転生令嬢は悪人顔 2
「我がタージマハ国三大公爵家攻撃特化シュナイダー公爵令嬢クレア。王命により。そなたと同じく三大公爵家の一つ、治癒特化のヒール公爵の跡継ぎであるヒール公爵子息レディスとの婚約を命じる」
王宮の一室にて陛下から下された命に、わたくしは驚きましたわ。ヒール公爵子息レディス様といったらわたくしの二つ上の方で、森の民と呼ばれるエルフの血を引く一族の方。
エルフの血を引いているためか、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している麗しい美丈夫。かの方は多くのご令嬢方の憧れの人。………そんな方とわたくしが王命とはいえ婚約? 何の冗談ですの!? それに、確かレディス様は……。
「……お言葉ですが、陛下。ヒール公爵子息レディス様は確か第二王女ローズ様との婚約が内々で決まっておりましたと、そう記憶しているのですが……。わたくしの記憶違いでしょうか?」
「いや……。確かにヒール公爵子息レディスは私の娘のローズとの婚約が内定していた」
「ならば、何故。そのような……」
「クレア嬢よ。我がタージマハルの隣国であるコルト公国のことを聞き及んでいるか?」
「……はい」
タージマハル国の隣に位置するコルト公国。
かの国は元々、複数の小国・自治都市が集まって出来た複数民族が入り混じった国。
そのコルト公国がこの十年ほど不穏な空気に包まれていると、我が家に出入りする商人や関わり深いコルト公国以外の他国の貴族からそういった情報が流れてきておりますわね。
「コルト公国が我がタージマハルに戦を仕掛けようとしている」
「!!」
わたくしは驚きましたが、同時に納得も致しましたわ。なるほど、それ故の婚約でしたか。
「これはほぼ確定事項だ。クレア嬢は愚息のせいで結婚に消極的なのはわかっているが、これは国の為なのだ。今は国内の貴族の団結と王家との結束が必須。……本来ならば、クレア嬢にはパルマと結婚して欲しかったが………」
疲労感を漂わせる陛下に、わたくしはベールの奥でこっそりとため息をつきました。
(お気持ちはお察ししますわ、陛下。そんな大事なお見合いの席でパルマ様が、いくら幼かったとはいえあの様なことを為されたのでわたくしとパルマ様の婚約は一旦は保留となり。そして此度はあのようなことを仕出かしてしまっては………その心労と失望はいかばかりか)
そもそもわたくしが王宮の一室にいる理由は昨日の午後にパルマ様率いる取り巻きの方々と殿下の恋人であられる子爵令嬢ナージ様がいらした時に遡ります。
「シュナイダー公爵令嬢クレア! お前との婚約を破棄する!! そして僕は子爵令嬢ナージと改めて婚約することをここに宣言する!」
あぁ。いきなり現れたパルマ様はこの言葉と共に伯爵子息の方、侯爵子息の方、近衛騎士団団長のご子息の方、子爵家の庶子でありながら強大な魔力を持つことでパルマ様の近くに侍ることとなった方。そして得意げな顔をしている愚弟のマリオン。……マリオンがパルマ様の側に居たとき、正直気絶したいと思いましたわ……。
それから先は身に覚えない令嬢としてはあるまじき罪の数々。……パルマ様、いくら公爵令嬢とはいえわたくしにそこまでの力は御座いませんわ。何よりわたくし、攻撃特化の魔法を極めるのに全霊を注いでいますのでナージ様に嫌がらせなどしている暇は御座いません。そもそも……。
「パルマ様。わたくしとパルマ様は婚約などしておりませんので婚約を破棄すると申されても無理ですわ。だってわたくしはあくまでもパルマ様の婚約者候補の一人でしかありませんもの。………マリオン。貴方、わたくしが誰とも結婚する意志がないのは知っていたでしょう。政略でもない限り、老婦人として一生涯を過ごすと。貴方、何時も三大公爵家の令嬢でありながら何て嘆かわしい。とわたくしの事情もまともに聞きもせず言っていたではないですか。そんな貴方がいながら、何故このようなことになっているのです!」
あの時のパルマ様率いる皆さまのお顔は見物でした。パルマ様達は本当にわたくしがパルマ様と婚約していると誤解なさっていましたわ。……何故??
