1-8 根
そろりそろりと動く黒い群衆。それをジッと睨む俺ら。緊迫した空気が張りつめる。
それでは一夜で屋敷にたどり着けないぞ。俺がその手伝いをしてやる。
大口を開けている俺の口、そこに気力を集中させる。えもいわれぬ音が咥内に響いたと思うと、口からぶっといビームが発射された。
<水風船>は特に光に弱い。懐中電灯に照らされるだけで溶け出す。まして、こんな巨大ジェット花火みたいなもんを浴びたら、たまったもんじゃない。
光を避けようと必死に逃げ惑う奴ら。それを容赦なく石の羽ではたく俺ら。翼に触れた奴は弾けて飛び散る。散った奴らのしぶきが、シアの白い顔を斑にする。俺の翼に、奴らの中身がヘドロのようにべったりへばりつく。
キリがねぇ。
俺はしたうちする。
わかってる。翼や足を使っても、この数では全てを叩き潰すことは不可能だ。翼をかいくぐって屋敷の方へ行く奴らが目の端に映る。が、目の前に飛び込んで来る影の相手をするのでいっぱいだ。もう一振りかませて、後方を振り返る。俺らをすり抜けた奴らが、庭木の茂みの中に飛び込んで行くのを見て、俺はほくそ笑む。
おおかた潰してやったから、後は任せるぜ。玉ねぎ野郎たち。
* * *
茂みの地下で待機。その辛抱がようやく報われる時が来た。同じ思いを、方々に潜む仲間も抱いていることだろう。
何かが始まった。そしてたくさんの獲物の気配を感じる。こんな時ほど興奮が高まることはない。思わず舌なめずり。
(喰い過ぎに注意しろ)
野嵜が忠告したのを思い出す。
(来るなら人海戦で来る、おそらく<水風船>を大量に遣すだろう)
(<水風船>?! 食べごたえがないじゃないか)
(あいつら中身はカスばっかりだぜ)
我々がざわめく。
(いや、今回はちょっと違う)
静寂が戻る。
(当たりが混ざっているのだ。しかも、とびきり上玉が)
今度はどよめく我々に、野嵜は釘を刺すのを忘れなかった。
(たくさん押し寄せて来るが、そのなかでもうまそうなヤツだけ喰らえ。
喰い過ぎに注意しろ)
ガサガサと茂みをかき分ける音がした。その音はあちらでもこちらでもし、どんどん増える。そしてどんどん近づいて来る。
我々は耳をそばだてる。
ガサッ遂に手近な植木が音をたてた。しかし、こいつは食欲をそそらない。薄すぎる。薄いにも程がある。
<水風船>の中身は、そこら辺に漂う幽かな邪気だ。それを液体に溶かし込み、オブラートのような膜で覆う。こうしてこの世に存在する第一条件・身体を手に入れたがいいが、もともと意志も持ず無気力に限りなく近い気、それが形を持っただけにすぎないので、何をするでもない。そこに造り主が、自分の念をちょっと溶かし込むだけで、操り人形が出来上がる。例えば「野嵜を殺せ」という邪念を入れれば、そいつは執拗に野嵜を追い続ける。野嵜を殺すまで、または己の身が滅するまで。
今回は一度によほど大量の<水風船>を生み出したのだろう。本当に薄すぎる。本当に薄いにも程がある。
ベチョリ、ベチョリ、、
足音が頭上を通過する。頭といっても、我々は一頭身。頭から手足が生えているようなものだ。我々の特技は、食べること。何でも食べる。肉体を持たぬものでも、見えぬものでも。そして味わうことができる。念の強さが強いほど、旨く感じる。特に、濃い邪念ほど旨いものはない。
お。噂をすれば、いい具合の奴が近づく気配・・・。生垣を騒がせながら、獲物が接近中。
その音の方へまっしぐらに飛び付いた。
* * *
(品がないねぇ)
上空から見下ろしながら、思わず呟いてしまう。
生垣の迷路に入り込んだ人影に、なりふりかまわずにむしゃぶりついているのは、スイカぐらいの玉ネギ。ぱっくり割れた口には、鮫のような歯がミッシリ並んでいる。食らいついた獲物は決して離さない。その玉ネギたちが、<水風船>を次から次に食い散らかしていく。
あの調子なら、私たち飛行部隊は出る幕ないかも。せっかくの鋭い嘴が無用の長物になりそう。あたりを見回すと、私と同じように手持ちぶさたに空にとどまっている飛行体。
皆が見下ろしているのは、迷路のように入り組む生垣に形作られた、庭いっぱいの魔方陣だった。