球をしていたんだ」
1人の部員の番が来た。
「ホームランボールがアクアツアーに飛び込んで、1人が取りに行ったきり、帰ってこない。心配になった小学生たちが、アクアツアーに探しに行くと、そこには誰の姿もなく、水槽に被っていた帽子が浮かんでいるだけ。警察も捜索したが、結局、見つからなかった……」
あっと話を聞いていた部員が声を上げる。
「思いたした! それニュースでやってたよ、子供が行方不明になったって。廃園前にも行方不明になった人がいるとか」
シーンとなる宿泊所。
「ちょうどいい、これから廃園になった遊園地のアクアツアーに肝試しに行こうぜ」
いきなり田所が言い出す。剣道部では誰も彼には逆らえない。
「止めた方がいい、そんなところへ興味で本位で近づいちゃいけない」
頼助1人を除いては。
「あの遊園地が廃園になった理由の一つは、あのアクアツアーで、10年前、人が殺されたからなんだ。暴力団員が重しを付けられ、水槽に沈められて。それが原因で客足が遠のき、おまけに何か得体のしれないものが出ると噂も囁かれ、それでも10年は何とか頑張って営業を続けた。でもオーナーが亡くなったのを機に廃園なった」
暴力団員のことはニュースや新聞でも報道されていた。本ばかり読んでいるだけに、いろいろ詳しい。
「はん、お前、怖いのか」
田所に言われた。これでも頼助は男の子、そんなこと言われたらカチンとくるのは当然。
「解った、なら行こうじゃないか」
売り言葉に買い言葉。
顧問の先生に見つからないよう、こっそりと宿泊施設を抜け出し、廃園になった遊園地の入り口まで来た剣道部の一行。
何人かは護身用に、竹刀や木刀を持っている。他者に見られたら、不審人物として通報されるかも。
「あれ」
1人が入り口の壁を指さす。そこには行方不明者を尋ねるポスターが貼ってあった。話に出てきた、あの子供だ。
夜中の廃園になった遊園地だけでも不気味なのに、余計に背筋が冷たくなる。
「なに、ぐずぐずしてんだ、さっさと行くぞ」
1人だけ、やたらテンションの高い田所。元々、オカルトなどは信じていないタイプ。
田所を先頭に、廃園になった遊園地に入っていく剣道部部員たち。
顔色の良くない頼助。
アクアツアーの前まで来た剣道部部員たち。ありしころは船に乗って、太古、過去、現代、未来の水の世界を楽しむアトラクション。
今は、その影すらない。
見れば窓の一つが割れている。ちょうど、ボールがぶち抜いたような割れ方。
静かな闇の中、誰かの生唾を飲み込む音だけが聞こえてくる。
「おい、入るぞ」
田所が剣道部部員たちを率いて、アクアツアーに突入しようとした時、
「入っちゃダメだ!」
声を張り上げ、頼助が止める。
「ここは本当にやばい、危険すぎる」
顔色が悪い。気分が悪く、胸と背中が圧迫されるような感覚、さらに頭痛まで。
「はっ、こんなところで臆病風に吹かれたのかよ。腰抜けは、1人、そこに居ろ」
田所は頼助の警告を聞き入れず、剣道部部員たちともにアクアツアーに入ってた行ってしまう。
危ないと解っているのに頼助は、どうしても入ることが出来なかった……。
当然と言えば当然のことなのだが、電気はきていないので、アクアツアーの中は真っ暗。
窓から差し込む、月明かりが水面を照らす。水槽の水は、まるで黒い液体に見え、不気味。
ツアーに使われたボートも残され並んでているが、今は動かない。
先頭にいた田所が懐中電灯を付けた。
田所以外がびくびくしながら、進んでいると、
「わあっ!」
花井の悲鳴がして、闇の中にドボーンと水音が響き渡る。
「誰かが落ちたぞ」
「あの声は花井だ!」
慌てて田所が懐中電灯の明かりを水面に向ける。そこには上半身だけ浮かせた花井の姿が照らし出された。
「おいおい、足でも滑られたのかよ、間抜けな奴だな」
部員の1人が腕を掴んで引き上げてやった。違和感、あまりにも花井が軽い。
水槽の淵に引き上げられた花井は、上半身しかない。
一斉に悲鳴が上がる。
「水槽に“何か”がいるぞ!」
部員の1人が叫んだ。確かに水面が揺らぎ、“何か”大きなものが泳いでいるではないか、まるでネス湖のネッシー。
懐中電灯の明かりを照らす、流石に田所も青ざめていた。
“何か”が泳いでいるのか、正体を確かめようとしても、相手が早すぎて確認できず。
「うあっ!」
悲鳴と共に剣道部部員の1人、岸辺が“何か”に足を掴まれ、水槽に落ちる。
“何か”に水面を引きずり回され、水中に没する。
誰も飛び込んで助けようとはしない、いや、飛び込んで助けろというのは無茶すぎる、一体、“何か”がいるのかも解らないのに!