マリオンもたった今思い出したといわんばかりの慌てふためいた様子に、わたくしとティータイムを過ごしていらっしゃったご令嬢方が憐れみの視線を寄越されたわ。恥ずかしい。まったく持ってこの愚弟は!!
「しかし! 現にお前は僕のナージを虐げて「そのような暇、わたくしには一切ありませんわ」……!」
不敬とわかっていながら、わたくしはパルマ様の言葉を遮りました。
「わたくしはそこにいる……。まぁ、今は覚えているか分かりませんが。老婦人になると決めた日からこの十年。マリオンに令嬢と婚約者がいないのは情けない、恥曝しと言われながらもシュナイダー公爵家の者として攻撃特化の魔法を極めるのに時間を費やしてきました。有事の際には最優先で戦うために。それこそが、生涯独身を貫くと決めたわたくしのせめてもの贖いでした。攻撃特化魔法にすべてを注ぎ込んでいるわたくしに、ナージ様を虐げる理由が御座いませんわ」
キッパリと言い切るわたくしに、周りの取り巻きの方もナージ様も皆さま顔を青くなっていました。
「だが! こちらにはお前が罪を犯したという証拠がある!!」
「それは一体、どのようなものでしょうか?」
「お前がナージを虐げている現場を見たものがいる! そしてナージの私物が盗まれたり壊されたりしていた! これはお前の仕業だろう!!」
あまりにお粗末な証拠に呆れかえったのはわたくしだけではないと思います。
「パルマ様……それはわたくしがナージ様を虐げた証拠といえませんわ。それらはすべてナージ様が虐げられていたという証拠ですわ。それに、わたくしが虐げていた現場を見たという方はどちらに? もしや、後ろに控えていらっしゃる方々ですか?」
パルマ様は顔を青くしたり赤くしたりとせしわないですわね。
「うるさいっ!! すべてお前がやったんだろう! 性悪で悪人顔の女なぞ、誰が信じるか!!」
「それとこれとは話が違いますわ! パルマ様!! わたくしとて好きで悪人顔に生まれた訳ではないのですのよっ……!? な、何をなさいます! お止めください!!」
「うるさい! 黙れ!!!」
パルマ様のいきなりの暴挙に、パルマ様の取り巻きと周りの令嬢方は固まってしまいました。
あろうことかパルマ様は、十年もの間被り続けてきたベールを力付くでお取りになろうとしてますの!?
「で、殿下! お止めください!! 流石にそれは無体です!」
衝撃の抜けた愚弟のマリオンがパルマ様をお止めしようとしましたが、時すでに遅く、パルマ様はわたくしのベールを取り上げてしまった……!!
「「「「「「「……………………」」」」」」」
一斉に無言になる周囲に、わたくしは急いで羽扇で顔を隠しましたが、誰もうんともすんとも言いません。
「あ、姉上……?」
気遣わしげに声を掛けてくるマリオンに、わたくしは泣きそうになりながらその場を立ち去りました。
呼び止めるマリオンの声が聞こえましたが、わたくしは振り返ることは出来ませんでした。
「!?」
「あっ…!」
急いで馬車置き場に向かっていたわたくしは途中で殿方にぶつかってしまいました。
「大丈夫かい? 怪我は………っ!」
「申し訳ございません! 失礼いたしますわ!」
わたくしの顔を見て固まってしまった殿方の気配に、ついにわたくしの瞳から涙が一筋、流れてしまいました。
「待ってくれ!!」
声を振り切ってたどり着いた馬車置き場に止まっていた実家の馬車に乗り込んだわたくしは急いで馬車を走らせた……。
「ふふっ……」
もうお終いだわ。
ずっとずっーと隠してきた素顔を露わにされてしまった……。わたくしの長年の努力が!!
