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神様の有給休暇。  作者: 炎尾
蟲毒の青年
19/22

神様と青年

俺は生まれた時は一人ではなかった。


自分と両親とそして妹がいた。


しかし両親は屑だった。うまくいかないときは俺や妹を殴り、腹が立てば殴り、気分が良くても殴られた。

名前を呼ばれた記憶はなかった。呼ばれるときはお前だの屑だの実に様々な呼ばれ方をした。その時は自分はそういう存在なんだと、諦めていた。


物心ついた時には薄暗い牢屋のような場所に居たのを覚えている。

そこには牢屋を見張る看守が一人いた。その看守と親が話しているのをみて言葉を覚えた。


妹とは仲が良かったと思う。俺と同じく名前は呼ばれず多種多様な罵詈雑言の呼ばれ方をしていたが妹は殴られた俺に寄り添ってくれた。俺も妹も言葉を話すことは出来なかったが、ただ一人の俺の理解者だと思っていた。


いつの日かは覚えていない。

いつも通り残飯のような飯を出されそれを食べていると妹が親に連れていかれた。そのあと帰ってくることはなかった。


ただ俺もその時はまだ子供だった。いつか帰ってくる。妹とまた会えるとそう思っていた。

いつ帰ってくるのか。


今日も帰ってこなかった。


次の日も帰ってこなかった。


その次の日も帰ってこなかった。


だがまた会えると、そう思って待ち続けていた。何度殴られようと、何度ボロボロになっても。命がある限り絶対に死んでなんかやらないと。そう思っていた。


俺は言葉を少しずつ理解できるようになってからついに看守に妹のことを聞いた。


「・・・いつ、ここにいた・・・女はくる?」


話せる言葉は拙かった。話す内容に妹という言葉はなかったため女という言葉を使って看守に聞いた。

その時に驚いた看守の顔は忘れない。どうやって言葉を覚えたのかわからないという顔をしていた。その看守は俺を哀れに思っていたのかどうかはわからない。しかしどうなったのかは教えてくれた。


「女は・・・もう君の妹は死んだ。実験に使われて失敗してな。もうここに来ることはない。絶対に会うことは出来ない。」


いくつかの言葉はわからないという顔をしていたためか看守はわかりそうな言葉を投げかけてくれた。

そしてここで俺は気づいた。女は妹というものでもう戻ってくることはないと。

その時に覚えたドス黒いものが這い上がってくる感覚は今でも忘れることはない。


気づけば牢屋を握りしめていた。


気づけば壁を殴りつけていた。


気づけば壁を殴りつけた拳から血が流れていた。


気づけば目から液体が流れていた。


このとき様々な感情が自分にあることを自覚した。これが悲しいという気持ちだと、ドス黒い感覚は憎しみだということを理解したのはもっと後の事であったが。


そして次の日に殴りに来た父親に初めて反逆した。


殴りきた腕には何も出来なかったが地を這いその足に全力で嚙みついた。

痛がる様子を見て笑った。初めて笑った気がした。


それからその親が来ることはなくなった。それと同時に残飯のような食べ物もなくなった。それからどのくらいの時間が経ったかわからない。


しかしこの牢屋の生活も唐突に終わりを告げた。

親が殺されたのだ。

その時に牢屋に来た男は今でも忘れない。若き日のアラクネだった。


「こんな牢屋にこんな小さな子供がいるとはな。言葉はわかるか?お前の親は殺した。それでお前はどうしたい?」


殺したという言葉の意味はわかった。何回も親が殺してやりたいと俺に言っていたから悪い意味だということは。そしてその後の言葉の意味はあまりわからなかった。でもあらん限りの願いを言った。