1人が逃げ出したのが引き金となり、全員がアクアツアーから逃げ出す。
1人、外で待っていた頼助にも気が付かず、文字通り脱兎のごとく、逃げ出した剣道部部員たち。
異常事態が起こったことを悟り、頼助も廃園になった遊園地から脱出。
翌朝は大変だった。警察が来ての現場検証。剣道部部員たちも事情聴取を受ける。
水槽の淵に引き上げられた花井の遺体は見つかったが、下半身と岸辺は見つからず。
水を抜こうにも電気が来てないので水は抜けない。発電機につないでも作動せず。何台のポンプ車を持ってきても、何故か動かなくなってしまう。
原因不明の機械の不具合。廃園になった遊園地を出れば、真面に作動するのに……。
ダイバーも怖がって潜ってくれない。確かに“何か”がいるかもしれない水槽に潜れというのも酷な話。
当初、剣道部部員たちにも疑いの目は向けられたが、それはすぐに晴れた。
何故なら、検死の結果、花井の傷口は何か大きな生物に、喰いちぎられたものだったから、人間には不可能。
合宿は中止、剣道部部員たちは各々の家に帰ることに。
しばらくの間、廃園になった遊園地には警察たちがいたが、それもやがていなくなる。
結局、“何か”も確認できず、何も解らないまま、時間だけが過ぎていった。
割と大きい田所の家に、剣道部部員たちは集まった。
「俺は花井と岸辺の仇を討つ」
自らの決意を田所は口にした。昨日今日決めたことではない、合宿が中止になった日から、悩んで悩んで決意したこと。
「強要するつもりはない、一緒にやりたい奴だけ、手伝ってくれ」
いつものような強引さは無い。廃園になった遊園地のアクアツアーに剣道部部員たちを連れて行った自分だ。田所は、己の責任を痛感していた。
「おれ、やります」
1人が宣言をしたのをきっかけに、
「オレもやります」
「俺も」
「おれも」
「やらせてください」
田所の気持ちに気が付いた剣道部部員たち、次々に名乗り出て、気が付けば全員が仇討ちの参加を宣言していた。
ふと、田所は剣道部部員を見回す。
「オイ、頼助はどうした?」
そこに頼助の姿がない。剣道部の中で一番、仲が良かったのは花井だったはず。
「連絡が取れないんすよ」
田所から連絡が来た時、頼助の電話番号を知っていた部員が連絡を取ったものの、どこかへ行っていて、全然、連絡が取れなかった。
「何だよ、頼助の奴、見損なったぜ」
田所の中の頼助の評価が、大暴落。
気を取り直して、作戦会議を始める。
「あの“何か”の動きを見ただろ、水中じゃ勝ち目はない」
田所の意見は最も。あの“何か”の素早い動き、おまけに人間は水中では呼吸は出来ないし、動きは鈍る。
「だから、あの“何か”を釣り上げる!」
釣りをする仕草。
予想外の作戦に、剣道部部員は絶句。
「戸惑うのは解る。だがあの“何か”を水上に引き上げない限り、勝てる気がしない」
水中では勝ち目がないなら、引き上げるしかない。一応、道理は通っているような感じ。
「あの“何か”を水上に引きずり出し、そこで仕留める。幸い、親戚に漁師がいてな、大型専用の釣り竿が借りれる、銛も手に入る」
誰も反対はしない、釣り作戦以外の作戦も思い浮かばないから。
「解った、それで行こう」
1人の部員が了承して、他の部員も了承した。
こうして剣道部部員たちは田所の作戦を実行することに決めた。
「ありがとう、みんな」
感激の涙を流しながら、田所は剣道部部員の手を一人一人、強く握手していく。
ピーンポーンとチャイムを鳴らす頼助。
「昨日、連絡したものです」
インターホンのカメラに向かってお辞儀。
