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空色縞瑪瑙Ⅱ  作者: 高崎菜優多
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第一話 空と海  角館空




第一話 空と海  角館空かくのだて そら




私がひなたと宙人出会ったのは、もう記憶にもないほど昔の話だ。

しかし、お互いに出会ったのはお母さんのお腹の中にいる時からずっと知り合いなのであった。


なぜなら家はお隣同士だし、ひなたと宙人は双子で私たちはとても仲がよかった。

中学校までは一緒の学校で勉強して、宙人だけは別の高校へと進み、ひなたとは中学校、高校とずっと同じ学校で、いつも一緒にいた。


それでも、私とひなたとの絆が切れることは絶対に無かった。

しかし、何故だか宙人には中々会うことはなかった。

ちょっぴり寂しいような気はしていたけれども、この時の私にはそんな余裕はどこにもなくて、ただがむしゃらに毎日を突き進んでいた。


「今日は、空あんまり元気がないのね。」


ふと、ひなたが私にそう投げかけた。

私は慌てて手を振って否定する。


「そんなことないよ!!大丈夫、大丈夫!!」

「そのカラ元気さがだめなんだってば。ほら、話してごらんよ。」


ひなたには、なんだってお見通しだった。

私のことをよくわかっている。

さすが、なんて感心している間もなく私にせまってくる。


「うん。ちょっと部活が上手くいってなくて・・・。」


私が悩んでいることを、一発で見破ってしまう。


かいってわかる?広瀬海。」

「あぁ、空のクラスの、空の一番仲良しの子でしょ。」

「そう。最近ずっと学校来てないの。」


私はそう言ったあと、思わずため息が出てしまった。


別にその子が嫌いなわけではなくて。ただ、空しさが自分の中に広がるのだ。

同じ部活に所属していて、クラスの中で一番趣味が合う。

話したいことも心配なこともたくさんあるけれど、人付き合いって本当に難しい。


そんな私の背中を、ひなたが摩る。


ひなたはいつもそうやって私を慰めてくれる。

だからなのか、私はいつもひなたの優しさに甘えてしまうのだ。


「演劇部だもんね・・・。人数がいないと部活にならないもんね。」

「うん。海だってきっと理由があると思うんだよね。

でも部長もぴりぴりしちゃってて、後輩も休んでばっかりだし・・・・。」


ひなただって悩みとか一杯抱えているはずなのに、いつも私ばかりが相談していた。

そのくらい、私は悩んで悩んで悩みきっていた。

それでもひなたは話を聞いてくれていた。


「大丈夫よ。まだ二年生になったばかりじゃないの。」

「・・・うん。」


私は再びため息をつく。まだ二年生になったばかりだった。

二年生になってから、同じ部活だった海とよく話すようになり、あっというまに”いつも一緒にいる子”が海になった。

海が休みの日は、クラスのちょっと仲の良い子のところにお昼休みに行ったり、ひなたのところへと行くのがいつもの流れとなっていた。

別に、海がクラスの中でハブにされたりしているわけじゃない。

でも、私には不安感がつのる。海にいつも声をかけるのは私だ。

あまり学校に来ていないからか、もうすでにクラス内でグループができてしまっているからか。

そんな思いと共に、私は絶対に友達を失いたく無いと思っていた。


私の記憶から、呼び起こすことさえもしたくない。

”イジメ”という過去を持っているからだ。


私は思い出すだけで気持ち悪くなる。

友達を失う悲しさ。裏切られた辛さ。それを誰よりも知ってるつもりだった。

だから、お節介かもしれないし、自分の自己満足かもしれないけれど

不登校だという理由だけで海を仲間外れにするのは違うと思った。


「本番、どうするのかな・・・」

「空が浮かない顔しちゃだめでしょー?大丈夫よ。なんかあったらまた助けてあげるからね。」


ひなたのその言葉に、私はいつも落ち着いてしまう。

私も人を勇気づける人になりたいのに、いつも私ばかりが情けなかった。


イジメを受けた時、私は中学生だった。

あの時だって、ひなたがいなくちゃ私はもうこの世にすらいなかったかもしれないのに。




***




あの時私は心の中で、色んなことをつぶやいた。


(どうして、私ははこんなことになったのかな。)