「・・・ここに・・・いたくない・・・。」


「そうか。」


そういってアラクネはオリから俺を出し、蟲毒に連れ帰った。

俺の子供のころの話だ。


----------------------------------------------------

連れていかれた場所は牢屋とはまた違った雰囲気を持った場所であった。牢屋にあったような明かりがあるがそれ以外のことは何もわからなかった。


「ボス。子供を拾いました。」


「お前は子供を拾ってきてどうするつもりだ?」


「俺の手下にしようと思います。この子の適正を見極めてください。」


「ならまずはその体をどうにかするんだな。それでは何も持つことすらできまい。」


言ってる意味はもちろん分からなかった。ただその後一年ほどはまともな人間としての生き方を学んだ。このとき言葉も教えられ、会話もできるようになり、しっかり歩けるようになった。

やっとまともに出来ることが増えた後ボスと戦うことになった。色々な武器を持って戦わされた。一度も当てることは叶わなかったが。


「ふむ。アラクネ。こいつにはこの杖で戦わせろ。それが一番適しているだろう。」


「わかりました。ではそのようにいたします。」


それ以降は戦って、鍛錬をして、秘術を学びという生活に変わった。名前ではないが666番と番号を与えられた。そして奥歯に捕まった際にすぐに自害できる用の毒を、裏切ったときにどこにいても勝手に死ぬように特殊な毒を仕込まれた。その生活は数年ほど続いた。


ある程度の強さを手に入れた後アラクネから暗殺をするために連れられた。その内容は俺の親と同じような人間を粛正するための暗殺であった。そして粛正対象の殺人は俺に任された。杖に魔力を込め薙ぎ払い首を落とした。初めて人を殺したときの感触はもう覚えてはいない。なぜならそれ以降アラクネに命令され暗殺を行うことが増えたためだ。


蟲毒からの指令を重ねると色々なことに気づいた。秘術は人には気づかれないが野生の魔物や動物には気づかれること。それは本能で反応しているのだろう。しかし秘術を突き詰めるとその本能で動くものでも俺に気づくものはいなくなった。


魔力はうまく扱うとより杖を洗練された剣のように扱える。槍のように扱える。使い込めば使い込むほど奥深さを感じた。


杖自体もただ殴るだけでも簡単に相手を殺すことができるようになった。扱い一つで多種多様な使い方があることにも気づいた。


人体にも詳しくなった。どこを攻撃すれば相手が怯むのか、動けなくなるのか、どれくらいまでなら人は死なないのか、楽に殺すことができるのか。そういったことを学んだ。


そして暗殺を行う際に街を秘術で歩くと笑いあう人。喧嘩をして吹き飛ぶ人。幸運を喜ぶ人。そして寄り添う人。そのたびに昔を思い出し妹のことが頭をよぎる。力がなかった自分を思い出し、そのたびに力を着けようと鍛錬をした。