『どうぞ、カギは開いているから』
招かれたので家に入る。
中では30過ぎの男が待っていた。奥さんが麦茶を持ってきてくれる。
「すいません、辛いことを思い出させてしまって」
最初に謝罪する。
「気にしなくてもいいよ、もう20年も前のことだから―ね」
そう言いながらも、男の表情からは未だに忘れられない過去であることを示していた。
それでも聞かなくてはいけない。
「あれは私が、まだ11歳の子供のころだった……。神主をやっていた親父の神社に“あの男”が盗みに来た。運悪く、親父に見つかり、捕まりそうになった“あの男”は親父を殺し、逃げたんだ。私は物陰で隠れて、震えることしか出来なかった。目の前で親父がナイフで刺されてたのに。しかも捕まっても“あの男”は少年法で、懲役5年で出てきやがった!」
感情が噴き出す。
「いや、すまない、どうしても許せなくてね。だから私は親父の跡を継がなかったんだ。こんな感情を心の底に持っている男が神職に着くのは相応しくないと思ってね」
男は自分で自分を落ち着かせる。
廃園になった遊園地のアクアツアーに沈められて殺された暴力団員をネットで調べていると、20年前の神主が殺害される事件がヒット。
家族のことを調べ、連絡を取ってここへ来た。
「何か気になることはありませんでしたか」
辛いことを聞いていることは解っているが、どうしても聞かなくてはいけないこと。
男にも頼助の思いは伝わった。男は記憶をまさぐる。
「そういえば、親父が刺された時……」
親戚の漁師から届いた大型専用の釣り竿をチェックして、念入りに手入れをする田所。
剣道部部員たちも、一緒に届いた銛の矢じりを研ぎ、鋭くさせる。
みんな、剣道部の目ではなく、ハンターの目をしていた。花井と岸辺の仇討ちをするという気持ちが、そうさせた。
「おっ、頼助、草むしりか」
「はい」
誰もいない部室の周りで、麦わら帽子を被り、鎌片手に草むしりをしている頼助に、顧問の先生は声を掛けた。
「しばらくは部活はないのに、お前も律儀だな」
花井と岸辺の事件で剣道部の活動は、無期限停止状態。最悪、このまま、廃部の可能性もある。
「草が必要なんです、沢山」
刈り取った草をゴミ袋の中に詰めていく。その言葉の意味を顧問の先生は聞き流していた。
夜中、廃園になった遊園地のアクアツアー前に集まる田所と剣道部部員たち。
周囲に警察がいないのを確認してから、遊園地に入った。辺りには警察どころか、自分たち以外の影も形もない。
あんな事件があった後、誰も怖くて近づけないのだろう。
前回は竹刀や木刀を持ってきていたが、今回はそれに加え、大型専用の釣り竿と銛。不審人物感がさらに上昇。
何もしゃべらず、アクアツアーの中に入る。
前に来た時と同じく、明かりのない室内の水槽に満たされる水は、黒い液体に見える。
この水槽に花井と岸辺が飲み込まれた。2人の血を吸った黒い液体が、より一層、どす黒く感じる。
「おい」
微妙に声の震えている田所の指示で、部員の1人が大きな買い物袋を持ってきた。中はみんなの小遣いで買った鶏丸ごと1羽。
これをエサにする。ブタ一頭は、学生では手が出せない。
自分が引きずり込まれないように、田所は腰に丈夫なロープを結びつけ、もう片方のロープの端を柱に結び付けておく。
大きな釣り針に鶏丸ごと1羽を刺し、水槽へ投げ込む。
こんな作戦が、本当にうまくいくのか? 不安もあったが“何か”は予想以上に早く、食いつく。
「きゃがった!」
凄い勢いで引っ張られる。腰をロープで巻いていなかったら、水槽に引きずり込まれていた。