(皆私のこと嫌いなのかな。)

(空、人のこと悪く言ったりしたこと、一度もないよ。)

(腹がたったら、横に倒しなさいって言われたよ。)


なのに


「どうして私は、仲間外れなの・・・?」


些細なことが、イジメのスタートの合図。

気づくか気づかないか。そして、相手にするかしないか。

人の心はガラスのように壊れやすい。しかし、ときにはダイヤモンドのように固い。


それを思い知らされたのは、中学一年生の時だった―――――。


幼い頃から私は、本を読んだり物語を書くのが好きだった。


あの時もそう。話を考えては書き留めて。

消しゴムも鉛筆も、たくさん消費していたのを覚えている。

新しくあけたばかりの消しゴム。


考え、考え、ノートに自分の書いた物語を書いていく。

納得がいかなければ何度も消しては書いての繰り返し。


あの日もそうだった。


いつものように文章を書いていた。

でも、何度も消していたから、消しゴムが減ってきた。だんだん消しゴムが使いづらくなってきた。

だから、消しゴムのカバーを外して消しゴムを消そうと思ったんだ。


そこに、ふと黒い線のようなのが見えて。それで、私は消しゴムのカバーを外した。

すると、それに乱暴にかかれた油性ペンの文字。


あの時、私が何を思ったかなんて正直覚えてはいない。

ただ信じられない気持ちで一杯で。


「死ね、ブス、キモい、消えろ」


許せない気持ちと悲しい気持ちと入り混じっていたと思うけど、とにかくショックだった気がする。

でも誰にも言えなかった。

クラスの友達を疑うなんて、したくなかったんだ。誰がやったなんて、考えたくもなかったから。

あの悪戯のあと、私は消しゴムの落書きは見て見ないフリをした。

それからずっと嫌がらせは続き、エスカレートしていく。


机はチョークで真っ白にされたし、机にゴミをいれられた。


一番驚いたのは、学年の私とは全く関わりのない人たちが私の名前を知ってることだった。


「角館さん、でしょ」

「角館さーん。」


どんな嫌がらせよりも怖かった。

(どうして話をしたこともない人が私の名前を知ってるの??)