そして自分は自分が思う屑な人間をただ殺す。そういう生き方でいいと思うようになった。そこに感情はない。ただただ虐げるものを理不尽な力で逆に虐げるだけだ。


それ以降俺は屑ばかりを暗殺することしかなかった。だが蟲毒は一般人でも依頼されれば暗殺をするようになっていた。俺にはアラクネが手を回してくれていたのかもしれない。


強くなるにつれて俺には幹部になり名前を与えられる時が近づいていた。そんななか今回の指令が来た。


それはゼロスという男を殺すこと。どんな手を使ってもということで人質を取ることも視野に入れてとのことだった。

気が進まなかった。

暗殺者として甘いと思ったが、それでもアラクネに今回の事について尋ねたらアラクネも納得はいってないようだった。


そしてアラクネには最後に「変なことは考えるなよ」と言っていた。つまり裏切るような真似をするなと言いたいんだろう。甘えを捨てて殺しに行こうと思った。


しかしいざ暗殺をする男を見るととてつもなく心が痛んだ。とても楽しそうに、幸せそうにエルフの女と

会話をしていた。


戦いが始まり劣勢になると665番がフロンと呼ばれるエルフの女を人質に取るところだった。

ただ俺は知っていた。665番はゼロスという男を殺せばこの女も殺すであろうということ。それが蟲毒の指令であること。


気づけば665番を攻撃していた。それだけ自分に譲れないものがあるとは思わなかった。


・・・いや違う。


あのエルフの少女がどこか昔の俺と被った。妹が連れていかれて離れ離れにされたあの時の俺に。


そして俺はアラクネに殺された。短い人生だった。ただ最後のあの行動に俺は後悔していない・・・。


-------------------------------------------


「・・・ここは?どこだ?俺は死んだのか?」


そこは生活感に溢れている部屋だった。窓の近くにあるテーブルには花を飾った花瓶があり、床には絨毯が敷いてある。外から入る日差しにはレースのカーテンがしてあり眩しくないような配慮があり、外には服が干してある。そして俺はその部屋にあるベッドの上にいた。頭には冷えたおしぼりのようなものが乗っていた。そして隣には見覚えのあるエルフの少女がいた。


「・・・どういうことだ?」


「起きたみたいだね?詳しいことはゼロスを呼んでくるから待ってて!」


そういってエルフの少女はパタパタと小走りでゼロスという男を呼びに行った。


「・・・生きているのか。いや。生かされたのか。」


これから俺は色々なことを話すことになるんだろう。その前に自害しておくべきだな。


「・・・?ない?」


毒を仕込んでいるはずの奥歯がそこにはなかった。


「いやぁ。せっかく助けたのに自害とかされちゃ困るんだよね。ああ。別に蟲毒のことを話させようとかは思ってないから安心して?」


そこには先ほどのエルフの少女と暗殺対象であったゼロスという男がいた。


「・・・では俺をどうするつもりだ?」


「何もしないよ?」


「・・・信じられないな。」


信じられない。俺はさっきまでこの男を殺そうとしていた。なのになぜ何もしない!一体何を考えているんだ。


「とりあえず今の君の状況の話をしようか。まず聞きたいことは?」


「・・・なぜ俺は生きている?」


俺はアラクネに死ぬ寸前まで傷を負わされた。その状況で意識が遠のいた記憶がある。なのに今は外傷一つ見当たらない。生きているはずがないと思っていたのにだ。


「それは僕が魔法で治したからだよ。とっても効果のある魔法を使わせてもらったよ。アラクネが手を抜いたんだろうね。じゃなきゃ即死だったよ。」


そうか。アラクネが。あの男は無防備な人間なら確実に殺せる。手心を加えられたわけだ。


「・・・何のために俺を助けた?」


わざわざ殺されかけた相手を助ける理由はない。なぜこの男は俺を助けたのかわからない。


「僕は君の心が知りたいから。あとは助けたいと思ったからかな?」


「私は人質にされたところを助けてくれたあなたが悪い人に見えなかったから!」


「・・・理解できない。」


どうしてそんな考えになるのか理解できない。ゼロスという男はまだわかる。俺が命を懸けて蟲毒を裏切ってこのエルフの少女を助けたからだ。ただこのエルフの少女はそれだけで俺を助けようと思ったのか?


「まぁそれは僕たちがお人よしってことでいいじゃんか。あんまり深く考えるものじゃないよ?」


「それゼロスが言うの?いっつも色々考えて行動するのに?」


「それは・・・その・・・ね?」


「誤魔化したー!」


この二人はホントに仲が良いんだな。俺は今までこんな会話をしたことはない。する機会もなかった。


「ところで助けたはいいけどこれから君はどうするんだ?」


「・・・自害はさせてくれないのだろう?」


じゃなきゃ奥歯の毒を奪ったりしないだろう。


「そうだね。助けた意味がないもの。せっかく拾った命だし楽しく生きようとか思えない?」


「・・・俺は楽しいという会話がわからない。二人が楽しそうなのはわかるが・・・。」


二人はわかるが俺には楽しいということがあまりわからない。


「楽しいってことがわからない?」


「・・・ああ。」


この男は見通している。わずかな会話や仕草、そういったものを観察し俺の考えていることを予想している。なるほど。ただ強い訳じゃないのか。


「なら話をしよう。どんなことでもいい。辛かったことを話してもいい。苦しかったことを話してもいい。僕は君をどうこうしない。正直助けた以上君を見捨てるような真似はしない。」


