1-5 門
野嵜邸は広い。
大きく古ぼけた洋館から、もう一軒同じ屋敷が建つくらいの間隔を空けて、黒い鉄柵の門がある。門扉は錆びて黒とオレンジの斑になってしまっている。さらに半開きである。
門から屋敷へ続く道はない。庭一面草木が好き放題生えて、さながら、生け垣でできた迷路のようになっている。
門からちょっと入ったところに2つの台座があり、それぞれライオンぐらいの大きさのある石の狛犬が乗っている。並んだ2つの石像は、門の向こうの訪問者を見下ろしている。
夜、しかも真夜中も近いこの時間に、門前には黒い人だかりができていた。
人?
手足があって、頭もある。しかしこの暗がりではそれ以上見分けることはできない。立っているのもいれば、四ツん這いになっているのもいる。門前だけではない。門から両隣の家まで続く塀にも、びっしりとたかっている。まるで塀が砂糖菓子でできていて、彼らが黒い蟻であるような錯覚に陥りそうだ。彼らが塀に触れるたび、ピチャピチャと音がする。
皆、中に入る隙間を探しているようだ。あるものは手探りで、あるものは嗅ぎまわり、またあるものは舐めずって、壁面の亀裂を探している。塀にへばりつく奴の上に乗って塀を越そうとする奴もいるが、それでも届かないくらい塀は高い。いや、彼らが上へ手を伸ばすと、塀も上へ伸びるのだ。門扉に触れる奴もいる。なのにそいつは、まるでそこにも塀があるかのように一歩も内側に入ろうとしない。門があることに気づいていないようだ。
見ているうちに、黒い人だかりはどんどん増えていく。影という影から、きりなく這い出てくる。
それを石像は、表情も無く、じっと見下ろしている。
その石像の遥か後方から、コウモリが飛んでくるのが見えた。細い骨に黒い皮膚の張った翅、それはコウモリなのだが、翅の生えている体は白い子持ちシシャモを思わせる。顔は、目がつりあがり鼻の伸びたブタみたいだ。先ほど、「ミミハ」と呼ばれたものと同じ種類のものである。それが2,3匹、屋敷から門のところへ飛んで来る。
ミミハたちは、膨らんだ腹から出ている3対の脚で塀に降り立つ。脚はメクラ蜘蛛のように黒くて異様に長細い。その脚で体勢を整えると、翅をせわしく震わせはじめた。震えが空気を伝わり、門扉や塀をも震わせる。内側の空気がキィーンと啼いたその時、かすかに門扉が動いて軋んだ音を立てた。
その音に、塀の外側に群れていたものたちが一斉に反応した。そこに開いている門があることに「気づいた」のだ。
静寂。
その一瞬後、凄まじい勢いで黒いものたちが門へなだれ込んだ。
すると、2頭の石の狛犬が台座から高く飛び、突っ込んできた先頭集団を押し潰して地に着いた。