よく考えてみたら、そんな嫌がらせが始まったのは、ひなたが入院してからだった。


そのときひなたは内蔵の病気で入院していた。

いつも、ひなたはクラスでハブがいると、誰かれ構わず助けてきた。


そんなひなたがもうずっと学校に来てないのだ。二ヶ月は経っていた。

双子の宙人はクラスが違うので私がこんなことになっていることは知らないはずだった。


誰にも助けを求められなかった。ひなたにも、宙人にも。

私が人を疑う人間だと思われたくなかった。

先生や、大人の人に相談をするのも出来なかった。

もし自分にいけないところがあったら?ただの自業自得だと思われるだけだ。そう思うと中々言い出せなかった。


そう思いつづけていたとき、聞こえてきた罵声。


「学校来んじゃねぇよ。ブスのくせに。」

「生きる価値も無ぇのによ!」


そこまで言った時、素早い人影がその男子の体を吹っ飛ばしたのだった。


「生きる価値を君が勝手に決めていいって誰が決めたの?」


柔らかな言い方だけど、はっきりと聞こえた。

いつも聞いてた大好きな優しい声色。・・・・宙人だった。


そして、私に今までに嫌がらせをしてきた男子を一人ずつ殴り倒した。

ラスト一人。そいつはいつも一番質が悪い奴だった。


「おい、青柳。お前この女の肩持つのかよ。」

「肩もっちゃいけない理由がない。空は何もしていないじゃないか。」


宙人がそう言うと、宙人の後ろから素早い人影が現れてその人を跳び蹴りをした。


「くたばれっ」


元気のいいおひさまみたいな声。

跳び蹴りをしてきたのは、入院をしていたはずのひなただった。


「病院で空元気な空見てわかってたわ。空が虐められてるって。」


人間をよく観察しているひなたは、私を見て笑った。

いつも見てきた、優しい笑顔だった。

私は驚きを隠せない。そして、私は涙が溢れ出た。


「どうして・・・?」

「空が苦しいのに、病院で寝てるなんてありえないわ。空、あんたはやさしすぎなのよ。」


ひなたが拳をつくると、周りの男子たちは後ずさる。

そこには宙人によって顔を腫らしたクラスメイトたちが男女共に立っている。


「暇なのねぇ。空は遊び道具じゃないわよ。」


ひなたはパンパンと両手のゴミを払うように手を鳴らす。

私はとにかく唖然としていた。ひなたも宙人もずっと一緒にいた幼なじみだ。

しかし、こんなにも強かったことは知らなかったし、こんなにも容赦のない人だということも知らなかった。

ひなたも宙人も、自分が正しいと思ったことは貫くタイプだ。

私でなくても、ハブやイジメに気づいたら同じことをするに違いない。


それから、宙人は三日間の自宅謹慎となった。流石に殴りたおすのは問題だったらしい。

私は隣に住む宙人に会いに行った。


「ごめんね、宙人。」

「平気だよ、これくらい。それより、空は大丈夫なの?イジメられたりしてない?」

「うん、なんともないよ。」

「そっか。よかった。」

「ひなたは?ひなたは大丈夫なの?」

「大丈夫。ただ、やっぱり学校はよく無かったみたいなんだ。まだ完治してるわけじゃないし、少し動いたからね。」

「・・・え!?」

「でも本当に大丈夫だよ、ひなたは。あれからスッキリした顔してたよ。

空が元気無かったの見て、俺もひなたも嫌だったんだよね。

優しくて、思いやりがある空がイジメられたりするなんて、考えても無かったんだ。」


宙人はにこりと私を見る。そして続けた。


「俺のクラスで空の話を聞いた時はびっくりしたよ。」


私はそう聞いた途端に、思わず涙が溢れ出た。

我慢していた気持ちが、どんどん外へと流れていくように。



そして思い出したのだ。

イジメられていた時、ずっと気にかかっていた。

私の知らない他のクラスの人が、私のことを知っている。


「角館さんでしょ?」

「そうですけど。」