糸がどんどん取られていく。かと言って慌ててリールを巻けば糸は切れてしまう。
タイミングを合わせてリールは巻かなくてはならない。
しなる竿。本職の漁師から借りた大型専用の釣り竿だけあり、強烈な“何か”の引きに折れることなく耐える。
剣道部部員は各自、銛や木刀を構え、“何か”が水上に出て来るのを息を殺して待つ。
引きずり込もうとする“何か”と引きずりあげようとする田所。力と力のぶつかり合い、せめぎ合い。
田所は1人ではない、多くの仲間がいる。手の空いていた剣道部部員たちが引き上げを手伝う。
一対多数。これが功をなす。
「姿を見せやがれ、化け物!」
一気に“何か”を水上に引きずり出す。
ど派手な水音と水しぶきを撒き散らし、“何か”水上に姿を現した。
姿自体は、よく本などに書かれている水棲UMAのイラストの首長竜に似ている。ぬめぬめとした緑色の大きな体に長い首。その首の先についていたのは恐竜の頭ではなく、でかい人間の顔、青白く、それもぶよぶよの。
田所も剣道部部員たちも知らないことだが、それは水死人の顔。
人間の腕も残っているのが気味が悪い。この腕が花井と岸辺を水槽に引きずり込んだ。
カチカチと“何か”が歯を鳴らし、何かを喰おうとして、周囲を見渡す。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」
誰かが、気合を発し、銛を投げた。それを合図に、他の剣道部部員たちも銛を投げる。
「この野郎、逃がすもんかよ」
“何か”が逃げないように、歯を食いしばりながら田所が竿を引く。
剣道部部員たちは引きずり込まれないように、水槽から距離を取る。ぬめりと濡れた腕が田所の足を掴んで、水中に落とそうとする。だが柱に結びつけた丈夫なロープがそうはさせない。
部員の1人が持ってきた鉈で、濡れた手首を切断。
水槽の淵でのたうち回る手首を、田所は水槽へ蹴っ飛ばす。
何本の銛を突き立てられながらも、“何か”は倒れない。
そのどんよりした目が田所を捉える。
「来るならきゃがれ」
睨み返す。逃げる気はなし、逃げたら男が廃る。それにロープで結んでいるので逃げれない。
「丘に引き上げてやる。化け物め!」
リールを巻く。
ゴボゴボっと口から泡を吹きながら、“何か”が田所に襲い掛かってきた。
一瞬、田所は覚悟を決めた。
「くそ、あの世で花井と岸辺に顔向けできないな……」
突然、アクアツアーに大きな段ボール箱を抱えた頼助が飛び込んで来る。
「安らかに眠れ!」
有無を言わさず、段ボール箱の中身を“何か”にぶちまける。中身は大量の草、“何か”はたっぷりの草を浴びた。
『おおっ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ』
アクアツアー全体に響き渡るような声を上げた“何か”、歓喜の声を。
“何か”の体が光始め、包まれる。刺さっていた銛が抜け落ち、水音を立てながら、水槽の底に沈む。
何が起こっているのか理解できない、田所も剣道部部員たちも呆然と見ていることしか出来ない。
光が消えた時、風体の良くないダークスーツの男が宙に浮いていた。一目で裏街道の人間と解る姿。
『ありがとう』
頼助の耳も、田所の耳も剣道部部員たちの耳にも、そう聞こえた。
そしてダークスーツの男の体が、一礼すると崩れるよう消えた。後には何にも残ってはいない、何にも。
頼助以外、何が起こったか解らず、みんな、唖然としたまま。
「ここじゃ何だから、場所を変えよう」
その通り、ここでは落ち着いて話は出来ないし、よしんば誰かに見つかったら厄介なことになる。