わたくしの頭の中では悪人顔に生まれてしまったがために不幸になった方々の生涯が何度も何度も繰り返し思い起こしていた。
短く、ふうっと息を吐いて……。
「修道院に生きましょう」
行く、のではなく生く。
わたくしの居場所は、もう一つしか御座いませんわ。
お父様、お母様、お兄様。
身勝手なわたくしをお許しください。
わたくし、老婦人になることは諦めて修道女になりますわ……。
家に帰ったわたくしはそうお父様達に告げましたところ、お父様達は大反対。
わたくしが説得を一生懸命している内に、何故か王宮から迎えだと馬車が来て、あれよあれよとお父様達の手によって馬車に乗せられ、その際意地でベールは持ち出しましたわ。王宮の一室に軟禁……いえ、陛下から話があるからと滞在を命じられましたのよね。
そして現在にいたる。
「ローズとの婚約が内々であったうちで此度は助かった。何しろ、クレア嬢と釣り合う貴族子息はレディスしかおらん。ローズには悪いが、クレア嬢よ。この婚約。必ずはたしてくれ」
心が痛いわ。
内々であったとはいえ、国の為にローズ様とレディス様との婚約は成らなかった。ローズ様がレディス様をお慕いしているのは周知の事実でしたのに。
……あら? これは、もしかしなくてもわたくし。ローズ様に恨まれる!? ローズ様! 恨むならば弟様であるパルマ様を恨んでくださいまし! それにこの度わたくしの婚約者となられたレディス様はどう思いなの……? お噂ではとても仲がよろしかったと聞いたことがあるような!?
わたくし、いつの間にか悪役の立場にいるではありませんか!?
「そしてクレア嬢。実は今から公爵子息レディスがここに訪れることになっている。早速で悪いが所謂顔合わせというものだ。その際すまぬが、そのベールは取ってくれまいか?」
「!!?」
いっやああああああ!!
今から! 今からですか陛下!! レディス様が今からいらっしゃるのですか!? そしてベールを脱ぐですって!? それはわたくしにとって死刑勧告と同義ですわよ!! いえ、仕方がないのはわかっていますがそれでも心の準備というものが!!!
わたくしが内心で悲鳴を上げていると部屋のドアの向こう側から声が掛けられました。
「失礼いたします。陛下、ヒール公爵子息レディス様がお見えになられました。お通ししてもよろしいでしょうか?」
「構わぬ、通せ」
「!!!」
ガチャと部屋のドアが開けられる。
ドアの向こうには─────。
……。…………。何故ですの? 何故、ローズ様がいらっしゃるの!? レディス様は一体どこに……。あっ! まさかあの方がレディス様!? お噂に負けぬ麗しい美丈夫ですわ。ですが、何故ローズ様といらっしゃったんですか! まさかこのまま修羅場突入ですか!!
「お久しぶりです。お父様。……貴女がシュナイダー家のクレア様ですか? 初めまして、わたくしはタージマハル国第二王女ローズです。弟のパルマが迷惑を掛けたわね。姉としても本当に申し訳なかったわ。ごめんなさいね」
部屋に入られたローズ様は陛下に挨拶した後、わたくしに向かってパルマ様のことについての謝罪をしてきました。てっきり、レディス様との婚約について一言文句を言われるのだとばかり思っていたので驚きましたわ。
「ローズ。此度はすまなかったな。レディス殿も申し訳ない。我が愚息のせいで迷惑を掛ける」
「……お気になさないでください。陛下。私もタージマハル国に連ねる貴族の一人。国の為ならば私に異論はございません」
「そうですわ、お父様。悪いのはすべてパルマです。お父様が謝る必要なんてございません。婚約してもいないご令嬢に婚約破棄など……。あの子の正気を疑うわ」
どうやらローズ様もレディス様もこの度のわたくしとの婚約に異論はないようです。でもローズ様はレディス様をお慕いしていらしていたのではなかったかしら? それにしては随分と割り切っていらっしゃるような……?
「あの……。わたくしがシュナイダー家公爵の娘、クレアと申します。以後よしなにお願いいたします」
「こちらこそ」
互いに礼をとると、わたくしは改めて婚約者となるレディス様に向き直った。
「ごきげんよう。レディス様。わたくしがシュナイダー家公爵令嬢クレアと申します。以後よしなに」
淑女の礼をとりレディス様の様子を窺うが、レディス様は動かれない。何故ですの!?
「……貴女がシュナイダー家のクレア嬢か。私がヒール公爵のレディスだ。これからよろしく頼む」
しばらくたってようやく返事をしてくださったレディス様。何故すぐに返事をしてくださらなかったのかしら? やはりレディス様は今回の婚約に乗る気ではないのでしょうか?
