俺の妄想が現実化してるっ!!
小学校とか中学校の頃なんてのは妄想力に長けていて、よく授業中の暇な時には妄想にふけっていた。
例えばそれは、授業中にテロリストが入ってきて、それを俺が漫画で読んだ格闘技で撃退する事だったり、それのおかげで女の子にモテモテになったりする。
ドラマを見た影響で、飛行機の中で急患が出て、キャビンアテンダントがこの中にお医者様はおられますか、と聞いた時に偶然乗り合わせた医者 (という設定)である俺が黙って手を上げて、命を救ったりする妄想もした。
もっとファンタジーなのだと急に別世界に召喚されて俺が勇者として魔法と剣を使いこなして世界を救ったりもする。もちろん最後はお姫様と結ばれる。
こんな事以外にも妄想した事は数えられないほどたくさんある。しかしそれらの妄想には唯一共通してる事がある。それは『俺が活躍する』事だ。
まぁ男の子ならこんな事は誰でも通る道だ……と思う。誰もがみんなそれらの事を夢みて、そして大人になるにつれて現実を知って卒業していく。
俺は今年で17歳。高校2年にもなるのにそんな妄想から卒業出来ず、今日も授業中に妄想にふけっていた――
「――えー、であるからして、お前ら沖縄だからってはしゃぐなよ!」
黒板の前で担任教師の會澤先生が小気味良いチョークの音を立てながら修学旅行の予定を書いていく。
そう、今日は待ちに待った修学旅行。今は出発前のいろいろな確認だ。退屈だなぁ。こんなもんはわざわざ解説されなくてもしおりを読めばわかる。という事で俺はいつものように妄想にふけることにした。
そうだなぁ、今日は何にしよう? ちょうど席が廊下側の1番後ろというドアに最も近いところだし、久しぶりにテロリストが来た時の妄想でもするか。
だいたいのあらすじは……そうだな。テロリストが占拠しにくる。そいつは偶然俺のクラスに! テロリストは教室に入るなりクラスのマドンナ森さんを人質に取る。クラスの力自慢たちが奪還に向かうが、ことごとく返り討ちに。そこで俺が参上! 昨日見た忍者漫画みたいな技でテロリストをボコボコに! みんなは俺に感謝、そして森さんは俺に惚れてしまう。
こんなところかな……。ちょっと幼稚過ぎるか? 小学校からの定番だから仕方ないか。まぁとりあえず本格的に妄想モードに入るとしよう。
俺が目をつむり、場面を想像しようとしたその時、突然乱暴に前の扉が開けられた。叩きつけられた扉から大きな音がたち、全員の注目がそちらに集まる。そこには黒いニット帽を顔全体に被り、目のところだけ開けた全身迷彩柄の服を着て銃を構える男が立っていた。変な格好をした男を見て、クラスのみんなは爆笑した。
「うるせぇっ!!」
ダンッ!
男は怒声をあげるとともに、右手に持っていた拳銃を入ってきた扉の窓に向けて撃った。ガラスが割れ、破片が飛び散る。
「おとなしくしろっ!! 騒げば殺す!! 良いな! 騒げば殺す!!」
俺を含めてクラスにいるほとんどが事態を飲み込めていなかった。ただただ、騒げば殺すという認識だけが頭に入り、困惑のまま男に注目するしかなかったのである。
「良いか!! 俺はここに立て籠もり、日本政府に要求を出す!! そのためにテメェら全員人質になって貰うぞ!」
な、何を言ってるんだこいつは……? 政府? 人質? それにあの拳銃、本物、なのか……? そう思っていたら遂に担任教師の會澤先生が声を発した。
「き、君は何者だ? わ、悪い事は言わない。は、早く警察に――」
「黙れ。発言は許可していない」
會澤先生の勇気は2秒で終わってしまった。それにしても……まさか、これ本当に事件、なのか?
現実感がなくて、頭の整理がつかない。それでも事態が飲み込めてきた者が増え、すすり泣き始める者もいた。
「お前ら全員席から動くなよ。そうだな、1人本格的な人質も必要か……」
拳銃の男は、ブツブツ何かを呟くと、俺たちの方をみて、何かを決めようとしているようだ。そして、男は1人の女生徒を指差した。彼女は森さんであった。
「おい、そこのお前。そうだお前だ。こっちへ来い。お前が人質だ」
「……え……? え、え? わ、私? で、でも……!」
「ごちゃごちゃうるせぇっ!! ぶち殺されてーのか!」
「ヒィ……!!」
森さんは涙目になりながらも、前へ歩いて行き、男は彼女を抱き寄せ、頭に拳銃の銃口をくっつけた。
「いいか? お前ら変な動きすんじゃねーぞ。した瞬間こいつの頭撃ち抜くからな」
「……やめてくださいやめて……!」
森さんが祈るように呟く。今わかった。目の前のことは、夢じゃない。現実だ。
「おいそこの教師、ケータイで警察に連絡しろ。今から奴らに目的を話す」
「は、はい」
先生は言われた通りに警察に連絡を取る。しばらくの会話の後電話は犯人と代わり、そして奴は犯行声明をだした。
奴の目的は投獄された仲間の釈放を求めるものだった。数年前、過激派の革命団が日本の国会を乗っ取ろうとして失敗した事件があり、その仲間はその時捕まった最高幹部の1人らしい。
電話を終えると、犯人は教卓の前の椅子に座り、あたりを警戒する。しかし、沈黙が続き過ぎてイライラしたのか、犯人は急に1人の男子生徒を指名した。あれは……ラグビー部のタケシ!