「ふーん。」


でも私はその人の名前も性格も何も知らない。

ただそう言われて、クスクスと笑われる。陰ではこそこそなにかしゃべっている。


「・・・・怖かった・・・・ずっと、ずっと・・・・!!」


自分の知らないところで、様々な情報が渦巻いている。

私を変なものを見るような目で見てくる。

怖くて、孤独で、仕方がなかった。

溜まっていた自分の気持ちを涙とともに体からすべて吐き出した。

宙人はしばらくの間、黙って私の頭をなでてくれていた。


「もう大丈夫だと思うよ。俺は空の味方だし、皆空のこと知れば、仲良くしてくれる。」


私がイジメのターゲットにされた理由は、私が腹を立てずに横にするところが気に入らないからだと、宙人が教えてくれた。

何をしても笑って許す。感情が無いように見える。

暇つぶしになるからといういい加減な理由だった。


「皆に優しいところが、空のいいところだよ」





***





そんなことがあり、今の私がある。

ひなたのような誰かを助けたい。宙人のように、黙って傍にいてあげれる人になりたい。


「ね、ひなた。海のこと、迎えに行こうよ。」

「え!?だって海は埼玉でしょ。反対側じゃないの。」

「そうだけど・・・同じ部活だし、皆心配してるし、駄目かなぁ・・・?」

「うーん、仕方ないなぁ。もう、本当に空は優しいのね。」


ひなたは柔らかな顔を浮かべてそう言ってくれた。

それから、私とひなたは海を迎えに行った。

朝の早起きはすごく大変だけれど、海に会えると思えば苦とは思わなかった。

しばらくして、海は迎えに行かなくてもくるようになった。

正確にはくる日数が増えた、というのが正しいのかもしれないが。


「海はいつも本番の前に来ていいとこどりじゃん。演技がうまいからって主演ばっかりで!」


演劇部の部員たちは、口々にそう言った。

私はそれを、何も聞いてはいないフリをした。


「空ちゃん、私、本当に部活にいていいの・・・?」

「当たり前じゃでしょ。海がいなくちゃ、私のパートナーがいなくなっちゃうよ。」

「私でじゃなくなっていいじゃん。皆、主演やりたいんじゃないの?」


海にそう言われた時に、あぁ、やっぱり海にも聞こえていたんだなって、改めて実感した。


「私には、海が必要だよ」

「それは私じゃなくて、演劇部のパートナーが必要なんでしょ。」

「海」

「私なんて必要ないよ。」

「海」

「・・・必要ない。」

「それ以上言ったら怒るよ。」

「怒れば・・?」


海がそう言った時、思わず頬を平手打ちした。

耐え切れ無かった。例え友達だとしても。

どんなに大切な人でも。もしひなたが、同じことを言っても。


「友達悪くいうのは許さない。・・・海でも、許さない。」


海は頬を押さえて私を見つめる。その海の目には、大粒の涙があった。


「なんで・・・?なんで私なんかに構うの!?わかんないよ!?」

「わかんなくないよ。だって私、海のこと好きだもん。」


理由なんて必要ないと思った。

ただ目の前に、悲しそうに、淋しそうに笑う海がいたから。

笑顔が見たいと思ったから。ただそれだけのことに、理由なんていらない。


「私・・・」

「海?」

「私、昔お母さんに聞いたことがあるの。」

「何を?」

「なんで産んだの?って。」


海は、私の応えに納得がいかなかったのだろうか。

淡々と、話し出す。


「そしたら、こっぴどく怒られた。」



そう言って、私をまっすぐと見る。


「言い訳とか、聞きたくない。私自身がそう思ったんだから!!

優秀な姉を二人も抱えて、比べられて馬鹿にされて、そう言わずにはいられなかったんだよ!

なのになんで怒るの!?

空ちゃんだって同じじゃん。私は惨めなんだよ。部活の仲間に見捨てられて!学校にも来れてなくて!

好きなことも好きじゃなくなって!!