「……クレア嬢よ。いつまでもベールを付けたままではレディス殿に失礼だ。ベールを脱ぎなさい」
苦笑する陛下のお言葉にわたくしは、はっとした。確かにベールを付けたまま挨拶するのは婚約者となるレディス様に失礼でしたわね。わたくしったら。
この時点でベールを脱ぐということに諦め……もとい悟り………いえ、覚悟を定めたわたくしはゆっくりとベールを脱ぎました。
「!」
「ほぅ……」
「まぁ」
三者三様に驚きの声が上がりました。
わたくしは俯きたくなるのを我慢してレディス様に向き直りました。
「ご無礼いたしました。改めまして、婚約者としてこれからよろしくお願いいたします」
顔を曝すという精神的負荷を何とか奮い立たせ、わたくしは出来うる限りの笑顔でレディス様に微笑みましたわ。
するとレディス様は急に真剣なお顔になり……何故わたくしの前に跪くのですか!?
「シュナイダー家公爵令嬢クレア。この場で私から改めて言わせてくれ。国の為や家の為だけではなく、私は貴女を妻に望む。どうか私と結婚してくれ」
え?
「ほぉおお? あのヒール公爵の倅がなぁ……」
「まぁ、何て素敵なの!」
陛下とローズ様が喜色満面でこちらをみていらしゃいますが、わたくしはレディス様のいきなりの行動についていけず、わたくしは公爵令嬢としては有り得ない程動揺してしまいました。私情を隠すことが出来ないなどはしたない行為をしてしまったのです。即ち……。
「え? あ、あの……。その、ですね……うぅ……」
顔を真っ赤にして意味不明な言葉を口から漏らし、視線をあちらこちらにさまよわせるという醜態を犯してしまったのです!!
「クレア嬢、返事は貰えないのですか?」
「!! えっ…と……。はぃ……」
最後はかすれてしまいましたがレディス様に何とか返事をすることが出来ました。
な、何て恥ずかしい!!!
微笑むレディス様に、わたくしは顔を上げられませんでした。
「陛下。私とクレア嬢との婚約、誠にありがとうございます。……ローズ様も内々だったとはいえ婚約候補になれて光栄でした。どうぞ、ローズ様も望まれる方とお幸せになってください」
「ふふっ。ありがとうレディス様。貴方もクレア様とお幸せに」
「何だ。ローズには他に思う者がいたのか?」
「その話は後ほど。今はこの二人をそっとしてあげましょう。お父様」
そう言って陛下とローズ様は去られてしまいました……。ちょ、ちょっとお待ちになってぇえええ!!このままわたくしを一人にしないでぇぇぇええええ!!!
甘い雰囲気を漂わせているレディス様。
わ、わたくしの心臓が保ちませんわ!
この後、わたくしはレディス様にお互いを知ろうとシュナイダー家からの迎えがくるまでレディス様にその………甘い雰囲気と言葉に、わたくしは茹で蛸になりながら二人で過ごしましたわ。
翌日。
わたくしは婚約者となられたレディス様のエスコートのもと学園に登校しましたわ。
周りにいらっしゃる同じく登校している生徒の方々は皆さまとても驚いているみたいです。
……無理もありませんわね。パルマ様が一方的な婚約破棄を告げられてその次の日はわたくしは学園を休み、そして今日、ローズ様と内々に婚約が決まっていたレディス様のエスコートで登校しましたもの。
あら? あちらにいらっしゃるのはパルマ様とその取り巻きの方々ではありませんの。……マリオンもいるみたいね。でも……ナージ様のお姿がお見えにならないわね? どうしたのかしら?
「どうしたんだい? クレア」
優しく微笑むレディス様にわたくしは反射的に赤くなってしまいました。この時ほどベールを付けていて良かったと思いますわ。
パルマ様が、何故かわたくし達のもとに走ってくる姿が見えますが……。もしかして、パルマ様はわたくしとレディス様との婚約をお知りにならないのでしょうか? ………コレはもしや、わたくしとレディス様が説明しなくてはならない状況では?
チラッとレディス様を見れば同じことを思ったのかわたくしを見て苦笑なさってました。
……致し方ありませんわね。
これも王と国に仕える臣下の役目。この場を騒がす訳にはまいりませんわ。ご一緒してくださいますか? レディス様。
なんだか次がありそうな終わりにしてしまいました……(;^_^A
連載いくつか抱えているのに!!
勢いで書いてしまう今日この頃。
丹下博観でした。