「おい、そこのお前。お前何か面白い事をやれ」
「お、面白い事ですか?」
「そうだ。なんでも良いぞ。ただしつまらなかったらこの女の衣服を一枚ずつ剥いでいく」
「そ、そんなっ!」
犯人はニヤニヤしながらタケシを見つめる。森さんは恐怖に支配されながらもタケシに対して何かを願うように見つめていた。
女子たちがタケシを真剣な眼差しで見つめる中、男子たちはタケシに対して何か怨念のような眼差しを向けていた。
「タケシすべれタケシすべれタケシすべれ」
おいっ! 聞こえたぞ! 誰だタケシをすべらそうとしてるやつ! しかし気持ちはわかる。何も言うまい。
みんなの注目が集まったタケシは大きく息を吸い込み深呼吸した後、勢いよく立ち上がった。
「ハイテンション自己紹介やります」
え? なんて? タケシお前今なんて言った? ハイテンション自己紹介? 地雷の匂いしかしないんだが平気なのか? 平気なのかタケシ?
「ヘイッ! ヘイッ! ヘイッ!」
タケシは一心不乱に声を出し、ヘイの後に手を叩きながら、体全体でリズムを取り始めた。
「俺はー? イェイッ! タ・ケ・シ! ヘイカモン! タ・ケ・シ! セイホー? ホー! ヘイカマンッ!」
こ、こいつの心臓は伝説の金属オリハルコンか何かで出来てんのか? なぜこの極限状態でこの芸が出来るんだ……!
案の定犯人はピクリとも笑っていない。あ、でも森さんは少し笑ってる。
「ヘイッ! ヘイッ! ヘ――」
「もういい。つまらん」
「…………」
犯人はタケシを一蹴した。タケシはショックを受けたような顔をして席に着いた。
そして犯人が森さんの服に手をかけ、乱暴にブレザーを剥ぎ取った。男子たちは生唾を飲み込む。
「きゃああ!」
「くくく……さて、次はどいつがやる?」
犯人が再び周りを見渡す。その瞬間、皆は一斉に顔を伏せた。気持ちはわかる。あんな晒し受けたら一生の恥だ。
「よし、お前。1番奥の席のお前、やれ」
犯人が誰かを指名したようだ。俺は頭を伏せて、そいつが立ち上がるのを待つ。
「何してる、お前だ。廊下側の1番奥」
廊下側の1番奥……。って言うのは……まさか……
「俺?」
「そうだ、お前だ。ほら前出てこい。お前はそうだな……ほらあの人気漫画の忍者の真似やれ」
じっとりとした汗が身体中から吹き出る。……お、俺がやるのか……? タケシのような事を……? 俺はカチカチになりながらも席を立ち、教卓の前まで歩いた。
皆の目線が背中に突き刺さる。む、無理だ……! お、俺にはこんな事出来ない!
プレッシャーに押しつぶされ膝から崩れてしまいそうになる。
「想正くん……」
目の前で森さんが俺の名前を呼ぶ。くそ、今まで苗字呼びだった癖に急に名前呼びに変えやがって! かわいいな畜生! くそっ! なんでも良いんだ! や、やるしかない!