誰が私を助けてくれるの!?綺麗事なんていらない!!」


海は、私にそう言った。目にあった涙は無くなっていた。

そのかわりにある目は、虚ろで、もうこの世界になんてどうでもいいような目をしていた。

でも、これだけは言おうと思った。

誰も、海を見捨ててなんていない。

ただ、見捨てていないことを、海が知らないだけで―――――。


「私は、海を見捨てない。他の人と比べたりしないし、私のこと友達だとおもわなくったっていい。

・・・でも、私は勝手に海に話しかけるし、一緒にいるから。」


一緒にいることに、意味なんていらない。

海と出会ったことが、事実なのだから。


「海のこと、好きだよ。綺麗事でもなんでもない。海は、私にないものいーっぱい持ってるから。」


いつのまにか、私の言葉が、海に大きな影響を与えたようだった。


気がつけばクラスではいつも一緒だった。

私は海と一緒にいたいと思ったし、海も私を拒まなかった。

普段の学校生活も、校外学習も、遠足も。沖縄の修学旅行も。いつも一緒だった。


「もうすぐ修学旅行かぁ・・・。」

「わぁ、海とホテルで二人かぁ。」

「変な想像しないでよ?」

「当たり前だよ。女の子同士なんだから、手を出すわけないでしょ?」

「でも・・・。」

「でも?」

「空ちゃんなら女の子同士でもいいかな・・・。」


そう言われた瞬間、思わず顔が赤くなる。

そして、それと同時にうれしかった。

あぁ、海が私に心を開いてくれてるんだなって思って。


「好き。」

「うん。」

「空ちゃんは?」

「もちろん。」

「ずっと一緒にいるよ。」

「うん。」

「空ちゃんのこと、一人にはさせないから、安心して。」


海からそんな言葉がでるなんて、思ってもみてはいなかった。

私はその言葉にすっかりと安心しきっていた。

だから、海が離れていくことなんて考えてもみなかったんだ。


「今日も、海休みなんだ?」

「うん。」


ある日の昼休みにひなたのところへと向かうと、ひなたはそう言って私のお弁当を広げるスペースをあけてくれた。


「空は海のこと大好きだもんね。」


ひなたは皮肉っぽく笑い、そう言う。


「ひなたのことも好きだよ!」

「さぁ・・・どうかしらねぇ。」

「・・・・もう!」


私はその時そう言ったけれども、ひなたの言うとおり、私は海が大好きだった。

海のためならなんだってできた。

迎えにいくのに、どんなに早起きだって、海の為なら平気だった。

まるで恋。恋は盲目、なんて言葉は私の為にあるような気さえした。


「もしもし、海?」

『空、ちゃん・・・。』


しばらく学校に来ない日が続いたので、私は海に電話をかけた。

海が学校を休んで一週間以上が経っていたのだ。気にしていた。

会いたくて仕方がなかった。だから、いてもたってもいられなくて電話をかけた。


「海」

『空ちゃん』

「どうしたの。ずっと来ないから、心配したよ。」


私がそう言う。しかし、返事はない。


「どうしたの?学校が嫌になっちゃったの?」

『・・・。』

「また、迎えにいこっか?」

『ううん、大丈夫。』

「海」

『なに?』

「私には、海が必要だから。・・・それだけは、忘れないで。学校で待ってる。」


それだけ言って、電話をきった。

私は、耐え切れずに涙を流した。悲しいとか苦しいとかそんなことじゃなくて。

ただもやもやとしたものが、胸の奥に突き刺さり、どんなに好きなことを考えても無くならない。

海と二人で過ごしたこの数ヶ月の思い出が、ひしひしとよみがえる。


お揃いのうさぎのぬいぐるみ。そしてブレスレット。

それを見つめる。海の言葉を思い出す。


「・・・なんで・・・?」


海が再び学校に来なくなったのは、私に原因があるのだろうか。

それとも、海の問題なのか。それでもその時の私は私のせいだと思い込んでいた。


「・・・空!?あんたどうしたの!?」


隣のクラスからやってきたひなたが、私を見て慌てふためく。


「そのクマはなんなのよ!?おまけに痩せたし!ちゃんと食べて寝てるの!?」

「うん。」

「本当に?」

「うん。」

「嘘ね。それに目も腫れてる。泣いた?」

「泣いてない。」

「嘘ね。私は空のことなんだってわかるわ。」


本当に、ひなたにはなんだってお見通しだった。


「夢、見たよ。昨日。」


仕方がなく、本当のことを言う。


「中学生の時の、イジメの夢・・・。怖かった・・・また色んな人が、離れてくのかなって。

知らない人が、私の噂してて・・・・。

海も来ないから、私、海に捨てられたのかなって。私のせいで海がこないのかなって!!」


私がそう言うと、ひなたは私の頭に手をのせて、撫でてくれた。


「そんなことないよ。空のせいじゃない。待っててあげよう。きっと来るよ。」


ひなたは一緒に海を待ってくれた。

クラスメイトは、海が学校に来ないことを疑問に思っている人が多かった。


「なんで海来ないのー?」

「なんでかなぁ。空ちゃん知ってる?」

「うーん、なんかあんまり体調よくないのかもね。」

「そっかー。でもさ、そろそろ単位危ないんじゃない?」

「だよねぇ。進級出来るのかな?」