「それは私も!私も!」


「はいはい。そうだね。」


そういって男はエルフの少女の頭を撫でる。


「今君は一人じゃない。僕たちがいる。色々話して自分の背負っているものを預けるならそれでもいい。自分の我儘したいことを言っていいんだよ?」


「・・・少し時間をくれないか。」


「わかった。フロン行こうか。」


「うん。」


そういって二人は部屋から出ていった。


俺は・・・どうしたいのかわからない。

ただこの人の言葉は裏切らない。従ってもいい。そう思えてくる。まるで宗教に出てくるような神様のような気がした。

不思議な感覚だった。俺が味わってきたどの感情とも違う。


憎しみ?


違う。


怒り?


違う。


悲しみ?


違う。


今まであった考えられ得る感情を思い出したがどれにも当てはまらなかった。


この感情がわからない。

だけど今までのどの感情よりも心地よかった。


この感情を知りたくなった。この感情に浸りたいとも思っていた。

そうして俺の考えはまとまった。あの二人のところに行こう。


ベッドから起き上がり二人の元に向かうと俺を二人は待っていたと言わんばかりの顔をしていた。その表情には笑顔もある。


「・・・俺は二人と一緒に居たい。心地よさはある。だがその感情がわからない。知りたくなった。」


「いいよ。ならさっきも言ったように話をしよう。それがどんなものかわかるように。」


「ハイハイ!その前に名前だよ。いつまでも君って呼ぶわけにもいかないもん。」


名前?確かに蟲毒を逃げて俺には番号すらなくなった。今は何もない。


「おお。それもそうだ。ただどんな名前を付けようかは考えてるんだ。」


「あれ?そうなの?せっかく私が可愛い名前を付けようと思ってたのに・・・」


そういってエルフの少女は少しふてくされた顔をしている。俺はどんな名前で文句はないのだがな。


「可愛い名前はやめとこうよ。ほら、彼は男前じゃないか。可愛い名前じゃ合わないよ。」


「むー。そうかなぁ。」


「・・・俺はなんでもいいんだが。」


「「よくない!」」


二人に声を揃えて否定される。名前とはそこまで重要なことなのか?いままで罵詈雑言で呼ばれ、番号で呼ばれてきた俺にはイマイチわからない。


「とりあえず君の名前だけどイフってのはどうかな。」


「なんでイフなの?どういう意味があるの?」


エルフの少女が問う。名前とは意味を込めてつけるものなのか。


「ああ。とある場所ではねイフというのは未来の可能性を考えるときに使う言葉なんだよ。蟲毒を裏切って、手心を加えられ、僕に助けられた。これからの彼には未来があると思う。だからイフって名前にしようと思っているんだ。」


「へー。そんな言葉があるんだね。・・・うん。それでいいと思う。」


「君はどうだい?」


未来の可能性か。そんなものが俺にあるかはわからない。だが悪くない。


「・・・それでいい。」


そういうとゼロスという男は一つため息をついていた。


「ふぅ。よかった。これ以外に名前の候補とか考えてなかったからね。」


「そしたら可愛い名前にできたのにな。」


「そこから離れようよ。」


イフでなければどのような名前になっていたか少し気になるところだ。


「それじゃあ。イフ。改めて自己紹介。僕はゼロス。名前で呼んで。」


「私はフロン!これからよろしくねイフ!」


「・・・ああ。ゼロス、フロン。少しの間厄介になる。」


そういうと二人は笑顔で俺を受け入れてくれた。

俺は仕込まれた蟲毒の毒でいつ俺は死ぬかわからない。

だがそれまでは感情を学びこの心地いい感覚に身を委ねよう。


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