俺は握りこぶしを作って決意した。
人気漫画の忍者……十中八九あの人気週間雑誌に連載されて最近完結した『MENMA−メンマ−』の事だろう。仕方ない……ここはどこかクールで似ているあのライバルキャラの得意技を真似するか……。
俺はテキトーに指を絡ませ、印っぽいものを結び、口から大きく息を吸って大声で術を唱えた。
「火遁! 火炎放射の術!」
俺は息を犯人に向けて火炎を吹いた。いや、本当に火炎を吹いたのだ。まるでサーカスの手品のように。
火炎は俺のモノマネを見るため森さんを横にどけた犯人を包み込んだ。
「え? ぇええぇ!?」
「アッチィ!! なんだこれなんだこれ!! 水っ! 水ぅ!! 何してんだお前! 水出せ!」
「は? み、水?」
水? 水水水……そ、そうだ! 俺は再びテキトーに印を結び思い切り息を吸い込み、吐き出した。
「水遁! 水鉄砲の術!!」
俺の口からは水が溢れ、奴の身体中の火を消化する。その時の衝撃で犯人は滑って転び、黒板に頭をぶつけて気絶してしまった。
「え? 犯人気絶した?」
しばらくしても動かない犯人を見てタケシがそう呟くと、周りも徐々にその事を認識し、歓喜した。
「うおおおおお!!」
「想正スゲェぇええぇえ!!」
「何あれ手品!? どうやったの!?」
周りが一斉に俺に質問をし始める。いや、当の本人の俺が1番意味不明なんだが……
みんながうかれる中、委員長の西村は冷静に状況を判断し、発言した。
「それも良いけど早くこいつ何かで縛らないと! いつ目覚めるかわかんないよ!」
「そ、それもそうだな! でも縄とかないし……」
「そうだ! 想正! お前縄出せよ縄!」
「な、縄? 出せるわけないだろそんなもん!」
「良いからやってみろって!」
周りの男子はすっかり気分が上がってしまっている。極限の緊張状態から解放され、テンションがおかしくなっているのだろう。
俺はとりあえずテキトーに印を結び、それっぽい忍術を唱えた。
「忍法! 縄縛りの術!」
すると俺の発言と共に俺の学ランの袖から縄が出現し、犯人を縛り上げてしまった。
……なんで出るの?
「うおおおお!! 想正スゲェぇええぇえ!!」
みんなが騒ぎ、俺を持ち上げている内に、警察の突入隊が侵入してきて、犯人を確保した。隊員は驚いていたが、事情は後で聞くと言って、俺たちは家に帰された。
そして一週間後……俺は飛行機に乗っていた。
「――えー、お前ら修学旅行だからって機内でははしゃぐなよ!」
担任の會澤先生がアイマスクをデコにしながら、こっちを向いてそう言った。アンタの声が1番でかいよ……。
「ふふ……會澤先生の声が1番大きいよね?」
俺の席の隣から発するその声の主は、なんと森さんだ。あの事件の後、森さんは俺に告白し、付き合う事になった。正直言って訳がわからん。
あの後みんなに色々聞かれたりもしたけど、俺がわからないと言い続けてたらみんなもあまり言わなくなった。だってわかんないし。
ただ……あの事件の後、俺はふと思った。あの事件何か既視感があるのだ。そして俺は事件の直前にしていた妄想と状況が酷似している事に気づいた。だが、それだけだ。たかが妄想。事件に関係あるはずもない。まさか妄想が現実になるなんてあり得ないのだ。
そうは思いながらも俺は昨日漫画の神様と呼ばれる漫画家の医療漫画を全巻読破してきた。念のためだ、念のため。
そんな事を考えながらも、飛行機は順調に進んでいた。俺も森さんと喋りながら楽しいひと時を過ごしていた。
だがそんな時、異変は起きた。キャビンアテンダントが騒がしくなっていたので、噂を聞くとどうやらクラスの水香ちゃんが急に倒れたというのだ。
それを聞いた途端俺の心臓はドクンと鼓動した。まさか……まさか、な?
飛行機内は騒然とする。先生たちとキャビンアテンダントが走り回り、慌てている様子が目に見えてわかる。そしてキャビンアテンダントが声を張り上げ叫ぶ。
「誰か! この中でお医者様はおられますか!?」
まさか……本当に? 本当に俺の妄想が現実になってるのか……? だとしたら……俺は……いや、変な事を考えるのはよそう。俺は医者じゃないんだ。昨日漫画全巻読んだだけの男なんだ……!
だが周りから立ち上がるものはいない。この飛行機には一般客も乗っているはずだが、どうやら医者は紛れてないようだ。
周りの生徒もざわつき始める。友達の女子生徒は泣きながら水香ちゃんの名前を呼んでいる。
「奇跡でも起きない限りは、このままじゃ水香ちゃんの命は……!」
會澤先生は体育教師という立場からそう判断した。そして、その「奇跡」というワードに少なからず反応した者たちがいた。
「奇跡……? 奇跡といえば……」
「そうだ奇跡……! 想正がこの前やったような奇跡があれば……!」
「想正……!」
ざわつきはやがて大きな声となり、皆の注目は俺に集まった。會澤先生ですら俺を見つめている。
え……? なに? いやいやどう考えても無理なんだが……。これ失敗したらシャレにならないよ? 無免許の時点でヤバイのに……!