「留年したらどうなるのかなぁ。」


海が会話の話題になるのが嫌だった。

進級できないとか、留年だとか、一緒に進級したいと思っていた私は、そんな会話を耳にしたくなかった。



苦しい。海の話を聞く度に、海のことを考える度に、苦しくて、切なくて、虚しい。一緒にいたい。

大切で大好きで、まるで友達を通り過ぎ、恋人のようだ。

会ったときはいつもずっと一緒にいる海が、今は、どこか知らないところにいる。


「空、大丈夫?」


ひなたが私に声をかける。

もう、海を待っているクラスメイトは少なくなっていた。

あの子は学校に来ない。学校をやめたんじゃないか。

そんなふうに既に解釈されている。そんな海を待つのは、初めはよかった。

しかし、だんだんと精神的な疲労と周囲からの視線や忠告で私の心はズタズタになっていた。


「空」

「ひなた・・・。私、海に友達だと思われてないのかな・・・?」

「空・・・?」

「私、必要ないのかな・・・・? 」


私がそう言った時、顔をあげると、ひなたは泣いていた。


「・・・ひ・・・なた・・・?」


私は、ひなたのこんなにも弱い姿を初めて見た気がした。

ひなたはいつも、力強い眼差しで、私のそばにいてくれていたから。


「必要ないなんて、言わないでよ、空・・・。」


そう言われた瞬間に、私も涙が溢れ出た。必要とか、必要じゃないとか、そんなことじゃなくて。

ただ目の前に苦しんでいる人がいたから・・・。それはひなただって一緒なのに。

私は、海に同じことを言った。同じことを言ったのだ。


「ごめんね、ひなた・・・っ!!」

「・・・空・・・。」

「ごめん・・・」

「ううん・・・。空には、私だっているのよ。一人じゃないのよ。

演劇部の子たちだって・・・。」

「うん・・・。」


私たちは、二人で泣いた。涙がカラカラに無くなるまで、一緒に。

しばらくして、お互い赤くなった目を見て笑った。


「そうだ、空にあげようと思っていたのよ。」


ひなたはそう言って、ポケットから空色の石天然の付いているブレスレットを出して、私の手の平にのせた。


「可愛い。私の好きな色だ。」

「ブルーレースアゲートっていうの。

日本語名だとね、空色縞瑪瑙そらいろしまめのうっていうんだ。」

「空色縞瑪瑙・・・」

「空の好きな色だし、心の安定をもたらしてくれて、優しい気持ちにしてくれるんだって。

空は、とっても優しいから、ぴったりだと思ったのよ。」


ひなたがそういうと、私は貰ったブレスレットを眺める。

空色の石に、レースのような縞の線の入った石だ。

その石と透明の水晶が連なってできているそのブレスレットは、見ているだけで、なんとなく安心できた。


「素敵な石なんだね。」

「絶対に空に似合うと思ったの。」

「ありがとう、ひなた。」


自然と笑えた。さっきまでの苦しさなんて、消えてしまった気さえした。


「空、今日演劇部ないよね。」

「うん。」

「今日はとびっきりの夜ご飯をご馳走してあげよう。」

「ほんとに!?」

「ひなた特製のスパゲティー作ってあげる!」


幼なじみって、本当にすごい。

私は、こんなにも素敵な人に囲まれていたんだと実感する。

海にもそんな人が現れたら、きっともっと明るくなると思った。

海の魅力に、誰かが気づいてくれるはずだ。

私は、その誰かになりたかった。その誰かになって、もっと日のあたる場所へと導いてあげたかったのだ。


「ひなた・・・。」

「なぁに?」

「海に、伝わるかな」

「空の気持ち?」

「うん。」

「伝わるよ。空がだれよりも海のこと思ってるじゃないの。」


ぽふん、とひなたは私の頭に手をのせた。

そしてわしゃわしゃと頭を撫でる。


「あーっ、ぐしゃぐしゃになっちゃうよー!!」


ひなたはあははと笑いながら、ふざけて逃げていく。

海にもそんなふうに心許せる友達がいたら、学校に来てくれるのだろうか。

私は海の心許せる友達になれているのだろうか。


「明日、海のこと迎えにいってくるね。」

「うん、いってらっしゃい。」


私は明日、海を迎えに行くと決めた。

海にメールをすると、案外早くに返信が来た。

明日は始発の電車に乗って海の家の最寄の駅へと向かうことになる。


「明日迎えにいくね。一緒に学校に行こうよ。」

「わかった。頑張って行くね。」


そんなメールで迎えに行くことが決まる。

朝になると、カラッとした晴天ではなく、雲行きの怪しい天気だった。


残暑の残る、秋の日の朝。

満員電車にゆられながら、私は学校の最寄り駅を通り過ぎ、海の家の最寄り駅へと向かう。


早く会いたい。今日会ったら、何日ぶりに会うのだろう。

なんの話をしよう。昨日テレビ中継されていた、サッカーの話がしたい。海はサッカーが好きだから。

なんて考えていた時だった。

携帯電話のディスプレイが光った。

メールが来た。

そう思って携帯電話を開くと、そのメールは海からだった。






「来ないで」





という、たった一言で、絵文字も顔文字をなにもない、真っ白なメールだった。

その時、私は目を見開いて驚いた。なんとも言えない気持ちになった。

どうして?