取りあえず頼助、田所、剣道部部員たちは田所の家へ。
夜中の突然の来客に、家人は驚いて出てきたが、田所が、何とかごまかして、再び眠りにつかせた。
「“何か”、あの怪物の正体は10年前に沈められて殺された暴力団員なんだ」
客間に集まった頼助、田所、剣道部部員たち。
いきなりぶち撒かれるオカルト。
「じゃ、何でその暴力団員が、あんな化け物になっちまったんだ?」
そんなオカルトを嘲笑しなかった田所の質問に、これから話すと、頼助はジェスチャー。
「あの暴力団員が10代のころ、1人の神主を殺したんだ。しかし少年法で大した罪にはならなかった。でもね、神主が刺された時、こう言った」
神主の息子に聞いた話を口にする。
「『お前は草の中でしか、死ねない』って」
そう頼助が言った時、田所も剣道部部員たちも背筋に冷たいものが走り、ゾッとした。
「水に沈められた暴力団員は死ねなかったんだ。遺体が回収されても、死んでいない。殺された状態がいつまでも続く。一番、苦しい死に方は溺死だと聞いたことかある。その苦しみを10年間も味わい続けた……」
最も苦しい死に方を10年間も味わい続ける。それは間違いなく、地獄。
「耐えがたい苦しみが原因で、あんな姿になったんじゃないかな。沈められた、すぐ傍に首長竜のオブジェがあったのも関係していると思う」
言われてみればアクアツアーに置いてあった首長竜の姿と“何か”の姿は酷似していた。
「じゃ何で花井を喰ったんだ。花井だけじゃない、岸辺や春先に行方不明になった小学生も」
部員の口にした疑問。状況からして、花井も岸辺も小学生も喰われた以外にはありえない。
「それは解らない。ただゾンビが何で人を襲うのか解らないのと同じじゃないのかな」
いろいろと調べたが、それだけは解らなかった。
「『お前は草の中でしか、死ねない』。だから、草を掛けてやったんだ、草の中に入れてあげた」
ぶっつけ本番だったけど、やっと、暴力団員は死ねた。
「頼助、1人でそこまで突き止めたのか?」
いつものような乱雑な態度が、田所からは見受けられない。
「伊達に本ばっかり、読んでいるんじゃないよ」
視線を窓、いや、もっと遠くを見つめる。
「僕だって、花井先輩と岸辺先輩の仇を取りたかった。でも、こんな話しても信じてもらえないからね」
実際に田所も剣道部部員たちも、自身の目で見たから信じられる。もし見る前に、話を聞いても信じたかどうかは保証できない。
なにより、頼助は剣道部では浮いていた。
「花井と岸辺の仇を討ったのは頼助、お前だ。これでやっと、あいつらの墓参りができる」
田所の差し出した手を頼助は掴み、握手。思わず剣道部部員たちは拍手したい気分になったが、今は夜中なのでがまんした。
この時、頼助は、みんなには言っていないことがあった。
神主が言った言葉『お前は草の中でしか、死ねない』は暴力団員に掛けた呪いなのか、それとも警告なのか。どちらなのだろう?
頼助の話している怪談は、有名な『おんぶ』という話です。
当初、田所は、もう少し性格の悪い奴にするつもりだったのに、あのような人物に。
当初、“何か”が人を襲うのは苦しさのあまり、他人を巻き込もうとしたと書こうと思ったのですが、あいまいにした方が怖いと思って、謎に致しました。
アクアツアーの前で頼助の体調が悪化した時の気分の悪さと胸と背中が圧迫されるような感覚は、初めて日本坂トンネルに行った時、実際に経験したことを参考にしました。日本坂トンネルで事故があったことを知ったのは後日。
富士山スカイラインでも、変なものを見ました。