だが皆の期待は俺の考えとは裏腹に、どんどん高まっていく。
「想正! 想正! 想正!」
これはもはや……行かないといけない流れだ……。けど行きたくない! 俺まだ殺人罪なんかで捕まりたくない! 俺は最後にすがるように隣の森さんを見た。
「想正くん……頑張って……!」
クラスに俺の味方はいなかった。仕方なく手をまっすぐと上げ、とぼとぼと仰向けに寝そべっている水香ちゃんの前にいく。
水香ちゃんはとても苦しそうな顔をしている。俺はその顔を見て、純粋に助けてあげたいと、そう願った。
「くっそー! こうなりゃやけだ! メス!」
俺がそう言った瞬間右手にメスが出現する。その光景を見て周りはどよめく。
とりあえず俺は水香ちゃんのお腹だけ出す。
「い、今どこからメス取り出したんだ?」
「しっ! 静かにしてなさい!」
「あ、ああ……」
メスを持つ手が震える。これから俺は人の体を切らなきゃいけない……そもそも彼女の病気はなんなんだ……? なんか昨日見た漫画で似たような飛行機内での状況があったな……。確かあの時ブラック先生 (漫画の主人公)は……こんな風に……。
俺は目をつぶり、その漫画のシーンを思い出しながら空中でメスを動かし、シミュレーションすることにした。
「……始まったぞ!」
「な、なんだあの慣れた手さばきは!?」
周りがコソコソと話しているが俺に遠慮しているのか小さくて聞き取れない。とりあえず俺は目をつぶったまま、ブラック先生になりきって手術の妄想を続ける。えーと……次はこうだったか?
「なんという速さ……!」
「か、神の手だ……!」
んでもってこうやって……最後は縫って終わりか。よし……! やるしか、ない……!
俺は意を決して目を開けると、何故かそこは既に縫われてスヤスヤと落ち着いている水香ちゃんの姿があった。
「あれ……?」
「す、すげぇよ想正……!」
「お前ってやつは……!」
「想正くん素敵……!」
「想正、素晴らしい手術だったぞ」
「ご協力感謝いたします!」
生徒のみんな、そして先生、キャビンアテンダントまで俺に感謝し始めた。俺は一体なにがなんだかさっぱりわからない。
だがどうやら……この周りの反応を見る限り、目をつぶっている間に俺が手術を済ませてしまったらしい。
「あの……よろしければお名前を。後日感謝状などを送りますので」
キャビンアテンダントはそんな事を聞いてきた。まさかこれは……俺が憧れていたあのシーン! 俺はクールにポケットに手を突っ込み、あの決め台詞を言う。
「ふっ……名乗るほどのもんじゃ――」
「こいつは曙想正っていうんです! 俺たちの誇りですよ!」
俺がセリフを言い終わる前にタケシが遮って名前を言ってしまった。こいつ……1番良いところを……! 俺は怒りに震えながら席に戻った。
「凄かったね想正くん! 私どんどん想正くんのこと好きになりそう!」
席に着くと森さんがそんな事を言ってきた。ニヤケ面が止まらなそうだったので違う方向を向いて誤魔化した。
その後飛行機は予定通り沖縄へと進み、そしてあと少しで着くらしい。
しかしあれだな……まさかとは思ったけどこれだけはハッキリした。
――俺の妄想が現実化してるっ!!
だとすると……ムフフ。そう、俺は昨日の夜、森さんと沖縄旅行中に大人の階段を上ってしまう妄想を死ぬほどしたのだ。すなわちその妄想が現実になるという事は……ムフフ。俺はニヤニヤが止まらなかった。
『間も無く当機は――」
どうやらもう沖縄に着くらしい。すまんなみんな! 俺はこの旅行で子どもを卒業してアダルトになっちまうぜ!!
飛行機が着陸し、皆が席から立ち上がる。俺もウキウキ気分のまま飛行機からジャンプして叫びながら降り立った。
「来たぜ沖縄! 待ってろアダルティ!」
「おお……本当に現れたおった……!」
「ん?」
ウキウキで降り立ったはずの地面は何故か赤い絨毯だった。一瞬混乱したが、冷静になって周りを見渡すと、そこには全く見たことがない人々が俺に注目している。誰……? この人たち。
俺は目の前にいる髭を生やして冠を被っているオッさんを見た瞬間、嫌な予感をうける。
この中世っぽい雰囲気……王様っぽい人……周りにいる兵士…………まさか……まさか……!
俺は半分悟りつつ、汗をダラダラ流しながら意を決して聞くことにした。
「あ、あのー。ここってどこ?」
「ここはアルカイック王国ですぞ! どうか、どうか我らを救ってくだされ、【勇者】殿!!」
も、妄想ってあんまりホイホイするもんじゃ
ないね……はは……ははは。
こうして俺は、魔王を倒して世界を救う旅に出たのであった。
読んでくださり誠にありがとうございます。よろしければ僕の連載作品もどうぞ。
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