昨日はあんなにもあっさりと学校に行くことを了解してくれたのに。

そう思いながらも、時間は待ってくれるはずもなく、私は無言で反対車線のホームへと向かう。


そして、特に何も思わずに歩いていく。

何も思わず、いや、正確に言えば、何も考えられなかった、といったほうが正しい気もした。


驚いた。いらついた。

しかし、そのあとは何も考えられなかった。理由を聞く気すら起きなかった。

そのメールが、妙に冷ややかで、人を寄せつけるのを拒んでいるようだった。

ただ無言で電車に揺られ、学校の最寄り駅についた。


「空!おはよう!」


ひなたが私に駆け寄ってくる。そして、海がいないことに気づく。


「空・・・?」


とうとう我慢ができなくなって、ひなたに抱き着いた。

こらえていた涙が溢れ出る。ずっと、ずっと待ってたのに。

誰がなんと言おうと、文句を言おうと、不審がってたって、ずっとずっと「きっと来るよ」って言いながら、待っていたのに。

心の中に、ぽっかりと穴が空いた気がした。

それか、穴とともに、心臓を引き裂かれたような気さえした。


「待ってたよ・・・」

「うん。」

「大好きなの、海が。」

「うん。」

「でも・・・だめだった・・・」

「うん。」

「なんで・・・なんでよぉ・・・」


ひなたがいつものように私の頭にぽん、と手を置く。

掌の温もりが、私をさらに安心させ、そして素直にさせた。


「うわぁぁぁぁ・・・っ!!」


私は、凄く久しぶりに、声をあげて泣いた。


「腹は立てないで、横にしなさい。」


昔、母が私に言った。

私は、その言葉を大切にした。

腹が立ってキレてしまえば、確かにその場はおさまるかもしれない。

けれど、場の空気は悪くなる。

少し言葉を変えれば、もっと変わったのかもしれない。

それを思うと私は母の言葉を大切にできた。


だからなのか、本当に辛いことがないかぎり、ひなた以外の人前で泣くことは殆どなかった。

最後に涙を流したのは中学生の時だ。

しかし、こればかりはどう頑張っても抑え切ることができずに、ひなたに泣きついてしまった。


「よしよし。」


私はその日、一時間だけ保健室で休んだ。

ひなたの念にかなりおされ、大丈夫だといっても休めと無理矢理保健室まで引っ張られた。


「大丈夫なわけない。

はい、一時間だけ寝てらっしゃい!」


確かに、寝不足だった。

海のことを考えたり、部活のこと考えたり。

そのうえ始発に間に合う時間に起きるとなると、殆ど寝てはいなかった。

精神的にも、授業をうける気分は無くなっていた。

それでも、それは自分の為にはならないと思って、かなり抵抗したが、私の疲れきった目をみた保健室の先生は、快くベッドをつかっていいと承諾した。

おそらく、普段保健室に来ないから重病人だとおもわれたのかもしれない。

ベッドに横たわると、自然とまぶたが落ちてしまった。

そして、たっぷり一コマ分の授業を寝て過ごし、少しすっきりした顔で教室に戻ると、クラスメイトたちはいつも通りに私に笑いかけた。


「空」


クラスのちがうひなたが、私のところに来てくれた。


「皆、ちゃんとわかってるよ。空が頑張りやさんで、優しいってこと。」


ひなたは昼休み、私を屋上へと連れていってくれた。

朝の天気とは打って変わり、青空が広がっていた。

私は、思わず青空に手をのばす。

どんなに手を伸ばしても、青空に手は届かない。

まるで海のようだ。手を伸ばしても、届かなかった。

私は、かざした自分の手を見つめた。そして、自分の腕のブレスレットを見つめた。

空色のブレスレットは、雨上がりの空と同化していた。









一話 終わり





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