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時の皇子

よろしくお願いします

「お帰りなさい、お爺様」

 少女は降りてきた男性に飛びついた。

「おやおや、姫らしくないよ。私の可愛い綺羅(きら)姫」

 飛びついて来た少女に少し驚きながらも初老の老人は笑いながら言った。その後ろから知らない男の子が現れた。

 男の子は姫らしくない少女の行動に驚いて立ち尽くしていた。

「これは失礼しましたな」

 少女の祖父は男の子に軽く頭を下げた。

「…どなた?」

 綺羅姫と言われた少女は祖父の腕に抱かれながら不思議そうな表情で覗き込んで聞いた。

「失礼をするんじゃないぞ」

 祖父はただそう言うだけだった。

 綺羅姫はそれだけ聞いて、祖父よりも位の高い家の人なのだろうということは解った。

「失礼いたしました。中務大臣の孫娘、綺羅と申します。お見知りおきください」

 祖父の腕から下り、綺羅姫は膝を折って頭を下げた。

「…幼い割にはしっかりしているんだな。俺も人には言えないくらい幼いが。……こちらこそよろしく頼む。しばらくこの屋敷に厄介になる」

 少年はそう言うと祖父とともに別棟へ行ってしまった。

「…はぁぁ…びっくりした。知らない人が出てくるんだもの」

 綺羅姫は溜息をついた。

「いつも申しているではありませんか。姫らしい御振舞いをして下さいと何度もそれは口がすっぱくなるほど申し上げたと思いますのに…」

 紅葉は綺羅姫の頭上から雷のごとく抗議した。

「…紅葉。あんまり口うるさいと殿方が逃げちゃうよ」

 姫は下から覗き込むように見上げて、ぼそりと呟くように言った。

「姫様」

 紅葉は綺羅姫の襟足を掴むと有無を言わせず、住処の部屋へ引き摺るように連れて行ってしまった。

「わぁ、紅葉ぁ。ごめんなさぁぁぁぁいぃぃっ」

 どこまでも響くような声で姫が叫びながら連行されるのを毎度の如く目にしている家の者達はまた始まったと苦笑を零し、溜息をつくのだった。


「わぁ、紅葉ぁ。ごめんなさぁぁぁぁいぃぃっ」

 遠くから聞こえる少女の悲痛な叫びは少年の耳にも聞こえていた。

「元気の良い姫だな、中務卿?」

 くすくすと笑いながら少年は言った。

「お恥ずかしい限りです。自由に育てすぎましたかな。あれには両親がいないゆえ、孫を見ると甘くなってしまいます」

 中務大臣は苦笑しながら言った。

「…私と、同じ…」

 少年は何か思うところがあったのか、少し考えていた。

「時々、あの姫と遊んでもよいか」

「年端もいかぬ孫娘です。失礼があっては…」

 中務大臣は焦って断ったが、少年は構わないという。

「私は忍んできている身だ。身分は解らぬ方がよい。ただ、友となってみたいのだ」

 同じ境遇の子供と友達になりたかった。このままでは……

「皇子?」

 大臣に呼ばれ、少年は我に返った。

「…なんでもない」

 少年の様子に大臣は小さな溜息の後に頷いた。

「綺羅はきっとあなたの良き友になるやもしれません。しかし、御身分はどうぞ御隠しください」

 大臣は心配そうに少年を見て言った。

「解った」

 少年は嬉しそうに頷いた。



 翌日も晴天で綺羅は気分良く中庭を闊歩していた。

「それにしても、昨日のお客様、いったい誰なのかしら」

 小首をかしげながら考えている少女の愛くるしい仕草がそこに居合わせた者達を和ませた。

「今日も相変わらず元気のようだな、綺羅姫」

 声を掛けられて、考えることをやめた綺羅は声のする方に振り返った。

「…あなたは、昨日の」

「おはよう。私のことは玻璃と呼んでくれて良い」

 少年は軒先に出て少女に言った。

「おはようございます。…はり?玉の名前の玻璃で良いのでしょうか?」

 綺羅は胸元にそっと手を掛けて聞いた。

「そう」

 少年は驚いたように返事を返した。五歳と聞いていたが、なかなかに聡い子供のようだと思わずにはいられなかった。

「ふうん。それで、いつまでここにいられるのです?」

 綺羅は興味深げに聞いた。

「ひと月くらいかな。あまり長くは居られない」

 即位の儀を迎えるまでの準備の間の休日。それが終わってしまったら、もう、自分に自由はない。

「あなたも子供なのに、大変なものを背負っているようですね」

 悲しそうに見上げて、綺羅は言った。

「でも、ここにいる間は自由なのでしょう?やりたいことをたくさんすればいいわ。私ももうすぐ選ばなければならないことがあります。子供でも、やらなければならないことがあるのですよ。どんなに辛いことでも決めなければならないのです。それまでは子供でいれば良いと私は思いますわ」

 綺羅は少年に頬笑みかけた。

「…ありがとう。幼いのに聡いのだね。大臣が可愛がる気持ちがよくわかるよ」

 少女のあまりにも大人のような言いように驚いたが、容姿に勝る機転の良い聡明さが相俟(あいま)って、可愛らしさがにじみ出ていた。

「ここにいる間だけで良いから、友になってくれないか」

 少年は昨日思っていたことを言ってみた。

「…こうして話している時点で私たちは友達でしょ?」

 綺羅が不思議そうに小首をかしげながら聞き返してきた。

「ははは…そう来るとは思わなかったよ」

 玻璃と名乗る少年は昨日に引き続いて声をだして笑った。宮中にいる間はそんなことできるはずもなく、笑えるようなこともない日常ばかりだった。

 元気になりつつある少年を遠くから大臣が見ていた。

「…旦那様。皇子のご様子はいかがです?」

 綺羅の祖母は夫の大臣に様子を聞いた。

「綺羅を気にいったようだよ。あの子は良くも悪くも聡すぎる子だからな。皇子にはちょうど良いのかもしれん」

 大臣は微笑ましそうに二人の様子を見守りながら言った。

「それで、あの皇子が綺羅と同じ星のもとに生まれた方だと?」

 祖母は心配そうに聞いた。

「紅葉が言うには間違いないと。皇子に付いている従者の一人も同じだそうだよ。これで四人。もし、これであと三人が揃ってしまったら、この世は……」

 頷いた大臣は祖母を見下ろして言った。

「仕方のないことです。あの子はそういう星のもとに生まれてしまったのですから。そして、この世はいつもつらい運命を授けるもの。私達はただ見守ることしかできません」

 綺羅の祖母は大きな溜息とともに一粒の涙を流した。

「あの子は大丈夫。きっとこの世を助けてくれる。そして、幸せになってくれる」

 大臣は祖母を抱きしめた。

 祖母はただ、頷いて答えるしかできなかった。

ありがとうございました。

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